第006話「紅玉の瞳に灯る覚悟」
【〇〇六 紅玉石】
■セルフィリア大陸南部地方で産出される宝石。
魔力伝達力が高く、魔法具などの素材にも利用されるが、美しい紅の輝きと透明感があることから、貴族たちの装飾品としての人気も高い。
赤い宝石と言えば紅玉石が最も有名で人気があり、青い宝石と言えば青聖石が人気である。
エリシアの瞳は人間の中でもめずらしい、この紅玉石を思わせる色彩をしている。
【〇〇六 紅玉の瞳に灯る覚悟】
ほどなくして目を覚ましたエリシアは身支度をととのえ、戻ってきた。
「エリシア=ヴァイツです。お会いできて光栄です。教会士官様がお見えになられることは大変に名誉なことで――」
教科書通りの儀礼的な言葉を述べるエリシアに、ルーミアは首を振った。
「大丈夫ですエリシア少尉。――わたしは本日をもってあなたの部隊に配属された、ルーミア=アーク=リファリーバ中尉です。以後、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ルーミアの差し出した手を、エリシアは緊張しながら握り返した。
いきなり失態を見せたエリシアはなにを言われるか内心ハラハラとしている。しかし、ルーミアは事務的な口調で言う。
「書類で見た時に驚いたのだけど、本当にふたりだけの部隊なのね」
「はい。隊員の補充要請は出しているのですが、受理は遅れているようでして」
遅れということはなく、本当はただ黙殺されているだけなのだが、エリシアは建前を言った。
「前回の作戦の時もふたりで?」
「同じ任務に当たった部隊はありました。ですが、生き残ったのは自分とユーリだけになってしまいました」
「他にも、危険な任務が多いみたいね。先陣を切って突撃する任務もあったみたいでは?」
「それは……本隊が安全に先陣を切れるよう、敵の先方を払いのけるという任務でした」
「これもふたりで?」
「そうです」
ルーミアの淡々とした問いに、エリシアは誠意と敬意を見せて応えていた。
エリシアの答えに、ルーミアは興味深そうに頷く。
「なるほど、なるほど」
「なにか思うことがおありでしょうか?」
「うん。あなたたちの部隊は危険性の高い任務が多い。これは、死ぬのには相応しい、うってつけの部隊ね。わたしがここに配属されたことにも納得できる」
「え? それは……中尉の才能が発揮できる場所である、ということでしょうか?」
無駄に自信だけはあるエネスギア人は多い。このルーミア中尉もそのひとりで、自分たちの過酷な任務が自分の名声を上げるのに最適だと思っているのだろうと思った。
「ううん、そうじゃない。わたしはご覧の通り、人間とエネスギア人の混血。でも貴族の生まれだから無碍にもできない。そこで戦地へと送り込んで、戦死させようとしているの」
「えぇっ?」
無感情なルーミアはエリシアにとって衝撃的だった。教会から派遣されたということは後ろ盾もあると思っていたが、ルーミアにそれはないらしかった。
エリシアは愕然とした。
場所はユーリとエリシアの部屋。座卓を囲み、三人は正座して座っていた。
沈黙が発生したが、それを破ったのはユーリの挙手だった。
「あの、ルーミア中尉、ひとつよろしいでしょうか?」
ルーミアはこくりと頷きを返す。
「中尉の仰ることの意味がよくわかりません。貴重な戦力をわざと戦死させるだなんて」
ユーリは正論だった。このルーミアも中尉という階級と、教会から派遣されるということは、それなりの実力はあるのだとは思える。
だが、ルーミアは首を振って応えた。
「わたしはどこに行ってもやっかい者だから。手柄を立ててもらっても出世できるわけでもないから、前線で戦死でもすれば、貴族の娘が勇敢に戦い戦死したという物語になる。リファリーバ家の功績にも、教会の名誉にもなる。わたしにある利用価値はそれくらいしかない」
無感情な表情のまま、ルーミアはまるで他人事であるかのように言う。それは冷静であり、現実的な話だった。
ユーリとエリシアがルーミアのこの話を納得してしまえたのは、教会とエネスギア人たちがやってきたこと、やっていることを知っているからだった。
「ですが、どのような任務であれ、わたしは部隊を勝利させ、生還させます」
エリシアが応じると、ルーミアはそんなエリシアにずいっと顔を寄せた。
「兵士の心得を口にしてどうこうなる話ではないよ。本当に、わたしは死ぬためにここに配属されたのだから。だから――」
