第016話「銃弾と雷撃と剣戟」
【〇一六 災害獣】
■セルフィリア教会が指定する、生活圏に災害級の被害をもたらすことが想定される獣につけられる名称。
三級~特級までが割り振られることが慣例となっており、最低の三級ですら、討伐には二〇~三〇人規模の部隊が必要となる。
討伐は軍ではなく教会が専門的に行うため、ほぼ教会騎士専用の仕事となっている。
セルフィリア西地方に多く存在しているとされ、セルフィリア北部ウィスパニアでは極めてめずらしい存在である。
【〇一六 銃弾と雷撃と剣戟】
跳刃鼬の全身は思いの他大きかった。そして、その巨躯からは想像できない俊敏さで、木から木へと飛び移る。真っ先に狙ってきたのはエリシアだった。
「エリシア!」
「大丈夫!」
ユーリが注意を呼びかけると、飛び退いたエリシアは大きめの木を盾に使い身を隠した。すると跳刃鼬はその木に爪をたたき降ろす。鈍い音がし、木の皮がパッと飛び散る。そこへユーリが背後から斬りかかる。
「こっちだぞ!」
ユーリが左手の鉄剣で首の付け根を切りつけると、跳刃鼬の体毛が鎖帷子のように剣撃を弾く。
「なんだっ!?」
「背中側の毛は硬いの。普通の攻撃じゃ通らないわ」
「そういうことか」
ルーミアの助言を受けたユーリはすぐに飛び退き、木に身を隠した。獣相手にどこまで通じるかはわからないが、戦闘において身を隠すことは重要だ。見るとルーミアも身を隠している。
エリシアは完全に姿を潜めている。おそらく、狙撃できる機会を狙っているのだとユーリは思った。
「銃なら通るか……。あるいは剣にもっと魔力を通せば――くっ!?」
跳刃鼬がユーリを見つけ、飛びかかってくる。ユーリは木から飛び出し、別の太い木の裏へと回り込んだ。だが、跳刃鼬はユーリの動きを読み、木の裏へと回り込んでくる。
「っ!?」
真正面から対峙した跳刃鼬の体は大きく、前脚の爪は剣のような鋭さを持っている。覗かせている牙も凶暴で、ユボリ族を鎧ごと噛み切ることができるのも納得がいった。
ユーリは臆することなく剣を構える。
――来るか!? そう思った直後、パンという銃声が響き、跳刃鼬の体が揺れる。
エリシアの放った銃弾が跳刃鼬の体、首辺りに当たったようだった。跳刃鼬は上体を起こし、咆哮をあげる。
「ギシャアァアアア!!」
ユーリが見る限り、出血などは見えない。が、一部の体毛が凹んでいるのが見えた。弾は肉まで到達せずとも、大きな衝撃を与えることはできたようだった。
「ユーリ隠れて!」
エリシアの声がする。ユーリはそれに応じる声を発することなく、すぐに身を隠した。すると跳刃鼬は飛び上がり、木の上へと移動した。そしてエリシアの声がした方へと向かう。
すぐには見つからないと思うものの、この巨体を相手に正面から斬ったり撃ったりではあまりにも力不足だった。
その時、ユーリは周囲の空気にぴりっとした流れを感じた。
「我、古の言葉を紡ぎ力と成す――」
ルーミアの、力を宿す言葉が聞こえる。
「命の灯火よ、我が言葉に応じよ、大気震わす雷を以て槍とせよ――」
立ち上がるルーミアの姿が見えた。手にしている魔導杖の周囲には青白い魔力の光が見える。ルーミアの放とうとしている魔法が強力なのはすぐにわかった。しかしこれでは敵に居場所を知らせるようなものだ。
陽動をする必要がある――ユーリがそう思った瞬間、同じことを考えていたであろうエリシアが飛び出していた。
エリシアが銃を向けるのは木の上、そこには跳刃鼬がいる。注意を引きつけようと、エリシアが発砲する。跳刃鼬は木から木へと跳躍しエリシアの攻撃をかわすが、ルーミアからの注意はそれた。
