第020話「聖剣と女神様を支えた女神様」
【〇二〇 聖剣】
■古く神話の世界に作られ、現代に残る刀剣のことを言う。
しかし現存する聖剣と呼ばれるもののほとんどは偽物であり、比較的新しく作られたものがほとんど。
中には儀式や式典用に作られたものもあり、それらは実戦では使い物にならない。
もし、本当に神話の世界に作られた剣が残っていたら、それは紛れもない名剣であり、さらに女神に由来するものとあれば、新たな伝説を生み出す可能性も秘めていることだろう。
【〇二〇 聖剣と女神様を支えた女神様】
「セルフィリア共和国軍の方とお見受けいたします」
森の中に突如現れた教会、そこから出てきた準司祭の服を着たエネスギア人修道女はやってきたユーリたちを見ると、穏やかにそう言った。
「隊長のエリシアと申します。こちらは部下のユーリ。そして我が部隊の教会士官、ルーミア中尉になります」
ユーリは一礼し、帽子をとったままのルーミアが前に出て、ひざまずく。エリシアとユーリもあわててルーミアに倣う。
「司祭様の御前にありますが、行軍中のため略式の儀礼を失礼します」
「およしください教会騎士様。作戦中の騎士様ほど高貴な者はありません。どうか、教会でご休息をおとりください。申し遅れました、わたしはこの教会のティアルと申します」
ユーリはこっそりと顔を上げ、ティアルと名乗ったエネスギア人を見る。そこにはエネスギア人特有の傲慢さはなく、ただただ穏やかな笑みを浮かべる姿があるだけだった。
そして、温かく柔らかな春風のような声を聞き、なぜか、遠い昔故郷の森の中で聞いた不思議な声を思い出した。
その時、ふとティアルと目が合った。瞬間ユーリは顔を伏せようとしたが、固まってしまった。そして、ティアルはふふっと微笑む。そのあまりにも優しい微笑みに、未だにあった警戒心が無粋に思えてしまった。
「失礼ですがティアル様――」
ルーミアが言う。
「なんでしょう?」
「この辺りは帝国兵のユボリ族が頻出しております。教会とわかれば襲撃もされるかと思います。ただちに安全圏に退避されるのがよろしいかと思います。司祭修道士の安全確保は教会騎士の至上です」
ルーミアの言葉はいつになく堅苦しいものであったが、これが教会騎士本来の振る舞いなのだろうと、ユーリもエリシアも思った。
ルーミアの礼儀正しさにティアルは微笑み、応じる。
「その心配はご無用です。この教会は隠された教会。資格のないものたちに見つけることはできないように、仕掛けが施されております」
ティアルは教会を見ながらそう言った。ユーリはこの教会は偽装の魔法が施されているのだと思った。しかし、ではなぜ、自分たちは見つけることができたのか。聞いてみたかったが、自分には準司祭に対して質問を投げる資格はない。
「どうか、ご安心を。中に案内します」
「ありがとうございます。エリシア、ユーリ、教会のほどこしをいただきます」
「かしこまりました」
「ありがたくいただきます」
ここはルーミアの判断に従うこととなった。
ティアルに案内されて通された教会の中は、木造の簡素な造りだった。マールセルフィリア教会は豪奢な内装になるのだが、この教会はそれに比べたら遙かに簡素なものだった。
「みすぼらしい教会で驚かれましたか?」
「いえ」
ルーミアは首を振る。
「マールセルフィリア教会は浄財を募りきらびやかな装飾を施しますが、この教会はただの祈りの場なのです。マールセルフィリア様の慈愛に祈りを捧げるのに、装飾は不要。ただ、祈りの気持ちと慈愛を持つことこそが大事だと思います」
ティアルの言葉に、ユーリはもっともだと思った。今のエネスギア人の多くは慈愛の気持ちなど忘れ去り、傲慢と差別が蔓延しているのが現状だ。ティアルのように、質素に慈愛を願う気持ちを持つエネスギア人は希少だと思った。
「賛同します。このルーミアにここまでの感謝を祈る許可をください」
「喜んで。今、なにか温かいものを用意してもらいます」
「祈りの許可に感謝いたします。ほどこしにも、深く」
そう言ってルーミアが頭を下げたので、ユーリとエリシアも倣う。
ティアルがこの礼拝堂らしい部屋から隣の部屋に行くと、ルーミアは部屋の中央奥にあった像の前にひざまずき、魔導杖をとなりに置く。荷物を降ろして帽子を魔導杖の上に置く。流れるような動作だった。
「エリシアとユーリも荷物を置いてわたしの後ろに」
「は、はいっ」
「わかりました」
ユーリとエリシアも慌ててルーミアと同じようにする。ふたりとも武器を外し、そばに置いた。
すると、ルーミアは祈りの言葉を口にする。
