第017話「殺戮の凶星」
【〇一七 ゾディアスタス人】
■ゾディアス帝国に住む種族であり、エネスギア人、人間に比べるとがっしりとした体型のものが多く、背丈も高い。
魔法よりも身体能力に優れ、怪力をもつものが多い。
頭部に角を持つ。夜目も利き、睡眠時間は短く、食事量が多い。
古来より種族内紛争なども多く、争いの多い種族であったが、ゾディアス帝国建国以降は周辺の種族を支配し、使役している。
セルフィリア教会から見ると、邪神を崇拝している滅ぼすべき相手となる。
【〇一七 殺戮の凶星】
ゾディアス帝国の前哨基地でもあるジェニオス監視塔。日も暮れた夜、偵察に出していたユボリ族の部隊が戻った。
「ギギ、パルア様、部隊モドリマシタ」
監視塔最上階にはウィスパニア地方を見ていたゾディアス人女性、パルアがいた。高い上背と、引き締まった体、急所を覆うだけの軽快な鎧を着け、長い髪を後ろでひとつに束ねている。ひと目見ただけで、階級の高い武人であるとうかがえる、精悍で端正な顔立ちをしていた。
「全部隊異常はなしか?」
「ギギギ、ソレガ……」
「要点は早く言えといつも言っている」
「ギギ、ヒトツハ帰還セズ、ヒトツハ損耗甚大、ヒトツハ帰還、デス」
「帰還せずだと?」
パルアの目つきが途端に鋭さを持つ。報告に上がったユボリ族は思わず姿勢を正す。
「刻限ニナッテモ帰還シテオリマセン」
「そうか。わかった。判断はガブリアス様がなされる。もうひとつ、損耗甚大とはなんだ?」
「偵察途中、ケンシイタチニ襲ワレタトノコトデス」
「剣士鼬? ……セルフィリア教会で言うところの災害獣とやらか。大森林にいるという話は聞いていたが、もうだいぶ長い間発見されていないというが……その報告は間違いないのか?」
「ハイ。ヒトリガ食ワレタトノコト」
「……セルフィリア軍と交戦して逃げ帰ったわけではないということか。わかった。ガブリアス様にはわたしから報告する。下がってよい」
「ハハッ」
ユボリ族は素早い動きで屋上から降りて行く。
パルアはエムール大森林を眺める。ゾディアスタス人は夜目が利く。パルアが見た大森林は変わりなく平静を装っていた。
「ひとつの部隊は戻らず、か。ユボリ族などいくらでもいるが……ガブリアス様の配下でこのような失態を演じるとは……はっ!?」
突如、パルアは目を見開く。そして小刻みに震えだした。
「部隊の失態は副官でもあるわたしの失態でもある……つ、つまり……これはガブリアス様から叱責を受けることに――!」
そう考えると、パルアは体の奥――下腹部の奥の方でじわっと熱を帯びるのを感じた。
「なんということかーっ!」
パルアは叫び、屋上にある石造りの手すりに拳をたたき込んだ。するとパルア拳は石を砕き、砕かれた石は下に落下する。
「ハァ……ハァ……ガブリアス様からの叱責……なんたる僥倖かっ! これは褒美だっ!」
荒い息のパルアは体をくねらせながら、自分の体を抱く。が、すぐに冷静に戻る。
「いや、待て。ガブリアス様は帝国軍人としてはめずらしく、部下の被害を案じられるお方だ。損失となれば叱責程度では済むまい。そうなれば……お、お、お仕置きだ! お仕置きをしてくれるに違いない! あぁーっ!」
パルアの拳が再度、手すりの石を粉砕する。
「ハァ……ハァ……なんということだ……今宵、今宵ついにわたしは……ガブリアス様の折檻により耐えがたい辱めを受けることに……っ!!」
興奮のあまり、パルアは落ちていた石の欠片を拾い、それを手の中で粉砕する。
「こ、これは……ガブリアス様に拾われて待つこと数年の夢がついに叶う! あぁ……このパルア、命がけでガブリアス様にお仕えした甲斐があるというもの……! 行かなくては……! すぐに!」
パルアはダダっと屋上から駆け下り、監視塔中腹にあるガブリアスの部屋へ向かう。
ガブリアスの部屋の前についたパルアはノックをする前、自身の体を見る。
「ふむ」
