第004話「青聖石の瞳の来訪者」
【〇〇四 教会騎士】
■セルフィリア教会直属の軍に所属する兵のことを指す。
士官以上のものはセルフィリア共和国の各方面軍に派遣されることがあり、現地で直接指揮を執ることもあるが、その方面軍の内部事情の調査や、部隊の士気高揚を目的にすることが多い。
教会騎士の階級は方面軍内での同階級より上に扱われる。
教会騎士の多くは魔法や召喚術の扱いに秀でた者が多い。
【〇〇四 青聖石の瞳の来訪者】
報告書の提出と弾薬の調達に出たエリシアを見送ったユーリは夕飯の支度をはじめようと思っていた。施設には食堂もあるのだがエネスギア人たちにはなるべく会いたくないので、ユーリたちは自炊することが多かった。
料理は何度かエリシアがやったこともあったのだが、そのたびになかなか残念な結果となってしまったということから、ユーリがやるようになっていた。市場地区への食材買いだしから戻ると、門の衛兵に声をかけられた。
「お疲れさん。早かったな」
「買い物だけだしね。いろいろ値上がりしてるな。物資があまり来ていないのかな」
「そうかもしれない。ここは北部の拠点だけど、なかなか成果をあげていないだろう? 支援も細くなっているんじゃないかって」
人間の衛兵は声を潜めてそう言った。
「そうなると、成果を焦りだしてくるな。その結果が、この前のあれか……」
「そうなんじゃないか? エルマン大佐がいい采配をするとは思えないから、この先気が重いよ……」
「なんとか踏ん張るしかないな」
ユーリは持っていた紙袋からひとかけらの焼き菓子を取ると、衛兵に手渡した。
「いいのか?」
「息抜きに。見張りも大変だろう?」
「ありがとうな。長生きしてくれよ」
「あぁ、お互いに」
敬礼する衛兵に手を挙げ、ユーリは基地の敷地内に入る。
帰還して訪れた市場はあまり活気があるとは言えなかった。近くの村から運ばれてくる食材も、以前より種類も数も減り、それでいて値段は上がっていた。
この地域の疲弊が感じられる。なにか手を打たないと、これでは攻め込まれた時に持ちこたえられないのではないかと思う。しかし、手を打とうにもひとりの兵士にすぎないユーリにはなにもできない。
人間が階級や立場の上のエネスギア人になにか進言をしたところで聞いてもらえるはずもない。
そんなことを考えながら、せめて基地に戻った時くらいはまともなものを食おうと思いつつ、路地の前を通りかかった。
すると、通路の奥でうごめく人影が見えた。
「うん?」
ユーリは思わず身を隠し、路地の中を覗いた。
「あれは……アルシェたちか。こんなところでなにやってるんだ?」
アルシェの横暴っぷりは基地内の人間たちの間では有名だった。こんなひと目につかないところでエネスギア人を集めてなにをやっているのか、ユーリは不審に思った。
アルシェの声が聞こえてくる。
「なんだ、誰かと思えば噂の――ではないですか」
よく聞き取れない部分はあったものの、誰かに因縁をつけているようだった。
男女複数人の、何かを小馬鹿にするような下卑た笑い声も聞こえる。
平等と博愛を謳うエネスギア人たちによる差別、そしてこのような陰湿ないじめのようなものが横行している現実に、ユーリは辟易としていた。
「どこが平等と博愛を尊ぶ神に選ばれし存在なんだか……」
アルシェたちの行動に、ユーリは心底呆れた。このまま見て見ぬ振りをするのもどうかと思う。
「おい、囲め」
そんな声が聞こえた。派手な暴力を振るうようなことはないにしろ、被害者が受ける精神的な苦痛は計り知れない。
介入するしかないと思うものの、力で介入してしまえば騒ぎが大きくなり、最悪上官であるエリシアにも迷惑がかかる。
「ちょうど逆光になるか……それなら」
路地の中は暗く、そちらからこちらは逆光になって姿は見えないことに気付いたユーリは入り口から姿を見せた。そして声色を変えて言う。
「軍警察だ。貴様らそこでなにをしている」
ユーリの声に、そこにいたエネスギア人たちの笑い声が消える。
「アルシェか。今は見逃す、持ち場に戻れ」
エネスギア人はプライドが高い。軍警察と嘘をついたが、アルシェを持ち上げるように言うと、アルシェはこちらに敬礼を返した。
「はっ! 失礼します!」
軍警察が絡むと面倒なことになる、それを知っているアルシェたちは敬礼を返すとサッと散ってしまった。
「まったく……こんなことばかりしやがって」
