第019話「想定外の遭遇」
【〇一九 エリシアの胸】
■身長と体格とのバランスを無視する規格外の大きさを誇る。
なんで大きくなったのかは定かではなく、その深い谷間に地図も挟めるくらいに大きいらしい。
銃を撃ったり跳び回ったりすることの多いエリシアは動くたびに揺れるため、邪魔に思っていたが、ユーリがそれとなく見ていることも知っていることから、そんなに悪くないとも思っている節もあるようだ。
【〇一九 想定外の遭遇】
夜が明け、周囲が明るくなりはじめたのに合わせ、ユーリたちは行軍を再開した。しかし、一夜明けた森の様子は変わっていた。それは薄い霧が出ているという理由だけではなかった。
「どうだ?」
「しっ。今三匹通過する」
息を潜めるユーリとエリシア。その少し前の木々の間をユボリ族が通過していく。
「これでもう三度目だぞ。交戦にはなってないけど、多すぎないか?」
「監視塔が哨戒を出しているんだと思う。新しい指揮官が来て、方針が変わったのかも。小規模の哨戒部隊を広く出してるのね」
「森の制圧が目的なのか?」
「どうだろう。森林資源は欲しいと思うけど、基地を前にして先に森林の方を抑えるやり方はあまり効率的とは思えないかな」
「それなら……なにか探してるのか。派手に動いていたアルシェの部隊の生き残りとか」
「なるほど……その線はあるかもしれない。それか……あまり考えたくないけど、アルシェ隊でユボリ族に捕まった人たちがいて、チェロリダ村調査のことが伝わって警戒されているとか」
「……ありだな。それなら、この警戒にも納得がいく」
ぼそぼそとしゃべるユーリとエリシアの後ろに、ルーミアが這ってくる。
「やり過ごせた?」
「なんとか。この霧が味方してくれてるわ」
エリシアの報告に、ルーミアもどこか安心した様子だった。
「でも、この感じじゃ普通の行軍は厳しいわね。慎重にゆっくり進まないといけない。ユボリ族はゾディアス人と同じで暗いところでもある程度目が見えるから、夜を待っても意味はないわ」
「エリシア、慎重に進もう。俺は最後尾で痕跡を消しながら進む」
「そうして。追跡されて包囲されたら面倒だからね。ルーミア中尉は、とにかく姿勢を低く」
「わかった。こんな場所を進むのに魔導杖は案外邪魔になる」
「中尉は上手く扱えてると思うわ」
「ありがとう」
「じゃ、進みます」
ユーリはルーミアを常に視界に入れながら進む。森の行軍は難易度が高いのだが、ルーミアは上手く枝や倒木を避けながら進んでいる。ただでさえ白い目立つ格好をしているのだが、それが木の枝や茂みから露出してしまわぬよう、ルーミアは常に姿勢を低くしていた。
「こういう言葉は使いたくないけど……中尉は才能ってのがあるのかもしれない」
思わずそんな言葉が出た。
魔導杖は決して立てることはなく、常に水平にしている。
ユーリは痕跡を消すと言ったが、ルーミアは枝や草を折ることなく進んでおり、想定していたよりも遙かにユーリの手間はかからなかった。普通のエネスギア人はそんなことはお構いなしに進むものだが、ルーミアは違っている。
そんな行軍がしばらく続いた。途中、何度かユボリ族の部隊をやり過ごしたが、発見されて交戦に至ることはなかった。
霧が晴れ、進み、明るさのピークを越えて少ししたころ、ルーミアの動きが止まる。
またユボリ族の部隊か――ユーリがそう思って警戒した時、ルーミアが振り返って人差し指で招く。集合の合図だ。
ルーミアのところまで行くと、そこにはもうエリシアが来ていた。
「どうした?」
「遭遇が多いから予定の進路を変えるわ。どうも、進路を読まれてるっぽい気がして」
「わかった」
「どうするの?」