「だ、だから?」
ルーミアに接近されたエリシアは体をのけぞらせ、オウム返しに聞いてしまった。
「しておきたいことは、しておこうと思ったの」
「しておきたいこと……と言いますと?」
エリシアの問いに、ルーミアは顔を離して座り直した。
「それは、決まっているでしょう? 気持ちいいこと。子どもを作る行為は気持ちがいいものって聞いた。だから経験してみたかった。あなたも、彼としているんでしょう?」
ぼんっとエリシアの顔が真っ赤になる。ユーリは気まずい。
「んなっ――」
「どのくらい気持ちいいのか、経験してみたかったの。どうなの? 実際にすごく気持ちいいものなのでしょう?」
「し、ししし失礼ながらっ! わたしだって経験はありませんからっ!」
うわずった声で、エリシアは叫ぶように言う。ユーリはなぜか気まずい。
「あら? そうなの?」
「そうですよ! どうしてわたしとユーリがそういうことをしているって思ったんですか!?」
エリシアの腰が浮いている。だが、ルーミアは落ち着いていた。
「ここに来た時、裸のあなたを裸のユーリが寝室に運んでいるところだったから。そういうことじゃないの?」
「そ、そ、それは事実ですけど、ち、違います! わたしとユーリとはそういう関係ではありません! 今のところはまだっ!」
エリシアは動揺のあまり言葉が乱れていた。目も泳いでいる。
「そうだったのね。それは失礼したわ。でも――」
言葉をくぎり、ルーミアが立ち上がる。
「わたしたちはいつ死ぬことになるかわからない。それだけは覚えておいて。だからあなたたちも、したいことはしておきなさいね」
「ルーミア中尉……」
ルーミアには死の覚悟がある。これは他のエネスギア人とは違うことだ、エリシアもそれを感じた。
「今日はこれで戻ります。女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)――」
セルフィリア教会の言葉に、エリシアとユーリは反射的に敬礼を返した。
そして、ルーミアは静かに部屋を出て行った。
するとすぐ、エリシアは今にも斬りかかってきそうな視線をユーリに向けた。
「な、なに?」
「あの教会士官となにかしたの!?」
「え、し、してないよ、本当になにも」
首筋を吸われたり、胸を揉むように触ったりはしたが、それを今言ったら本当に斬られるか、撃たれるか、あるいは両方される可能性が極めて高いとユーリは即座に判断した。
「本当に!?」
殺気の籠もったエリシアがずいっと顔を近づける。ユーリはのけぞり、おののきながら応える。
「本当だって、本当」
「……信じるしかないか。それに、ユーリにそんなことできるなら、わたしに対してだって……って思っておこ」
「ん? なんて?」
「なんでもない。教会士官が配属されるなんて最悪ね、って」
「あぁ。でも、あの人はイメージにある堅物性悪教会士官とは随分違っていたような……って、おい?」
エリシアは頬を膨らませ、ジト目を向けている。
「な、なんだよ?」
「気に入ったの?」
「そうは言ってないし、それはまだわからないよ。ただ、教会士官のイメージと違っていたってだけ」
「ならいいけどっ」
「うん。腹減ったろ? すぐ支度する」
「あ、うん、ありがとう」
キッチンへ向かいながら、ユーリは思う。
ふたりだけの部隊で大変なことはあったが、自由はあった。しかしそこに教会士官が来たとなればこの自由はなくなる。今まではふたりだから切り抜けられてきた場面も多い。いや、ほとんどだ。そこに余計な要素が追加され、自分やエリシアの動きと判断に「鈍り」が出るということが懸念された。
◇ ◇ ◇
その夜――二段ベッドの上に寝るエリシアは今夜何度目かになる寝返りを打っていた。
友人のシャーラも、あの教会士官のルーミアも言っていた。やりたいことは、やっておくようにと。
エリシアはやはり、自分の思いをユーリに打ち明けたいと思っている。そしてユーリに受け入れられ、心でも、肌でもユーリの思いを感じたいと思っている。
だけどどうしたらいいものか。風呂に突入で上手く行くかと思ったら失敗してしまった。
あれは仕掛け方が唐突すぎてよくなかったとエリシアは反省する。もっとうまく仕掛けられれば、そのあとは上手く流れができていけるはずだと。
そう思い、何度も寝返りを打っている。
