第024話「かつてない強敵」
【〇二四 ウィスパニアの凶星】
■ゾディアス帝国ウィスパニア侵攻軍の中で噂される、セルフィリア軍の中にいるとされる異常な強さのふたり、ユーリとエリシアの別名。
ゾディアス帝国軍ではまさにこのふたりと戦って生きて帰ったものはおらず、撤退したセルフィリア軍の追撃を行うと必ずと言っていいほどに全滅させられるため、そう呼ばれるようになった。
なお、セルフィリア軍内では人間であるユーリやエリシアの戦果は大して重要視されておらず、評価されていないために無名となっている。戦果を報告していない人物は誰なのだろうか?
【〇二四 かつてない強敵】
ユーリはこちらに突進してくるガブリアスの大剣を見た。素材はわからないがゾディアス帝国の武器は総じて質が高い。まして、この男は将校と名乗ったので、使っている武器はしっかりとしたものだと思った。
――真正面からぶつかるか、いや、そう見せかけて側面に周り、軽い一撃を打ち込んで背後を取る。相手の武器は大型で小回りは苦手なはず。細かいフェイントを仕掛ければ短時間で致命傷を与えられる。ユーリはそう考えると、両手に魔力を通す。
右のティリシュベルトが魔力を帯びる。左の石剣も魔力を纏う。向かってくるガブリアスが剣を振り上げた。その瞬間、ユーリは地面を蹴り、弾丸さながらにガブリアスの正面に跳ぶ。
「正面から来るか!」
ガブリアスの表情は意表を突かれながらも、笑んでいた。真正面から斬りかかるように見せかけたユーリの動きに反応し、振り上げていた剣を急遽水平にして薙ぎ払いを繰り出した。
――早い!?
大柄の武器とは思えない俊敏な動きに、ユーリは思わず、空中で両手の剣を突き出した。大剣にこちらの二本の剣が振れる。瞬間、ユーリの腕に強烈な力が加わる。この大剣を俊敏に扱うガブリアスの力は、ユーリが考えていたよりも遙かに強力なものだった。
ユーリは二本の剣に角度をつけ、着地と同時に大剣を受け流す。
「む!?」
ガブリアスは初撃が受け流されたことに気づいた。そこからの行動がユーリの方が早い。素早くガブリアスの側面に回り込み、左の石剣で鋭い突きを繰り出す。切っ先はガブリアスの喉元を狙う。
「くっ!」
「っ!?」
側面、ぎりぎりガブリアスの視界外から放てたと思った一撃ではあったが、ガブリアスは体をのけぞらせてそれをかわした。
見えていたのか!? いや、見えてはいない、勘で避けたんだ!
ユーリはそう判断し、次の動作に移る。左手を突き出したまま体をガブリアスの背後へとスライドさせる。
ティリシュベルトに魔力を通し、急襲の一撃を放つ。魔力の残滓を煌めかせながら放たれた一閃はガブリアスの背後を捉えた。一撃に見える三撃――頭頂部への振り下ろし、首への突き、腕への薙ぎ――を繰り出す、ユーリの剣技だ。
捉えた! ユーリはそう確信した。しかし――。
「剣技だと!?」
ガブリアスは驚きの声をあげつつ、振り下ろしと突きを体をひねってかわしつつ、大剣を立てて横からの薙ぎ払いを弾いた。
「なんだと!?」
ユーリも思わず驚きの声をあげる。ガブリアスは振り向きながら、視界の外からの攻撃、しかも一瞬で三撃を繰り出す、ほぼ回避不可能な攻撃を完全に回避した。
剣を弾かれたユーリの体が一瞬、ぐらつく。その一瞬をガブリアスが捉える。
「はっ!」
ガブリアスはユーリの脇腹めがけて蹴りを繰り出してきた。ゾディアスタス人の特徴である強い力の蹴りには身につけている甲冑の堅さと重みも加わり、受ければ骨は砕け内蔵は損傷する。ユーリは思わず飛び退いた。
ガブリアスとの間に距離が生まれ、攻防がとまる。ユーリの鋭い視線がガブリアスを刺す。そのガブリアスも、色濃い殺意をあらわにしていたが、動きをとめたユーリと対峙し、口元にだけ笑みを浮かべる。
