第026話「谷底の住人と神話の魔物」
【〇二六 ギルギレイア人】
■セルフィリア三大種族のひとつ。
神話の時代から存在しているとされており、かつてはエネスギア人とともに戦ったとされるが、今は身を隠し、エネスギア人、人間、ゾディアスタス人とも接触しない生活を送っているらしい。
製鉄技術や鉱石の知識に長けており、神話の時代に存在した強力な武器を作った種族でもある。
性格は穏健であるが、自衛能力は各村落ごとにしっかりと持っているようだ。
排他的と言われているが、噂ほどではない。自分たちのことをギ族と呼ぶものが多い。
【〇二六 谷底の住人と神話の魔物】
大人たちには入るなと言われていた森。その森を少し入ったところで聞いた女の人の不思議な声。それを最後に聞いたのは、あの日だった。
どーんという地響きとともに、家の壁が揺れた。なにかが起こったんだということは幼いユーリにもすぐにわかった。
家を飛び出すと、エリシアがいた。
「今のなに!?」
エリシアはそう言ったが、ユーリは夢中で屋根に登った。
遠くに立ち上る巨大な、きのこのような形をした煙。それは雲のようだった。
「あそこは……」
ユーリの体が震えはじめた。
マテバ湖の湖畔。ウィスパニアの北部基地に滞在している領主に直訴に向かった父たちが通ると言っていた道。
「父さんが……母さんが……」
あの雲のような煙は爆発だとわかった。
かなり離れているのに、肌には魔力を感じられた。強大な魔力が行使されたのだ。
「ユーリ! どうしたの!? なにが見えるの!?」
下のエリシアが騒ぐ。幼いユーリはすぐに応えられなかった。
エネスギア人だ。エネスギア人の魔法が、直訴に向かった父と母たちの集団を――。
父さんは言っていた。危険な旅になると思うと。でも必ず、意見を領主に伝えると。村の生活をよくする、そう言っていた。ユーリもエリシアも、今より安心した暮らしができると。食べ物に困ることも、病気におびえることもなく過ごせるようにするのだと。
時々村にやってくるエネスギア人はいつも偉そうにしていて、村のみんなが作った作物を持って行く。ユーリやエリシアが集めた木の実まで持って行く。ユーリはそんなエネスギア人が嫌いだった。話なんて通じないとも思っていた。
だから、エネスギア人に話をしに行くという父と母には行って欲しくなかった。エリシアの祖父もとめていた。しかし村の多くの人たちは話をしに行くのだと言っていた。
話をしに行く――そう言っていたのに、みんな武器を持っていた。直訴――領主に直接話をするのだとユーリは父に聞かされた。しかし、それだけではないのだとも思った。それなら、武器は持っていかない。こんなに大人数で行かなくてもいいのではないかと。
「ユーリ! 降りろ! 見ちゃいかん!」
家の下に来たエリシアの祖父、村長が叫ぶ。
「爺ちゃん! みんなが!」
「降りてくるんじゃ! うちへ来い! すぐに!」
爺ちゃんの言うことは聞いた方がいい、ユーリはそう思い、屋根から飛び降りた。すると村長はユーリの頭を抱きかかえた。
「恐ろしい魔法が使われた。並の魔法じゃない。召喚魔法の中でも桁違いの威力を持つものだ。使ったのはエネスギア人の中でも手練れのものだ……おそろしい」
「父さんたちは帰ってくる?」
「待つしかない。村のものとて皆当千のものたちだ。一網打尽にされたとは……考えたくない」
「見に行ってくる」
「馬鹿を言え」
村長はユーリをきつく抱きしめた。
「幼子が行ってなにができる。おまえは、おまえとエリシアは村の唯一の子ども、希望なのだ。これ以上、儂を心配させるな」
いつも明るく、時に厳しく恐ろしい村長の声が震えていた。ユーリは村長の手から、深い悲しみを感じた。
「さぁ、うちに来るんだ。しばらくは家から出ちゃいかん。エリシアも、ユーリとおとなしくしているんだ」
「うん、わかった。行こうユーリ」
「……う、うん」
それから村長の家にこもった。その数日後、共和国軍が村にやってきて、村人を集めた。残っていたのは老人ばかりだった。
村長はユーリとエリシアは家にいるようにと言った。ユーリとエリシアは家の中で隠れていたが、こっそりと窓から外を見た。
村のみんなが集められ、馬に乗ったエネスギア人がなにかを話している。その声が聞こえた。
「反逆を企てたものは処刑された。この村からのものたちだとのことだが、間違いはないか?」
村長が応える。
「間違い、ありません」