「七大守護神にして九天女神、五天女神の主たるマールセルフィリア様。その慈愛により、我々は今日生きていることができます。最上の感謝をここに表します。わたしはマールセルフィリア様の慈愛を守るために武器を取り、古き詩を使う騎士であることをここに。この先の我々の戦の場で、マールセルフィア様のごとき勇敢さを持ち、広く慈愛を持って弱きものたちを救うことができますように――」
ルーミアの言葉は淀みなく、透き通った楽器の調べのように部屋に響いた。
「願わくは、我らに永久の勝利と、永久の慈愛がもたらされますよう――」
ユーリとエリシアも、心穏やかにルーミアの祈りの言葉を聞き、自身も永久の勝利と、永久の慈愛を祈った。ルーミアのような言葉は浮かばなかったものの、みんなが穏やかに日々を過ごせるようにとも願った。
祈りを終えたルーミアは帽子をかぶり、魔導杖を持って立ち上がる。
「きちんとお祈りした?」
「しました」
「中尉みたいに言葉は出てこないけど」
「うん。祈りは、言葉よりも気持ちが大事」
ユーリとエリシアも立ち上がり、武器を身につける。
「あのティアル様なんだけど……」
ルーミアが少し声を潜めてそう切り出した。
なにか不審なことがあるのかと、ユーリとエリシアには緊張が走る。
「なにか気がついたことが?」
エリシアの問いに、ルーミアは頷く。
「うん。あの人……エリシアよりおっぱい大きかった」
「は?」
「……こ、こほん」
エリシアはあっけにとられ、ユーリは気まずそうに咳払いする。
「教会が信仰するマールセルフィリア様は慈愛深い女神様だし、あのティアル様もおっぱい大きくて慈愛を感じた」
「そ、それと慈愛の深さは関係ないかと」
「わたしもそう思うけど、ユーリはどう思う?」
「え? 俺? 俺は……うん、それと慈愛の深さは関係ないと思います……」
「本当に?」
ルーミアがユーリに送り込む視線はまっすぐであったが、どこか疑うような深さもあった。ユーリは思わず目をそらしてしまう。
「あ、逃げた」
「ち、違います!」
そう言っていると、礼拝堂の扉が開き、トレーの上に人数分のカップを乗せたティアルがやってきた。
「ふふふ、仲のよい部隊なのですね。あ、どうかそのままに」
帽子を取ろうとしたルーミアを見て、ティアルは引き留めた。
「失礼します」
「いえ。どうぞお召し上がりください」
カップからは豊かでさわやかな香りが、温かそうに湯気が立ち上っている。
ルーミアがまずカップを受け取り、エリシアとユーリがそれに続く。
温かいハーブ茶を飲むと、気持ちも落ち着く。
「お祈りに感謝します。マールセルフィリア様は勇敢に戦った女神様でもあります。あなた方の任務にも、きっと女神様のご加護があると思います」
「わたしは――マールセルフィリア様の成した勝利の数々は尊敬しています。ですが、いつも思うことがあります」
ルーミアの言葉に、ティアルはどこかハッとした。
「そ、それはなんでしょう?」
「マールセルフィリア様が多くの災いと戦い、これを退けることができたことは、マールセルフィリア様の強さと慈愛だと思います。ですが、マールセルフィリア様を支えた女神がいたのではないかと、いつも考えています」
「それは誰でしょう?」
ユーリとエリシアはマールセルフィリア教の神話にはそう詳しくはなく、ルーミアの言わんとしていることはさっぱりわからなかった。だが、ルーミアは続ける。
「ラ=ティエリスタ様です」
「……どうしてそのようなことを思うのですか?」
「ラ=ティエリスタ様は八勇者を選定した女神です。マールセルフィリア様のご意志を継いだ女神とも言われていますが、ラ=ティエリスタ様に関する神話の記述、文献はあまりにも少ないのです」
「そうですね。よくご存じです」
「恐れ入ります。ラ=ティエリスタ様の偉業の一部はマールセルフィリア様と重なり、評価が過小となっていると、わたしは考えています。ラ=ティエリスタ様……ラ=ティエリスタ=ティリス様はマールセルフィリア様と同じ、勇敢で、慈愛に満ちた素晴らしい女神様だとわたしは思っています。マールセルフィリア様に祈る時、言葉にはしませんが、心ではラ=ティエリスタ=ティリス様にも感謝を祈っています」
ラ=ティエリスタ=ティリス――その名前はユーリとエリシアも知っていた。しかし、その知名度は低く、なにをした女神様なのか、ユーリもエリシアも詳しいことは知らなかった。
ルーミアの論説を聞いたティアルはにこりと微笑む。
「よい信心だと思います。勇敢な教会騎士様ならではの感じるところがあるのでしょう。神話への理解を深めることはよいことです。しかし……ティリス様はあまり表に出ることを好まなかった女神様でもあるようですね」
