第013話「広大なる世界への一歩」
【〇一三 アルーシア川と橋】
■アルーシア川にはいくつかの橋がかかっているが、北部前哨基地のすぐ北にある橋は比較的大きな石橋となる。
帝国領へ向かう軍を通すことが目的のひとつでもあるため、行軍がスムーズに行くように大きく作られている。
また、物流にも使われることで、北部の物流を運営管理するリファリーバ家の資金が建造に絡んでいるとのこと。
頑丈な橋ではあるが、爆破の魔法を使えばすぐに破壊することは可能。
だが再建設には時間も予算もかかる。
【〇一三 広大なる世界への一歩】
戻ってきたエリシアを含め、出立前に宿舎の外で装備の再確認が行われた。
最後に武器を確認する。
「よし、異常なし」
エリシアは銃の撃鉄を起こし、薬室内の状態と、そこに弾が入っていない安全な状態なのを確認する。
「それが銃というもの?」
エリシアの手慣れた様子を見ていたルーミアが問う。
「本物ははじめて?」
「うん。話には聞いたことがあったけど、本物ははじめて見る。エネスギア人の魔法社会では野蛮な武器って言われているけど、武器は殺生をするものだから、野蛮もなにもないと思うのだけど」
ルーミアの価値観を聞き、エリシアはふっと表情を和らげた。
「魔法のように広範囲に効果はないけど、離れた敵を倒すのに便利な武器です」
説明するエリシアに近づいたルーミアは興味深そうに銃を見る。ユーリはその様子を見て、市街地に連れて行った時もそうだったように、ルーミアは好奇心が強いのだと思った。
銃を背負紐で担いだエリシアは細剣を抜いて状態を確認する。
「こちらも異常なし」
それに倣ってか、ルーミアも自身の魔導杖の先端を見る。
「わたしも異常なし……かな」
「失礼ですが、ルーミア中尉はどのくらいの魔法が使えるのですか?」
「うーん……」
エリシアの問いに、ルーミアは首をかしげた。
「対近距離単体、対中距離単体、対中距離範囲、対遠距離広範囲が使える」
ルーミアの口にした魔法の種類に、ユーリもエリシアも目を丸くした。
「そ、そんなに!?」
ユーリが思わず声を上げると、ルーミアは頷いた。
「うん。でも、実戦でどこまで役立つかはわからない。怖くて動けなくなるかもしれない」
いつも自信に溢れるエネスギア人と違い、ルーミアは現実的な戦場を理解しているように思え、ユーリたちには好印象だった。
「そうなったら、隠れるとかしてください。その間に俺たちでなんとかします」
「隠れていいの? どうして?」
「どうしてって……危ないからです。同じ部隊の仲間を危険に晒すわけにはいかないですし」
「仲間……」
ルーミアはぽかんとする。
「ルーミア中尉?」
エリシアの呼びかけにルーミアはハッとする。
「どうしました?」
「仲間って、わたしはあなたたちの仲間なの?」
「同じ部隊で戦うことになるし……あぁ、教会士官の中尉にこう言うのは失礼でしたか」
「ううん、そういう意味じゃなくて。わたしなんてもっと、どうでもいい存在なのかなって」
「そうは思っていないです」
ユーリがそう応じると、ルーミアはふとエリシアを見る。
「エリシアもそう思ってるの?」
「はい。同じ部隊の同志、欠かせるわけにはいかない仲間だと」
「そう……なの? 恋敵じゃないの?」
「なっ」
エリシアの顔が一瞬ひきつる。
「そ、そうは思ってないです! 教会士官様でも同じ部隊にいる以上は同じ戦闘単位になりますし、運命をともにする存在です。戦力は多い方がみんなで生き残る可能性も高くなりますし……あ、もちろんいろいろな判断はルーミア中尉の判断を優先させます」
わたわたと説明するエリシアの言葉を受け、ルーミアはぎゅっと魔導杖を抱く。
「あり……がとう……」
なんとなく、ルーミアはユーリたちを見ることができなかった。生まれて今まで、疎まれることが多かった、いや、ほとんどだった。ここに来て、教会士官という立場でありながらも、疎まれることなく、仲間と言ってもらえたことが嬉しかった。今までほとんど感じたことのない、照れるという感情だった。
「俺の方も異常なしだ」
ユーリはふた振りの剣を確認する。ひとつは故郷から餞別でもらった古い石剣。もうひとつは軍が支給している長剣だ。
「うん、じゃあ出発しましょうか。ルーミア中尉、荷物は持てますか?」
