第005話「星の交わる軌跡が見せる影」
【〇〇五 エネスギア人】
■セルフィリア大陸に多く生活する種族。
長い耳と白い肌が特徴。
マールセルフィリア教を厚く信仰するものが多く、教義によれば博愛と平等を尊ぶらしいが、実際そのようにしているエネスギア人は少ない。
女神の神託を受けた種族であるとして、優越感を持つものが多い。
人間よりも魔力とその扱いに長ける。
中でも召喚魔法は絶大な威力を誇り、それはしばしば起こる人間たちの反乱の鎮圧に使われることもある。
【〇〇五 星の交わる軌跡が見せる影】
「話があります」
あの時アルシェといた教会士官は静かにそう言った。ユーリは空気がひりつくのを感じた。
「あの、少し支度をさせてください」
「わかりました」
さすがに全裸のままでいるわけにもいかず、ユーリは素早くエリシアを寝かせてきた。二段ベッドの上がエリシアの使う場所なのだが、時間もなく担ぎ上げる手間もあったため、下段の自分の場所に寝かせてきた。
そして素早くズボンだけを履き、正座している教会士官の前に戻った。
「あの――」
「あなたも座って」
「失礼します」
教会士官に促され、ユーリはその前に正座した。
「本日付で配属された教会士官、ルーミア=アーク=リファリーバ中尉です」
「……リファリーバ」
思わずつぶやいたその名はユーリでも知るエネスギア人貴族の名家だった。
そんな名家出身の教会士官とあれば、影響力は相当なものだろうと思えた。その教会士官を前に失態を見られたとあっては、相当にまずい。
「ユーリ=ファルシオンです」
「知っています」
「失礼しました」
「それで」
「は、はいっ」
ユーリの声がうわずる。
「終わったの?」
「……はい?」
自分の兵士生命が終わったのか、そういう意味かと思った。
ルーミアは続ける。
「あの子としていたことは終わったの?」
「……え、えっと、それはどういう……?」
「ふたりとも裸だったし、気持ちいいことしていたんじゃないの? あの子が失神するくらい」
ルーミアの言葉に思わず息が詰まった。弁明せねば! と。
「それはちがっ――違います!」
「違うの?」
「違います! これは、その、俺の、いいぇ、自分の入浴中にエリシアが、あ、エリシア少尉が入ってきましてその――」
自分でもなにを言っているかわからないユーリだったが、聞いているルーミアはそんな慌てふためくユーリの姿を見て、心の奥底からかつてない感情がわき上がって来ていた。
自分に対してこのようにあわてふためく人を見たのははじめてのことだった。ルーミアは感情の高ぶりに任せ、言葉を出してみる。
「お黙りなさい」
「はいっ」
ルーミアがこれまでの人生で発したことのない命令口調の言葉に、ユーリはピシッとした返事をして背筋を伸ばした。
ルーミアは自分の態度とユーリの反応にぞくりとした。今までは虐げられたり皮肉を言われることがほとんどだったのだが、このようなことははじめてだった。
ルーミアは続ける。
「わたしは本日付であなたたちの部隊に配属された教会士官です。指揮系統は今まで通り、エリシア少尉が持ちますが、判断の権限はわたしにあります。あなたたちをどう生かすか、どう殺すかを決めるのはわたしです。理解していますか?」
教本通りの言句をルーミアは並べる。こんな高圧的な態度で言葉を発したのははじめてのことで、ルーミアは震えるほどの興奮を覚えていた。
「はいっ、理解しています」
ユーリは言葉通りに教会士官の立場を理解していた。その決定権は強く、そもそもにしてセルフィリア共和国に属する各領地の方面軍は教会に総指揮権があるため、教会から直接派遣された教会士官たちには絶対的な権限がある。たとえどんな理不尽な命令であっても、ユーリたちに反論の権利はない。
それゆえに、教会から派遣される士官、将校は恐ろしい存在とされていた。特に、エネスギア人に支配されている人間の立場からすると、エネスギア人の教会士官たちは最悪の存在であり、敵よりも恐ろしいものだった。
「それでは――」
ジッと、ルーミアの目が自分の体を凝視する。
ふしだらなことをしていたと誤解されているようなので、これからどんな理由をつけて、どんな処罰を、あるいは拷問を行うのか品定めしているような視線に思えた。
ユーリは額に汗が浮かぶのを感じた。
だが――実際はちがっていた。
ルーミアは目の前にいる半裸のユーリの姿に視線を奪われているだけだった。
話と教育では聞いていたが、男子の体とはこうも逞しいものなのかと驚きつつ、観察していた。先ほどの少尉はこの体に組み敷かれていたのかと考えると、不思議と体の奥がじわっと熱を帯びた。
だから――。
どうせここに来た以上、長生きはできない。だから――。
「ユーリ=ファルシオン。あの少尉としていることを、わたしにもしなさい」
「…………は、はい?」