パルアは自分でも思うが、よく筋肉がつき、引き締まった体をしていると思う。どう見ても戦闘用だ。だが、体の凹凸もしっかりしており、しっかりと育ってくれた大きな胸とお尻は男が見ても魅力的に見えるはずだという自負があった。
「はっ!? わたしとしたことがっ!?」
パルアは突然頭を抱える。せっかくの機会、鎧は脱いでくるべきだと後悔した。もっと体を強調し、かつ脱がせやすい寝間着で来るべきだったと。
「ダメだ! 寝間着などでガブリアス様に謁見できるものか! こうなれば……ガブリアス様の御前で自ら……脱ぐまでのこと!」
パルアが息を荒げていると、扉の向こうから声がする。
『パルアか? なんの用だ?』
「ガブリアス様! ご、ご報告に上がりました!」
『うむ。入れ』
「失礼します!」
部屋には大きな机があり、ガブリアスはその椅子にかけていた。ゾディアスタス人らしい筋骨のある体は、鍛えることでより一層引き締まっている。額からの角も綺麗に整ったガブリアスは、ゾディアスタス人の中でもかなりの男前だ。帝国貴族の三男という家柄もさることながら、ここウィスパニア地方でのセルフィリア軍撃退にあたり、多くの武勲も挙げている。地位、実力ともにあるエリート軍人だった。
――あぁ、麗しいガブリアス様……そのお体に組み敷かれとうございます……! という声が漏れそうになるのを必死に堪え、パルアは敬礼した。
「報告を聞こうではないか」
ガブリアスは鎧はつけておらず、緩やかな部屋着を着ている。そして、手にしていた本を机に置く。
「偵察に出していたユボリ族の部隊ですが、三つのうちふたつに異常がありました。ひとつは教会の言うところの災害獣に遭遇したとのこと」
「待て、それは本当か」
ガブリアスの目が鋭くなる。
「はっ。一匹が食われ、残りは逃げ帰ったと」
「……災害獣と呼ばれてはいるが、あれは大森林の番人であるとも聞く。それが闊歩しているとなると……ふむ、これは見逃せない兆候。被害は悼むが、我らにとってはよき報せだ」
「ははっ。そしてもうひとつの部隊ですが……こちらは帰還せず、と」
「穏やかな報せではないな。その部隊、一匹も帰還していないのか?」
「そのようです」
「なんということだ!」
ガブリアスは不意に声を荒げ、立ち上がった。
「ひぁっ!? ぬ、脱ぎますか!?」
「なにを言っているパルア。偵察に放ったのは我が配下の中でも有能なものたちだ。どのような形であれ、そのものたちが戻らなかったということは……なにかが起きているということ!」
ガブリアスは拳を握り、ジッとそれを見つめた。
「私は運がよいのかもしれない。先日、セルフィリア軍を襲った時のことを覚えているか?」
「はい、しっかりと。ガブリアス様の采配により奇襲は成功し、大部隊を一瞬で壊滅させました」
「そうだ。セルフィリア軍は所詮あの程度ということだ。私が鍛えたユボリ族の部隊が、そのセルフィリア軍に遅れを取ることなどはない」
「その通りです」
「だが、例外はある。……ウィスパニアの二凶星だ」
ガブリアスが口にした言葉に、パルアは思わずハッと息を飲んだ。
「まさか……大森林に二凶星が?」
「可能性はある。先のセルフィリア軍の撤退、追撃部隊が全滅している。これはウィスパニアの二凶星によるものという報告がある」
「ひとり三百の兵でも太刀打ちできぬと言われる……あの二凶星が」
「怖いかパルア?」
「いえ」
「それは頼もしい。私は武勲を挙げたい。武勲を挙げ出世し、帝国軍の構造を変えたいと願う。その私の武勲に、二凶星の首は相応しいと思わんか?」
にやりと笑んだガブリアスに、パルアはぞくっとしたものを感じた。それは魅力だ。自分の心を掴み、離さぬ、ガブリアスの魅力が発露した笑みだった。
「なぜ私がおまえを買い上げたか、覚えているか?」
「一瞬たりとも忘れたことはありません。幼少の頃より卑しい身分の自分は、殺し合いを見せる奴隷、剣奴として生きてきました。幸運にもわたしは連勝を重ね、あの日ガブリアス様がいらした試合で勝ち抜き、側近として買い上げていただけたことを」