「う、うん」
ルーミアは少し戸惑いながらも、大きめの背負嚢を背負う。ユーリとエリシアもそれぞれ荷物を背負う。
「では西門から出ます」
エリシアを先頭に、三人は歩き出す。
基地の北門から出る方が近いのだが、北門は北部からの敵襲に備えて常時閉鎖されている。扉も固定化されており、そこからの出入りはできなくなっていた。
なので、少し遠回りにはなるが西門から出るしかなかった。
「お疲れ様です。出立の話はうかがっております。どうか、ご武運を」
西門の衛兵にそう見送られながら、基地の外へと出る。
冬の気配を感じさせる、少し冷たい風が三人を迎える。基地を出て広がるのは耕作地の景色だった。基地の外は少しでも自給率を上げるために耕作地になっており、農業に従事する人たちの働く姿も見える。
「これが……基地の外……」
黄金色が広がる麦の畑を前に、ルーミアがつぶやく。
「間もなく収穫になるようです。ここの麦を使って、軍のパンを作るんです」
エリシアがそう説明する。
「じゃあここにきてわたしが食べたパンもここの材料を使っているということ?」
「そうです。あ、そうね。ダグ爺も言っていたけど、豆や芋なんかも作ってるみたい」
「たくさんできたのかな?」
「今年は悪い、という話も聞かないし、案外多いのかも」
「なるほど……」
ルーミアは畑にも興味があるようだった。ユーリから見て、やはり好奇心が強いように思える。教会でも畑仕事はすると聞いたが、大規模なものとはまた違うのだろうとも思った。
「さてと……まずはアルファス開拓地を目指すことにします」
「あそこは放棄されたって聞いたけど、なにかあるの?」
ルーミアも知るアルファス開拓地とは、基地の北に位置する試験農業開拓のために平原に作られる集落予定地だ。基地北部に広がるバレモ平原の西部にあり、基地からは北に向かってアルーシア川を越えてすぐの場所だった。
「放棄されたことになっているのだけど、住んでる人たちがいるの。ちょっとそこで受け取るものが」
「なんだろう?」
「それは……ふふふ、受け取ってからのお楽しみということで」
「???」
エリシアに話を濁されたルーミアはユーリのことも見るが、ユーリも回答はせずに笑みを見せるだけにとどめた。
「わたしには……知らないことばかり」
「この任務、きっといろいろな経験ができるよ」
ユーリがそう言うと、ルーミアは驚いた。
「それは……気持ちいいこともできるということ?」
「そ、それは違います!」
「そうなのね」
ルーミアの声に力が抜けるのがわかった。
はじめての任務で緊張しているのかとも思ったが、そんなことはないのかもしれないとも思えた。
耕作地を見送りながら北に歩きはじめると、遠くに大きな川が見えてくる。
「あれは……」
「あれがアルーシア川。アルーシア本流、というのが正式な名前みたいだけど、この辺りの人たちはみんなアルーシア川とか、単に川って言ったりするわ」
「大きい川なのね。渡れるの?」
「橋があるので安全に渡れるわ」
「なるほど……」
うんうんとルーミアは納得していた。
「帝国の攻撃に備えて橋を落とせっていう意見もあるんだけど、大きな石の橋で、こちらが帝国に攻め込むためにも使うからっていうことで、維持されてるんだ」
「そういうことなのね。わたしは中央教会所属でも、東の修道教会から来たから、この辺りのことは地図でしか知らなくて」
「東か……大変だったのでは?」
言ったユーリに、ルーミアは首を振る。
「どうだろう。そんなことを知る機会もなかった。ただ馬車に乗せられて、荷物のように運ばれただけだから」
まるで遠い昔のことのようにルーミアが言う。
そんなルーミアに平原の緩やかな風が髪をなでる。思わず帽子を押さえたルーミアの上を、小鳥が飛んでいく。
「教会騎士ってもっと自由だと思っていたのだけど、思っていたより窮屈そうね」
「うん。自由に外出もできないし、教会の敷地から出ることも、来客に会うことも禁止されているから」
「それはそれで……大変そう」
「でも、今はいい気分よ」
ルーミアは目を閉じ、外の息を吸い込んだ。
作戦行動中とは言え、まだ安全な場所なのでルーミアも開放的な気分になっているようだった。
