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星と召喚と女神の聖剣士  作者: 桐生スケキヨとYOM
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第012話「あの夜のことと旅支度」

【〇一二 ランタン】

■各国で広く普及している照明道具。

使う燃料は各地方に異なり、入手しやすいものが使われることが多い。

ユーリたちのいるセルフィリア北部では樹脂が使われる。

調度品としての需要もあり、意匠の凝ったものなどもあるが、軍用品は小型で丈夫なものが好まれる。

防水性もあり、多少の雨風の中でも使える。

夜道でも便利な反面、灯りは敵に見つかりやすくなることから、注意深く扱わなければいけない。

【〇一二 あの夜のことと旅支度】


「はぁぁぁ~……」


 シャーラのいる窓口で、突っ伏したエリシアは豪快なため息をついていた。


「今日ここに来て何回目のため息? この前は意気込んでいたんだし、上手く行ったんじゃないの?」


 そう言いながらシャーラは水の浄化材や着火剤、携行食糧などをエリシアの前に積んでいく。


「それがさ……あぁ……もうっ」


 エリシアは両手で顔を覆ってかぶりを振る。


「ふむ……その様子から察するに、ことをはじめたのはいいけど、失敗しちゃった、みたいな感じ?」

「近いかも、それに」

「えぇっ!? ちょ、ちょっとそれ本当!?」


 思わず大きな声になったシャーラの声に、周囲にいたエネスギア人たちの視線が集まった。


「しっ、シャーラ声が大きいっ」

「ご、ごめん、つい。――で、どうなわけよ?」

「それは……」

「キスくらいしたんでしょう?」


 シャーラの問いに、エリシアは用心深く周囲の様子をうかがった。エネスギア人たちが数人いたが、こちらの話に注意を向けているものはいない。

 それを確認したエリシアはこくんと頷く。


「やった! ついにじゃない! どうだったどうだった?」

「どうだったって……真っ暗だったし、よくわかんない……」

「そうなの? ま、まぁそういうものか。で、で? 次は? その次!」

「う、うん、それが……」


 エリシアの顔は湯気が出そうなほどこれ以上ないというくらいに真っ赤になり、腿の間に両手を挟んでもじもじとさせる。


「一度好きって言ってその……勝手にキスしちゃってから……その、なにか止まらなくなっちゃって……」


 意味ありげなエリシアの態度に、シャーラも前のめりになりはじめる。


「ほうほう、ほうほうほうほう、それでそれで!? 止まらなくなっちゃって!?」

「何回もユーリに好きって言っちゃって……そのたびにその……たくさんキスしちゃって……」

「んなっ!? そ、それは熱い! やるじゃないエリシア! それでそれで!?」

「唇とかほっぺとか、耳とか首とかにもキスしちゃって……わたしもどんどんおかしくなってきちゃって……」

「お、おぉおおお!」


 前のめりになりすぎたシャーラが積み上げられていた道具を崩してしまうが、そんなことは気にならなかった。


「そうしたらユーリが急にわたしのことをぎゅってしてきて――」

「えらいぞユーリ! 朴念仁じゃなかった!」


 シャーラは思わず拳を握りしめる。


「そ、そ、それで!?」

「ユーリが『いいのかエリシア』って言うから……」

「い、言うから……?」

「うん、そのつもりだから、って。そうしたら――」

「ま、待った!」

「んんっ!?」


 シャーラの突き出した両手が不意にエリシアの口を塞ぐ。


「わかった、わかったよ……もうわかった。なんかごめんエリシア。この先はたぶん、わたしが興味本位で聞いちゃいけない、あなたとユーリの聖域の話になる」


 シャーラはぎゅっとエリシアの両手を掴む。


「よくやったよエリシア、えらい」

「う、うん、ありがとうシャーラ……」


 エリシアの顔は真っ赤なままで、シャーラに目線は合わせられないでいる。


「わたしも頑張ったと思う。けどね――」

「けどとか、そういうのはやめよう。後悔はない、でしょう?」

「それはそうだけど……」

「ならいいじゃない。この話はこれでおしまい。わたしも心置きなく友を送り出せるよ。それに今日、エリシアはいつもより綺麗だよ。いい女になったんだね」

「だ、だから――」

「いいからいいから。ほら、これはお祝い。弾の追加四〇発。ランタンの油も多めにつけておいたよ。他は言われたぶん用意した」

「ありがとうシャーラ」

「今回も生きて帰ってくるんだよ。そうしたら、その話の続きを聞かせてもらう。あなたたちが帰ってくるまで、わたしも覚悟を決めておくから」

「もう」

「それより――」


 シャーラは周囲の様子を探り、声を潜めてエリシアに顔を近づける。


「教会士官が来たって話じゃない。気をつけなさいよ?」

「ありがとう。でも、あの教会士官は少し変わってる気がして」

