第025話「金属音の咆哮」
【〇二五 ギバ渓谷】
■チェロリダ村に隣接する深い渓谷。かなりの高さのある崖になっている。
この渓谷は神話の時代に存在した魔物と女神たちとの戦いの時、魔物の爪が残した爪痕と言われている。
谷底には鉱石などが産出されることがセルフィリア共和国にも知れ渡っているが、なぜか採掘が行われることはなかった。
チェロリダ村も採掘は行っておらず、農耕を行っているが、チェロリダ村から帰る商人はなぜか質の高い金属を持ち帰ることがあるようなのだが……?
【〇二五 金属音の咆哮】
コォォォォォン、と――金属の鐘を打ち鳴らしたような音が響く。
その次の瞬間、なんの気配もなく地面が割れ、そこから勢いよく伸びた無数の触手のうち二本が、エリシアとパルアの体に巻き付く。
「なにこれっ!?」
「なんだっ!?」
ふたりの体は持ち上げられ、ルーミアが見ていた女性のな人型のものに引き寄せられていく。
「エリシア!」
「パルア!」
ユーリとガブリアスが同時に跳ぶ。ふたりはエリシアとパルアに巻き付いていた触手を断ち切る。
エリシアとパルアは解放され、着地するとすぐに人型の方を向き警戒した。
着地したガブリアスは人型へ剣を向けながら、ユーリに言う。
「……俺を後ろから斬ることもできたはずだぞ?」
「そっちだって、俺を斬るには最高の機会だったはず」
ユーリがそう応じると、ガブリアスは口元に笑みを浮かべた。
「なるほど、卑怯なまねはしないというわけか。気に入ったぞ、ユーリ」
「そちらも、普通のゾディアスタス人とは違うみたいだな」
ユーリも軽い笑みを見せた。ガブリアスはこちらがエリシアを助ける隙を狙わなかった。それに、ガブリアスは仲間であるパルアを助けることを優先した。それは、敵であるとしても、ユーリにとっては敬意を表すべき行動だった。
エリシアは身構えていたが、パルアは自身の体を抱き震えていた。
「どうしたパルア!?」
「……た、たすけ……ガブリアス様が……わたしを助けてくれた……なんという僥倖、なんという感謝……感激!」
「つまらぬことに感動している場合ではないぞパルア!」
「はっ!? そ、そうでした!」
ガブリアスの言葉に我に返ったパルアは破砕棍を構える。
そのパルアに、エリシアが問う。
「あなたたち、なにか知ってるんじゃないの? この村のことも、あれのことも」
「この村の住民が消えたことは知っていた。しかし、その原因は知らない。わたしに答えられるのはここまでだ」
「……なるほどね」
エリシアは思う。この帝国軍も、おそらくはチェロリダ村の住民が消えた理由を調査していたのだと。
そして、その原因はあの人型なのではないかと。
ルーミアがエリシアの近くに寄る。
「嫌な予感がする」
「奇遇ね、わたしも」
ふたりがそう言い合った時、地面が揺れはじめる。
すると、人型が震えはじめ、足下の地面がめくれ上がる。そのめくれ上がった地面からは、巨大な土蟲を思わせる巨躯が姿をあらわした。その体からは無数の触手が伸び、地面に突き刺さっている。
「なっ、なんだ!?」
ユーリは見たこともない異形を前に驚いた。一見すると土蟲のようにも見えるが、頭頂部には人型のものがついており、触手も異様だった。そして、金属のような光沢のある体は、生物として見るにはあまりにも不自然だった。
「なんということだ……」
ガブリアスもその姿に圧倒されているようだった。
すぐに撤退した方がいい、ユーリがそう叫ぼうとした瞬間、頭上をなにかが跳んで行った。
「なに!?」
ユーリたちの頭上を跳んで行ったのは跳刃鼬だった。
一瞬見えたのは、片目の斬り傷――ユーリたちがエムール大森林で戦った、あの跳刃鼬だ。
「シャアアアーッ!」
跳刃鼬は前脚の鋭い爪を使い、土蟲のような異形に斬りかかる。
「剣士鼬が襲うだと!?」
ガブリアスもその光景に驚いていた。
ユーリは察する。この異形は本来、大森林に生息しているものではないのだと。跳刃鼬がチェロリダ村近くまで来ていたのは、この土蟲が自身の縄張りに入ってきたため、警戒、あるいは排除しようとして来ていたのだと。
「だとしたら、この土蟲も災害獣級ってことか……」
飛びかかった跳刃鼬の爪が触手を斬り裂く。が、信じられないことに、触手は斬られたそばから再生していく。災害獣は高い自然治癒力があると言われているが、この土蟲の触手は治癒能力と呼ぶにはあまりにも早い。
「コォォォォォ!」
この金属音はあの土蟲のようなものが発しているらしかった。
一度着地した跳刃鼬がくるりと向きを変え、土蟲の真正面から斬りかかろうした。だが、跳刃鼬の体は空中で不自然に地面へとたたき落とされた。
