第008話「強く生きる人々と誰も知らない微笑み」
【〇〇八 芋】
■セルフィリア共和国西部リリアン領で品種改良された食用芋で、セルフィリア教会によって栽培が推奨され、品種改良に寄与したリリアン家の名を取りリリアン芋と呼ばれる。
寒冷地や細い土壌でも育つため、労働者に親しまれている。
一般的に芋は庶民、特に人間の食べるものとされ、エネスギア人はあまり食べない。
【〇〇八 強く生きる人々と誰も知らない微笑み】
「ふふふ、そんなことはないさ。毎度無茶をやらされるんだ、出撃があったって聞くたびにヒヤヒヤしているよ。ユーリも無事そうだね」
「おかげさまで。早く死ぬ方苦労は少ないかもしれないけど、今回も生き残れたよ」
「ふふふ、あんたたちは強い! 心配ではあるけど、疑ってはいないよ、生きて帰ってくることにね。今日は買い物かい? って、そこにいるのは教会士官様じゃないかい!」
メフェルは急にかしこまってお辞儀をする。
ルーミア本人はメフェルのエリシアやユーリたち人間への対応に唖然としていた。
「ルーミアです。いつものようにしてください」
「お気遣いありがとうございます。わたしはこの市場の顔役、メフェルと申します」
「この通り、メフェルさんはわたしたち人間たちも平等に接してくれてるの」
「そうなんだ。少し、驚いた」
「わたしは市場の運営にも関係しております。市場の血液は人々の金銭。金銭は種族に関係なく流れていくもの。平等です。ならばその金銭を持つものたちも平等ではないのかと。それがわたしの考えにございます」
メフェルはルーミアに頭を下げていた。
「よい考えだと思います。顔を上げてください。わたしはあなたの思うほど地位のある存在ではありません」
「失礼します」
メフェルは顔を上げてルーミアを見る。そして短い耳を見て、メフェルはルーミアの素性を察したらしかった。一瞬目を丸くしたものの、言及はしない。
「それで、教会士官様も一緒にここに来たということは、なにか大きな用事なのかい?」
エリシアは頷き、エルマンから受け取った書類を見せた。
「なるほど、徴収ってわけだね。どれどれ」
メフェルは書類を受け取るとうなり声を上げた。
「これはまた随分な種類と量だ。そして支払いは期待できなさそうだね……と、失礼しました」
メフェルはふとルーミアの存在を思い出し、口を閉じた。しかしルーミアは首を振る。
「大丈夫、普段通りにして。わたしは教会に報告したりしないから」
本当? とでも言いたげな疑いの表情はエリシアに向けられた。エリシアは大丈夫と言うように頷く。
「まぁわたしも同じエネスギア人たちからも変わり者扱いだからね。今更体裁を気にしても、というところか」
メフェルはふうと息をつき、肩の力を抜いたようだった。
「しかしエリシア、これだけの物品はすぐには揃えられないよ。前回の作戦でもかなりのものが持って行かれてるんだ。その支払いもまだなのに、続けてこうも来られたらこっちだって立ち行かなくなる。武器だって自衛のためのものまでかき集めるしかなくなる。薬だって、わたしたちだって使うんだ。食糧に至っては、ここの住民の日常に支障が出るよ」
「そうよね……。前回の作戦だってかなりの物資を使ったんだものね。それなのに――」
なんの成果もあげられず、多くの兵が無駄死にをした。それはメフェルも知るところだった。
「まぁそれをとやかく言うことはできないよ、わたしたちにはさ。それに、これを持っていかないとまたあんたもいろいろ困るんだろう?」
「わたしは別に平気。無理って伝えるわ」
「いやね、こっちにも意地ってものがあるよエリシア。市場の顔役が徴収に来た軍人を手ぶらで返していたら恩知らずって言われてしまう。武器に関してはいくらかでも都合してみるよ。薬も、備蓄分をいくらか取り崩そう。けど、問題は食糧だね」
そう言ったメフェルは屋台のテーブルの上に一枚の紙を出し、なにかを書きはじめた。
「メフェルさん?」
「ユーリ、あんたたちが命をかけて戦ってるようにね、わたしたちだって命かけて商売やってるのよ。逃げるようなみっともないマネはできないのさ、そういう連中と、わたしは違うんだ」
メフェルは書いた紙をエリシアに手渡す。