「剣技を使ったな」
「どうだろう?」
「我が名はガブリアス=ヴィーデ=ゾラシアン。名はなんという?」
「ユーリ=ファルシオン」
「覚えておこう。剣技を使うものなど、とうに消えたはずだ」
ユーリは一瞬、エリシアの方を見た。
ユーリがガブリアスと交戦をはじめた頃、エリシアもパルアと向き合っていた。
両手に破砕棍を持ちこちらに向かってくるパルアに向かい、エリシアは発砲する。
「っ!?」
走っていたパルアは体をひねり、急停止した。
「弾丸を――見て、避けたの!?」
「これが銃というものか! なるほど野蛮な武器だ!」
突進を再開するパルアを見て、エリシアは銃を投げ捨て細剣を抜く。この相手はでたらめだ、常識が通用する相手なんかじゃない、エリシアはそう思った。
それなら、初手必殺しかない。細かいやり取りをしようものなら、この動体視力と力ですりつぶされる――エリシアは細剣を突き出し、全身をバネのように使って地面を蹴り、弾丸よりも早い速度と勢いでパルアに突きを繰り出す。
避けられたら回転斬りに移る、そのつもりでいた。
「っ!? なんだこいつは!?」
エリシアの強烈な踏み込みにパルアは驚き、踏みとどまる。その場所にエリシア必殺の一撃がたたき込まれる。
「受け止めた!?」
パルアは破砕棍を眼前で交差させ、エリシアの強烈な突きを受け止めていた。
受け止められたことには驚いたが、エリシアはすぐに次の動作に移る。空中で体をひねり、パルアの急所を狙う回転連撃を放つ。
エリシアは流れるような、一瞬の隙もない動作で追撃に入る。初見でこの連撃をやりすごすことは不可能――エリシアも、訓練で何度か受けているユーリすらもそう思っている一撃だ。
しかし――。
「な、ん、と、い、う……!」
「嘘でしょ……!?」
パルアは両手にそれぞれ持った破砕棍を使い、一瞬にして数発を繰り出すエリシアの回転連撃を防ぎきっていた。
さらに――。
「ふん!」
「っ!?」
動揺したエリシアのわずかな動きの揺らぎを突き、破砕棍を突き出してきた。エリシアは咄嗟に身を捻りそれをかわす。するとパルアはすぐに詰め寄り、頭を割る勢いで破砕棍を振り下ろしてきた。
「やばっ!」
単調な一撃であったため、エリシアは飛び退いて距離を取った。すると、先ほどまでエリシアのいた場所にはパルアの破砕棍がめり込み、地面をえぐっていた。
もし、剣で受け流そうとでもしていたら、今頃は剣ごとたたき折られ、無残な姿であそこに倒れていただろうと思い、エリシアはぞっとした。
パルアがこちらを見る。真剣な表情だった。
パルアと、エリシア――、ガブリアスとユーリ。四人は同じことを思った。
こいつは、今までに会ってきた相手の中で一番強い、と。
次の一手を考えつつ、にらみ合いが続く。その沈黙の中に起こったのは、地響きだった。
「なに!?」
その揺れの中心地である方――ルーミアの方を見る。
するとそこには、ルーミアを中心に地面が牙のように隆起し、彼女を取り囲んでいたユボリ族一〇匹をくわえ、押さえ込んでいた。
「ギギ!」
「コノ教会騎士! 見タコトナイ魔法ヲ使ッタ!」
ルーミアが使ったのは、相手の足止めに使う地面を操作する魔法だった。短い詠唱ですぐ使うことができる魔法で、初歩のものであるが、使うものは少ない。それはエネスギア人兵士や教会騎士には護衛がつくため、このように地味な魔法は使わずに詠唱ができるからだった。
ルーミアは単独の戦い方を知っていた。まずはこのような早い魔法で、相手の足を止める。そしてそれから攻撃に転じるのだと。
「我、|古の言葉を紡ぎ力と成す《アルスワーズ・ドラクラムズ》――」
力を持つ言葉がルーミアの口から流れる。声は落ち着いており、歌うように優雅だった。