その寝返りの振動は下で横になるユーリに伝わっている。なにかに思い悩んでいるのかと思い、ユーリは優しく声をかけた。
「エリシア、眠れないのか」
「えっ」
エリシアの悩みは、あの教会士官が来たことだろう、ユーリはそう思っていた。まさか自分の誘惑の仕方を考えているとは思ってもいない。
「教会士官が来たからって、俺たちは俺たちだ。どんなことが起こったって、やらされたって、戦い抜いて生き残って帰るだけだ。そうだろう?」
「う、うん。そう……だね」
ユーリは優しい。自分を心配してくれている。
そう思うと、余計に気持ちが高ぶってくる。
明日には任務が下るかもしれない。それは本当に、ルーミアが言っていたように自分たちを殺すための任務かもしれない。
ならば――今しかない。もう小細工を弄するのはやめだ。
「ねぇユーリ」
ベッドから身を乗り出し、下のユーリを覗く。明かりのない部屋は窓からさす星明かりのみで、ユーリの表情までもはよく見えなかった。だからか、なんでも言えそうな気がした。
「どうした?」
「聞いて欲しいことがあるの。いい?」
「おう、なんでも聞くぞ」
ユーリの優しさを感じ、エリシアの口元が緩んだ。緊張が和らぐ、自然と言葉が出て来そうだった。
「今日ね、シャーラにも言われて、教会士官の中尉にも言われたことなんだけど……」
いざ本題を言おうとすると、もじもじとなってしまう。
ユーリはそんなエリシアを見て、いつものエリシアらしくないなと思った。エリシアは訓練所ではトップの成績だったし、実際の実力も高い。しかしそんなエリシアでも、時折不安に駆られることがあるということを、ユーリは知っている。
「あぁ、なんて言ってたんだ?」
「……いつ死ぬことになるかわからないから、やりたいことはやっておいた方がいいって」
「言ってたな。シャーラも言ってたのか」
「あ、あのね、あの……」
間が空く。
ユーリはエリシアがなにを言うのか、見当もついていなかった。しかしなにか言いづらいことを言おうとしているのだということは察していた。だから、黙ってエリシアの言葉を待つ。
そして少しの時間が流れ、エリシアは言葉を紡いだ。
「わたしね、ユーリが好きなの」
「…………お、あ?」
予想外の言葉に、ユーリは間の抜けた返事をしてしまった。
ユーリがなにかを応える前に、エリシアが言葉を重ねる。
「だ、だからどうして欲しいとかっていうことじゃなくて、ただ、知っておいて欲しかったの。いつ死ぬとかわからないなら……伝えたいことくらいは伝えておきたいと思って」
エリシアは先ほどと変わり流暢に話す。落ち着いているようにも思えた。動揺しているのはユーリの方だった。
「そ、そうか。それなら――」
「だからねユーリ」
ユーリの言葉を遮りながら、エリシアが上から降りてくる。
ユーリも起きようとしたが、それよりも早く、エリシアはユーリのベッドの上に乗り込んできた。
「お、おいエリシア!?」
「なにも言わないで」
エリシアの重みを受け、ベッドがぎしっと軋む。ユーリはなにをしたらいいかわからず、その場に留まることしかできなかった。
ユーリに覆い被さるように四つん這いになるエリシアの胸元は大きく開いており、暗闇の中でもそこに見えるエリシアの膨らみの形がはっきりと見えてしまう。
「ずるいかもしれないけど……ごめんねユーリ」
「謝るようなことじゃないだろう?」
「ありがとう……ユーリ、いつ死んでもいいように、ユーリのことだけはしっかりと覚えさせて」
「だ、だけど――」
「ユーリはジッとしてていいからね。わたしががんばる……」
「そういうわけにも――っ!?」
エリシアが顔を近づけて来た、そう思った瞬間、エリシアの接近は止まらず、そのまま唇を重ねられた。
ふわりとした柔らかな感触、それと甘い穏やかなエリシアの香りがユーリを包む。
「ユーリ、大好き。わたしの最期の時まで、ずっとそばにいてね」
エリシアに抱きつかれるように、ユーリはエリシアに組み敷かれた。
ユーリは思う。
これがエリシアの覚悟なら、受け入れようと。
俺たちの命はいつ消えることになるかわからない。
この軍で、エネスギア人たちにとって俺たちの命の価値は低い。それならせめて、今やりたいことを、できることをやるべきだ。
その時その時を懸命に生きることは悪いことじゃない――そう思い、ユーリはエリシアの背中に腕を回した――。