「これを持ってダグのところに行きなよ。備蓄分を少し出すように書いておいた」
「そんな、いいの? 必要なものでしょう?」
エリシアが遠慮すると、メフェルは笑う。
「代わりに今期に軍に納める分を減らすようにしなって助言もしておいたさ。ダグは頑固だけど、あんたたちの力になってくれるさ。ただ、エネスギア人嫌いな人だからね。教会士官殿は気をつけるといい」
ルーミアは自身の長めの耳を触った。
「エネスギア人の血が入っていていいと思ったことなんてなかった。今もそう」
「教会士官になれたんだ、そんなことはないだろうさ。あなたは他のエネスギア人たちとは少し違うね。わたしと同じだ。エリシアやユーリのこと、よろしく頼みますよ」
メフェルにそう言われ、ルーミアは少し驚いたように目を開いた。
「わたしにそんな力は……教会士官の地位だって、家の名前があったからなれたようなもので」
「それなら、その家の名前を上手く使いなよ」
「え」
「そういうのも生まれ持った資質みたいなものさ」
「資質……そんなふうに考えたことなかった」
「なんでも考えよう、使いようだ。じゃなきゃこんな世の中、渡っていけないよ。ほら、もう行きな」
「ありがとうメフェルさん」
「また来ます」
「…………」
お礼を言うエリシアとユーリだったが、ルーミアは呆気にとられていた。
歩き出すエリシアとユーリのあとを、ルーミアは呆然としながらついてくる。
「変わったエネスギア人だった」
「メフェルさんは昔からあんな感じなんです。苦労も多かったそうです」
「なるほど……」
「わたしたちが配属されるずっと前のことだったようですが、基地作りに街作り、畑作りと大変だったようで、エネスギア人も人間も協力しあってこの基地と、周辺街を作り上げたとか」
エリシアが話したことは以前にメフェルから聞いたことだった。メフェルたちが中心となり基地と周辺街、農業区を開拓したとのことだった。
「その当時はエネスギア人も人間も関係なく働いていたそうです」
ユーリがそう付け足すと、ルーミアは頭の上に疑問符を浮かべる。
「あまり想像つかない。そんな時もあったのね」
「メフェルさんみたいな人が取りまとめていたおかげかもしれませんが」
「ユーリ兵曹はメフェル女史のことはよく思っているの?」
「いつも世話になっています。それに、人間の自分たちのことも心配してくれているので、心配はかけたくない人だなと思っています」
「……そう。そう思える人がいるのね」
ルーミアはぽつりと、どこか寂しげにつぶやいた。
ユーリがなにかかける言葉を探していると、三人は大きい倉庫の前にたどり着いた。
「ダグ爺はどこかしら?」
エリシアが周囲を見渡す。
倉庫の周囲には人気がない。
「呼んでみるか?」
「そうしよう。ダグ爺ーっ!」
エリシアはためらうことなく、大きな声でダグを呼ぶ。ルーミアは少し驚いていた。
「畑の方に行っちゃったのかな?」
「そうかもしれない。ダグ爺も忙しい人だからな」
「おーい! ダグ爺ーっ!」
再度エリシアが大声で叫ぶと、倉庫の扉が勢いよく開いた。
「やかましいわっ! 人の名前を大声で呼ぶんじゃない!!」
「あ、いた!」
倉庫から姿を現したのは小柄な人間の老人だった。
「この人が……ダグ爺……さん?」
ルーミアがしげしげと視線を向ける老人は、老人であるのだが、体つきは歳による衰えを感じさせない、たくましい筋肉が盛り上がった体だった。ただ、頭は禿げ上がっている。
「おぉっ? なんと、教会士官様じゃあないか! こんなところまで取り立てか!? 差し押さえか!?」
ダグ爺がルーミアに対して身構える。
「警戒しないで大丈夫よダグ爺。ルーミア中尉は教会士官だけど、厳しい人ではないわ」
「エネスギア人なぞみんな同じだ! それに馬鹿でかい声を出していたのはおまえかエリシア! よくもまだ生きていたな! しぶといやつめ!」
「ふふふ、嫌われている人ほど死なないものってね」
「その通りだっ」
ダグ爺は豪快に笑う。エリシアとユーリも笑っていたが、ルーミアだけはぽかんとしてしまっていた。
「それで、おまえたちが来たということは大抵ろくでもないことが起きる。そこの教会士官様も、どうせ面倒を押しつけに来たんだろう?」