「はい。わたしは、そのようなところも尊敬しています。奥ゆかしくなすべきことをなし、当たり前のことをしたように振る舞う姿こそ、美徳に思えます」
女神を語るルーミアの表情は穏やかで、魔導杖を持つ手を胸に当てていた。その姿はユーリたちから見て、とても信心深い、清廉な思いに思えた。
「勇敢な教会騎士様に敬われるティリス様はさぞ誇りに思われることでしょう。――食事の支度をしていますので、どうかおくつろぎを」
「ほどこしに感謝しますティアル様」
「今夜はお泊まりください。夜の森は危険も多いので、どうか」
ティアルの提案を受け、ルーミアはエリシアを見た。エリシアは頷いた。
「わかりました。ほどこしに甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
ルーミアが恭しくお辞儀をしたので、ユーリとエリシアもそれに倣った。
◇ ◇ ◇
この教会にはティアル以外にも数人の修道女がおり、食事を用意してくれた。簡素ではあったが、温かいスープと柔らかいパンは嬉しいほどこしで、ありがたかった。
休息には大部屋を貸してもらえ、ユーリたちは夜が明けるまで、くつろぎの時間を得ることができた。
エリシアとルーミアがくつろぐ中、ユーリはひとり礼拝堂にいた。
部屋の中央奥にある像は、女神マールセルフィリアを象ったもののようだった。マールセルフィリアは慈愛の女神であるとともに、戦の女神でもある。幾多の戦いを勝利に導いた勇敢な女神であるとされ、それはユーリでも知っていた。
「女神様の加護、か……」
思わずそうつぶやいてしまうのは、ひとつの不安に直面していたからだ。腰に携えるふた振りの剣のうち、支給品にはもう限界がきている。予備にもうひと振り持ってきていればよかったと思ったが、今ではもう遅かった。
「まぁこっちがあるから、なんとかなるか」
鞘に収めた腰の石剣に触れ、ユーリはそう自分を納得させた。
すると、礼拝堂の奥に通じる扉が開く。現れたのはティアルだった。
「どうかされましたか?」
「いえ――」
「なにか不安がおありのようですが」
ティアルの穏やかな表情を見ると、こちらのすべてが見透かされているように思えた。だがそこに不快感はなく、理解してもらえているような、そんな安心感がある不思議なものだった。
だからか、ユーリは自然と言葉が出た。
「実は……剣を使い潰してしまって」
「まぁ、それは大変」
ハッと口元を隠して驚いたティアルは、なぜかそのあとにスッと自然に笑みを浮かべた。
「それでしたら――」
ティアルはそう言いながら、ユーリの前を通り、マールセルフィリア像の前で立ち、両手を組み合わせる。
「偉大なるマールセルフィリア様、日々の慈愛に感謝いたします」
そう祈りの言葉を口にしたあと、ティアルは像の裏側へとまわった。
「ティアル様?」
戻ったティアルは、抱くように色あせた大きな包み紙を抱いていた。
「剣士様、これを」
そう言って差し出された包みを受け取ると、それはずっしりとした重みがあった。
「これは……?」
「おあらためください」
「失礼します」
ユーリが片手で包みを開封すると、そこに現れたのはひと振りの剣だった。
ユーリは思わずティアルを見る。
「この教会に古くから伝わる剣です。長く使い手が見つからずにいたそうなのですが、今朝、たまたま中を確認したところでした。わたしには、気のせいかこの剣が誰かを待っているように思えました」
鞘は装飾の少ない簡素なものであったが、しっかりと安定感のある作りになっていた。木材のようではあるが、表面の仕上げは金属を思わせる出来映えになっている。
ユーリはすぐに、これが高価なものであることがわかった。高価ではあるが、教会にあるということは儀式などに使う、実用性はないものだろうと思った。
「これは……自分が使うにはあまりにも高価です」
ユーリが剣を返そうと差し出すと、ティアルは微笑んで首を振る。
「中をどうか確認ください」
「……失礼します」
無碍に断るわけにもいかないと思い、ユーリは包みのすべてを取り去り、紙を近くの卓においた。
柄の部分には滑り止めはされていなかったが、鍔の部分には羽を思わせる意匠がさりげなく施されており、儀式用にしてはやや無骨だと思った。
剣を引き抜く――。
「なっ――」
ユーリは思わず驚きの声を上げた。
刀身は曇りひとつなく、鋭利に研ぎ澄まされた、銀に輝く鋼鉄の刃をつけていた。いや、これが金属なのか石なのか、それはわからない。だが、ユーリにわかることはあった。
これは、恐ろしく実戦向きに拵えられた本物の剣であるということだ。