次の瞬間、ユーリたちは肌に震えるようにな空気の震動を感じた。
「これは――」
これがただの空気の振動ではないと、エリシアがいち早く気がつく。
この振動は音や衝撃を伝えたものではなく、放出された魔力そのものだった。
「魔法が使えるというの?」
ルーミアがそう言った直後、ルーミアは思わず魔導杖を支えに体をかがめた。
ユーリたちも、不意に自身の体が重くなるのを感じる。
「あの土蟲……まさか重力を操ったということ!?」
エリシアは驚いた。詠唱もなく、ただの咆哮だけでかなり高度なはずの重力制御魔法を発動させたからだ。跳刃鼬はまともにその影響を受け、立ち上がることすらできないでいる。近くのユーリたちはその余波を受けているだけだが、それでも、普通に動けるかと言われれば難しいというほどの影響を受けていた。
「エリシア! ルーミア下がれ! こいつは危険すぎる!」
ユーリの声が届き、エリシアは重い体を使いながらユーリのもとへと向かい走りはじめた。しかし、ルーミアは倒れ伏す跳刃鼬に気をとられている。
「ルーミア!」
ユーリが叫ぶとルーミアは顔だけをこちらへ向けた。
「あの跳刃鼬は森の秩序を守ろうとしている。あの土蟲みたいなのは異質な存在だと思う」
そのルーミアの言葉に、エリシアも足を止めた。そしてユーリを見る。
ユーリはルーミアの言葉の意味を察した。
「ルーミア、さすがにできないこともある」
ユーリがそう言っている間も、跳刃鼬は見えない重力の槌に押しつぶされている。周囲の地面がへこみはじめていた。
「あの土蟲をなんとかしないと、村も奪還できない。跳刃鼬に任せておいていいの? 苦しそうにしてるよ?」
「……しかたがない! わかったよルーミア!」
ユーリがやれやれというように頭を振りながらそう応じると、こちらを見ていたエリシアも笑みを見せた。エリシアも同じ気持ちということだ。
走りだそうとした時、ガブリアスが叫ぶ。
「おまえたち! あいつとやり合う気か!?」
「あれがなんなのか知っていそうだな。なんなんだ?」
「……それは……言えない。言えないが、おまえたちと言えど勝てる相手ではないぞ」
「忠告は感謝します。が、やらないといけない時みたいだ」
そう残し、ユーリは重い体を使い走り出した。
すると、ふっと体が軽くなる。跳刃鼬も立ち上がる。どうやら重力制御の効果は時間制限があるようだった。
「行くぞエリシア!」
「正面から行く気!?」
「跳刃鼬が正面から行く、俺たちは左右から当たる!」
「わかった!」
「ルーミアは強力な魔法を頼む!」
「任せて」
ルーミアも魔導杖を構える。
跳刃鼬は正面から斬りかかり、触手を切り裂いている。そろそろこちらも踏み込み仕掛けるか――そう思った時、地面が揺れはじめた。地震の規模としてはかなり大きい。
走ることにもバランスを崩し、ユーリたちは立ち止まった。
「ユーリ!」
エリシアが叫ぶ。自分たちの周囲に地割れが発生しはじめていた。
ただならない行動のための予備動作として地震を起こしている――ユーリは咄嗟にそう予見した。
しかし、跳刃鼬は容赦なく飛びかかっていく。
「やられるぞ!」
ユーリが思わずそう叫んだ。次の瞬間、鞭のような鋭さを持った一本の触手が跳刃鼬を弾く。
「ギャウッ!」
弾き飛ばされた跳刃鼬は左前脚の先端部が切断されていた。弾き飛ばされた跳刃鼬の体は一件の家にぶつかり、家が砕ける。
その間も地震はとまらない。亀裂は大きくなる。
「こいつ、地面を割るつもりだ! エリシア! ルーミア! こっちへ!」
ユーリの声に応じ、エリシアとルーミアが全力で駆け寄る。
「コォォォォォォ!」
金属が響くような咆哮が起こった時、ばきりという音がしてユーリたちの体が、ユーリたちの立っていた地面が傾いた。
チェロリダ村の半分くらいが地割れにより、崖側へと傾く。
「ここまでの威力を持つのか!?」
ガブリアスとパルアはかろうじて飛び退き、割れていない地面に立っていた。
「ユーリ!」
「エリシア! 飛び移れ!」
「間に合わない!」
「くそっ! ルーミア! 俺に掴まれ!」
「うん!」
駆け寄ったルーミアはユーリにしがみつく。それにおくれ、エリシアもユーリにしがみつく。
直後、割れた地面は垂直になり、崖へと落ちていく。ユーリたちの体は空中へ投げ出された。
「きゃあああーっ!」
エリシアが叫ぶ中、ルーミアは無言でユーリにしがみつく。
ユーリはエリシアの叫びの中、あの土蟲を見た。すると、土蟲は落下する地面の上におり、平然としていた。
こいつは一体なんなんだ、地面を割るほどの力がある……災害獣にしては強大すぎる存在だ……!
