第003話「血統を持たない者」
【〇〇三 壌司の称号】
■壌司はセルフィリア教会から与えられる称号のひとつ。貴族の中でも農業、土木、陸運などの運営や管理を行う家に贈られる。ルーミアの生家であるリファリーバ家はウィスパニア地方の陸運を統括する貴族であり、運搬の安全を保証する保険業も行っており、そこで得た利益を教会に寄付することで、代々称号を得ている。
【〇〇三 血統を持たない者】
「恐れ入りますルーミア中尉。栄えある教会士官であり、あのご高名なる、壌司の称号を持つリファリーバ家のご息女様をお招きできたこと、このエルマン光栄の極みに存じます」
ルーミアはため息が出そうになるのを堪えつつ、この基地の責任者であるエルマン大佐の言葉を聞いた。
大佐は階級が下である自分に対しても起立して部屋に迎え入れていた。
前線の基地であっても、この世界では階級よりも出自、家名が物を言うのだとルーミアは痛感した。
「教会より直接、優秀な士官を送るとのことでしたが、まさかリファリーバ家のご息女とは思ってもおりませんでした。熱心に魔法学を学ばれておられたそうですな」
貴族の名家、そして教会からの推挙――このふたつはエネスギア人社会において大きな価値を持つ。エルマンにとってはこれ以上とない名誉なことだった。
しかし――ルーミアは自身の価値を知っている。
自分はこのリファリーバ家の三男が、使用人である人間との間にもうけた子どもだ。リファリーバ家に認知され、名を持っているとは言え、純血のエネスギア人でない自分は家督を継ぐ権利もなく、家においての発言権はもちろん、居場所すらない。
幼い頃から教育のためという言い訳で教会に預けられた。そこで魔法を学んだ。家名のおかげか自身の能力かはわからないが、どういうわけか教会士官になれ、中尉の階級を得ることができたのは、ルーミアも不思議に思っていた。だが、この基地に配属されると聞き、それも納得がいった。
「この基地では最前線での任務が主になる場所です。貴官のようなお方が配属されたと聞けば、兵はさらなる奮起をすることになるでしょう」
そういう役目なのだ、ルーミアはそう思った。
自分は貴族の息女。最前線の基地に配属され、そこで任務にあたり、勇敢に戦い戦死する――そういう筋書きなのだ。
教会も貴族の息女である自分を無碍には扱わなかった。かと言って大事にしていたわけでもない。やっかいものなのだ、自分は、すぐにそうわかった。そのやっかいものをもっとも効果的に使う方法は、戦死だ。戦死すれば勇敢に戦ったという美談にもなり、混血故に縁談にも使えない自分をもっとも効果的に処分できる。
ルーミアはそれを理解した。
「それでは恐縮ではありますが、貴官への礼節はこれまでとし、ここよりはひとりの部下として扱わせてもらうことをお許しください」
エルマンは大げさにお辞儀をして見せた。
「もとよりそのつもりです、エルマン大佐」
「お心遣いに感謝いたしますルーミア中尉。先の作戦においても多くの兵が手柄を上げ、士気も高い今、教会士官が配属されたとあればまさに帆が風を受けたごとく勢いをもたらすでしょう」
先の作戦――ルーミアが聞いた話では大敗して大きな損害が出たと聞いている。
この基地は帝国との小競り合いが続く最前線。自分を処分するにはうってつけの場所だと思った。
「精鋭揃いの我が部隊にも、足を引っ張る部隊がありましてな。どういうわけか人間が隊長についている部隊があるのです。中尉はそのご威光で、未だなんの武勲もあげていないこの部隊に、戦い方というものを教えていただきたい。よろしいかな?」
「了解しました」
それ以外の返事など求められていない。
「ありがとうございます。正式な通達は追って部屋に届けさせます。では、長旅の疲れをお取りください」
「失礼します――」
「九天女神の加護があらんことを」
「女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)――」
