これが人々が言う幸せっていうのなら、それでいいと人々は言う。
森の別荘に現れた男は、ユウとミナを静かに見つめていた。
スーツの襟元には、組織の紋章。
その目は、すべてを見通すように冷静だった。
「君の力は、彼女の右手に宿っている。だが、元は私のものだ」
ミナは目を見開いた。
ユウは、男の言葉を待った。
「かつて私は、命を操る力を持っていた。だが、それを手放した。理由は簡単だ——人を選べなかったからだ」
男は、ミナの手を見た。
「君は、誰でも助けた。善人も、悪人も。選ばず、迷わず。……それが、私にはできなかった」
ミナは、何も言えなかった。
ただ、ユウの手を握った。
「指名手配は、すでに解除してある。君たちは、自由だ。好きに生きろ」
そう言って、男は背を向けた。
森の奥へと、静かに消えていった。
それから半年後。
二人は、街の片隅に小さな喫茶店を開いた。
店の名前は《赦し》。
ユウが提案し、ミナが頷いた。
「ここで、誰かが少しでも救われるなら、それでいい」
朝はコーヒーの香り。
昼は笑い声。
夜は、静かな音楽と、二人の会話。
ユウは厨房に立ち、ミナはカウンターで客と話す。
忙しくても、疲れても、二人はいつも一緒だった。
「今日も、よく頑張ったな」
「うん。あなたもね」
そんな言葉が、日々の終わりに交わされる。
時は流れた。
喫茶店には常連が増え、季節が巡り、二人は歳を重ねた。
子供が生まれた。
小さな手が、ミナの右手を握ったとき——
ユウは、涙をこぼした。
「この手が、また誰かを救うかもしれないな」
「ううん。もう、救うのは……私たちの家族だけでいい」
それからも、二人は喫茶店を続けた。
雨の日も、雪の日も。
喧嘩もした。
泣いた夜もあった。
それでも、離れなかった。
そしてある日。
店の奥の席で、二人は並んで座っていた。
手を握り合いながら、静かに目を閉じた。
誰にも邪魔されない
2人だけの人生