エネスギア人はここからでは後ろ姿しか見えない。そのエネスギア人が剣を抜いた。
「お爺ちゃん!」
「爺ちゃん!」
ユーリとエリシアは息を飲んだ。
エネスギア人の剣が村長に向けられる。
「死ぬか、尽くすかを選ばせてやる。どうする?」
村の人たちもざわつく。ユーリは飛び出して行きそうになった。エリシアがユーリの服を掴む。
「行っちゃダメ」
「でも爺ちゃんが!」
「お爺ちゃんは馬鹿じゃない!」
エリシアに説得され、ユーリは思いとどまった。エリシアは賢く、その判断はいつも正しいとユーリは思っていた。
「基地に納める作物を増やします。それで、どうか」
村長がそう応えると、エネスギア人は剣を納めた。
「もう変な気は起こすな。……老いぼれしかいないこんな村、放っておいても朽ち果てる。それまでの間、せいぜい我らに尽くすがよい」
そう残し、エネスギア人たちは去っていった。
「あいつら……!」
「ユーリ!」
ユーリは飛び出していた。
「ユーリ! 隠れていろと言ったぞ!」
もうエネスギア人たちはいない。
「なんで言いなりになるんだ! 爺ちゃんだって強いはずだ! あいつらに負けないくらいに!」
「儂ひとりならなんとでもない。生きるも死ぬもひとりで決められる。だがこの村には戦えないものもいる。おまえたちだってそうだ。なら、守らねばならんじゃろう」
「でも、それじゃ……みんなまたエネスギア人のために働かされて……父さんとか、母さんみたいに……殺される! 最後はそうなる!」
「ユーリ!」
エリシアが追いかけてきて、ユーリを掴む。
「……儂らはこうするしかない。変な気を起こせば、今度は村ごと吹き飛ばされる。戦い続けることはできんのだ」
「エネスギア人をひとり残らず、最後まで殺せばいい!」
ユーリが叫ぶ。エリシアは驚いたが、村長は驚かなかった。
「憎しみを抱くな。その心は一時の力をくれるかもしれない。しかしおまえも傷つける。取り返しのつかない悲劇を生む」
「これ以上悲しいことなんてないよ!」
「おまえたちにはまだ未来がある。先がある。変えていける。儂らとは違うことができるかもしれない」
「どうやって……それでも父さんたちは戻らない!」
「ユーリ」
村長はユーリの前に来て身をかがめ、視線を合わせた。
「見つけるんだ。よりよく生きる方法を。おまえは勇気がある。この村を、エリシアを守れるようになるのじゃ」
「どうやって……」
「……その力を教える」
「え?」
「我が村に古くより伝わる『剣技』を」
村人がざわつく。ひとりの老人が思わず声をかける。
「村長、ユーリの父親はそれを学んだばかりにあの行動に出たんだ。ユーリに教えたら、この子だって同じ道を――」
「いや、この子はそうはならん。儂はタリスに剣しか教えんかった。皆を守ることの大切さ、難しさをもっと教えておけばよかった。タリスは聡明でもあった。わかっていると思った。思っていた」
「父さんは……わからなかったの?」
「いや、違うな。おまえの父タリスもわかっていたんじゃ。皆を守ることの大切さも、難しさも。だから行動した。それは勇敢なことだ。おまえの父タリスは決して愚かではない。勇敢で、聡明な、立派な男じゃ。だがなユーリ、そうではないこともある。おまえは剣と、そのことを学ぶのじゃ。剣だけでは救えないものもあるが、剣で救えるものもあるということを」
ユーリは頷いた。
この時、ふと、いつの間にか涙が流れていた頬になにかが触れた気がした。
気のせいか、そう思った直後、柔らかで、優しい声が聞こえた。
『真の勇気を持ち……優しさと、愛を知るのです、ユーリ』
ユーリはその声が誰なのか、わからなかった。村の誰かの声なのかとも思った。言っていることもよくわからなかった。勇気とは、敵に立ち向かう強さなのだと思った。
だから涙を拭い、ユーリは頷いた。
「わかった」
と。
そして心に誓う。強くなる。強くなって村とエリシアを守れるようになって、いつか――父さんと母さんを殺したエネスギア人を、この手で葬り去ると。
◇ ◇ ◇
「エネスギア人……」
ユーリは自分の声で目を覚ました。
目に入ったのは木造の天井。どうやら建物の中にいるらしかった。
「ここは?」
記憶を辿る。
地面が崩落し、崖の底に落ちた。そこでたしか、ギルギレイア人に出くわした。
体を起こすが、あちこちが痛む。だが、体には包帯が巻いてあった。
見るとここは寝室のようだった。ベッドはひとつ、自分のぶんしかない。
