第022話「対峙の予感」
【〇二二 教会騎士の帽子】
■教会騎士の証明であり、象徴でもある装束の中でも特に象徴的な装備品。
この帽子を被るということはすなわち教会とマールセルフィリア教の守護者であるという責務を負うことであり、他の兵士や教会関係者とは一線を画すという意味もある。
相手への敬意を示す際は帽子を取り、胸の前に抱えることが礼儀とされ、教会騎士の行う最敬礼でもある。
なのでこの帽子に愛着を持つ教会騎士は少なくないが、ルーミアの場合は教会騎士という自負からではなく、単にファッション的に好き、という意味合いが強いようだ。
【〇二二 対峙の予感】
朝日が昇る少し前、ユーリたち三人は教会の戸口に立っていた。
「お世話になりました。ほどこしに感謝いたします」
ルーミアは帽子を取り、見送りに来たティアルをはじめとする修道女たちに頭を下げる。ユーリとエリシアもそれに倣い、頭を下げた。
「どうかこの先に勝利と、その先に続く安らぎがあらんことを」
ティアルがそう言って手を組み合わせると、後ろの修道女たちも手を合わせ、祈ってくれた。
「この教会を出て、チェロリダ村はすぐです。――申し訳ありません、この教会は世間との関わりを断っている教会です。チェロリダ村がどうなっているかは、存じておりません」
「わかりました。それを調べるのはわたしたちの役目です。どうか、心穏やかに祈りを続けてくださいますよう」
ルーミアはそう言うと帽子を被る。
「素晴らしい剣を託していただき、ありがとうございます」
ユーリがそう言うと、ティアルはにこりと微笑みを返した。
「わたしにも……その、すごい魔法を……ありがとうございます」
エリシアがそう言うと、ティアルはすっと人差し指を唇に当てる。
「それは内緒ですよ」
「あ、すみません!」
ユーリは魔法ということで気になったが、内緒ということなので追求はしなかった。自分が剣を授かったように、エリシアもなにかすごい魔法を授かったのだろうと思った。
「この教会のことは、どうかご報告はせずにお願いしたく思います。わたしたちは密かに静かに、祈りと生活がしたいのです」
「わかりました。エリシア少尉、そのようにお願いします」
「了解です」
「では、これにて失礼します」
「九天女神の加護があらんことを」
「女神の祝福を共に――」
恭しく頭を下げたルーミアたちに対し、ティアルも頭を下げる。
そうして、三人は教会を後にした。
日が昇りはじめた頃、ユーリが後ろを振り返ると、教会はもう見えなくなっていた。木々の間に隠れてしまったのだろうが、まるで教会そのものが消えてしまったように感じられた。
「なんか……不思議な場所だったな」
そうつぶやき、腰に下げたティリシュベルトに触れる。不思議な場所だったが、たしかに自分はこの剣を授かった。でも、引き返してももうあの教会には行けないような気がした。
「どうしたの?」
先を行くルーミアが足を止めていた。
「なんでもない。すぐ行きます。それにしても――」
「うん?」
ユーリはルーミアに追いつく。
「中尉は司祭様と話す時は、なんというか、すごく流暢というか、丁寧だった」
「それは……そういうものだから。使う言葉は決まっているの。教会暮らしではそれが徹底されるから、自然とああいう風な言葉になる」
「なるほど……そうなんだ」
教会での生活もいろいろ大変そうだなと、ユーリは改めて思った。帽子を取ったりお辞儀をしたり、そういう所作まで、教会では細かく教えられるのだろうと。
「ティアル様もエネスギア人だったけど、ユーリたちに優しかった。マールセルフィリア様が説いた慈愛そのもののような人だった」
「そうかもしれない。優しい人だった。――中尉も、教会騎士の勤めを終えて司祭様になれば、きっとああなるんじゃないかな」
「え?」
ルーミアはきょとんとする。
「わたしが、司祭に?」
「なれないのか?」
「教会騎士から司祭になる人も……いることはいるけど」
「なら、なれる」
「考えたこともなかった」
ルーミアは思わず足を止める。ユーリも足を止めた。
「中尉は言葉も所作も落ち着いていて優雅だから、似合いそうです。人間に優しい司祭様が増えてくれれば、俺、自分としても嬉しいです」
「もしそうなったら……あなたとエリシアを教会で雇って、警護してもらおうかな」
「それは――自分はそんな崇高なことには向いていません」
ユーリが戸惑うと、ルーミアは首をかしげる。
「どうして?」
「自分は……」
『剣士様の心には……一抹の闇があります』
夕べ、ティアルに言われたそんな言葉が頭をよぎる。
手は無意識に、ティリシュベルトの柄に伸びた。この剣が重い。聖剣と呼んでもいいようなこの剣は、果たして自分に見合うものなのか。自分は、そんなに崇高な人間なのか。
「ユーリ?」