「エネスギア人なんてわたしたちのことなんてなんとも思ってないよ。気を抜いたらダメだからね。用心して」

「わ、わかった。で、でもシャーラ、あの日の夜のことは――」

「それは帰ってから聞くよ」


 パチンと、シャーラは片目を閉じた。


「う、うん。じゃあ、行ってきます。必ず帰るからね」

「待ってるよ」


 手を振るシャーラに見送られ、エリシアは武器庫を後にする。

 そして。


「……言えなかった」


 エリシアはつぶやいた。あの日の夜のこと、はじめてのことだったのに、あんなすごいことになってしまったということを。


「こ、こんなの……生きて帰ってきても言えないじゃない……!」


 エリシアは通路でひとり、赤くなった顔を手で覆い首を振っていた。



◇ ◇ ◇



「よし、問題なし……って、使わないかもしれないけどな」


 ユーリは自分たちの部屋で簡易テントの確認をしていた。今回は完全な野宿となる見通しがあるものの、森林の中を進むのでテントを張る場所があるかどうかはあやしかったが、一応の確認をしていた。

 そのテントを小さくたたみ、おおよそが終わったところだった。

 部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」


 ユーリが応じると扉はゆっくりと開いた。


「失礼するよ」


 そこにいたのはルーミアだった。


「ルーミア中尉」

「他に誰もいないし、ルーミアでいいよ」

「そ、そうですね。あ、いや、そうか」

「もう一回呼んで」

「いや、それはべつに――」

「呼びなさい」

「っ!」


 敬語は使わなくていいし、普通に話すようにと決めたにも関わらず、教会騎士の装束を着たエネスギア人に命令されると、反射的に背筋が伸びる。


「ル、ルーミア」

「よろしい。以降、気をつけなさい」


 普通に話していいということにはなったものの、ルーミアは命令できる自分と、それにビシッと従うユーリに、得たいの知れない興奮を覚えていた。


「は、はい。それで、どうしてここへ?」

「荷物を持ってもらおうと」

「あ、あぁ、なるほど」


 エネスギア人は行軍する時には荷物を持たない。必要な荷物は同行する人間に持たせるからだ。

 エネスギア人としては少々変わった印象を受けるルーミアでもそこは例外ではなかったのかとユーリは思った。


「どれだ?」

「あれなんだけど」


 ルーミアが指さした先は扉の外だった。


「え?」

「あれ」

「失礼」


 ルーミアを部屋の中へと入れ、代わりにユーリが外に出る。

 ルーミアの指さしていた先には、山積みされた荷物があった。


「な――」

「必要最低限にはしたよ。このくらいでいいんでしょう?」


 どう見ても三人、いや、五人が十日は行軍し、その先に拠点でも設営するのではないかというほどの荷物だった。


「はぁ……」


 ユーリはがくりとうなだれる。実戦経験がないとは思っていたが、教本通りだとこうなるのかと、力が抜ける。


「ちょ、ちょっといらないものを置いて行った方がいいかもしれない」

「そう? それなら選んでくれると助かる。野営とか行軍とかはあまり知識がなくて」

「うん、任せてくれていい」


 それから部屋の中に荷物を運び込み、荷物の整理がはじまった。

 いらないものがあまりにも多い。大型のランプやコンロ、釣り道具から、皮をなめす道具、大きなスコップまでもあった。


「これ……持ってくるの大変だったんじゃ?」

「数回往復した」

「……意外と根性あるんだな」

「出発する前から疲れそうになった」

「そりゃそうだ。……まず、この大きいランプは使わない。明るいと敵に見つかるから、この小さいランタンで十分。それにコンロももっと小さいのがあるから、誰かひとり持っていればいい。釣り道具が必要なほど滞在はしないし、皮も獲らないからこれもいらないし……陣地作るわけじゃないからスコップもいらない」

「こんなに荷物少なくていいの?」

「いや、まだ多いから」


 次々と背負い鞄の中の荷物を取り出すユーリを見て、ルーミアは唖然としていた。


「でも、いろいろなことを想定して準備したことは正解だと思う。用心は大事だし」

「よくわからないから全部持って来ただけ。でも……おかしい話でしょう?」

「え?」

「死にに行く任務なのに、生き残るための準備をしてるだなんて」


 ユーリは思わず手を止めてルーミアを見た。悲観しているのかと思ったが、表情は無表情で、落ち着いているように見えた。


「支援もない、敵が占領しているかもしれない村を奪い返して来いだなんて。しかもたった三人で。どう考えても、死にに行くとしか思えない。もし仮に村に敵がいないか、なんとかして奪い返せたとしても、その状況を維持できる戦力がある部隊ではないから、任務は失敗になる。エリシアは部隊を取り上げられるかもしれない。わたしは左遷かもしれない。あなたも無職になる」