西門を出て歩くことしばらく、アルーシア川にかかる橋にさしかかる。橋のたもとには詰め所が設置されており、警備隊が常在している。
橋の入り口には人が通れないように木製の柵が展開されていた。
その前にふたりの衛兵がいる。エリシアの姿を見るなり、衛兵ふたりが敬礼する。
エリシアも敬礼を返す。
「お疲れ様です。エリシア少尉でしたか。なんのご用で?」
衛兵が尋ねてくる。
「チェロリダ村に向かいます。通してください」
エリシアの言葉に、衛兵ふたりは顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「橋を開放するのはかまいませんが、いつもなら部隊が通過する時は基地より事前に通達があるのですが……エリシア少尉たちの部隊が通過するという報せは受けていないのです」
「そうなの? 急な任務だから行き違いがあるのかも。命令書なら、ルーミア中尉がお持ちです」
「きょ、教会士官様がご一緒でしたか! すぐに開放します!」
衛兵ふたりはルーミアの姿を見るなり慌てて柵を動かそうとした。すると、そこへ詰め所の中からひとりのエネスギア人が姿を見せる。
「なんの騒ぎだ?」
「はっ、アルトン少尉、ただいま教会士官様をお連れした部隊が橋を通過されるとのことです」
衛兵ふたりがまだ若いアルトン少尉というエネスギア人に敬礼する。
「部隊通過の通達は受けていないが、教会士官様なら……おぉっと、なんだ、これはアルシェ少尉の言っていた混血エネスギア人中尉様でしたか」
アルトンはルーミアを見るなりにやりとする。
「いくら教会士官様とは言え、基地の許可のないものを通すわけにはいきませんなぁ」
「これが命令書です」
ルーミアはエルマンから渡されていた命令書を見せる。しかしアルトンはそれを見ようともしない。
「おかしいですなぁ。命令書があるなら通行の報せがあるはずです。それがないということは、その命令書の真贋もあやしいところと思わざるをえませんねぇ」
明らかにルーミアを馬鹿にするような態度のアルトンに、ルーミアはなにも言い返せないでいた。
「アルシェ少尉から言われているのですよ、不用意に橋を開放するなと。混血中尉の通過のために、橋を危険に晒すわけにはいかない。引き返すがいい」
横柄な態度のアルトンにユーリもエリシアもカチンときた。
戦端を開いたのはエリシアだった。
「アルトン少尉、教会騎士に対し引き返せとはあまりにも無礼。橋の警備は重要任務ですが、教会騎士の立場を理解できないと?」
「むっ、人間ごときがなにを言う。教会騎士とはエネスギア人の中でも選りすぐりの優秀な人材が登用されるものだ。混血エネスギア人などが教会騎士になれるはずがない」
「ですが、ルーミア中尉は紛れもない教会騎士、教会士官中尉です。この騎士装束と階級章が見えないのですか?」
ユーリの支援攻撃に、アルトンは言葉を詰まらせた。
「うっ……」
エリシアはさらに続ける。
「さらに、ルーミア中尉の生まれはかの壌司の名家リファリーバ家です。リファリーバ家の令嬢に、命令書の真贋の疑いをかけ引き返せと仰るのですか?」
「そ、それは……」
アルトンがたじろぎはじめる。
ルーミアは驚いたようにユーリとエリシアを交互に見ている。
ユーリはルーミアに近づき、小声で言う。
「メフェルさんに言われたように、利用できるものは利用しよう」
「利用する……」
「そうです。家の名前も、教会騎士の立場も。こういう役人兵士はそういうのに弱いんです。ルーミアが強くなにか言えば、粉々になる」
「粉々……」
そう聞いたルーミアはきゅっと口を結んで、なにかを決意する目になった。
そのルーミアが言う。
「アルトン少尉、教会騎士として命じます。我が部隊を通しなさい」
「うぐっ、なにが教会騎士と――」
「教会騎士に逆らうということは、教会に逆らうということ。わたしには中央教会へ兵士の様子を報告する義務があります。その報告にアルトン少尉の今の行いを余すことなく伝えますが、それでもよろしいですか?」
「ぐっ……」
どんと胸を張ったルーミアはうろたえはじめたアルトンを見て、ぞくぞくとした快感を覚えていた。なので、さらに続ける。
「さらに、交通の要所は我がリファリーバ家からの出資によって維持されています。この橋とて、リファリーバの資金なくしては維持されないでしょう。あなたはそれを承知でわたしに引き返せと言ったのですね?」
