第033話「帰路に思う」
【〇三三 明日のこと】
■ひとつの任務は終わりを告げた。
明日はどんな日がやってくるのか?それは誰にもわからない。
ただ、明日いる場所は今日から続いたところにある場所。
ユーリたちは来た道を戻る。
少しだけ、あるいは大きく変わった自分たちが戻る場所は、果たしていつもと同じ場所なのか、それとも、違った景色が見えるのか。
それはまだ誰もわからず、これからも続くだろう。
【〇三三 帰路に思う】
瓦礫の後片付けがされる中、ユーリたち三人は野外で座るギーファンを囲い、輪になって座っていた。ギーファンの前にはルーミアが見つけた虹色の石がある。
ギーファンは顎に手をかけていた。
「これがあやつの中から……か。すまんが見たこともない鉱石だ」
鉱石に詳しいであろうギーファンにも心当たりがないと知ると、三人は肩に入っていた力が抜けた。
「力になれずにすまん」
「いえ、もしかしたら、と思ったので」
エリシアが首を振り応える中、ギーファンは石を手に取る。そしてマジマジと眺める。
「光る石は珍しくない。このように複雑な光彩を放つ石も、めずらしいがあることはある。だが、これは儂の知るどれとも違うのだ……上手く言えんが、これは石のようであって、石ではないような気もする」
「なにか感じることがあれば聞かせてください」
ユーリの言葉に、ギーファンはううむと唸る。
「教会騎士様の前でこんな話をするのは恐れ多いのだが……」
ギーファンがそう前置きをすると、ルーミアはどうぞと手を差し出した。
「すまんな。――古く、ギ族に伝わる神話に、星の落ちた地、というのがある。教会騎士様は知っておられるか?」
「彼方より星の落ちし場所は盟約の地となる。約束されし鉱山を生み出し、その石は星の力をもってよき鉄となるだろう。されど星の落ちし場所は忌むべき災厄をもたらす地ともなる。なんぴとも近づくことなかれ――」
ルーミアがそう諳んじると、ギーファンは頷いた。
「そう、マールセルフィリアの教えの通り、星の落ちた地は鉱山ができるという。しかし近づいてはいけないというのがマールセルフィリアの教えた。エネスギア人たちはその約束を守っている。しかし儂らギ族はその逆だ。星の落ちた地の鉱山を求め、その地に集落を作る」
「もしかしてこの村も?」
エリシアの察しに、ギーファンは頷いた。
「どのくらい時を遡るかはわからんが、この土地もかつては星が落ちた地だということらしい。証拠に鉱山がある。貴重な石もよく見つかる。だが……破滅獣も眠っていた」
「それは……星が落ちたことと関係が? 近づいてはいけないっていう教えと、災厄をもたらすって、破滅獣のことですか?」
ユーリがそう問うと、ギーファンはうーんと考え込んだ。
「それと破滅獣を結びつけることはできる。儂らの間にも、貴重な石は災厄を呼び寄せるという言い伝えもある。もしかしたら、落ちた星が破滅獣を生み出しているということも、考えられるだろう」
「教会では、星は天にいる神々と教える。星が落ちるのは、神々が地上に降り立つ姿だと。その神々が破滅獣になるっていうこと?」
ルーミアは教会の解釈を唱えた。
「これは失礼した。教会の教えでは星は神々だが、儂らの中で星の流れは凶兆の証とされる。文化の違いは許してほしい」
「大丈夫、そういうつもりで言ったんじゃないわ。でも……星が落ちたとされるこの地には破滅獣がいた。話も伝わっていたみたいだし、教会の解釈よりもギルギレイアの解釈の方が正しい気がする」
教会の番人である教会騎士がいとも簡単に教会の教えと違う説を理解したことに、ギーファンは驚いた。ユーリとエリシアも驚く。
「教会騎士がそんなこと言っていいのか?」
思わずユーリの口からそんな言葉が漏れる。
「大丈夫。バレなければ問題にはならないから」
危ういことを言うルーミアに、ユーリとエリシアは呆れ、ギーファンは笑う。
「ギ族には、『目隠しして石を探す』という言葉がある。なにかを探すときは、よく見える目で物事を見ねば見つからないという意味だ。この教会騎士様はそれをわかっているようだ」
ギーファンは虹色の石をエリシアに渡す。
「気をつけなされ。めずらしい石は幸運を呼びこともある反面、災厄も呼び寄せやすい」
「わかりました。これは上官に提出してしまいます。手元に置いておいても、わたしたちにはどうすることもできないですし」
「それがいい。持っていない方がいい」
「ルーミアは直接教会に報告する?」
「そうね。エルマン大佐にも報告が必要で、教会には破滅獣と災害獣の存在を報告しようと思っているわ」
「この村も明るみになってしまいますね」
残念そうにユーリが言うと、ギーファンは笑みを浮かべて首を振った。
「なに、エネスギア人の支配下にはならんさ。鉱石や鉄はチェロリダ村を通じて流通させておるし、薄々気づいてはいるだろう。ここに押し寄せんかったのは、ここには連中にとってそこまでの価値がないということだ。安心してくれていい」
「わかりました」
ユーリも笑みを返すと、ギーファンは立ち上がった。
「この村の修復はすぐ終わるが、上のチェロリダ村は時間がかかるだろう。上官に取り合って、再建の資材などを手配してはもらえんかな?」