 悲観していなそうに見えたが、しっかり悲観していた。


「ま、まぁ普通に考えればそう……だな」

「普通にって……勝てるつもりでいるの? この三人で?」

「それは……」


 ユーリは迷ったが、鞄の中の荷物、大きな薬瓶を取り出してからルーミアに視線を合わせ、応えた。


「勝てるつもりでいる」


 ルーミアは目を丸くする。


「正気?」

「俺もエリシアも、出身の村でかなり鍛えられてきたんだ。報告は見てると思うけど」

「……そうね。そう言われると、前回の作戦の時もふたりで三〇〇匹くらいの追撃を倒してる。その前も一二〇とか二〇〇とか倒していて……粉飾なのかと思っていたのだけど、違うの?」


 ユーリは思わず笑みを見せた。


「俺たちのいた村は、魔法は遅れてるけど、ちゃんと鍛えたんだ。帝国の寄せ集め部隊には負けない。寄せ集めの二〇〇人より、気持ちの通じ合ったふたりの方が強いんだ」


 その言葉を聞き、ルーミアはランタンを弄んでいた手をぴたっととめた。


「気持ち、通じ合っているの?」


 ユーリはしまったと思ったが、ルーミアはその隙を逃さない。


「それは……」

「結局のところ、どうなの?」

「どうなのって……」

「結論を言って。どんな行為までは及んでいるの?」

「それは……」

「いいわけは無用です。結論を言いなさい」


 ルーミアの興味に燃える視線がジッとユーリを捕らえる。

 ユーリは少し視線を泳がせた後、応える。


「この前の夜……エリシアが迫ってきて……突然キスをされて、好きって言われて……」

「それは……気持ちよかった?」

「よ、よくわからなかった……かな。はじめての戦闘の時みたいに、なにが起こっているのかよくわからなかった。たぶん、それはエリシアも同じだと思う」

「うん。そういうものなのね。それで? それだけ?」

「いや……まだ先があって……でもエリシアには悪いことをしたかなって思っていて……」

「悪いこと? 気持ちよくなったんじゃないの?」

「それが……エリシアが首とかにキスしてきて、なんか自分の気持ちも膨らんできて。思わずエリシアを抱きしめたんだ」

「わたしの時みたいに? あれは気持ちよかった」

「そ、そんな感じです」


 思わず敬語が出てしまう。

 ユーリはその時の感触を思い出す。ぎゅっと力を込めると、自分の腕の中で形を変えるほどに柔らかいエリシアの体の感触――それでいて反発する適度な弾力は、今までに感じたことのない存在感だった。