頭上にいるために剣による攻撃はしかけにくかったが、ユーリも地面を蹴り、頭上の跳刃鼬を切りつける。魔力を通した鋼鉄の剣は跳刃鼬の体毛を切り裂き、わずかに切り傷をつける。注意がユーリへと向いたのを確認すると、ユーリはルーミアの近くへと跳ぶ。
「星の脈動に通じよ、雷撃の力よ……」
ルーミアの魔導杖に集まる光がバチバチという音を上げる。ユーリ目がけて跳刃鼬が飛びかかってきた時、ユーリは転がってそれを回避する。そしてそのユーリと入れ替わるように、ルーミアの杖が差し出される。
「顕現せよ! 轟雷槍撃!」
ルーミアが魔法を発動させる言葉を放つ。それと同時に魔導杖からは落雷のような轟音が起こり、青白い光が槍のように伸び、跳刃鼬の体を突き刺す。
光の量、槍状の物質化した重さ、範囲を一点に絞った鋭さ、ユーリとエリシアはこの魔法の威力の高さを感じ取る。
雷撃の一槍は跳刃鼬の前脚肩口を切り裂いた。
「ギシャオォオオオゥ!」
跳刃鼬が苦悶の声をあげる。
「やった!?」
エリシアが叫ぶが、跳刃鼬はすぐに木の上へと飛び上がった。
「致命傷にはなっていない! ルーミア!」
「え?」
ルーミアは仕留めたと思っていたのか、木に上がった跳刃鼬を見ていなかった。
ユーリは飛び出し、ルーミアを抱きかかえてすぐにその場から飛び退くと、ルーミアが立っていた場所に跳刃鼬が飛び込み、地面に爪を突き刺していた。
「当たったはずなのに?」
「少しずれたんだ。あいつ、魔法に反応して回避行動をとった。思っているよりずっと賢いぞ」
ルーミアから注意をそらそうとしたエリシアが、二発、発砲する音が聞こえた。
「あの一撃が通じないなんて……」
「すごい魔法だった。当たっていれば倒せたはず。でも当てるにはもう少し経験が必要かもしれない」
「でも、今は実戦。そんなことは言っていられない」
「雷撃の魔法が使えるなら、一点に絞るより広範囲に放つのがいい。一瞬怯ませれば、俺が剣で仕留める。できるか?」
ユーリの提案に、ルーミアはこくんと力強く頷いた。
「……やってみる」
「タイミングはルーミアに合わせる」
「うん」
「詠唱の時間はこっちで稼ぐ。頼んだ。――エリシア! もう一回仕掛ける!」
「わかったわ!」
ユーリも素早く移動する。頭上では跳刃鼬が跳び回ってこちらを威嚇している。保護色も相まって、視認が難しい。
「我、古の言葉を紡ぎ力と成す――」
ルーミアの再詠唱が開始される。詠唱とともに空気中の魔力が影響を受けるのは、ルーミア自身が持つ魔力の強さなのかもしれないとユーリは思った。唱えはじめた瞬間から、ルーミアが得意とするであろう雷撃の属性が周囲の魔力に宿り、空気をピリつかせているのだと。
詠唱中のルーミアに跳刃鼬の注意が向かないよう、ユーリは姿を見せる。頭上で木の揺れる音がする。瞬間、なにかが迫る。
「くっ!?」
ユーリが体をひねってかわしたのは頭上から振り下ろされた跳刃鼬の爪だった。頭上を、剣が薙いだような音が過ぎる。
「まるで剣士の剣さばきだ」
頭上の跳刃鼬は姿を隠していた。戦い方も自分たちのそれとよく似ており、理にかなっている。跳刃鼬が身を隠しつつ攻撃をしてきたのは、こちらが手強いと判断したということだとユーリは思った。獣でありながらも状況判断ができ、戦術を変えられるのは、まさに災害級の被害を及ぼす災害獣らしい実力だと認めるしかない。
エリシアも姿を見せる。すると跳刃鼬はエリシアの銃を脅威と思っているのか、エリシアの頭上へと移動する。
「エリシア上だ!」
「わかってる!」
エリシアは頭上に銃を構えるが、跳刃鼬は素早い移動を繰り返し、エリシアを攪乱している。
「命の灯火よ、我が言葉に応じよ、雷撃の枝葉、戒めの手を成せ――」
ルーミアの魔導杖には再び青白い光が宿る。ユーリが言うように広範囲魔法を使うせいか、ルーミアの持ち手の部分にまで光が集まっていた。
「エリシア走れ!」