「エリシアと、ルーミアは……」
探しに行かねばと思い、立ち上がろうとするも、足が痛む。動けなくはないが、機敏には動けなかった。すると、部屋の扉が開く。
「起きたか」
部屋には崖底で見たギルギレイア人が入ってきた。
「っ!」
「警戒しなくていい。儂は敵ではない」
ギルギレイア人は両手を軽くあげ、丸腰であることと、敵意がないということを伝えてくれた。ユーリは鋭くなっていた視線を和らげる。
「失礼しました」
「無理もない。兵士としては正しい反応だ。儂はギーファンと言う。見ての通り、ギルギレイアだ」
「ユーリです。この手当は、あなたが?」
「うむ。と言ってもやったのは若い者だ。ギ族の薬は骨に効く。すぐ元通り動けるようになるぞ」
「ありがとうございます。あの、一緒にもうふたり、いませんでしたか?」
「いたよ。紅玉石の少女はもう動いている。村の見回りを手伝うと言ってな。もう少し休んでいると言ったのだが、責任感の強い子だ」
「エリシアか。よかった……。もうひとりは……?」
「青聖石の少女はまだ寝ている。一度起きたのだが、寝ておくと言ってな。どちらの少女も怪我らしい怪我はしていなかったよ。おまえさんがよほど上手くかばったのだろう。見事なものだ」
「そんなことは……」
部屋の中を見ると、自分の寝ているすぐわきに、いつもの石剣とティリシュベルトが鞘に入れられて立てかけられていた。
ユーリがそれを見ると、ギーファンもそちらを見る。
「ひとつ聞いてもよいか?」
ギーファンが問う。ユーリは頷いた。
「その石剣はどこで手に入れなすった?」
「これは……この石剣は俺に剣を教えてくれた爺ちゃん、村の村長が持っていたもので、自分が軍に行く時に餞別としてくれたんです。爺ちゃん、村長が言うには、村に伝わる剣だと言っていて、詳しいことはよく知らないとのことでした」
「なるほど。……ギ族に古い言い伝えがあってな。マテバの湖の近くの山に、古い剣技を伝える一族が住む村があると」
「っ!」
ユーリは最寄りの地名が出たことに驚いた。
「おぬし、その村の出だな?」
「アシダナ村です」
「村の名前までは伝わっておらんが……なんでも聖剣士の剣技を伝えるそうな。しかし、剣技というのは並の剣では耐えられない。剣技はそれに相応しい剣がなければ、伝えることはできない。この石剣は、それに耐えられるものだ」
「これが……そんなにすごい……?」
「我々ギルギレイアは石工と製鉄に長けている。エネスギア人、ラ族が魔法に長けるようにな。その石剣は間違いないギ族が鍛えし剣。それもただの石剣ではない。今は失われた技が込められた、聖剣技のための剣『輝石剣』のひとつだ」
思わず石剣を見つめる。大事に使っているつもりではあったものの、無茶な使い方もしてしまっていた。でもこの剣は他の剣と違い、壊れたり刃こぼれしたりすることもなく、ユーリの剣技に応えてくれていた。
「そんな名剣だったのか……」
「よく見せてもらってもいいかな?」
「あ、あぁ、どうぞ」
ユーリはゆっくりと起き上がり、剣を取る。鞘から抜き、丁寧にギーファンへと剣を手渡した。
「……間違いなく我らギ族の鍛えし剣だ。しかもこれは相当に古い。古いが、この剣は今も昔と変わらぬ息づかいをしているようだ」
剣を見るギーファンの視線は熱いものがあった。
「この石はなんだろうか。儂の知らない、魔力を伝える鉱石のようだ。長年通されていた魔力が薄い膜のように結晶化され、刃を守り、強化している。このように魔力を込められる石材となると限られるが……わからん。この石材はもしかしたら、この地上のものではないかもしれんな」
「そんなことがあるんですか?」
「あるだろうさ。女神に仕える勇者のため、天界の鉱石をギ族に打たせた剣かもしれん」
「だとしたらこれは……」
「……聖剣だな」
そう言い、ギーファンはユーリに剣を差し出す。そしてユーリが受け取った時、笑う。
「まぁ儂が見抜けていないだけかもしれんがな。だがな、『剣技』を扱うものの手にこれがあるのは偶然ではあるまい。よきものには運命を導く力が宿ると、ギ族では言う」
「この剣が運命を導く……」
「古い言葉だ。しかし運命は変えることもできる。『剣技』を扱うほどのものならばな」
なんとなく煙にまかれたような気がしたユーリだったが、ギーファンの次の視線はティリシュベルトだった。
「そちらも見ますか?」