「それはもちろん。……でも、わたしの上官はこういう時にケチなのよね」
「苦労しているな」
ギーファンが笑うと、エリシアも苦笑を浮かべた。
「お世話になりました。帰路につこうと思います」
「もう行くのか?」
「はい。早めに出て、報告をしないと。いろいろありましたから」
「そうか。妻が弁当を用意している。それは持っていきなさい。保存の利く食料も渡そう」
「助かります」
エリシアが立ち上がると、ユーリとルーミアも立ち上がった。
「若い衆から銃を受け取るのと忘れずにな。儂も少し見せてもらったが、中々に優れた武器だな。これを考えたギ族は腕がいい」
「あれってギルギレイアが作ったんですか?」
エリシアが驚くと、ギーファンはふふっと笑った。
「エネスギア人にこんなものは作れん。人間でも無理ではないがここまでの精度で鉄を加工するのはギ族の技だ。火薬の調達が容易ならば、儂らもいくつか揃えたいところだな」
「弾丸は貴重品なんです。要請しても、もらえないことがあって」
「そうだろうな。しかしエネスギア人社会では普及させんだろう。人間たちがこれで武装したら、面倒なことが起こる。エネスギア人はそういうところは徹底している」
「……そうですね」
エリシアとしては複雑な気持ちだった。
「暗い話になってしまったな。おぬしたち、暇をもらったらまたここを訪れるといい。温泉もある。妻も料理を食べてくれる人が来てくれると機嫌がよくなる」
「わかりました。また来ます」
「必ず」
「うん」
ギーファンがユーリに手を差し伸べたので、ユーリはその手を握った。
「ありがとう、勇者殿。この村は破滅獣から救われた」
「勇者ではないです」
「まだ、な。いづれなれる。大変かもしれないが、女神に会い、聖剣を託されたのだ。勇者になれる。この先も苦難は多いだろうが……無責任だが、乗り越えて欲しいと願うよ」
「もしかしたら、破滅獣の存在に脅かされている人がいるかもしれない。この先、機会があれば……あるいは、なにかの導きで、巡り合うかもしれなですね」
「そうだ。輝石剣も手にある。石は人を導く。苦難は多いが……最後は自身の力で、幸福を得るのだぞ」
「わかりました」
手にはぎゅっと力が込められた。
ユーリは、ギーファンの思いのようなものを強く感じた。
これからは、いや、これからも苦難は多いかもしれない。しかし、乗り越える力を身につけていかねばならない。女神と出会ったことも、輝石剣を持つことも、女神の聖剣を託されたことも、すべてに意味があるはずだと思えた。
◇ ◇ ◇
エリシアの銃を受け取り、ギーファンの妻から大量の弁当と食料も渡された。弁当は今日中に食べるように言われ、エリシアもルーミアも楽しみにしているようだった。当然、自分も楽しみだった。
ギルギレイアの村を出て、のぼり坂を進み地上に出る。そこには荒れ果てたチェロリダ村があったが、避難していた村人たちもすぐに戻り、再建作業を開始するということだった。
帰りは、アムール大森林の街道を通るルートを選んだ。撤退したガブリアスたちも、すぐには襲ってこないと思えた。
街道を進むルーミアがエリシアのとなりに行く。
「ねぇエリシア、あの魔法は使ったの?」
「え? なんのこと?」
「あの魔法って言ったらあの魔法しかないじゃない」
「あ、あぁ……あれは……使うことは使ったけど……」
「え、使ったの? どうだった? どうだった?」
聞いているユーリは気まずい。
「使ったけど……効果を実感するには至らなかった……かな」
「……空振りしたの?」
「う、うん……」
「えぇっ、あの魔法まで使って空振りすることなんてあるの?」
ルーミアが目を見開いて驚く。
「だ、だって間欠泉が……」
「……あんまりもたもたしてると、わたしが先を行くよ?」
「えぇ!? そう言えば、ルーミアって戦いを覚えるのも早いし、対応もできるし……その気になれば……すぐにでも……って、それはさすがに!」
「作戦を考えましょう。エリシアがなんとかできるための」
「協力してくれるの?」
「うん。一時的に協力する。先人の感想があった方が、自分も上手くいきそうだし」
「なんかちょっと怖いけど……ありがとうルーミア。心強い」
「うん。でもあまりもたもたしていたら……ね?」
と、ルーミアは首だけ振り返ってユーリを見る。
話が聞こえていたユーリは表情に困り、疲れたように汗を拭ってごまかした。
するとエリシアも振り返る。
「この先きっと、機会はあるよね?」
自分に聞かれても困ると思いつつ、ユーリは返事をすることにした。
「一度死んだ俺からすれば、生きているうちにやりたいことはやった方がいいってことだな」
「だって。ユーリもやる気あるってことね」
「そ、そうなのかな?」
エリシアはふふふと笑い、前を向いた。
となりで、ルーミアも顔を伏せて笑う。
そのふたりの後ろ姿を見たユーリは思う。
守るべきもの、愛するものを守るための試練なら、なんでも受けよう。それを乗り越えるのが勇気で、その結果が勇者になるということなら、自分は勇者を目指し、守るべきものを守り、愛するものを愛そう、と。
任務の帰路、アムール大森林を抜ける風は涼やかに、穏やかだった