「今は意図的に監視塔に寄った経路を来てるけど、思い切って街道に近い場所まで進んでみようと思う。ユボリ族を動かしている人はアルシェ隊の後続がいることを知っている。つまり、わたしたちの存在を知っているわ。先の哨戒部隊を倒したことが伝わってると見て間違いない。それで追加の哨戒を出しているんだと思うけど、わたしたちとアルシェ隊の違いを理解しているのよ」
「……なるほど。相手はそれなりに切れるやつってことか」
「うん」
エリシアは頷くと胸の中にしまっていた地図を取り出した。
「ど、どこにしまってるんだよ」
「取り出しやすくて。そんなことより、見て」
エリシアは地図にいくつかの印を書き込んでいた。それは、今までユボリ族の部隊と遭遇した位置だった。
「監視塔から放射状に哨戒が出てる。しかも時間差で。つまり、街道に向かうにつれて敵の間隔は大きくなる。そうなれば、遭遇は減らせるわ」
「さすがエリシア、いいことに気づく」
「うん、すごいのはおっぱいだけじゃないね」
「もう、ルーミア中尉まで……。け、けど、相手がこう動いているっぽいから、こちらも対策しましょう、って提案。どう?」
「俺は賛成だ」
「わたしも」
「うん、じゃあそうしましょう。念のため、お互いの距離も少し詰めましょう。小さくまとまっていた方が発見されにくくなるはずよ」
「わかった。ついていくわ」
「ルーミア中尉は上手く進めてる。なかなかできるものじゃない」
「そうなの?」
ユーリの言葉にルーミアはきょとんとした。
「中尉の努力や訓練の成果もあると思うけど、才能っていうのもあると思えるくらいに」
「ありがとう。でも才能なら、誘惑できる才能が欲しかったな。エリシアのささやきみたいに」
「それは忘れてください。行きます」
それなりに緊張した状態なのだが、ルーミアはそれでも冗談が言えた。これもなかなかできることではなく、ユーリは再度、ルーミアの持つ才能を感じた。
行軍ルートを変更したのが功を奏したのか、そこからユボリ族に出くわすことは劇的に減った。慎重に進むことは相変わらずだったが、それでも行軍速度は上がることとなった。
ユーリも行動食を食べながら進む。エリシアは大きな休憩を入れる判断はしなかった。速度の遅れをここで取り戻すつもりなのだとユーリは思った。
エリシアは街道に近づくと言っていたが、実際は経路を左右に振っている。万が一追跡されていることを想定し、動きが単調にならないよう、複雑化させていた。
大森林でもうひと晩、夜の明かす必要になるが、今度の夜の危険度は昨日とは比べものにならないと、ユーリは覚悟していた。ユボリ族は夜も動くからだ。
そんなことを考えていた時、再びルーミアが足を止め、人差し指を動かす。
接敵か――そう思いユーリがルーミアのそばに行くと、エリシアは険しい顔で一点を凝視していた。
「見つかったのか?」
状況を察して声をかけるユーリに対し、エリシアは視線を動かさずに応じる。
「信じられる? あれなんだけど」
「は?」
エリシアの視線の先を見たユーリは思わず声が出た。
そこは森が切り開かれており、木造の簡素な、でも小さくはない建物があった。
「家……だよな」
木の陰に三人は潜み、様子をうかがう。
「こんなところに建物があるんて、聞いたことない」
「でも、最近建てたようには見えないな」
「これって……」
なにかに気がついたらしいルーミアに、ユーリとエリシアの視線が集まる。そんな中、ルーミアは言う。
「教会だ」
「え?」
「は?」
意外な言葉に、ユーリもエリシアも驚く。
「教会の建築様式をしている。正面の大きい部屋には窓がないから、礼拝堂よ。奥の建物が、生活している部屋だと思う。庭には畑のようなものもあるから、教会だと思う」
ルーミアの分析は的確だった。しかも、それは教会暮らしの経験の長いルーミアが客観的にした判断であり、信頼性は高いとユーリは思った。
