第007話「不釣り合いな任務と市井の人々」
【〇〇七 物流と交易】
■セルフィリア共和国内は自由な物流と交易が認められている。
各地方の陸運を担う貴族の事業によって大小様々な商隊が荷物を運び、前線基地への物流が優先される。
しかし最近はその物流がいろいろな事情により滞る事態が多発している。
このままでは前線の維持が困難になると予想されるものの、問題解決の目途は立っていないのが現状である。
【〇〇七 不釣り合いな任務と市井の人々】
翌朝、ユーリたちはエルマンの部屋に呼び出されていた。
そこには体に不釣り合いな大きな魔導杖を持ったルーミアもおり、なぜかアルシェもいた。
「遅いぞエリシア少尉!」
「申し訳ありませんっ」
「これだから人間というものは困る」
エルマンの嫌みはいつものことだった。
「さて、喜ぶがいい。戦果華々しいアルシェ少尉の部隊には栄えある任務が来た」
アルシェの部隊に華々しい戦果などあるものか――ユーリとエリシアはそう思った。以前の戦闘でもアルシェの部隊が先陣を切って突撃を仕掛ける前、敵の防御部隊を突破したのはユーリとエリシアだ。アルシェの部隊は敵のいなくなった拠点に、遅れて踏み込んだだけだった。
それでもアルシェは先陣を切って手柄を挙げたことになっている。
「ほう、なんでしょう?」
アルシェは自信ありげに応じる。ユーリたちから見るとこの光景はもはや滑稽とも思えた。
「ここ細菌、我が基地に食糧を運ぶチェロリダ村からの輸送隊が途絶えている。チェロリダ村の近くには帝国の監視塔もあるため、輸送隊が襲撃されいる可能性がある。また、村も占拠された可能性があるため、アルシェ少尉はその調査、及び奪還を任務とする」
「了解しました。人間たちは我らエネスギア人に尽くすことが幸福。その幸福を守るため、アルシェ隊、全力で調査、奪還にあたります」
妙だな――ユーリは思った。アルシェの部隊は二〇人ほどがいる大部隊だ。チェロリダ村は小さな村であり、想定される戦闘は監視塔から出る少数の哨戒部隊程度。村に駐留している部隊がいたら、こちらからの増援も必要となるはず。
あまり実戦での実質的な功績のないアルシェの部隊に任せるには少々重すぎる任務に思える。
ふととなりのエリシアを見ると、声には出さないまでも怪訝な表情を見せていた。エリシアも同じことを思っているのだろう。
「アルシェ少尉、これは名誉ある任務だ。達成すれば昇進もあるだろう。心して励むがよい」
「了解であります!」
アルシェは意気揚々と敬礼する。この基地のエネスギア人たちは名誉と言われると警戒することなく自信を持つところがある。
「さて、エリシア隊だが――」
ユーリたちは背筋を伸ばす。
「エリシア隊は教会士官殿が同行する初の任務となる。貴様らの任務は教会のご威光をもって民を導く任務となる」
ユーリは嫌な予感がした。
「貴様たちは基地内と砦周辺を巡り、教会士官への敬意を払う税を取り立てて来い」
それは主計課の仕事であり、本来ユーリたちの行う仕事ではない。いわば民衆の反感を買うだけの雑用とも言えた。
「栄えある次の行軍に備え、我々は力を蓄える必要がある。そのための資金、物資を募る。民は教会士官のご威光の前に喜んで協力するだろう。エリシア少尉、ここに記された物品を徴収することを命じる」
エルマンは高圧的に命じたが、エリシアには思うことがあった。
「しかしエルマン大佐。今は市民も収穫時期の前です。周辺からの物資輸送も滞っており、基地周辺では皆が物資の不足、食糧の不足を感じています。その中で徴収などを行えば、市民の生活に支障が――」
「エリシア少尉!」
エルマンが一喝する。
「貴様は我らが勝利より市民などの生活が大事だと言うのか!?」
その勝利は市民の生活を安心させるためではないのか――エリシアもユーリもそう思ったが、エルマンはそうは思っていないらしかった。
「我が軍の栄光に貢献できるのは民の喜びである! 血を流さぬ民たちは物品を提供することこそが我らの栄光にあやかる好機なのだ! いいかエリシア中尉、提供を拒む者は厳罰に処すと伝えるのだ。戦とはその準備段階からはじまるものだ。この徴収はルーミア中尉にとっても重要な功績となる任務だ。心して取り組むのだ」