パルアはゾディアスタス人であるが、身分の低い家の、売られた子どもだった。奴隷として育ち、剣奴として扱われる中、ガブリアスの目にとまった。
「そうだ。私は多くの部下はいらぬ。ただ、我が覇道をともに行く剣が欲しかったのだ。おまえはそのために買った」
パルアはそのおかげで、市民権を得た。今では貴族待遇も受けている。
「この命と体、ガブリアス様に捧げます」
特に体の部分を強調したが、ガブリアスは頷いただけだった。
「そのおまえが二凶星を恐れぬとは、心強い。災害獣などは恐れるに足りぬ獣だ。大森林に殺戮の凶星が現れたのであれば好都合というもの。ガイゾダーク総督からの勅命に加え、ウィスパニア方面軍因縁の凶星を打ち倒してくれる」
ガブリアスの表情は自信に満ちている。その言葉ひとつひとつが、パルアには心に熱く響いた。
「殺戮の凶星は銃という野蛮な武器を使うものと、双剣の使い手がいるらしいな」
「そのようです」
「どちらか片方などという低い願いは持つまい。その両方を我が手で仕留めてくれる!」
「ははっ!」
パルアが敬礼すると、ガブリアスはふと冷静を取り戻した。
「ところでパルア」
「な、なんでしょう!?」
ついに部隊を失ったお咎めと折檻か!? パルアは期待に胸と体を熱くする。
「食事は済んだか?」
「はい?」
予想外の質問に、思わず声が裏返ってしまった。
「食事は済んだのかと聞いた」
「ま、まだです」
「そうか」
ガブリアスはふむふむとなにかを思案する。
「私もまだでな。時間があるのなら付き合え。よいか?」
「そ、それはもちろんですっ」
体への要求ではなかったが、思いがけない誘いを受けパルアの心は躍った。
「うむ。それが済んだら……体調はどうだ?」
ガブリアスが体の調子をたずねた! パルアの心が再び躍る。
「わ、わたしはいつでも万全です。ガブリアス様の……どんなご命令にもお応えできます」
パルアの脳内ではあられもない姿で乱れる自分が一瞬でぐるぐるとまわった。
「それはよい。では――」
「では!?」
「あぁ、出るぞ」
「出る!?」
「うん? 出撃するということだ。殺戮の凶星を探しつつ、総督からの調査を行う」
「しゅ、出撃ですか!?」
折檻ではないのかと、パルアは落胆したが、ガブリアスとの出撃もまた望むところであった。
「そうだ。偵察部隊を失ったのは私の怠慢だ。やはり自ら現場に出ねばな。大事なことは他者に任せてはいかんということだ」
「あの……それでは部隊を失ったことでのわたしへの折檻は……?」
パルアは思わず聞いてしまう。ガブリアスはきょとんとなった。
「折檻? おまえを折檻してどうする」
ガブリアスは笑う。
「しないのですか?」
「おまえを責めたところで誰が喜ぶのだ?」
パルアはハッとした。喜ぶのは自分だと。
「……わたしは、自分を恥じます。部隊を失った失態、ガブリアス様の折檻で償おうとしていたこと……。それでは、ガブリアス様はお喜びにならない……これでは、わたしの自己満足にすぎない……」
パルアは思う。自分が気持ちよくなることは大事なことだが、ガブリアスにも気持ちよくなってもらいたいと。この、慕うガブリアスを満足させてこそ自分の愉悦であり、至るべき快楽だと。
「わたしは……情けない女です……」
パルアの目に思わず涙が浮かんだ。ひとりよがりで快楽を求めてしまった自分を、これでもかと責める。
「そう言うなパルア。人とは過ちを犯しながら成長するものだ。おまえがなにかを恥じたのなら、それを糧に育てばよい」
「ガブリアス様……」
ガブリアスの優しい言葉に、パルアはさらに思いを強くする。この人こそ、わたしが仕える最高の人物であると。
「食事に行こう。先ほど呼ばれていたのだが読書に耽ってしまってな。待たせているのだ」
「ご一緒いたします」
「うむ」
あぁ、でもいつか……その体その腕に辱めの限りを受けたい……そう思いパルアはひとり心と体を熱くした。