「エリシア、聞いたことあるか? ここに教会があるなんて」
「ないわよ。教会が建てられたなら報告されるはずなのに……聞いてないわ。ルーミア中尉、こういうことってあるものなの?」
「うーん……。司祭の中には世俗から離れて暮らしたい人もいるから……極端に知名度のない教会というのも、あることはあるわ」
「なるほど。じゃあそういうことじゃないか?」
「ユボリ族の哨戒も出てるのよ? 教会なんて、真っ先に狙われるわ。発見次第襲われて燃やされる」
「それもそうか。でも、ここは長いこと無事っぽいな」
「どういうことなの……隠れて!」
「っ!」
エリシアの突然の声にユーリとルーミアはバッ地面に伏せた。エリシアも伏せており、少しだけ顔を上げている。
「どうした?」
小さい声でユーリが聞く。
「扉が開いたわ。誰か出てくる」
「ユボリ族か? それともゾディアス人か?」
「待って、確認する」
エリシアは肩にかけていた銃を持ち、構えながら様子をうかがいはじめた。
教会らしき建物までの距離は、ぎりぎり銃の射程に入る。
「え……」
「どうした?」
エリシアが驚いたの見て、ユーリも顔を上げた。そして見えたのは、教会から出てきた人物――エネスギア人だった。
金色の長い髪、白い肌、長い耳を持つ、エネスギア人女性のシルエットだ。
「エネスギア人?」
ユーリがそうつぶやくと、ルーミアも顔を上げる。
「あの濃紺の服は準司祭の意匠がある。教会関係者よ」
ルーミアも小声で言う。
「まさか? 本当にこんなところに?」
銃こそおろしたものの、エリシアはまだ警戒を解いていなかった。
「どうする? 回避して進むか」
「本物の教会だったら話が聞けるわ」
ユーリとルーミアで意見が割れる。エリシアはジッとそのエネスギア人を見ながら思案する。
「そうね……。なにか、すでに制圧されていて罠の可能性も捨てきれない。教会なら話しを聞けるけど……ここは警戒して迂回した方が――」
「どうし――」
エリシアとユーリは言葉を飲み込んだ。
そのエネスギア人が、こちらを見ている。距離にしてかなり遠く、木々と茂みでこちらのシルエットは消えているはず。それなのに、そのエネスギア人はこちらを見ている。そして、微笑んだ。
「見つかった!?」
ユーリが再度伏せる。
「この距離でこの場所で、そんな!?」
エリシアも驚いていたが、ルーミアはこっそりと様子を見ていた。
すると。
「あの人、お辞儀してる」
「え?」
「本当か?」
「こっちにおいでって、手招きしてる」
ルーミアの言葉は驚くべきものだった。ユーリとエリシアは一瞬顔を見合わせ、ゆっくりと顔をあげた。
すると、教会らしき建物の前に立つ司祭服のエネスギア人女性はたしかにこちらを見て、微笑み、手招きしている。
その姿に、不思議と敵意のようなものは感じられず、逆に安心感のようなものすら覚えた。
「教会関係者ね。間違いないわ」
ルーミアが確信したように言う。エリシアはまだ警戒したままユーリを見る。どうする? と問うように。
「……出てみるか」
「……罠……ってことは?」
「エネスギア人だ。帝国に脅されて協力させられるくらいなら死を選ぶはずだ」
「……それもそうね。ルーミア中尉、偽物ではなさそう?」
「この距離だからよくわからないけど、ゾディアス人だって司祭に変装なんて死んでもしたくないはずよ」
ルーミアのその言葉で、エリシアは覚悟を決めた。そして、立ち上がる。ユーリと、ルーミアもそれに続いた。
すると、司祭服のエネスギア人は口元を隠してふふっと笑い、再度お辞儀をした。
その所作は優雅なもので、ユーリとエリシアは思わず見とれてしまった。ルーミアは帽子を取り胸の前に当て、敬意を示すお辞儀をしていた。