「そうなんだけど……」
「はっ、馬鹿もいい加減にせい。刈り入れ前のこの時期になにをやらせようってんだ! なにもできんし、なにも出せんぞ! 教会士官を連れてきて脅したって、ないものはない! できんものはできんぞ!」
教会士官のルーミアに臆することなく、ダグ爺ははっきりと強い口調で言う。
「そんなに威嚇しないでよダグ爺」
たしなめるエリシアではあったが、ダグ爺はこれから自分に降りかかるやっかいごとを察しているようで、穏やかとはほど遠い面持ちになっている。
「よく言えるもんだ。ほれ、要件を言ってみろ。聞くだけは聞いてやる。儂の仕事だ」
「ありがとう。じゃあまずこれ」
エリシアはエルマンから受け取った徴収する物品の書かれた目録を手渡す。するとダグ爺はすぐに目を丸くする。
「なんだこれは!? 前回に続いてこの時期にこれだけの食糧を出せと言うのか!? あのイカレ長耳はなにを考えてるんだ!?」
「ダ、ダグ爺ちょっと声が大きいよ……」
エネスギア人批判の言葉に、ユーリは思わず注意した。
「一昨年は酷い目に遭ったからと、去年から今年にかけてあんなことにならんようにと備蓄分をやっと作ったんだぞ。みんな必死にやったんだ! あのイカレはそんなこともわからんのか」
「気持ちはわかるけど、メフェルさんからこれ、預かってるわ」
「メフェルから? ふん、先にそっちから攻めてきたというわけか」
ダグ爺はエリシアの差し出した書簡を乱暴に受け取ると、すぐに開いて中を確認した。
「……なるほど。あの耳長女め、軍に楯突けと言ってやがる」
ダグ爺は笑い出した。
ユーリとエリシアは思わず顔を見合わせる。
「ダグ爺? どうしたの?」
「一昨年の冬のことを覚えているか?」
「覚えてるわ。軍にいたわたしたちだって、しっかりは食べられなかったんだもの」
「そうだ。市民はもっと苦しかった。周辺からの支援物資もなくなり、食糧はほとんどなくなった。飢えて死ぬものも出たんだ」
ダグ爺の悲痛な言葉に、ルーミアは胸を押さえて目を閉じた。
そんなルーミアへと、ダグ爺は厳しい視線を向ける。
「エルマンはそれでも教会への寄付が必要だと言って、少ない食糧を取り立てたんだ。教会への寄付が減れば、自分の評価が下がるからだ。儂らから取り立てた食糧で、軍と、街に住む一部のエネスギア人たちには配給があったが、儂ら人間にはなかった。エネスギア人たちはいつもそんなことをする。博愛だ、平等だなどと言いながらな」
「ちょっとダグ爺」
エリシアがたしなめると、ダグ爺はふんと鼻を鳴らす。
「だがな、儂らだって馬鹿じゃない。いつまでもやられっぱしじゃないんだ。おまえたち、去年の冬はどうだった?」
ダグ爺の顔にかすかな明るさが灯る。
「去年はみんなしっかり食べられたって聞いてる。なんでも、豆と芋をたくさん作っていたからだって」
ユーリが応えると、ダグ爺は満足そうに頷いた。
「そうだ。小麦も作ったが、新しく農地を広げて、そこで豆と芋を作ったおいだんだ。小麦は持って行かれると思ってな。アルーシアの都で学者様が考えたっていう肥料が上手く使えたんだ。だから去年はいい土ができて、豆と芋がたくさん作れた。だから、今年も豆と芋を作ったんだ。去年より多くよ」
「この辺りの土地はなかなか作物が育たないって聞いたけど、なんとかなるもんだな」
ユーリが関心する。
「肥料が土を変えたんだ。これが思いの他効果があってな」
「さすがだね。で、それと徴収になにか関係が?」
「メフェルのやつ、芋をくれてやれと言ってきた」
「えぇっ?」
エリシアが驚くのも無理はない。軍に入ればパンに困らず、そんな言葉があるくらいだった。
「小麦を儂らの備蓄に回して、本来儂らの備蓄に回すはずだった芋をくれてやれとな。おもしれぇことを言うじゃねぇか」
ダグ爺は愉快そうだった。
「今年の冬は儂らがパンを食う番ってわけだ」
「ま、それでもいっか。ないものはないんだもの、ね?」
エリシアはユーリを見て、やはり楽しそうに片目を閉じた。
「大丈夫か? エルマンに怒られないか?」
「ないものはないんだもの。ダグ爺、メフェルさんと合わせて小麦の取れ高を少なく報告するんでしょう?」