強い口調になるルーミアを見て、エリシアはにこにことしていた。
ユーリは心の中でもっと言ってやれと声援を送る。
「ま、待て、そうではない――そうではありません! 断じて、そうではありません!」
「お黙りなさい」
「ははっ!」
ルーミアの一喝に、アルトンはあわてて跪いた。後ろにいた衛兵ふたりまでも跪く。
「橋の警備を厳重に行っていることは立派です。しかし、それが任務を受けた教会騎士を足止めする口実にはなりません」
「仰る通りです!」
「あなたの先ほどの言葉は報告書には書かないでおきます。ならどうするべきか、おわかりですか?」
「ははっ! おいおまえたち! すぐに柵をどかせ!」
「了解です!」
慌てるアルトンの顔は汗でびっしょりになっていた。
柵が手早くどかされると、アルトンが立ち上がる。
「どうぞお通りください。そして、旅のご無事を。そして、どうか先ほどのご無礼をお許しください」
「その判断をするのは教会と、我がリファリーバ家です」
教会とリファリーバ家という大きすぎる存在を出されたアルトンは震えはじめていた。今になって、自分のしたことの危険さを認識しているようだった。
「ど、どうか……出世は望まずとも、せめて左遷と前線送りだけは……」
「祈りなさい。すべては女神の意のままに――女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)」
「イ、女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)!」
アルトンはこれ以上できないというくらいに背筋を伸ばし、前を歩くルーミアに敬礼する。そのルーミアのあとをエリシアとユーリも堂々とついていった。
橋の中腹にさしかかった時、エリシアが思わず笑い出す。
「あはははっ! あの変わりようと慌てよう! 見た見た?」
「お、おいエリシア」
「ひさしぶりにスッとしたわ!」
するとルーミアは立ち止まり、手にしていた魔導杖と自分の体を抱き、震え出す。
「ル、ルーミア?」
「どうしたの?」
ふたりが慌てて声をかけると、ルーミアはふるふると首を振った。
「あんなこと言ったのはじめてで……今になって震えてきた……でも……」
「で、でも?」
ユーリとエリシアの声が重なる。
「でも……気持ちよかった」
と、ルーミアが見せた顔は興奮と快楽で上気した、ほんのりと赤い顔だった。
「ふ、ふふふ」
「ははは」
思わず笑い出すユーリとエリシアに、ルーミアは顔を伏せて首を振る。
「あははは!」
ユーリとエリシアの笑い声に、ルーミアも顔を上げた。
そこにあったのは、明るい陽の光を受け、輝く花のようなルーミアの笑顔だった。
「こんなのはじめて」
「いい笑顔ですよルーミア中尉」
「やっぱり人は笑顔にならないと」
エリシアとユーリにそう言われ、ルーミアはハッとなって顔を伏せた。
「ルーミア?」
「こんな表情したことないから……恥ずかしくて……」
ルーミアはそう言うと手で顔を覆ってしまった。
「あまり見ないで」
そんなルーミアの様子を見て、ユーリとエリシアは思わず顔を見合って苦笑いした。
「ルーミア中尉、胸張って前を向きましょう」
エリシアがそう言うと、ルーミアは顔を見せる。
「もっと威張ってやりましょう。教会騎士は偉いんだから」
ユーリの言葉に、ルーミアはぽかんとなった。
「あなたたちも……変わってるね」
「それはお互い様です。さぁ、また衛兵がいますよ。偉そうに通過してやりましょう」
そう言うとエリシアは歩きはじめた。ルーミアはどうしようと言う感じでユーリを見たので、ユーリは頷きを返した。
すると、ルーミアは少しだけ偉そうにすまし顔になり、背筋を伸ばして歩き出した。
橋の出口にいる衛兵たちは教会騎士装束を見かけるなり、遠くからも敬礼している。
前を通過する時、エリシアは歩きながら敬礼する。
「旅のご武運を!」
声をそろえる衛兵たちに、ルーミアが言葉をかける。
「女神の祝福を共に(イエラ・ジュ・セルフィリア)」
その声には今までになかった、かすかではあるが、自信のようなものが込められていた。
ともに歩くユーリもエリシアも、どこか誇らしい気持ちになれた。