セルフィリア教会の儀礼を述べ、ルーミアは敬礼をしてエルマンの部屋を出た。
扉を閉めると大きく息を吐き、扉に背中をつけた。
今までも存在感のない時間を過ごしてきた。やっと表舞台が回ってきたのかとも思えたが、それは死への舞台だった。それも仕方がないとは思いつつも、亡き母に対して謝罪したい気持ちが浮かんできてしまった。
「ごめんなさいお母さん……子ども、残せそうにないかも」
そうつぶやいた時、視界の隅にこちらへ向かってくる女性の姿が目に入った。
基地内ではめずらしい、人間の女性。階級章を見ると少尉だった。ルーミアは扉から離れ、姿勢を正した。
人間の女性は自分を見るなりびしっと音が聞こえそうなくらいの敬礼をする。
「どうぞ」
部屋に用があるのだと思い、ルーミアは体を避けた。
「ありがとうございますっ。報告書提出のため、失礼いたします」
「ご苦労さまです」
この人がエルマン大佐の言っていた『人間の隊長』なのだろうかとルーミアは思った。
まだ若く、幼さを感じさせる顔立ちではあったが、出る場所は出ているスタイルの持ち主だとも思った。
この少尉が部屋に入ってすぐ、エルマンの怒鳴り声が聞こえる。
『エリシア少尉! どういうつもりだ! なんだこの報告書は!? 我々は敗走などしていない! 華々しき勝利をおさめたではないか! 貴様はそれを知らんのか!?』
やはりエネスギア人とはこういうものなのだと、ルーミアは思った。
自分の父親はエネスギア人の貴族であり、先祖代々教会に多額の寄付をして高い位の称号を維持している。兄たちは軍にも籍を持ち、高官の部類にも入る。しかしながら、父親は自分に愛情を注ぐといったことはしなかった。混血という自分を認知し、育てたのはエネスギア人たちが重んじる友愛の精神にのっとったもの。しかしその精神も、今では形ばかりになっていると、ルーミアは多くの人間たちと同じことを思っていた。
「見せかけばかり取り繕っても……」
とまらないエルマンの怒声を背に、ルーミアは建物の外に出る。
ふところから地図を取り出し、自分の宿舎までの道を確認するものの、わかりづらかった。地図を描いたものが故意にわかりづらく描いたということはないのだが、わかりにくい。
「わたし、方向音痴なのかな……」
そう言えば野外演習の時はいつも道に迷ってしまっていたような気もする。
すっかりと道に迷い、軍施設と市街地をわける大げさな門の前にまで来てしまっていた。門の前には衛兵がおり、基地街へ外出の場合は自分の階級でも許可証が必要になる。
「戻らないと……」
引き返し、ルーミアが入ったのは小道だった。
すると、その影の中でうごめいている人影があった。
「うん? アルシェ様、こいつは……」
「誰だ?」
そこにいたのはエネスギア人のグループだった。
アルシェと言われて振り返った男は自分と同じ中尉の階級章をつけていた。
アルシェ=リム=エンブラン。リファリーバ家ほどではないが、名のある家の子息だった。この基地にいるという話はルーミアも知っていた。悪い意味で。
「なんだ、誰かと思えば噂の半血教会士官様ではないですか」
アルシェがからかうようにそう言うと、他のエネスギア人たち、おそらくアルシェの部下たちは下卑た笑いをあげた。
アルシェは家の名前だけで中尉の階級を得て、用兵の心得もなく指揮を執っているので、兵を無駄死にさせていることで有名だった。しかしそれでも、それらの戦死者はアルシェの『功績』ということになり、基地内では高い発言力を持っていた。
ここでは能力など関係ない。重要なのは、エネスギア人であるかどうかということと、社会的地位だけだ。
「おい、囲め」
アルシェがそういうと、ルーミアの周囲をにやついたエネスギア人たちが囲う。
精神的、肉体的ないじめには慣れている、大丈夫だ――ルーミアは自分にそう言い聞かせるが、手にはかすかな震えがあった。