ギーファンは見たいのだろうと思ってそう言った。しかし意外にもギーファンは首を振る。
「いや、いい。見るまでもなくわかる」
「あの剣は――」
「正直、上からの客人などやっかいごとの種でしかない。そう思っている。しかしな、おぬしがこの輝石剣と、その剣を持っていた。そのようなものを持つものを、ギ族が捨て置くわけにはいかないということだ」
「それは……どういう?」
「よきものは運命を導く、おぬしは導かれているということだ。知らぬうちに、周囲の仲間を巻き込みながら、な」
「助けてくれて、ありがとうございます」
ギーファンは笑う。
「よきもの、というのは口実のようなものだ。おぬしらのような若者が消費されていくような世の中は、地底の儂らが見ても気分のよいものではないよ。一緒にいた教会騎士だってわけありと見える」
そう言った時、扉がノックされた。
「誰かな?」
『エリシアです』
「エリシア?」
「戻ったようだな。入りなさい」
「失礼しま――ユーリ!」
入ってきたエリシアが起きているユーリに驚いた。
「やぁエリシア。無事でなにより」
「もう起きて大丈夫なの? 痛いところはある? ここのみんなはいい薬を持っているからそれを――」
「落ち着けって。痛みは残ってるけど、大丈夫だ。その薬が効いたみたいだよ」
「もうっ! 心配させて!」
「ぐえっ」
駆け寄ったエリシアはユーリに抱きつく。ぶつかった衝撃で全身の骨が痛む。
「あなただけ大怪我して! かばったんでしょう!?」
「そりゃそうするだろ。俺が一番頑丈なんだから」
「少し間違えたら死んじゃうところだったんだから」
「でも大丈夫だった。なんとかなるもんだよ」
「あんまり無茶なことはしないで」
「わかったよ」
離れたエリシアを見ると、銃を下げていた。どうやら銃も一緒に落ち、回収されてエリシアのもとに戻ったようだった。
「ギーファン村長、ユーリのこと、わたしたちのこと、ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。……して、見回りはどうだったかな?」
「あれは見えませんでした」
「そうか。今のところこの村の中にまでは来ていないが……いつ入ってくるものか」
「あれって……チェロリダ村にいた?」
ユーリが問うと、エリシアは頷いた。
「あれは一体……村長さん、知ってるんですか?」
「あれは……この地に古くから眠っていた神話の時代の遺物……破滅獣だ」
「破滅獣!?」
破滅獣。それは神話に登場する魔物であり、かつて女神と勇者たちと死闘を繰り広げた、忌むべき存在であるとされている。現代でもそれを見かけたという報告は、少なくともユーリは知らなかった。
「驚いたでしょう? 破滅獣だなんて。実在するなんて話、わたしも聞いたことない」
「本当に破滅獣なんですか?」
ギーファンは頷く。
「間違いない。古くからの伝聞にあるとおりの姿形をしている。動きは鈍いが、無数の触手と、重力を操る。高い再生能力を持ち、ゾーン・グール・グレイブと呼ばれていたそうだ。古いギ族の言葉で『人を喰らいし脅威の獣』という意味だ」
「ゾーン・グール・グレイブ……この渓谷の底にそんなのがいたなんて。いつ頃からなんですか?」
「最初に見つけたのはここの村人だったか。小規模な地震が増えたことで見回りを強化していたところで見つけたのだ。眠っていたのか、新たに発生したのかはわからんが……半年ほど前まではほとんど動かなかったのだ」
「まさかチェロリダ村に?」
「そう、地上に出るようなったのだ。チェロリダ村で被害が増えた」
「でも変ね。チェロリダ村から基地に救援要請はなかったわ」
エリシアが首をかしげると、ギーファンは少し困った顔をした。
「なにか事情が?」
ユーリがたずねると、ギーファンは「そうだな」と少し言いづらそうだった。
「しかしおぬしたちも巻き込まれた以上、隠しているわけにもいくまい。この村はチェロリダ村との交流があった。そんなに多くはないが、この村で採掘した鉱石や、精製した鉄などをチェロリダ村の作物や、行商人が持ってくる薬や生活品と交換していていたのだ」
ユーリは思わずエリシアを見る。知っていたか? ユーリの表情はそう問うが、エリシアは首を振る。知らなかったらしい。
「ギ族の掟ではエネスギア人との交流は禁止されている。ギ族の技術や人員が戦争拡大に使われるのを嫌ってのことだ。それに、最近のエネスギア人は人間への弾圧が強い。それに加担するつもりはないということだ。この村もその方針だった。しかしここ最近の不作や物不足が深刻でな。どうしても、人間との交流が必要だった。そこで、儂らは秘密裏にチェロリダ村を通じて交易を行ったのだ」
