第014話「星空に思う願い」
【〇一四 教会銀貨】
■セルフィリア教会が発行、製造する銀貨。『九天女神のほどこし』という意味の『ラ=オル=エニヤ』と呼ばれる。
ウィスパニア地方で流通するウィスパニア銀貨よりも銀の純度が高く、教会の保証もあることから価値が高い。
どこの地方に行ってもこの銀貨が使え、価値もほとんど変わらない貴重な貨幣。
エリシアたちセルフィリア共和国軍士官には士気高揚のため、教会銀貨によって給与の支払いがなされる。
おおよそのレートはウィスパニア銀貨八枚で教会銀貨一枚と言われている。
平豚がたくさん買える金額。
【〇一四 星空に思う願い】
アルーシア川にかかる橋を越えて北上することしばらく、少し影が長くなりはじめた頃、遙か遠くに塔のようなものが見えはじめた。
「あれは……帝国の?」
ルーミアもその存在に気づき、先頭を行くエリシアにたずねる。
「ジェニオス監視塔。帝国がこちらを監視するために建てた施設です」
「では、こちらの動きは見えているということ?」
「基地を出るものたちはおおよそ監視されているかと」
「なるほど……」
ルーミアは不服そうだった。帝国に出し抜かれているような気分で、それはルーミアと言えどあまり気分のよいものではなかった。
「対策があるんだ」
列の最後尾のユーリがそう言うと、ルーミアは立ち止まらずに振り返る。
「そうなの?」
ユーリはすぐには答えず、笑みを見せた。それを見たルーミアはなにかを察した。
「あ、アルファス開拓地に寄るのね」
「そうです」
エリシアが応じる。
「基地に出た部隊は開拓地に向かった、と思わせておいて、日が落ちてから開拓地を出て森に向かいます。そうすれば、監視の目をくぐれる」
「……なるほど。あなたたち、いろいろな策略を持っているのね。すごい」
「教会騎士様に褒められるほどのことではありません、なーんて。わたしもユーリも、必死に知恵を絞っているんです。少しでも、生き残る可能性を高くするために」
そう話すエリシアは前を向いていた。ルーミアにも、ユーリにもその表情は見えない。しかし、その声にはエリシアの自信、誇りのようなものが感じられた。それがユーリにも誇らしく思え、ルーミアには気高いものに聞こえた。
そこからさらにしばらく進むと、木製の柵が見えてくる。そこがアルファス開拓地なのだとすぐにわかった。
柵に警備はおらず、開けっぱなしになっている。いくつかのテントのような建物と、小屋があり、飼われていると思われる平豚が数匹と、水鶏も数匹が自由に歩いている。
草原の香りに、家畜の香りが混ざる。
三人が門を越えて中に入ると、テントのひとつから髭のある麦わら帽子の壮年の男性が姿を見せた。
「おぉ、また来客と思ったら今度はエリシアたちか」
「こんにちはカッセルさん。チェロリダ村へ向かう任務を受けて、立ち寄らせてもらいました」
「なんだ、おまえさんたちもチェロリダへ行くのか? ――と、教会騎士様もおいでとは」
カッセルは帽子を取り、ルーミアに頭を下げる。
「教会騎士のルーミアです」
ルーミアが名乗る。
「家畜臭いこんな場所ですみません。教会騎士様をお迎えできるような場所ではないこと、お詫びします」
カッセルがかしこまった挨拶をすると、ルーミアは首を振る。
「わたしは教会で跳兎の飼育をしていました。家畜の匂いには慣れていますし、懐かしさを感じます」
「なんと!」
ルーミアの言葉にカッセルは驚く。
「ルーミア中尉は他のエネスギア人とは少し違うんだ。怖がらなくて大丈夫だよ」
ユーリがそう言うと、カッセルはさらに驚いた。
「そんな教会騎士様がいらっしゃるのか!」
「わたしの血の半分は人間だから」
ルーミアの言葉にカッセルは首を振る。
「教会騎士様のご出自がどうであれ、教会騎士様であられることには代わりはありません。儂ら平民とは違います」
「どうか、エリシアやユーリたちと同じように接して欲しい」
本当にいいのかと問うように、カッセルはユーリとエリシアを交互に見る。ユーリもエリシアも頷く。
「なんということだ……。エルマン大佐が着任してからというもの、高圧なエネスギア人たちに困らされていたというのに……このようなエネスギア人もいるのか……。ルーミア様、あなた様は慈愛を理解されている」