ユーリの思考は止まった。
一体、今なんと言われたのか。
この教会士官、ルーミアは会った時から表情が乏しかったが、感情を感じさせない表情の奥に籠もった熱のようなものをユーリは感じ取った。
しかし、思わず聞き返してしまう。
「なにを……しろと?」
ユーリが問うと、ルーミアは無表情の顔をずいっと近づけてきた。
「あの少尉としていること、していたことです。普段からしていると思われることです」
「そ、それって……」
ルーミアが言わんとしていることは、なんとなく察しがついた。エリシアの友人であるシャーラからは鈍感だの朴念仁だのと言われているが、そんなユーリでもルーミアの言わんとしていることくらいは想像できた。
こんなことを言い出す教会士官、エネスギア人の言いなりになったらどんなひどい結末を迎えることになるのか……それは想像に難くない。なので、とぼけることにした。
「エリシア少尉は自分の上官ですので……自分がなにかをするとかそいうことはなくて……」
「そうじゃなくて」
さらにずいっとルーミアが顔を近づける。息がかかるほどの距離だ。色白のエネスギア人の肌は近くで見ると輝くようだった。
ユーリは思わず目を泳がせる。
「どういう……」
「じゃあ命令する」
ルーミアはかつてない興奮を覚えていた。
中尉という階級が与えられてはいたが、教会にいた頃から、誰かに命令できる立場になったことなど一度もない。それを行使できる立場になったことで、ルーミアの中には未知の快感が駆け巡っている。
なので、言葉にも歯止めがきかない。本能と欲望のままに体が動き、言葉が発せられる。
ルーミアの手ががしっとユーリの手を掴む。
「わたしを……気持ちよくさせなさい」
ルーミアは掴んだユーリの手を自分の胸へと押し当てた。
「んなっ!?」
ルーミアの知識として、世の中の男子の劣情を煽るのは難しくないことという認識があった。教会では日頃から注意するよう言われていた。
なので見せるか触らせればすれば、男子はすぐ劣情に駆られる、ルーミアの知識ではそういうものということになっていた。
だが。
「と、突然なにをするのですか中尉……こ、困ります」
「え?」
ユーリの言葉はルーミアには意外なものだった。困る? と。
「こ、困るの?」
体を触らせればおおよそ自動的にことが進むようになるのではと思っていたルーミアにとっても、それは困ることだった。誘惑する方法など、詳しく知っているはずもない。
ユーリもユーリで、その困惑は頂点を極めつつあった。この教会士官も自分の上官になるわけだ。
あどけなさの残る端正な顔は目の前にまで近づけられている。
手に押し当てられている胸は、エリシアほどの大きさはないしても、しっかりそこにあるという質量は感じられていた。あまり意識しないようにするものの、そのような努力は無駄な抵抗と言えた。
さらに、ルーミアは無意識と思われるが、ルーミアはユーリに近づくあまり、ユーリの膝の上に座っている。そこから感じる体温と柔らかさにユーリの困惑は加速する。
「困りすぎます……」
「なにか問題があるの?」
「ありすぎます。ルーミア中尉は自分の上官ですし、その……」
「わたしが上官なのだから、あなたは言われた通りにすればいいのでは?」
「そういうわけにも――」
「それに――わたしだって、誰でもこんなことしてるわけじゃないよ」
「そ、それは……」
やっかいな連中に絡まれているところを助けてくれた人間であり、しかも自分を見下したり、馬鹿にしたりしない。家柄などで自分を担ぎ上げたりもしない。ルーミアはこのユーリのような人物に出会ったのははじめてだった。
どうせ長くは生きられない。母親は自分に、子をなして血を絶やさぬようにと言っていた。しかしそれは諦めた。でも、それでも、気持ちのいいことと聞く子作りは経験してみたいと思っていた。
それには相手が必要だ。なら、その相手はこのユーリがいい。ルーミアはそう考えていたのだが、ふとある考えが頭をよぎる。
「あ、もしかして」
「はい?」
「もしかして、わたしではなにか不足があるということ?」
「そういう話ではなくて……」
「ではどうして?」
「わっ」
ルーミアがあまりにも顔を近づけてくるので、ユーリは体をのけぞらせていたが、ついにパタッと後ろに倒れてしまった。ルーミアはそんなユーリにまたがるような格好になる。
「どうして?」
「どうしてと言われても……命令されてするようなことではないような」
「教会士官の命令は絶対でしょう? それに、あなたに助けられてから、あなたが気になっている……嫌いではないし、触られても嫌な感じじゃなかった。だから大丈夫、なんの問題もない」
ダメだ、この人は話が通じない――ユーリがそう思った時、ふと視界にルーミアの耳が入った。エネスギア人の特徴のひとつである、切れ長の長い耳……のはずが、ルーミアの耳はユーリの知るエネスギア人のそれとは異なり、どこか短めに感じられた。