直接命の危険のない任務ではあるが、市民から嫌われる役目を押しつけられることになった。しかし徴収はルーミアの功績となるので、死ぬ前に功績を挙げて評価しておくつもりだろうか――ユーリはそんな邪推をした。
「了解しました……徴収任務に赴きます」
「本日中にこなせ。悠長にしている時間はないぞ」
エルマンから書類を受け取ると、となりのアルシェがにやついた顔をエリシアに向ける。
「よかったじゃないか、安全な任務で。うらやましい限りだよ、キミたちはいつも安全な任務じゃないか」
「…………」
エリシアは反論する気にもならず、押し黙った。
「まぁせいぜい市民たちから搾り取ることだ。俺たちの補給が途絶えたら任務に支障が出るからな。補給を受ける間もなく俺たちは任務を終えて帰還するかもしれんがな」
「……あまり気を抜かない方がいいかと、アルシェ少尉」
エリシアがそう進言すると、アルシェは笑った。
「ははは、俺が蛮族ごときに遅れを取るわけがなかろう。敗北を知らぬアルシェ隊だぞ?」
アルシェ隊は敗北という被害が出る前に逃走しているというのは、人間たちの間では有名な話だった。なのにここまで自信を持っていられるこのエネスギア人はある意味すごいなとエリシアとユーリは思った。
今回も敵の大した規模ではない哨戒部隊と小競り合いになったら逃げ帰ってくるだろうと思った。
「ではアルシェ少尉、これより任務に赴きます」
「うむ、任せた。
「九天女神の加護があらんことを」
「女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)」
アルシェが部屋を出ると、エリシアとユーリも敬礼する。
「くれぐれも、ルーミア中尉に粗相のないようにするのだぞ」
「了解しています。それでは」
「うむ。九天女神の加護があらんことを」
エルマンはそうルーミアに向けた。この言葉は今後の無事を祈るセルフィリア教会の儀礼なのだが、この言葉が向けられるのはエネスギア人同士ということになっていた。
「女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)――」
ルーミアは返礼すると、率先して部屋を出る。エリシアとユーリもそれに続いた。
エルマンの部屋のドアを閉めると、エリシアはふぅと息をついた。
「危険な任務じゃなかった」
こぼすルーミアはどこか不満そうにも思えた。
「危険な任務ではありませんが……」
エリシアが言葉を濁すと、ルーミアは首をかしげた。
「なにかあるの?」
「い、いえ、不満はありません」
「教えて。わたしには隊の思うことを知る勤めがある」
「そ、それは……」
エリシアも教会士官を前に、いつもとは違ったやりづらさを感じているようだった。
ユーリが助け船を出す。
「徴収任務は危険ではありませんが、市民たちの反感を買うんです。罵倒されることも少なくありません」
「なるほど。そういうことね。それで気持ちが進まない、ということね」
ルーミアはエリシアが言葉を濁した意味を察した。要するに、気の進まない任務なのだ。
「わたしたちだけならまだ軍への不満が募るだけなのですが、教会士官殿もご一緒となると、教会への信頼も落としかねません」
「市民はそんなに大変なの?」
「ルーミア中尉は市民の生活はご存じないのですか?」
ユーリが問うとルーミアは頷いた。
「教会暮らしだったから、普通の人たちの生活というのには疎くて。でも、ここは基地と、その周りの商業区と農業区があるのでしょう? 生活はできていると思うのだけど」
「それなら……ルーミア中尉、実際に市民区を巡りながら、生活を見てみるといいかと思います」
エリシアはそう提案した。
「そうしましょう。わたしも、知らないことを知るのは嫌いではないわ。死ぬ前に、自分が生きた世界のことを知れるのはいいことだと思う」
「ルーミア中尉は前向きですね。その思いは戦場で生き残る強さになります」
「生き残れる……のかな」
エリシアのかけた言葉に、ルーミアは疑問を感じたようだった。
「なにもせずに死んだら悔いが残ります。言葉のままの意味で、死ぬ気で取り組んで死ねば、いくらかは本望かと思います」
「それは……そうね。エリシア少尉の言う通りね。でも――」
「な、なにか?」