「そんなことはないよ」
カッセルは深く感動している様子だった。
「ところでカッセルさん、マチおばさんは?」
「あぁ、マチは畑に行っている。儂も道具を取りに戻ってきたところだったんだが、それはまぁいい。おまえさんたちがここに寄ったということは、いつものだろう?」
「悪いわね」
「いいってことさ。今用意してくる。寝る場所はいつものテントを使うといい。荷物を置いてくるんだ」
「わかった。ありがとう。じゃあユーリ、ルーミア中尉」
「あぁ」
エリシアは慣れた様子でいつものと言われたテントへ向かう。ルーミアも後についてくる。
「この開拓地は放棄されたのではなくて?」
ルーミアがそんな疑問を投げる。
「うん。放棄されたことになってるんだけど……試験農場として使われているの。新しい作物を試したり、肥料とかの実験をやってるんだって」
「エルマン大佐の命令?」
「ううん。基地の住民が自主的にやってるみたい。さっきのカッセルさんが顔役で、三世帯くらいが住んでいるわ。でも、ここの生活も楽じゃないみたいで。基地からの支援も、ダグ爺やメフェルさんたち有志の支援がないと厳しいんだって」
「……なるほど。ここでも、一生懸命生きてる人がいるのね」
「この開拓地は結構危険なんだ。帝国領まで障害物がないから、攻め込まれたらすぐに襲われる場所になる」
ユーリの説明にルーミアは頷いた。
「それなのに警備を置いていないの?」
「だから、放棄された場所なんだ。それでも、ここを活用しないと生活を豊かにはできないって」
「そういうことなのね……」
ルーミアは数回頷く。
すると、ひとつの大きめのテントの前に到着する。
「ここが今日泊めてもらう場所。中に荷物を置いてきましょう。ルーミア中尉、重かったでしょう?」
「うん。でも慣れてきた」
テントの中は中央に支柱が立てられており、ユーリたちはその周囲に背負っていた荷物を降ろす。エリシアは銃は置いたが、剣は身につけたままだったので、ルーミアも魔導杖は持ったままにした。
荷物をおいた三人は外に戻る。目の前を二匹の平豚が歩いて行った。
「ルーミア少尉、平豚は見たことある?」
「うん。教会でも飼っていたよ」
平豚はセルフィリア西部地方に多く野生のものがいる。ウィスパニア地方で家畜されている平豚は寒い地方に適したものを厳選した種類になっていた。主に食肉用にされるが、糞などは肥料としても利用されている。
「ここの平豚は牙が小さいでしょう? 最終的には牙がなくて、もっと大きい平豚を作りたいってカッセルさんが言っていたわ」
「そういうこともやってるのね。品種改良、だっけ?」
「そう、品種改良」
そんな話をしながらカッセルのいたテントの前に戻る。するとそこには恰幅のよい壮年の女性がいた。
「あら、エリシア!」
「マチおばさん!」
マチおばさんと呼ばれた女性はエリシアを見て満面の笑顔になる。
「カッセルから聞いたわ。そちらの教会騎士様のお話も。他のエネスギア人とは違うんだってね」
「普通に接してもらえると嬉しい」
ルーミアがそう応じると、マチは膝を曲げてお辞儀をする。
「お優しい教会騎士様に心からの感謝と歓迎を。みんながみんな、こうだとやりやすいのにね。先にここに来た少尉さんは威張った人だったよ」
「アルシェ少尉のことか」
ユーリの言葉にマチは頷く。
「泊まって行くのかって聞いたら、こんな家畜臭い場所では寝られないって言って。なけなしの食糧をよこせって言って持って行ったのよ」
「その少尉、戻ってきた?」
エリシアの問いにマチは首を振る。エリシアとユーリは思わず顔を見合った。
「ここには戻ってきてないよ。大森林の方から野営の煙が上がっているのは見えたね。でも昨日は見えなかったわね」
「アルシェ隊は襲撃されたと見ていいかもしれない」
ユーリはそう判断する。エリシアはそれに頷く。
「なんだい、物騒な話になったじゃないか。あんたたち、あの少尉さんを探しに行くのかい?」
「それが、そうじゃないの。チェロリダ村へ行くのが今回の任務よ」
「チェロリダに行くのかい。あの少尉さんもそう言っていたよ。最近のチェロリダは気味が悪いんだ。行商人も戻って来なくなってるんだよ。一体どうなってるんだい?」