「我が両腕の中、激走せよ、雷撃の双牙――」
魔導杖が青白い光を帯び、周囲の空気がぴりつきはじめる。
ガブリアスが叫ぶ。
「おまえたち! 逃げろ!」
「ギッ! ギギっ!」
しかし、ユボリ族たちを噛む大地の牙は今なお堅く、いくらもがこうが抜け出せないでいる。
「殲滅の一撃となれ、周囲、ことどとく穿て――」
空気のぴりつきが一度とまり、青白い光が魔導杖の先端に集まる。そして、ルーミアは魔導杖を掲げる。
「顕現せよ! 双滅雷閃!」
魔法を発動させた瞬間、魔導杖の先端の光が二本の太い鞭のように伸び、ルーミアの周囲を薙ぎ払う。雷撃の鞭は土の牙に捉えられたユボリ族に、一匹残らず容赦なく浴びせられる。
雷撃を受けたユボリ族は断末魔をあげる間もなく、黒焦げの炭と化す。
「すごい……」
エリシアが思わず漏らす。
一〇匹ものユボリ族を、ルーミアの魔法は一撃で、一瞬で殲滅した。容赦や情け、教会の説く慈悲の欠片もないような一撃に、見ていた四人は圧倒された。
だが、そんな中、ガブリアスが動く。
「あの教会騎士、先に仕留める!」
「あっ!」
ガブリアスの行動はユーリの反応を超えた。地面を蹴ったガブリアスは大剣を構え、一足でルーミアのところへと跳ぶ。それを見たパルアが血相を変えて叫ぶ。
「いけませんガブリアス様! 魔導師に不用意に近づいてはいけません!」
「この早さなら対応できまい!」
ガブリアスは大剣を振り上げ、ルーミアに迫る。
「ルーミア!」
ユーリとエリシアが同時に叫んだ。
ルーミアは詠唱をしていない。魔導杖では、あの大剣は防ぎ切れない。
「さらばだ教会騎士!」
ガブリアスが大剣を振り下ろした瞬間、ルーミアは魔導杖をガブリアスに向ける。
「顕現せよ! 烈光弾!」
「なんだと!?」
突如、魔導杖から光の弾が弾ける。突然のことに、ガブリアスは地面に転がって放たれた光弾を回避する。
「ルーミア!」
ユーリは転がったガブリアスが再度ルーミアを襲わぬように牽制を仕掛ける。ガブリアスは起き上がりながら、迫るユーリから距離をとるべく飛び退いた。エリシアがガブリアスの追撃の様子を見せた瞬間、パルアがガブリアスをかばうように跳ぶ。
パルアがガブリアスを、ユーリとエリシアはルーミアを守るように動いた。
「ガブリアス様、ご無事で――」
「あの教会騎士、詠唱もなく魔法を発動させた……どういうことだ……そんなことができるというのか」
「わかりません。まだ、なにか隠しているかもしれません。召喚も使えるはず、あの魔導師、いえ、教会騎士、侮れません」
「ううむ……」
ガブリアスたちは武器を構えつつ、こちらを睨んでいる。
「ルーミア、すごいことができるんだな」
ユーリがささやくと、ルーミアは首を振る。
「わたしじゃない。この魔導杖の仕掛け。いくつか、魔法を保存しておける。発動の言葉だけで、すぐに魔法を発動できる。この仕掛けが役立った」
「すごい代物じゃない」
「そうだな」
ユーリとエリシアは魔導杖の性能にも驚いたが、咄嗟にその判断、行動ができたルーミアにも驚いていた。訓練してはいるとは言え、戦闘という極限状態でここまで機転が利くのは、ルーミアの資質を認めざるを得なかった。
そんな中、ガブリアスの前にいたパルアが腰を低く構える。
「ガブリアス様、援軍です」
援軍? ユーリとエリシアにも聞こえたその声に、ふたりは何事かと思った。援軍など来るはずがない。パルアの視線を見るに、自分たちの後ろにその援軍がいるらしい。しかし振り返ることはできなかった。パルアの陽動の可能性があるからだ。
だが、ルーミアは振り返った。
「え――なにあれ」
そこでルーミアが見たのは、金色の、女性のような形をした――人形のようなものが、自分たちのいる場所から少し離れた場所にあった。