「いえ、なんでも。自分は田舎育ちで、中尉のように上品ではないので」
「覚えて行けばいいよ」
「それは大変だ。――さぁ、行きましょう。間隔が開くとエリシアに怒られる」
「そうね」
ユーリが促すと、ルーミアは少し急いで歩き出した。
その背中を見つめ、ユーリはティリシュベルトに触れていた手を見つめる。
「守護女神の聖剣か……。やっぱり、重いかもしれない」
そう言うと、ユーリも歩くのを再開する。前を行くルーミアの足取りは、なぜか少し軽くなっているように感じられた。
◇ ◇ ◇
日の出を迎えた森を行くユボリ族たちには緊張感があった。それは、自分たちの指揮官であるガブリアスと、副官のパルアが同行していたからだ。
ガブリアスは規律にうるさく、ユボリ族はそれを煩わしく思っていた。今までの指揮官は自分たちを物のように雑に扱っていたが、それがよかった。しかしこのガブリアスという人物は慎重で、被害を嫌う傾向があり、それがユボリ族には臆病者のように感じられていた。
ユボリ族はそれでもガブリアスに従っていたが、それはこのガブリアスに厚い忠誠を見せるパルアの存在が恐ろしかったからだ。パルアは屈強な戦士として知られており、兜を被った人間の頭を素手の片手で握りつぶすほどの怪力と言われている。
もし自分たちがなにかガブリアスに対し不敬なことをしようものなら、となりにいるパルアに頭を砕かれる――ユボリ族たちはそう思い、ガブリアスには気を遣わねばならなかった。
「止まれ」
後ろにいるパルアの声は小さかったが、前を行くユボリ族たちにははっきりと聞こえる。恐ろしい声だった。
「ギギ」
この部隊のユボリ族は一〇匹くらいという小規模なものだった。後ろにいたガブリアスが前にやってくる。
「森がやけに静かだ。そう思わないか?」
ガブリアスがそう言うと、ユボリ族たちは顔を見合った。
「ガブリアス様、ソレガナニカ?」
一匹の、槍を持ったユボリ族がたずねる。
「うーむ……」
ガブリアスは顎に手を置き、思案する。
「ガブリアス様、なにか感じられたのですか?」
パルアが問うと、ガブリアスは首を振る。
「いや、そこまでのものではない。が、この前からある変な空気を感じる」
「変、ですか?」
「あぁ。なにかを警戒しているような、獣が息を潜めて飛びかかる機会をうかがっているような、そんな気配がある気がしてならない」
「この前もそう仰っていましたね。そして、セルフィリアの部隊を見つけた。ガブリアス様の勘は冴えていると思います。また、なにか発見があるかもしれません。周囲警戒を強めるよう伝えます」
「頼む」
そう言ったガブリアスは地図を取り出す。
「この先は村か」
「かなり近づいています」
「ふむ……」
ガブリアスは地図から顔を上げ、木々の合間から見える遠景を見る。
すると、なにか思いついたのか、笑みを浮かべた。
「ガブリアス様?」
「一度小休止を入れよう」
「なにかお考えが?」
「そう見えるか?」
「はい」
きっぱりと応えるパルアに、ガブリアスはふふっと笑った。
「奇襲をかけるなら闇がいい。セルフィリアの連中は闇を嫌うからだ。だが、待ち伏せをするのなら明るい方がいい。やつらが動くからだ」
「……なるほど」
ガブリアスの思惑を理解したパルアも、思わず笑みがこぼれた。ガブリアスは頭がいい、パルアはそう思い、それもまた魅力のひとつだと感じた。
「動けば気配も痕跡も出る。探し物をするのなら、その方が早い」
「わかりました。小休止をさせます。――おい、小休止だ」
「ギギっ」
パルアの刃物のような号令に、ユボリ族たちは一斉に敬礼をした。
そんなユボリ族を見てパルアは思った。
あぁ、このがさつなユボリ族を残らず蹴散らし、ガブリアス様とふたりきりになって欲望をぶつけ合えたならどんなに幸福なことだろうかと。
想像しただけで体の奥から熱が湧き出す。
「どうしたパルア?」
「え、あ、な、なにか?」
「険しい顔をしていた。なにか懸念があるのか?」
「そ、そ、そのようなことはありません。少し……思索を」
「そうか。なにかよい策があれば遠慮なく聞かせて欲しい」
「はっ」
ガブリアスは腰に下げていた行動食を取り出す。その中から、乾燥した赤い木の実をひとつ取り出し、パルアに差し出した。
「ガブリアス様?」
「おまえはあまり行動食をとらないからな。少し食っておけ」
「っ!!」
パルアは全身に電撃のようなものが走った。
ガブリアス様の指に直接触れたものを食べられる!? あぁ、このままガブリアス様を力一杯に抱きしめたい! その衝動を抑えるだけで、汗が出る。
「なんだ、汗もかいているな。水も飲んでおけ。俺のを少しわけてやる」
そう言い、ガブリアスは自分の水筒をパルアに差し出した。
「っ!!!!」
ガブリアス様が口をつけた水筒をわたしが!?