「それを調べに俺たちが行くのだけど……先にその任務を受けたのはアルシェ少尉たちなんだ」
「相変わらず厳しい任務だね。三人で怪しい村に行くだなんてさ」
「いつものことよ。でも、必ずまた帰ってくる」
「そうしておくれ。ちょっと待ってな、あれを持ってくるよ。カッセル! あれをとって!」
そう言いながらマチはテントに入っていった。
「アルシェ少尉はやっぱりここに戻らなかったか……」
「チェロリダ村に捕まっている可能性もあるわ」
「……死んでる可能性もね」
ぼそりと、ルーミアはふたりが言いにくいことを言った。だが、即座に否定はできなかった。言いにくいことではあったが、その可能性が一番高いからだった。
「お待たせ」
「ちょうどいい頃合いのものがあるんだ」
マチとカッセルがテントから現れると、手には皮の小袋を三つと、黄土色の大きな葉っぱで巻かれた、エリシアの腕くらいの長さのものがあった。それも三つ、エリシアたちの人数分があった。
「いつもありがとう。外の任務で唯一の楽しみと言ったらこれで……ありがとう、マチおばさん、カッセルさん」
「そう言ってもらえると作りがいがあるってものだ」
ルーミアも小袋と、葉っぱで巻かれたものを受け取る。
「これは……」
小袋にはなにやらじゃらっとした感触のものが入っており、葉っぱに巻かれたものはハーブの効いた香りがするものだった。
「食べ物?」
ルーミアがたずねるとエリシアが応じる。
「そう。小袋の方は焼いて乾燥させた木の実が入ってるの。栄養があるから、明日からの行軍中に食べる行動食よ。この葉っぱで巻かれたのは……ふふふ、ここの名産品、魚の燻製ね」
「名産品と言ってもらえるなんて嬉しいね」
喜ぶカッセルの傍ら、ルーミアが受け取った燻製の香りをかぐ。
「ハーブのいい香り。魚の臭みがない」
「さすが教会騎士様、お目が高い」
エリシアがそう言って喜ぶ。
「エムール大森林で採れたハーブを使っているの。魚もエムール川で獲れたものなのよね。そうでしょう、カッセルさん?」
「エリシアの言う通りです。食糧が不足するバレウス地方にも届けられるものを作れってことで試作中ではあるんですが、エリシアがいたく気に入ってくれて」
「そうなのね」
「ルーミア中尉、これは行軍中の楽しみということで」
「うん、そうする。ありがとう、カッセルさん、マチおばさん」
「エネスギア人にお礼を言われるなんて、貴重な体験です、ルーミア中尉」
「さぁ、せっかく寄ってくれたんだ。今日はごちそうにするよ、だからもう少し待っていておくれ」
「ありがとうマチおばさん。これ――」
エリシアは腰裏から三枚の銀貨を取り出した。それを見たカッセルは目をこれ以上ないというくらいに見開いて驚いた。
「教会銀貨じゃないか! それを三枚だなんて! そんなにもらったら明日雷が落ちてしまうよエリシア!」
「受け取って」
「おまえたちから金は受け取れない。おまえたちは人間の誇りだ。多くの同志がおまえたちに励まされている。儂らはその応援ができるだけで嬉しい」
「そう言ってもらってわたしも嬉しい。でも、ここでの生活も大変って聞いてる。家畜を増やしたり、新しい種や苗を買ったりする足しにして。お願い」
エリシアはカッセルの手に無理矢理銀貨を握らせた。
「……こんなにもらったら……新しく畑を広げる人足が雇える。平豚も何匹も買える」
カッセルが震える。
「儂らを守ってくれている人にこんなにもらっていいのか……」
「いいんだ、カッセルさん。金なんて、俺たちが持っていたってあまり意味がないんだ。カッセルさんなら有効活用してくれる」
「ユーリ……すまない。ありがとう」
「あんたたちはいい子だよ。そんな子が危険な目に遭うだなんて……変な世の中だよ……」
マチはそう言いながら目頭を拭った。
「もらったものをしまってくるね。マチおばさんの料理楽しみにしてる。ユーリ、ルーミア中尉、一度戻りましょう」
「あぁ」
「うん」
感激するふたりに見送られ、三人はテントに荷物を置きに戻った。
平原の日暮れは早く、少し日が傾いたと思ったら、あっという間に周囲が暗くなりはじめる。