「こっちこっち! こっちへ来なさいよ!」
エリシアはそう声を上げ、ルーミアの方へと走る。頭上の跳刃鼬はエリシアの挑発に乗り、エリシアを追うように木の上を跳びながら移動した。
「星の脈動に通じよ、我が前に結せよ、雷撃の力よ……」
空気のピリつきがピークに達するのを感じ、ルーミアに近いエリシアは地面に伏せる。
それに合わせるように、ルーミアが魔導杖を突き出す。
「顕現せよ! 雷光撃震!」
次の瞬間、ユーリは目を覆った。強烈な光と、それに瞬間遅れて轟音が響く。
「ギシャアアアアアーっ!!」
跳刃鼬の咆哮が響き、どさりと木の上から落ちる音がした。
ルーミアの放った魔法は、周囲に雷撃の震動を放つ魔法だった。広範囲の雷撃と震動を受け、木の上にいた跳刃鼬も落下する。
「ユーリ!」
ルーミアが叫ぶ。
「ここで仕留める!」
跳刃鼬は落ちて体勢を崩している。この一瞬のチャンスがあれば仕留められる。
ユーリは魔力を纏い、渾身の踏み込みを行う。ドンという空気が砕ける音がし、ユーリの体は弾丸さながらの勢いで進んだ。
「おぉおおーっ!」
右手の石剣に魔力を通す。剣には青い煌めきが宿る。その一撃が跳刃鼬の首に振り下ろされた――が、その一撃が振り切られる直前、跳刃鼬は体を起こす。だが、ユーリの切っ先が跳刃鼬の顔、片方の目を切りつけた。
「ギャゴォオオオオーっ!!」
パッと跳刃鼬の血が舞い上がる。浅くはない一撃だったが、跳刃鼬はすぐに前脚を振り回した。これ以上の追撃は危険と判断したユーリが飛び退くと、跳刃鼬はすぐに木の上へと跳び、そのままどこかへ行ってしまった。
エリシアは跳刃鼬が去った方向へ銃を構えており、ルーミアもそちらへ魔導杖を向けていた。ユーリは石剣の状態を確認する。
「刃は……こぼれていない。あの勢いがあったのに、あいつは瞬間で回避した。恐ろしいやつだ……」
ユーリは自分が冷や汗をかいていることに気がついた。あのまま跳刃鼬が怯まずに向かってきていたら、首を飛ばされたのは自分かもしれない、そう強く思えた。
だが、ルーミアの魔法による援護があり、追い払うことはできた。
「行ったの?」
ルーミアがそうつぶやくと、エリシアが銃の構えを解く。
「行ってくれたみたい……。ルーミアの魔法と、ユーリの一撃に怯んでくれたみたいね」
「……よかった」
するとルーミアはぺたんとその場に座り込んでしまった。
「ルーミア中尉!」
ユーリが近づくと、ルーミアは立てた魔導杖にすがるようにして首を振った。
「今になって……足が震えてる。立てない」
「は、ははは……」
「ふふふ」
ユーリもエリシアも、思わず笑ってしまう。
「魔法、見事でした」
エリシアはそう言い、ルーミアに手を差し伸べた。ルーミアはその手を掴み、立ち上がる。
「ありがとう。生き物に対して直接魔法を使ったのは今回がはじめて。上手くできてよかった」
「上手く連携もとれましたし、威力もすごい魔法でした。自分が見てきた中でも、かなりすごい方に入るものだったよ」
ユーリの肯定的な言葉に、ルーミアは首を振る。
「でも、倒せなかった」
「災害獣が相手だったんだ。この人間で、しかも予定外の遭遇戦で、追い払えただけでもすごい」
「そう……かな?」
「うん、すごいと思います」
「そ、そう……」
ルーミアはつぶやき、頷いた。
「中尉、歩けますか? 大きい戦闘をして、魔法も銃も使ったので、この場に留まるのは危険です。移動しないと」
「わかりました。もう大丈夫」
「それはよかった。少し移動してから、休憩しましょう」
「本物の行軍はなかなか過酷なのね」
ルーミアが無表情でそう言ったので、ユーリとエリシアは苦笑した。
想定外の相手にはなったものの、ルーミアの魔法による初陣での敗北――死は免れることとなった。