そう思った瞬間、パルアは気絶しそうになった。意識を保つだけが、こんな難しいとは思いもしていなかった。
「遠慮するな」
「……わたしはなにがあろうがガブリアス様と命をともにします」
思わずそんな言葉が出てしまった。ガブリアスは少し驚いたように目を開いたが、すぐに笑みを浮かべる。
「期待している。凶星に打ち勝つにはおまえが必要だ」
パルアの耳には『おまえが必要だ』しか入らなかった。
「ガ、ガブリアス様に忠誠をっ!!」
「声が大きい!」
そんなパルアの声に、ユボリ族がビクッと反応する。
ユボリ族たちはパルアの胸中を知ってか知らないでか、常に思っていた。
パルアは怖い人物だと。
◇ ◇ ◇
日が頂点にさしかかる少し前、ユーリたちはチェロリダ村の近くに到達していた。
先頭を行くエリシアは足を止め、ふたりを集める。
「なにか見つけたか?」
ユーリの問いに、エリシアは首を振る。
「そろそろ森が切れるんだけど、なんの変化も見られないわね。かえって気味が悪い」
「どうする? このまま正面から村に入るか?」
「まさか。あっち側に少し行くと、開けた丘陵があるみたい。そこからなら村を見られるかも」
「なるほど。そうしてみるか」
「ルーミア、いい?」
「エリシアの判断に賛成」
「ありがとう」
そんなエリシアとルーミアのやり取りを聞き、ユーリはふと首をかしげた。
「どうしたの?」
エリシアが問うと、ユーリはふむふむと頷く。
「なんだか、エリシアと中尉は仲良くなってないか? いや、仲良くなったというのは少し変か。なんとなく、親密な感じがする」
「それは……」
エリシアは視線をつーっとルーミアに流す。するとルーミアはユーリを見る。
「それは、内緒」
ルーミアはそう言うと、不器用にパチッと片目を閉じた。予想外のルーミアの反応に、ユーリはあっけにとられてしまった。
「え?」
「ふふふ」
エリシアは思わず笑う。
「じゃあ移動よ。全員まとまって動きましょう」
動き出したエリシアに合わせ、ユーリとルーミアも動く。
少し進むと森の木々が薄くなりはじめ、緩やかなのぼり坂になった。木が切れると、エリシアは地面に伏せる。ユーリとルーミアもそれに倣った。立ち上がっていたら、村にいる人からはシルエットが見えることになってしまうからだ。
匍匐前進しつつ、丘陵の頂点にのぼる。
腹ばいになっているエリシアのとなりに、ユーリが行く。
チェロリダ村の様子が見えるが、村に生活の煙などは立っておらず、村の通りにも、畑にも人影がない。
「誰もいない?」
「ここからはそう見えるわね。でも見て、あそこの家」
エリシアは一軒の家を指さした。その先の家は、戸口が開いている。
「戸が開いているな」
「あの家もそう。結構、戸が開いている家が多いわね」
「……人の出入りはあるってことか?」
「そうじゃないわね」
ユーリは思わずエリシアの顔を見る。エリシアは険しい表情になっていた。
「この時期、戸を開けっぱなしにしておくほど暑くはないでしょ。開けっぱなしになってるのは……閉めることができなかったから……つまり、急いで外に出たってことかもしれない」
エリシアは冷静に、最悪の事態を想定していた。
そんなエリシアの隣にルーミアが這ってくる。
「帝国の襲撃に遭ったの?」
「どうだろう。家に損壊は見られないのが不思議ね」
そう応えるエリシアのとなりで、ユーリは少し頭を上げる。
「見つかるわよ」
「見た限り帝国の連中はいなそうだ。……おい、あそこ」
「え? なに?」
「見てくれ」
エリシアとルーミアもユーリに倣い、頭を上げてチェロリダ村を見る。
「なにあれ」
エリシアが驚いたのは、村の外側、崖になっている方の柵が破られ、そこの地面に無数の亀裂が入っている様子だった。