ルーミアがエリシアに顔を近づける。
「なにかあった? 少尉の表情は昨日とはちょっと違って見えるような?」
「そ、それは――」
エリシアがカッと赤くなる。
「ルーミア中尉、エリシア、少尉、先を急ぎましょう。市民区を回るのは大変です」
話題を変えよう、というようにユーリはふたりを急かした。
基地の事務所を出て、三人は門へと向かう。
途中ユーリがたずねる。
「ところでルーミア中尉、その魔導杖は……?」
興味本位からの質問だった。ルーミアの魔導杖はユーリがよく知る、動物の骨や宝石を使ったものではなく、先端部がランタンのようになっている風変わりなものだった。
「これ? エルマン大佐が武装して来いって言ったから持ってきたのだけど、変?」
市民に徴収に赴くのに武装して来いと言うエルマンもどうかと思ったが、自分たちはいつも帯剣してるとも思った。だが、エリシアは銃までも持っているわけではない。
「いや、そういう意味ではなく……普通の魔導杖と少し違うなと思いまして」
「そういうことね。うん、古いものらしいの。リファリーバ家を出て教会に行く時、父からもらったもの。もう死んじゃったけど、お母さんが持っていたものなんだとか」
思い出のものなんだと思うと、エリシアは少し気の毒に思えた。
「大事なものなんですね。戦闘で使うことになると思うのですが、いいのですか?」
「うん。飾っておくより使った方がいいと思って。それに……教会で使っていて気がついたのだけど、この杖には仕掛けがあって」
ルーミアは短く杖を持ち、ランタンのような部分に指先で触れる。
「仕掛け?」
「わたしのお母さんは人間で、エネスギア人ほど魔力が強いわけではなかったのだけど、人並み以上に魔法が使えたらしかった。その秘密がこの杖にあったみたいで……この杖をどうしてお母さんが持っていたかは知らないのだけど、ちょっと特別なものみたい」
仕掛けについては語らず、代わりに杖の出自を教えてくれた。
ユーリとエリシアはそれで納得した。このままいれば、そう遠くなくこの杖の秘密は知ることになると。
「いい魔導杖だと思います」
「ありがとう。わたしには少し大きいのだけどね」
ユーリとルーミアがそんな言葉を交わす中、エリシアはエルマンから受け取った徴収物品のリストを確認する。
「はぁ……こんなに徴収して来いって……どう考えても無理じゃない」
エリシアは思わず本音をもらしていた。
ルーミアもそのリストをのぞき込む。エリシアも上背はない方だが、となりに並ぶルーミアはそのエリシアと同じくらいの上背だ。大きな帽子の分、シルエットは大きく見える。
「たくさんあるのね。この基地はものが不足しているの?」
「そうですね。不足しています。ものも人も、十分にあるとは言えません。先の作戦でも大きな損害が出ていますし――あ、失礼しました」
「ううん。正直に言ってくれていいよ。わたしから教会に報告することなんてないから」
「あ、ありがとう……ございます」
エリシアは戸惑う。
教会士官の仕事は兵がきちんと任務に行っているかとか、その態度はどうかとかを教会に報告することだ。だが、ルーミアはそれを行うつもりはないらしかった。
市民区へ通じる門へとやってくると、ルーミアの姿を見た衛兵が敬礼する。
ルーミアは事前に受け取っていたらしい三人分の外出許可証を提示する。
「はっ、たしかに。どうぞお通りください!」
威勢のいい衛兵に見送られ、三人は市民区へと入る。基地の敷地の外周は市場になっており、露店や商店が建ち並ぶ。
今はだいぶ落ち着きが出てしまったが、それでも市場には活気と呼べるだけの賑わいがかろうじて残っていた。
「メフェルさんのところか?」
ユーリが言うと、エリシアが頷く。
「メフェル?」
事情のわからないルーミアは首をかしげる。
「この市場を取り仕切る顔役です。市場で売られているものは、みんなメフェルさんが許可したものになっているんです」
「なるほど……。エルマン大佐はこの市場からなにをもらって来いと言っているの?」
「食糧と武器、薬品です。結構な量になるからわたしたちでは持ち帰れないのだけど……はぁ、こんな数、今の市民区で揃えられるわけないじゃない……」
「…………」
愚痴をこぼすエリシアを、ルーミアは興味深そうな顔で見ていた。