ルーミアはユーリの視線に気付いた。
「わかった?」
「なにを――」
「わたし、エネスギア人じゃないよ。人間との混血」
「え――」
ふと、ルーミアの表情に影が落ちる。
「純血じゃないエネスギア人に価値はないの。人間と同じように扱われる。わたしは貴族の家柄だけど、家でも、預けられた教会でもやっかい者だった。わたしは、ここで戦死するために配属されたの」
ルーミアは無表情だった。悲しさは感じられない、淡々とした口調だった。
「死ぬために……」
「だから、せめて死ぬ前には気持ちいいことがしたかったの」
ルーミアの言葉に、ユーリは強い覚悟のようなものを感じた。エネスギア人の多くは、自分は戦場では死なないという根拠のない自信を持っている。だから無謀な作戦をたて、実際に投入される人間の兵士たちの多くを無駄死にさせる。
しかし、このルーミアはそういうエネスギア人とは違った認識を持っていた。ルーミアは、自分も戦死するという思いがあった。戦場に出れば、いつ死ぬかはわからない。それは、ユーリには共感できる価値観だった。
「どう? これで、あなたもわたしを軽蔑するでしょう?」
「しません」
ユーリは即答し、体を起こした。
「え?」
「軽蔑なんてしません。あなたは……戦場は死ぬ場所だって思っている。その覚悟があってここに配属されてきたんだ」
純血を尊いとするエネスギア人社会で、このルーミアがどんな扱いを受けてきたのか、ユーリには想像がついた。
出会った時のように、階級も立場も関係なく嫌がらせを受けることが多かったのだろうと。ならば、あの時ルーミアを救おうとした自分の行動は、間違いではなかった。
「あなたは……高見の連中とは違う。俺たちと同じ……同じです」
真正面から自分を見据えたユーリの視線と言葉に、ルーミアの心臓はどくんと大きく動かされた。
「ユーリ=ファルシオン……!」
ルーミアは高まる衝動を抑えきれず、ユーリに抱きついた。
「うぉっ」
抑えきれない衝動そのままに、ルーミアは思ったことを口にする。
「あなたが好きですユーリ=ファルシオン」
「なにを――」
「わたしに触って。触りなさい」
再度、ルーミアの手がユーリの手を胸へと持っていかれる。
法衣の上からでも伝わる柔らかさにユーリは困惑するが、そんなユーリの耳元にルーミアは口を近づけ、ささやいた。
「あなたも死ぬんでしょう?」
ルーミアの唇が耳に触れる。
「死ぬ前に、あなたも気持ちよくなりたいとって思ったことはないの?」
「それは……」
「何度も生還している部隊だそうだけど……だから次も大丈夫だっていう自信があるの?」
「それは……そうは思ってはいないです」
「じゃあ、今日が、今が最後の自由かもしれない。次の瞬間に命令が来て、死ぬ任務に行くことになるかもしれない」
「それは、いつも思っています」
「それなら――なにも我慢なんてしなくていい……これはわたしが望んだこと……応えて」
そう言いながら、ルーミアはユーリの首筋に唇をあてがった。
「くっ――」
首筋を這う蠱惑的な感触に堪えきれず、ユーリは思わずルーミアを抱きしめてしまった。
「んふぁっ!?」
ユーリの腕に抱きしめられたルーミアは体の奥でなにかが弾け、混ざり合い、激しく燃え盛るような感覚が起こった。
「あっ――ふぁっ……」
燃え盛る激しい衝動のまま、ルーミアはユーリを抱き返し、体を擦りつける。唇と舌がなにかを求めるので、ルーミアはそのままユーリの首筋を吸っていた。
「ちゅ、中尉……!」
ユーリはかろうじて残った理性が体を固めていたが、ルーミアが激しく動いているため、胸を揉むようになってしまっていた。
丈夫な法衣の上からでも、手の中で形を変える柔肉の感触があった。
「直接触って」
「で、でもそんなことは……」
「命令、触りなさい。触って、早くっ、命令」
ごく至近距離、耳元に熱の籠もった息とともにかけられる言葉に、ユーリは抵抗することが罪のように思えてきた。
ルーミアの言葉に従い、法衣の中へ手を潜り込ませようとした、その時だった。
「うぅ~……なにか変なものを見たような……」
ふらふらとした足取りで、シャツ一枚を着ただけのエリシアが目をこすりながらユーリとルーミアのいる部屋へと戻ってきた。
「あ、ユーリ、帰ってた…………の?」
「お、おうエリシア」
「おはようございます、エリシア少尉」
「…………え?」
エリシアの目がこれ以上なくまん丸に見開かれる。
その目でエリシアが見たのは、ユーリに抱きついて身もだえしている教会士官であり、その光景はどう見ても男女の……。
「え? え? どういう……?」
エリシアの思考は停止し、ぷるぷると体が震えだし――。
「ふぁぁぁっ……」
意識を失い、再び倒れてしまった。
「エリシア!」
「あら……」