エリシアの言葉にユーリはぎょっとなった。農作物の取れ高偽装は重罪だからだ。
「報告はきっちりさせてもらうさ。毎年のように、きっちりとな。へへへ」
悪巧みを感じさせるダグ爺の笑みであったが、それはすぐに消える。そして真剣な面持ちへと変わる。
「こっちのことはこれでいい。だがな、妙な噂もある」
「どんなよ?」
「チェロリダ村だ。あそこからも食糧を仕入れているんだが、ここ最近連絡が途絶えているんだ。襲撃があったんだってんなら煙のひとつも上がりそうなもんだろう? けどな、そういうのを見たやつはいねぇってんだ」
再度、ユーリとエリシアは顔を見合わせる。
「どういうことダグ爺?」
「村人が消えちまったんじゃねぇかって話になってる」
「村人が?」
ユーリの言葉にダグ爺は頷いた。
「先月にチェロリダ村に言った行商人が奇妙なことを言っててな。チェロリダ村の畑が全滅していたって言うんだ」
「不作だったってこと?」
「あぁ。病気かなんかが出たのかもしれない。そうなるとこっちにも広まるんじゃないかと思って警戒していたんだがな。それが今月に入ってから、行商人がエムール森林道の使用を禁止されたって言うんだ」
エムール森林道はこの基地からチェロリダ村までを繋ぐ、エムール大森林の中に作られた道だ。
「はじめて聞いた。エルマンの指示?」
エリシアが問うとダグ爺は頷く。
「たぶんな。チェロリダ村からの連絡も途絶えてるのは、そのせいだろう。軍はなにか隠してるぞ」
「ちょっと待ってよ。今日、アルシェの部隊がチェロリダ村の調査に向かったわ」
「あの坊主の部隊が? ……おかしいな、おかしいぞエリシア。あの役立たずを派遣するにしては今のチェロリダ村は不気味すぎる」
「エルマン大佐はなにかあることを知ってアルシェを向かわせたってことか?」
ユーリが問うと、ダグ爺は顎に手をかけて考え込んだ。
「まぁ……こんな老いぼれ農夫がひとり考えたってわかりゃしないことだが……危険がわかっていたらあの坊主じゃなくておまえたちを向かわせるだろうな」
「それはそうね」
エリシアは苦笑する。それはその通りだとユーリも思った。
「儂にはお偉いさん方のことはよくわからん。あの坊主の家柄はそんなにいいのか?」
ダグ爺のそんな疑問に応じたのはルーミアだった。
「あの人はエンブラン家の末子。エンブラン家は都にある士司の称号を持つ貴族。エルマン大佐の実家のピアーズ家も同じ士司の称号を持つ貴族だけど、家柄は長く軍の要人を輩出しているピアーズ家の方が格上で、エンブラン家はピアーズ家の家臣のようなもの」
ルーミアの解説を聞き、ダグ爺はふむと頷いた。
「さすがは長耳の話は長耳が詳しい」
「わたしの耳はあまり長くないけどね」
「おまえさん、他の長耳とは少し違うようだな。俺たちをさげすまない」
「人をさげすめるほど、高い場所にいないもの」
ルーミアの返答に、ダグ爺はにやっとした。
「教会士官になれるんだ、生まれはいいんだろう。だがわけありだな。なに、別に事情を言えなんてことはいわない。地べたで生きるなら、儂らと同じだ。おまえも長生きしろ」
ルーミアは思わずぽかんとなる。人間が混血とは言え、エネスギア人の待遇を受けている自分に生きろと言うのは不思議なものだと思えた。だが、嫌な感じはしなかった。不思議と、胸の奥が暖かくなるような感覚がした。
「軍には芋を届ける。儂らが備蓄していたものを出したと言えばエルマンの顔も立つだろうし、取り立てにきたおまえたちへの文句のひとつも加えておきゃいいだろ」
「世話かけるわね」
「いつものことだ。おかげで対策ってものができるってもんよ。もう行け、おまえたちだって暇じゃねぇだろうに」
「うん。いつもありがとうね」
「無駄死にするんじゃねぇぞ。だいたい、おまえなんて故郷にこもってユーリとたくさん子どもでも産んでりゃいいんだ」
「なっ! なによ!」
赤くなるエリシアを見たダグ爺は豪快に笑う。
「メフェルに感謝を伝えておくぞ。エリシア、手ぶらで帰ったらまた酷いこと言われるだろうからな」
「慣れたものよ」
苦笑するエリシアにダグ爺はまた笑う。
そんなダグ爺に、ルーミアは思う。この人は言葉こそ悪いが、エリシアたちのことをよく理解している味方なのだと。かつて自分にこのような人がいただろうか、そんなことも頭をよぎる。