ひとり残されていた人影は華奢なシルエットで、少女だということがわかった。
「おい、大丈夫だったか――えぇっ!?」
声をかけ、ユーリは驚き、すぐに姿勢を正して敬礼する。
「失礼しましたっ!」
白を基調とし、金色をあしらった豪華な法衣、頭に乗る大きめの白い帽子はどう見ても教会騎士だった。さっと肩の階級章を確認すると、中尉――教会士官だ。教会士官は一般の士官よりも上の階級として扱われ、地位は高い。
ユーリは思った。――終わった、と。
なにがあったか知らないが、教会士官がいじめられているはずなどない。軍警察を装ったこと、この教会士官の意に反してアルシェを追い払ってしまったこと、ユーリを裁くには十分な要素だった。
覚悟を決めて目の前の教会士官を改めて見ると、そこにいたのはいつも偉そうにしているエネスギア人ではなく、微かに瞳を潤ませたか弱そうな少女だった。肩の位置でふたつ縛りにした髪を胸の方へと垂らしており、青聖石を思わせる瞳でじっとこちらを見ている。
エネスギア人にしては少し耳が短いような? ユーリがそう思うと、教会士官が口を開く。
「助かりました」
「――え?」
見ると、この小柄な教会士官は震えていた。声も弱々しく、怯えていたことがうかがえた。
この状況に、ユーリの頭上にはいくつもの疑問符が浮かんだ。
アルシェのやつ、格上の教会士官に絡んでいたということか? それに教会士官ならアルシェは格下相手なのだから一蹴できたのではないのか、など。
それに普通、エネスギア人は人間に対して「助かりました」などとお礼のようなことは言わない。
「あなたは?」
「ユーリ=ファルシオン一等兵曹であります」
ユーリは反射的に応えた。
「ユーリ……ファルシオン……」
教会士官は小さな声でそう繰り返していた。
ユーリの直感は、これは相当に奇妙な状況だと告げる。そして、これはなにかやっかい事の発端になりかねず、危険だと。早く立ち去るべきだ、ユーリはそう判断した。
「失礼します!」
「あっ」
ユーリはだっと走り、路地から出て走った。
一体なんだったのだろうか。自分が知る限り、教会士官というのはいつも超高圧的で偉そうにし、人間とは目も合わせようとしないような連中だった。
それが名前まで聞かれるとは……。反射的とは言え、名乗ってしまったのは失敗だったかとユーリは思ったが、名前を聞かれた以上は名乗らなければ不敬になってしまう。
だが――あの教会士官、少女は弱々しかった。エネスギア人特有の雰囲気とは違い、まるで怯える小動物のようだった。
なにか策があってあのように演じているのか? 懐疑的になってしまう。
そんなことを考えながら宿舎の部屋に戻ると、ユーリは体が汗でびっしょりになっていることに気がついた。
「ふぅ……さっきのはなんだったんだ……」
気弱な教会士官など聞いたこともない。なにか珍妙なものを見てしまった。果たしてこれは見てよかったものなのだろうか。
「悩んでもわかるわけないよな。風呂でも入って忘れるか」
なにか不思議な、言うなれば嫌な予感のようなものが体にまとわりついている気がする。
エネスギア人に比べ、ユーリたち人間は体内の魔力量も、瞬間的に放出可能な量も少ないとされている。しかし、魔力が劣るからと言い、直感が鈍いというわけにはならない。
「なにも起きないといいけど……」
ユーリやエリシアの生まれ育った地方では、鋭く冴えた直感は未来予知にも等しいと言われ、重んじられていた。
風呂場に向かったユーリは脱衣場ですばやく服を脱ぐ。お湯はエリシアが帰ってきたらすぐ入るだろうと思い、買い物に行く前に湧かしておいた。先に入ってしまうのに少し申し訳なさがあったものの、汗をかいたまま夕飯を作るのもあまり気が進まなかった。
「できれば平穏がいいのだけどな」
かけ湯をして体を洗い、湯船に浸かる。
「はぁ……生きててよかった……」
狭い風呂ではあったが、ユーリはお湯に浸かる時間が好きだった。全身が心地よく弛緩し、落ち着く。
しんと静まりかえった中、物音が聞こえた。誰かが来た、が、気配に敵意はない。
エリシアが戻ったのだろう。
『ユ、ユーリ?』
風呂のドア越しにエリシアの声がする。
「おぉ、エリシアか? 帰ったのか、悪い、すぐ出るよ」
『う、ううん、平気』
エリシアの小声がどこか悲しげに聞こえた。報告でエルマンになにか言われたのかもしれない。