「抱きしめて、どうしたの?」


 気がつくとルーミアが近づいていた。


「エリシアは『そのつもりだから』って言ったんです」

「なるほど」


 ルーミアの顔がさらに近づく。


「そう言って?」

「俺はだから、エリシアの顔をしっかり見て確認しようと思って、顔を離すために頬に手で触れたんです。そうしたら、そのままパタっと」

「パタっと?」

「緊張が限界に達したみたいで、気を失うように寝ちゃって……。しょうがないから、朝までそのまま……」


 ルーミアがすっとユーリから顔を離す。


「なにもしなかったの?」

「……言った以上のことはなにも」

「それからの昼も夜も、何事もなく?」

「なんとなく気まずくなって……」


 なにかお咎めがあるのかと思ったユーリだったが、ルーミアの口から出たのは意外な言葉だった。


「もしかしてユーリ……いくじなし?」

「なっ、そ、そんなことは――だって、さすがに寝ている相手になにかするのはダメでしょう」

「起こしなさい。きっとエリシアだって不本意だったはず」

「起こすのも悪いし……」


 ルーミアの肩にあった力ががくりと抜けるのが見えた。


「いい機会を台無しにしたのね。次はないかもしれないのに」


 生きて帰って来られるかはわからないのだから――ユーリにはルーミアがそう言っているように聞こえた。


「生きて、帰る……から」

「え?」

「生きて帰る。だから、次の機会もある」


 ユーリの真摯な言葉に、ルーミアはどこか呆れたように、しかしどこか安心したかのようにほっと息を吐く。


「……そうね。わたしもいるけど、道中でもなにか機会はあるかもしれない。その時は、遠慮なく進めてもらっていいからね」

「作戦中にそういうことはさすがに……」

「そういうところが、いくじなしなんじゃない?」

「それとこれとは……と、終わりましたよ」

「荷物?」

「あぁ。これで必要最低限。これに、エリシアが受け取ってくる消耗品を追加すれば、今回の作戦では大丈夫。持って来たものは九割くらいはいらないものだったかな」

「慣れてるのね」

「場数はそれなりに。最初は部隊の仲間も多かったんだけど……」

「……そう、なのね」


 ルーミアは壁に立てかけていた魔導杖を取り、両手で抱くように掴んだ。


「この戦争は、本当はみんな思ってる。セルフィリア共和国は押されていて、もう危ないって。今までの固めていた防衛拠点も、もう長くは持ちこたえられないって」


 半分とはいえ、エネスギア人の血が流れるルーミアからそんなことを聞くのは意外中の意外だった。しかし、ユーリは思う、混血のルーミアはエネスギア人と人間、両方の視点を持っているのではないかと。

 つまり、冷静に客観的な状況判断ができているのではないかと。

 ユーリは声を潜め、慎重に尋ねた。


「このまま行けば……共和国は負ける、と?」


 ルーミアは迷うことなく頷く。


「そう遠くなく。ひとつの防衛拠点が突破されたら、そこを起点に帝国は一気に進んで来るはず。一度ついた勢いを止めることが相当に難しいのは、戦いの歴史を見てもわかるはず」

「歴史……ルーミアはそういうのに詳しいんだ」

「エネスギア人として歴史の教育は受けたから……と言っても、わたしの扱いは中途半端だったから、他の人たちほどエネスギア人の歴史に陶酔はしていない」


 ユーリは納得した。そうだ、ルーミアにはそれがない。エネスギア人特有の、自分の出自や歴史に陶酔して過剰な自信に満ちているあの感じがないのだと。


「今回のわたしたちの任務だって、戦略的な価値はないに等しいと思う。拠点になるような場所でもないし、村の先は渓谷なのでしょう?」


 ルーミアの言う通り、チェロリダ村に戦略的な価値があるとは思えない。なにか貴重な産業や資源があるわけでもない。

 これは自分たちを始末するための口実なのだと思うのが一番納得がいくのだが、ユーリにはアルシェのことが気にかかっていた。

 どうして、アルシェを行かせたのか。

 しかし、それを問い、答えを返すことができるものはエルマンだけだ。

 だから――。


「でも、行くしかない。命令があれば、行かないといけない」


 ユーリのその言葉に、ルーミアは頷いた。


「わたしもそのつもり。あなたたちのように、わたしには目標なんてものはないけど……なにか、変わりそうな気がしてる。あなたたちといると」

「俺たちと?」


 ルーミアはこくんと頷く。


「こんなひどい命令にも前向きだなんて、おかしいもの。絡まれているわたしを助けたりするのもおかしい。そんな人にははじめて会った。だから、なにか今までとは違ったことが起こるのかもしれない、そう思ってる」

「そう、かな?」

「うん。そう。それに――」


 ルーミアは膝を突き、ユーリにずずっと顔を近づける。


「そ、それに?」

「わたしは死ぬ前に男の人と気持ちいいことがしてみたい。相手はあなたがいい。だから、その機会も、どこかで見つけようと思ってる」


 そんなことを、ルーミアは平然と、真顔で言う。


「それは……うん、まぁ……お手柔らかに」

「柔らか? わたしを触ったとき、柔らかかった?」

「な、なにを突然?」

「エリシアほどじゃないけど、わたしも全然ないわけじゃないし、どうだった?」

「お、お、覚えてないです」


 たしかにあの時のルーミアとのこと、感触までも覚えているかと聞かれると記憶が危うかった。忘れようと努力した結果なのかもしれない。

 しかしながら、感触と聞くとどうしても直近に感じたエリシアの感触を思い出してしまう。こちらはまだはっきりと覚えている。


「エリシアのことは覚えているのに?」

「うっ」


 青聖石の瞳はユーリのことを見透かしていたようだ。


「そうなの? でもわかったよ。より強い印象を与えれば、覚えてもらえるということ。そうすれば、ずっとわたしのことを考えて、あなたもその気になるはず」


 ルーミアはさらに顔を近づける。ユーリは思わずのけぞってしまうが、ルーミアはすぐに姿勢を戻した。


「そのためには、もっとやり方を考えないといけない。だから、今はまだその時じゃない」


 今は、という部分が強調されたように聞こえたが、ユーリはほっと安堵の息を漏らした。

 その時。


「ただいま。あれ、ルーミア中尉?」


 ちょうど、物資の受け取りに行っていたエリシアが戻ってきた。


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