「教会士官まで連れてきたんだ。それなりの成果をあげないとな」
「ダグ爺は教会士官がいても怖いってことを知らないな」
「ふん、長耳が怖くて畑ができるものか!」
呆れたユーリにダグ爺が胸を張った。
エネスギア人の持つ根拠のない誇りではなく、自分の生業に自信を持つものの誇りだとルーミアは考えた。
「……わたしは」
思わず言葉が口からこぼれる。三人の視点がルーミアに集まった。ルーミアは一瞬はっと我に返ってしまった。言葉がこぼれたのは無意識だった。
「どうされましたか?」
黙ってしまったルーミアにエリシアが問う。ルーミアは慌てて首を振った。
「なんでも」
「なにかあればおっしゃってください」
エリシアにそう促され、ルーミアは迷った。どうしよう、というように思わずユーリを見てしまうと、ユーリは頷いた。
それは、なにを言ってもいいという許諾だった。ルーミアにはそれが伝わった。
「わたしは……生まれたお屋敷と教会以外で生きたことがなかった。でも、市場の人や、ダグ爺さんを見て、みんな強く生きているんだって思えた」
ルーミアは魔導杖を持つ手を胸の上に重ねる。それはルーミアが敬意を表しているのだと思えた。
ダグ爺が応える。
「教会士官のお嬢さんよ、儂らの生活はそりゃあたいしたものじゃあない。耳長が聖地奪還だなんだのって戦争しているが、儂らにはそんな崇高なものなんてない。今年の作物のできを考えて、明日の天気の心配をして、今日ありつけた食事のうまさに喜ぶだけの毎日だ。それでもな、それでも、せめて今日と同じような食事を明日も食えて、ゆっくり寝られるようにと願う。それが強く見えるのなら、お嬢さんは人の命ってものが何なのかわかるということだ。人の命をなんとも思わない長耳たちとは、違うということだ」
そう語るダグ爺がルーミアに向けたまなざしには、優しさのようなものがあった。
真剣に聞いていたルーミアに、ダグ爺は少し黙り、ふんと鼻で笑った。
「なに、学もない農夫の戯言だ」
ルーミアは首を振る。
「なぜだか……胸が温かく……なりました。今まで、こんなことはなかったです」
「そうか。それならいい。儂らのことを少しでもわかってくれたのならな。ほれ、用件は済んだんだ、もう行け。いつまでも教会士官がうろついていたら、みんな怖がっちまう」
「わかりました。失礼します」
ルーミアは膝を軽く曲げ、貴族の礼をする。ダグ爺はそれに驚いたが、なにも言わなかった。
「じゃあダグ爺、またね」
「いろいろありがとう」
「しぶとく生きていたらな、お互いに」
そう言って背を向けるダグ爺と別れ、ユーリたち三人は基地へと向かった。
「……わたしは自分が死ぬことしか考えてしなかったけど、ここの人たちはみんな生きることを考えていた……」
道すがら、ルーミアはそう漏らした。
ユーリとエリシアは思わず言葉に困る。ルーミアは続ける。
「自分にできることなんてないって思っていたのだけど……なにかあるかもしれない」
その言葉に、ユーリは頷いた。
「そうです。生きているなら、できることがあります」
「そうかもしれない」
ユーリの言葉に、エリシアも続く。
「そうですよ。なにかできることを見つけたら、やりたいことだって見つかるかもしれません」
「やりたいこと……そうだね。でも、それはあるかな」
つつっと、ルーミアの視線がユーリに流れた。そこに込められた熱を感じ、ユーリは思わず顔をそらした。
「え、なになに?」
エリシアがふたりの顔を交互に見るも、ユーリはエリシアとも顔を合わせようとしなかった。
「ところでエリシア少尉」
「は、はいっ」
「夕べはなにかあったの?」
「そ、それは……」
エリシアの顔が、瞳の紅のように染まっていく。
そして。
「そ、それは秘密です! 教会士官様にも言えません! 失礼します!」
そう言うと、タタッと走り出した。
「あっ」
「お、おいエリシア! 待てって!」
ユーリも走り出す。
「……これは絶対なにかあったということね」
残されたルーミアはそうつぶやいた。その口元には、かすかな笑みのようなものが浮かんでいたが、それは本人も気づかず、誰も知らないことだった。