テントの外で星を眺めるルーミアのとなりにユーリが立つ。
「星空なんてめずらしくないのに、今日はいつもと違って見える」
「土地が違うからでは?」
「ううん」
魔導杖を持っているルーミアは首を振る。ユーリたちが剣を置かないので、ルーミアも魔導杖は手放さなかった。基地の外なので、最低限の用心は必要だった。
「今まで見てこなかったものを見ているせいだと思う。今日見た畑の色も……今まで見てきた光景よりも鮮やかに見えた」
「それは……なんでだろう?」
「……生きることなんか、どうでもいいって思っていたからだと思う」
「ルーミア中尉が?」
「そう」
宵闇を連れてくるように、草原に風が吹く。ルーミアは思わず帽子を押さえた。
「ルーミア中尉?」
ユーリの声に、ルーミアは首を振る。
「教会騎士は教会のため、共和国のために命を賭けて戦うことを誓う。そこに嘘はない。ないけど……わたしは誰かに利用されて死ぬんだって思っていた。みんな、教会とか貴族とかに利用されて死んでいくんだって思ってた。でも、街で会った人たちや、ここの人たちは……ユーリたちも、そうじゃなかった。みんな、ちゃんと自分の気持ちで明日を考えて生きてた」
「……明日のことなんてわからないけど、今日を精一杯生き抜いたら、明日もまた、同じようにできるかなって、たぶんみんな思ってるんです」
「あなたたちは、そうやって生き残ってきたの?」
ルーミアに見つめられたユーリは星空を見上げた。まだ、ほんのりと空は明るいが、星はしっかりと見えた。
「そうです……と言いたいけど、運もあるんだってのが正直なところかなって」
「……それはあるかも」
「ルーミア中尉も、今日を精一杯生きたら、明日も精一杯生きられる。その繰り返しで、きっと願いが叶うんじゃないかな」
「願い……」
「なにかあるといいと思います」
「それじゃ……」
ルーミアは魔導杖を水平にした。ゆっくりと目を閉じ、片手を胸に当てる。
「あなたと気持ちいいことをする、っていうのは?」
なにかいいことが聞けるのかと思ったユーリの期待はあっさりと裏切られた。
思わず出そうになったため息を堪える。
「……もっと他にないんですか?」
「今は、まだないかな」
「じゃあ……見つけよう。例えば、ルーミア中尉が以前言っていたように、基地に帰ってエルマン大佐の驚いた顔を見るとか」
「そんなことでいいの?」
「なんでも。そういうのを積み重ねていくうちに、大きい願いごとも見つかるんじゃないかなって」
「……なるほど」
納得した様子のルーミアは再び星空を見上げる。ほんの少し前に見ていた空よりも、夜の色が濃くなっていた。その分、星の光もよく見える。
「星の光にも……大きいのも小さいのもあるものね。願い事も、星のようにいろいろあるってことね」
「素敵な言葉ですね。そうだと思う」
ユーリが微笑むと、テントからエリシアが顔を出した。
「なんの話してるの?」
そのエリシアにルーミアが顔を向ける。
「願い事の見つけ方」
「……どういうこと?」
首をかしげるエリシアにユーリが微笑んだ時だった。
マチの声が聞こえる。
「エリシアたちー! 夕飯の準備ができたよー!」
「マチおばさんが呼んでる。行こうぜ、エリシア、ルーミア中尉」
「うん」
「う、うん? まぁ、いいか。行こう」
三人はマチとカッセルたちのテントの方へと向かう。
そこには野外に火がたかれ、大きな鉄の鍋がかかっていた。
「いい香り!」
エリシアが小走りに近づくと、その火と鍋の周りには他の村人も集まっていた。
「鶏肉と豆の、栄養たっぷりの牛乳煮込みだよ。いっぱい食べておくれ」
「エリシアたちが来てると言ったらみんな見送りたいと言ってな」
集まっているのはカッセルたちと同年代で、若い人はいない。しかし、皆は明るい笑顔でエリシアたちを迎える。
「ありがとう……みんな疲れてるのに」
「毎日のことだ、なんてこないよ。さぁ座って。新しいパンも食べてみてちょうだい」
「新しいパン?」
ユーリの手に、黄色っぽい薄いパンが手渡される。
「とうもろこしっていう品種が南の方から来たんだ。それを粉にしてパンを作るらしい。甘みがあって案外いけるんだ。とうもろこしはたくさん獲れるし、本格的に作ったら案外いいかもしれない」