「刃の部分は薄いが……恐ろしく強度のある素材でできている……。鋭さと、頑丈さを持っているんだ……。それにこの重量バランスだって……振ること、突くことにおいて最適なバランスになっている……」
ユーリは心の底から関心する。こんなに理想的な剣は見たことがなかった。
「おめがねに叶いましたか?」
「これほどの剣は見たことがありません。これは一体……」
「この剣は……古い言い伝えがあるのです」
「それは、どのような?」
「戦に赴くとある女神が、ともに戦う勇者のために拵えたひと振り……しかしその勇者に該当する剣士は現れず、剣だけが残った、と」
「その言い伝えが本当なら……これは聖剣ということになりますね。そう言われても、納得してしまう」
ユーリは剣に見蕩れる。今までに見た、どんな剣よりも美しい見た目をしている。そして、それは美しいだけでなく、実戦的だった。ユーリは直感する。この剣は自分の使い方に耐えるだけの能力があると。それだけではない、自分では、この剣の持つ能力を引き出せないかもしれない、と。
「この剣、銘を『守護女神の聖剣』――ティリシュベルトと言うそうです」
「ティリシュベルト……」
その言葉を聞いた瞬間、ユーリの頭にはあの日、森の入り口で聞いた声が思い出された。ユーリは思わずその時の言葉をつぶやく。
「勇気を求める心こそが……勇気をもたらす……」
すると、ティアルが胸に手を置く。
「この剣は、勇敢な剣士様が扱うのに相応しいものだと思います。どうか、お使いください」
「……いいのですか?」
「はい。おそらく、この剣はあなたに巡り会うために、ここにいたのでしょう」
「……ありがとうございます」
「……ですが」
「……っ!?」
一瞬、ティアルの目線が鋭さを持った。それは殺気と呼べるほどに鋭利で、ユーリは思わず背筋に冷たいものを感じた。ユーリでさえ、思わず身構える、その隙すら与えない鋭さを持った視線だった。
だが、それは一瞬で消える。ティアルはまた穏やかな表情に戻り、続ける。
「剣士様の心には……一抹の闇があります」
「…………」
ユーリは返す言葉を失った。
誰にも――エリシア以外に言ったことのない、黒く冷たい思いが、ユーリにはあった。ティアルは、それを指した。
「剣を扱うものは力を使うもの――その力は慈愛のために使われるもの……決して、闇に飲み込まれた使い方をされてはいけません」
「…………」
「勇気の導きに従えば……女神の導きにも巡り合え、勇者にもなれるでしょう。そして世界を救う、聖剣士にもなれることでしょう。ですが、それは、あなたがあなたの闇と向き合い、それを許し、救う勇気を持つことで、あなたを真の勇者、聖剣士へと導くことになるはず――どうか、このことをお忘れなく」
「じ、自分には……まだ……」
「今はよいのです。今はまだ、ただ進む時です。勇気を追い求めるあなたが、本当の勇気を得るその日まで」
「あなたは……いったい……」
目の前の準司祭が、ユーリにはただのエネスギア人とは思えなくなっていた。言葉は重く、それでいて驕りはなく、ユーリの心によく響いた。まるで、あの日森で聞いた声のように……。
ティアルが微笑む。
「では、古い剣はお預かりいたします。こちらのものに、基地に届けさせておきますので」
「は、はい……」
ユーリは言われるがままに古い剣を差し出す。それを受け取ると、ティアルはぺこりと頭を下げた。
「それではどうか、おくつろぎの時間を」
「ありがとう……ございます」
「あっ」
「なにか?」
「教会騎士様たちはお風呂に入っているようです。……よろしくないことを考えてはいけませんよ?」
「だ、大丈夫です」
「ふふふ、では――」
そう残し、ティアルは礼拝堂を後にした。
残ったユーリはぽかんと、ティリシュベルトを抱えた。
「……不思議な人だ。でも、こんなすごい剣が……」
果たして自分に使いこなせるか? そう思い、数回振って見た。
驚くほどに手に馴染む。まるで、何年も使ってきたもののようにさえ感じられる。
「『守護女神の聖剣』か……。これは本当に、聖剣かもしれないな」
ティリシュベルトを鞘に収めると、ユーリは部屋に戻ろうと思った。
が、足が止まる。
「エリシアたち風呂って言ってたな……。湯上がりに出くわすのもちょっと気まずいから、もう少しここにいるか……」
そう思い、ユーリはマールセルフィリア像を見た。
「マールセルフィリア様、このような剣と巡り合わせてくれたことに感謝します。この剣で自分は――」
なすべきことをなす――そう言おうとしたが、その言葉は飲み込んだ。そしてその代わりに――。
「守るべき人たちを守ります」
そんな言葉が、自然と出ていた。