なにか慰めの言葉を考えつつ、早く風呂を変わってやろうと、ユーリは湯船から立ち上がった。
すると――。
「ユーリ!」
「うぉわっ!?」
あまりにも突然に風呂のドアが開き、あまりにも突然に肌色が目に飛び込んできた。
それはタオル一枚を持った全裸のエリシアだった。自分も全裸で、しかも立ち尽くしている。
「お、おまっ、なにを――!?」
どうすべきかの対処に迷った一瞬の隙を突くように、エリシアが抱きついてくる。
「ユーリ!」
弾けるくらいの弾力と柔らかさに同時に飛び込まれ、ユーリの思考が全力で空回りを起こす。
「うぉおおおどうしたエリシア!? なにかあったのか!? おい!?」
肌で直に感じるエリシアの弾力と柔らかさが、ユーリの本能に抱きしめるのだと命令を出す。しかしユーリの理性が必死にそれを制する。結果、ユーリは両手をバタバタさせてしまった。
「あ、あの、聞いてユーリ。わたし、今日こそどうしても――」
「おぉおおおおおどどどどどどうしたんだよ!?」
エリシアに耐えきれないほどの屈辱、あるいは苦痛があったのか。それで自棄になってこのような行動に出ているのか? すぐに理解できなかったが、ユーリはエリシアになにかあったに違いないと思うと、冷静さが戻ってきた。
「え、えっとね、わたし、ユーリが……ん、んんん?」
ゆっくりと言葉をひねり出していたエリシアの言葉が不意に詰まった。
そして、エリシアの視線が下――自分の下半身の方に注がれる。
「なっ、に、こっ……れ……」
震える声のエリシアの視線の先、見ているものは自分の自分だった。
「な、なにと言われましても……まぁ、うん……」
エリシアの体がふるふると震えはじめ、瞳からサァっと光が消える。
ユーリはなにか弁明しようかと思った瞬間――。
「ふぁあああっ……」
エリシアは意識を失い、うしろに倒れかかった。
「おぉっと」
そのまま倒れさせるわけにもいかないので、ユーリは片手でエリシアの体を抱き留める。
手放したエリシアのタオルを空中で掴み、さっとエリシアの体にかけた。
気を失った幼なじみの裸体を眺める趣味はない。
「なんなんだうちの隊長は……」
ユーリの知るエリシアは、どこか抜けるところはあるものの、勇敢でもあり、聡明でもある人物だ。なんの考えもなくこのような行動に出たとは考えられにくい。
「まいったな」
しかし、今はそんなことを探るよりも、このエリシアをなんとかしないといけない。
小柄なエリシアはさほど重くないので、運んでしまうしかないと思った。
膝裏に手を入れ、横抱きにする。
「くっ、柔らかい……」
普段、長銃と細剣を扱い、屈強な敵兵をなぎ倒している猛者とは思えないほどに華奢で、柔らかな体をしている。
まだ三ヶ月ほどではあるが、同じ部屋で寝泊まりしていると、いくら幼なじみであり戦友でもあるとは言え、「女性」として意識しないわけはない。
「精神修行だと思うようにしていたけど……こういうことがあるとさすがにしんどいぞエリシア」
気を失っているエリシアに文句を言いつつ、風呂場から出る。
「嫌な予感ってこれのことだったのか、な?」
意図せずではあったが、一瞬でも見てしまったエリシアの裸体は十年前に見た時はまるで違っていた。体の凹凸、特に凸は普段服の上から目に入ってしまうそれよりも大きく揺れ動いていた。
「いかん……」
気をしっかりしていなければ、そればかりが脳内を駆け巡ってしまう。
ユーリは首を振る。
とにかく寝室に寝かせよう。
そう思い寝室の前に来た時、部屋の扉が不意に開く。
「誰だっ!?」
ユーリは鋭い声を発し、エリシアを庇うように身構えた。
すると、部屋に侵入してきたのは、あの教会士官だった。
「え……あ……?」
教会士官が人間の宿舎になど来るはずもない。
ユーリの思考は一瞬固まったが、ユーリたちを見た教会士官もまた唖然としていた。
「あの、声はかけたのだけど返事がなくて……。ユーリ=ファルシオン、だよね?」
「そ、そうですが……」
「もしかして、お取り込み中……だったのかな?」
「あっ」
自分は素っ裸、抱いているエリシアも素っ裸。
これは言い逃れできない状況だ。しかも、見られたのは規律と風紀にうるさいであろう教会士官。
「終わった……」
ユーリは思わずつぶやいた。
嫌な予感の真の正体とはこれだったのか、と。ユーリは本日二度目くらいになる覚悟を決めた。