喧噪の中の市場を進む。露店は売り物の準備をしている時間だった。ルーミアはそれも興味深そうにあちこちと見ている。
「市場ははじめてなのですか?」
ユーリが問うと、ルーミアはこくこくと頷く。
「うん。教会には行商人が来ることはあったけど、こんなにものが並んでいるのを見るのははじめて」
「前はもっと人もものもあったんですよ。今はその半分以下です。東側の商業路が生きていた頃はいろいろとめずらしい調度品なんかもあったんです」
エリシアが説明するとルーミアは意外そうな顔をする。
「ここから東……バレウス街道のこと?」
具体的な街道の名前が出て、ユーリとエリシアは少し驚いた。が、すぐにルーミアの生家を思い出し、納得した。
リファリーバ家はこのクラッド領北部、ウィスパニア地方の陸運を担う貴族だ。
「恐れ入ります。バレウス街道が繋ぐ東部ティエル地方からの物資も滞るようになっていて……街道の機能は低下していると聞いています」
エリシアの言葉にルーミアはふと考え込んだ。
「あちらの街道は叔父様が管理運営していた場所なのだけど……安定していないのかもしれない」
「詳しいことはわかっていませんが、なんだかどこも不安定になっているようですね。バレウス街道に繋ぐ北東セルフィリア街道の治安もよくないって、前に耳に挟みました」
ユーリの言葉にルーミアはなにかに気づいたように頷いた。
「そういうことなのね。アルシェ少尉の部隊は先にそちらに行った方がよかったのでは?」
ルーミアの意見はまっとうなものだった。街道は基地の維持、運営に関わる重要施設だ。
「面積の広い森林と山岳地帯になるので、アルシェ少尉の部隊では戦力に不足が出るのでしょう」
「アルシェ少尉は強くないの?」
応じたエリシアに、ルーミアは核心を突いた質問をする。エリシアは少し困ったものの、正直に応えた。
「正直に言いますと、アルシェ少尉が戦ったところを見た人はいないのです。本人は精強だと言っているそうですが、実際に見たという話を聞いたことがないんです」
「それでも部隊の戦果はあるから不思議なんだよな。なんかいつも逃げ隠れして最後に出てくるだけっていうイメージが――」
「ちょっとユーリ」
「あっ、失礼しました」
思わず思っていることを言ってしまったユーリは慌てて口を閉じた。だが、聞いているルーミアは首を振る。
「大丈夫。わたしは本当のことが知りたい。名誉のための建前とか嘘よりも、本当はどうなっているのかを知っておきたい」
教会にいたルーミアのもとにも軍の戦果報告は流れると思えたが、ルーミアはどうしてそれを建前や嘘を見抜けたのか、ユーリはふと気になった。
「あの、ルーミア中尉はどうして本当のことが隠されていると思われたのですか?」
エリシアも同じことを考えていたらしく、そんなことを聞いた。
「教会に逃げ込んでくる人間たちがあとを絶たないの。戦災、困窮、いろいろな事情はあるようだけど、セルフィリア教の説く博愛を頼りに教会に助けを求めてくるの。戦況が聞く通りの勝利の連続なら、みんなの生活はもっとよくなっているのではないのかしら?」
ルーミアの洞察は正しかった。ルーミアの情報からなにかを汲み取る能力を垣間見たユーリは、彼女の頭のよさを察した。
「そうですね。戦禍の拡大や、それに伴う困窮は広がっているのが現状です。この基地を中心とした街でも、それは例外ではありません。市場にものは売られていますが、これだけでは足りていないんです。みんな軍にただ同然の働きをさせられて、お金も満足に入らない。だから食べるものに困る。しっかりしたパンなんて、もう何日も食べられない人が……たくさんいます」
「やはりそうなのね」
ルーミアがぽつりとつぶやく。なにかに納得したように頷きながら。
それから少し無言が続いた。すると、目的の場所が見えてくる。赤と青の鮮やかなストライプの屋根をつけた屋台と、その店頭に立つ背の高いエネスギア人の女性がいた。そのエネスギア人はユーリたちを見るなり、口角をあげる。
「おやおや、エリシアたちじゃないか! まだ生きていたのか!」
「言ってくれるわねメフェルさん。無事で帰ってきちゃダメ?」
エリシアが笑顔で応じる。
エネスギア人のメフェルは、ふふんと鼻で笑った。