チェロリダ村によく行商人が行っていたのは、このためだったのかと理解できた。その行商人ですら、チェロリダ村の裏にギルギレイア人がいるということまでは気づいていなかったのかもしれない。基地内でも、ギルギレイアの名前は出たこともない。秘密は守られていたということなのだろう。
「なのでチェロリダ村の人たちも谷底から来た魔物を報告すれば、我々の村が見つかると思い、報告しなかったのだろう。チェロリダ村の人々は儂らを守るつもりで、基地には秘匿したのだ」
「なるほど……」
エリシアは納得している様子だったが、複雑そうでもあった。
「エリシア。報告するのか?」
「どうしようかと思ってる。相手が破滅獣なら……わたしたちだけで対処できるものじゃないわ。基地に報告して、戦力を動かしてもらわないと対処できない。災害獣でもそれなりの戦力が必要なのに、その上の破滅獣となったらどれくらいの戦力が必要になるか……。場合によったら、基地の戦力だけじゃ足りないかもしれない」
エリシアの算段は正しいと思った。災害獣規模でも村ひとつ街ひとつが甚大な被害を被るというのに、神話の魔物、破滅獣が暴れることになれば、その被害は計り知れない。
「エリシア殿。報告してくれてかまわんよ」
ギーファンの言葉にエリシアは驚いた。
「いいんですか?」
「こうなってしまった以上、儂らも村の自警団だけでどうこうなるものでもない。エネスギア人に助けられるのは不本意ではあるが、なんとかしてもらうしかあるまい。村に残るチェロリダ村の人たちも、村に帰れないままでは困る」
「……わかりました。基地に戻り、伝えます」
エリシアに頷きを見せるギーファンは、もう覚悟を決めていたようだった。
しかし、ユーリには気がかりがあった。
「ところでエリシア、崖の上まで安全に戻れるのか?」
「それが……」
エリシアがギーファンを見ると、ギーファンが首をかしげる。
「それが問題なのだ。おぬしたちが落ちてきた崩落で、上へ続く道の一部が塞がれてしまってな。しかもあの辺りにはやつが徘徊するようになった」
「それじゃ……」
「目を盗んで上手いこと突破するか、一戦交えて強行突破するしかないってことね」
「やっぱそうなるか」
エリシアとユーリが平然とそう言うのを見て、ギーファンは目を丸くした。
「おぬしら正気か? 破滅獣とやり合うつもりか?」
「それしかないなら、やるまでです」
エリシアが平然と応えると、ギーファンは頭を抱えた。
「なんということだ、勇者の輝石剣と女神の聖剣を持つものがここにきたのはそういう導きか……」
「村長?」
村長はなにかぶつぶつ言いながら頭を振っている。
「いや、やめておきなされ。さすがに、無駄死にするだけだ」
「大丈夫です。無茶な戦いはしません。突破するだけなら、なんとかなります。討伐するわけではないですから」
ユーリがそう説明するも、ギーファンは懐疑的だった。
「おぬしたちがどのくらいの技量を持っているかは知らん。だが相手が悪すぎる」
「上で一度見てます。強さは理解しているつもりです」
「逃げることに専念すれば、そうそうやられるものではないですし」
ユーリとエリシアの言葉にギーファンは常に驚いていた。普通、破滅獣と聞き、さらに一度相対したものであるなら、恐れおののき戦意を喪失するからだ。
「それは無謀か……いや、勇気なのか」
「放置しておいたらこの村だって襲われることになるんです。あまり悠長なことはしていられません」
「そうです。助けてくれた恩もありますし」
「おぬしたちは相当に覚悟が決まっているようだ……。上に行くと言うのなら、止めはすまい。だがな、その前にしっかりと体を治すといい」
「もう動けます」
ユーリは立ち上がって見せた。だが、正直体はあちこち痛く、動きも思うように行くものでもなかった。
「無理しているのはわかる。だが、すぐ動くというのであれば、手っ取り早く治す方法がある」
「それは……なんですか?」
「ギルギレイアの温泉の話は聞いたことがあるか? 神話の中で傷ついた勇者はギルギレイアの温泉で怪我を癒やした。それが、この村にもある」
温泉? ユーリとエリシアが思わず顔を見合った。
それを見たギーファンは笑顔を浮かべていた。