「魔法でできた痕跡か?」
ユーリの言葉に、ルーミアは首を振った。
「それだとしたら少し不自然。あの亀裂は崖側から内側に広がってる。崖側で魔法を発動させたらそうなるけど、地面を壊す魔法を崖際で使うのは、使う人も危険がある」
「それは……そうか……」
ルーミアの説明にユーリは納得した。
「行ってみるしかないわね」
「それしかないか」
「そうしましょう」
エリシアの提案に、ユーリもルーミアも賛同した。
「その前に、ルーミアに聞いておきたいことがあるのだけど」
「なに?」
頭を下げたエリシアがルーミアに問う。エリシアは一度深呼吸して、口を開く。
「失礼な質問なんだけど、ルーミアの戦力を確認しておきたくて。ルーミアの召喚魔法はどのくらいの威力があるのか、もしもの時に備えて知っておく必要があるわ」
エリシアの質問に、ユーリも思わずルーミアを見る。
ユーリとエリシアが知る限り、エネスギア人がエネスギア人としての立場を保つ力のひとつに、召喚魔法の存在は大きい。通常の魔法に比較して、召喚魔法というものは桁違いな威力と範囲を持っている。
ふたりに注目されたルーミアはふっと顔を背けた。
「ルーミア?」
「……わたし、召喚魔法使えない」
「え?」
ルーミアの返事に、エリシアもユーリも驚いた。が、すぐに申し訳ないことを聞いてしまったと思った。
「ごめんなさいルーミア、余計なことを聞いてしまって」
「すまない」
軍にいるエネスギア人は召喚魔法を自らの誇りとしているものが多い。教会騎士であっても、それは変わらない、ユーリもエリシアも無意識のうちにそう思い込んでいた。
そして、召喚魔法が使えないということは、ルーミアの立場の悪さが察せられた。
「ううん。……なぜか、縁がなくて。出会えないの。契約獣に」
「そ、そういうものなのか?」
「うん。魔法を習得していると魔力で引き寄せ合って契約獣に出会うはずなのに、わたしは出会えなくて……。たぶん、エネスギア人の血が中途半端なせいだと思う」
「そんなことはないと思うけど……」
ユーリの言葉にルーミアは首を振る。
「ごめんなさい。あまり戦力にはなれない」
「大丈夫よ」
「あぁ、大丈夫だ」
謝るルーミアに、ユーリとエリシアは笑顔を見せる。ルーミアは不思議に思い、首をかしげた。
「ルーミアは強いわ。前の戦闘で見た魔法も、効果的に使えていた。判断能力も高い証拠よ」
「あぁ、それに度胸もある。行軍のセンスもいい。中尉は中尉が思っている以上に強いと思います」
「そう……かな」
ルーミアはそう言うともじもじとうつむいた。照れているように見える。
「召喚じゃなくても、魔法は十分に強力だから切り札になるわ」
「ユボリ族程度なら俺たちで対応できますが、なにかやっかいなものが出てきた時はお願いします」
「わ、わかった」
ふたりから、命をともにするものたちから信頼され、ルーミアが胸が熱くなった。こみあげてきたのは、はじめての感覚だった。
「じゃあ、村へ向かいましょう」
「行こう」
エリシアに合わせて立ち上がったユーリの袖口を、同じく立ち上がったルーミアが掴む。
「ユーリ」
「なんですか?」
「ルーミアって呼んで欲しい。そういう約束だったのに、ずっと中尉って呼ばれてるよ」
「あ、あぁ……それはどうしても、癖というか」
「普通に呼んで、エリシアみたいに普通に接して欲しい」
「……わかった、そうする」
「うん」
ユーリとルーミアのそんなやり取りを、エリシアは穏やかに見守っていた。
「いいかしら?」
「あぁ」
「行きましょう」
三人はチェロリダ村へ向かい、歩きはじめた。
ふと吹いた森からの風が、チェロリダ村をなでる。その風で、開いていた村の家の戸のいくつかがばたんと音を立てて閉まった。