ユーリはそう思いつつ、ふたりを抱きしめた。崖の底はギバ渓谷の底だ。高さはかなりある。助かりそうもない高さだが、ユーリは剣を扱う時のように体に魔力を込める。そしてかろうじて触れている地面を蹴る。
間に合え――そう思ったが、ユーリの体は割れていない地面には届かなかった。
そしてそのまま、重力に吸い込まれ、崖の下へと落下していった。
ガブリアスはその様子を見ていた。
「……落ちたか」
「凶星と言えど、この高さでは助かりません」
「そうだな。パルア、下へ降りる道を探すぞ」
「行くのですか?」
「あぁ。あいつらの死も確認する必要がある。それに、あれを見つけられたのだ。その所在を確認しておくのが我らが使命だ」
「そうですが……危険です。あの異様な再生能力と、重力魔法はやっかいです」
「不本意だか隠れて様子を探るしかあるまい。もし、あれがあちら側の操るものだとしたら……我々とて悠長にはしていられなくなるぞ」
「わかりました。確認しましょう」
「うむ。行くぞ」
ガブリアスは崖底を一瞬のぞき、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
「うっ……くっ……」
ユーリは意識を取り戻した。
地面に倒れている。
周囲にはまだパラパラと小石や砂が落ちてきていた。気を失っていたのはほんの短い時間だったようだ。
動けるか。いや、動かねば。立ち上がれるか。全身が痛む。着地の衝撃を和らげようと、ふたりを抱きかかえたまま、落ちてくる地面を蹴り渡っていた。そして着地の瞬間にふたりをかばい、背中から落ちた。
そうだ、ふたりは? エリシアとルーミアは!?
「エリシア……ル、ルーミア……!」
声を絞り出す。呼びかけと言えるほどの声量ではなかった。
かろうじて上体を起こし、見える限りの周囲を見る。エリシアとルーミアは思いの他近くに倒れていた。
「エリシアっ! ルーミア……!」
「うっ……くっ……」
「うぅ……」
ふたりとも起きはしなかったが、うめき声をもらしていた。
よかった、息はある。この高さから落ちたので、五体満足とは思えないが、息があるだけでも幸運と言えた。
立ち上がらねば……ふたりを起こして、移動しないとまたあいつが来るかもしれない……!
だが、体に力が入らない。左腕で左脚の感覚が鈍い。たぶん、こちらから落下したのだ。骨も折れているかもしれない。
そんな時、ユーリはふと頭上に気配を感じた。
「っ!?」
顔を上げると、そこには頭の長い、土気色の種族が立っている。
「な……」
「地響きがしたので来てみたら……なんと生きているものがおるではないか」
老人のような声がする。
ユーリは思い出した。地上界に存在する、神話の時代から続く三大種族。エネスギア人、ゾディアスタス人、そしてもうひとつ、ほとんどの人が忘れてしまっている、幻の種族――。
「ギ、ギルギレイア……!」
老人は険しい顔をこちらに向けている。
ギルギレイア人はユーリが知る限り、内向的かつ排他的な種族だった。外部との接触を嫌い、他の種族の前に出ることはない。外部から来たものを異分子として始末する、という話も聞いたことがある。
ふたりを守らないと――鈍い左手には、剣の感触があった。石剣が握られている。
「落ちても剣は手放さんか。見上げたものだ。……ん? その剣は……なるほど、おぬし、この高さから落ちても剣を手放さなかったのは、ただの兵士ではないからか」
なにか言っていたが、ユーリにはよく聞こえなかった。
石剣を杖に、必死に立ち上がろうとする。
「立って見せよ剣士よ。おぬしがその剣の持ち主に相応しい勇気の持ち主なら、己の足で立ち上がってみせよ」
「お、俺は……!」
ユーリは立ち上がった。そして、左手の剣を構える。
「まさか、我らギ族の打ちし輝石剣が残っていようとは。しかもこうして会えるなど。長生きはしてみるものじゃな」
「な、なにを……」
ユーリの意識は、そこで途絶えた。
最後に見たのは、このギルギレイアの老人が笑んだような表情だった。