「うん、美味しい」
ユーリに続き、エリシアとルーミアもパンをかじる。
「美味しいわね」
「わたしもはじめて食べる。けど、美味しい」
「煮込みもどうぞ」
エリシアたちに木製の椀が手渡され、火を囲んだ丸太の上に腰を下ろして食べはじめる。
ハーブの効いた牛乳煮込みは美味しかった。
「ここに来るといつもめずらしい、美味しいものを食べられる」
エリシアは満足そうだった。ルーミアは黙々と食べている。
そんな中、カッセルがユーリに言う。
「大森林を抜けるんだろう?」
「あぁ、その予定だけど、最近はどうなんだ?」
「それなんだが……少し変化があってね。ジェニオス監視塔に旗が掲げられるようになったんだ」
「旗が? ……帝国の偉い人でも来たってことか?」
「たぶん、そうだろう。その頃から、大森林にユボリ族がよくうろつくようになったんだ」
「……なるほど。大森林はセルフィリア領だから……越境しているということか……」
「ティシーのやつがユボリ族に出くわしたんだ。おいティシー」
呼ばれてやってきたのはひょろっと背の高い壮年の男性だった。
「あの時の話をユーリに聞かせてやってくれ」
「かまわんぞ」
ティシーはユーリの座る向かいの丸太に腰を下ろした。
「あれは俺がハーブを採りに大森林に行った時だ。そんなに深くに入ったわけじゃない、森の入り口から少し行ったくらいのところでユボリ族のやつらに出くわしたんだ。こりゃやばいと思った。ユボリ族は人間を食うって聞いてるから、ここで終わりだと思ったんだ」
「どうやって無事に?」
「それがよ、ユボリ族の連中、弓を引いたり槍を向けたりはしてきたが、襲ってこねぇんだ。俺は這うように逃げてきた」
「あいつら攻撃的だからな……ティシーさんはよかったけど、どうして襲ってこなかったんだろう?」
ユーリは首をかしげる。カッセルが続ける。
「だろう? この話、ティシーだけじゃないんだ。他にも何人か、同じようなことがあったんだ」
「兵士じゃないから見逃した……のかも」
聞いていたルーミアがぽつりと言う。するとカッセルがうーんと唸って顎を触った。
「そうとしか考えられない。大森林をうろつきだしたのは旗が出てからなんだが、村人を襲ったりこっちに攻め込んできたりしないんじゃ、なにをしてるって言うんだ?」
カッセルが口にした疑問はもっともだった。
「旗の紋章に見覚えは?」
「いや、見ない紋章だった。とんでもなく名のあるやつじゃないと思うな。チェロリダの変な話と相まって、なんだか気味が悪い話だ。そこに来て先に例の少尉も向かったんだ。その少尉は戻って来ないんだろう?」
「あぁ、今のところ」
「……やはり気味が悪い。おまえたちも十分に気をつけるんだ。ただ敵がいるだけじゃないかもしれないぞ」
「わかった。いつも以上に気をつけておくよ、ありがとうカッセルさん、ティシーさん」
「エリシアをしっかり守ってやるんだぞ」
「わかってるよ」
「あの教会騎士様もな。それと、おまえも死ぬな」
「あぁ、それもわかってる」
それを聞いていたルーミアは、不思議な思いに駆り立てられていた。
死んではいけない、そんな気持ちがしていた。
「美味しい! 今までで一番のできじゃないの!?」
そんな中、エリシアの声が聞こえる。
「おいエリシア、明日は早いんだ、あまり飲み過ぎるなよ」
呆れ気味に言ったユーリにエリシアは手を振る。持っているカップに注がれているのは大森林の木苺で作った酒だと、すぐにわかる。
「少しだけよ」
「ふふ、エリシアはこれが好きでね。教会騎士様も少し味見されるかい?」
「うん、する」
マチがルーミアにもカップを手渡す。
「いい香り」
香りをかいだあと、ルーミアはぐいっと飲み干してしまった。
「大丈夫か?」
ユーリが心配するも、ルーミアは平然としている。
「美味しい。教会で飲んでいた葡萄酒よりも酸味があるけど、これはこれで美味しい」
「なるほど、飲み慣れているわけか。ふたりとも、飲み過ぎるなよ」
「わかってるって、大丈夫」
「うん、大丈夫」
温かい食事と軽い酒は、とても任務中とは思えないやすらぎをくれた。
ユーリはふと夜空を見上げる。
明日は、この空に日が昇る前に出発だ、そう思った。




