第011話「不可解な任務に向けて」
【〇一一 地図】
■セルフィリア大陸の歴史は長く、古来より数多くの冒険者の手によって地図は更新されてきた。
そのために高い精度を誇っており、位置関係や距離においても誤差は小さいものとなっている。
軍で使用される地図は耐久性を考え、紙ではなく皮紙に描かれた地図を使うことが多い。
なお、未だに未到達の森林や山岳なども多く存在している。
【〇一一 不可解な任務に向けて】
その呼び出しは朝一でエリシアたちのもとに飛び込んできた。
材木の積み下ろしをやらされた翌日の朝で、今日は水路の掃除をやらされる予定だった。
ユーリも同席せよとのことなので朝からエルマンの部屋を訪れると、そこには魔導杖を持ったルーミアも来ていた。
「遅いぞエリシア少尉!」
いつものお叱りを受けながら、エリシアはユーリとともに敬礼する。
「はっ、申し訳ありません」
「まったく人間という生き物はどうしてこうもだらしないのだ。我々の声には全力をもって応じよと常々言っておるだろうに」
「申し訳ありません」
「ふん、まぁいい。ヴァイツ隊の諸君、諸君らに吉報がもたらされた」
エルマンの言う吉報とはだいたい悪い報せだということを、エリシアもユーリも知っていた。
「任務である」
崇高な文言でも口にするように言ったエルマンは立ち上がり、両手を広げる。
「ヴァイツ隊は教会士官であるルーミア中尉指導のもと、チェロリダ村奪還にあたられよ!」
エルマンは声高らかにそう宣言した。ユーリもエリシアも疑問に思う。ユーリは敬礼をしていたが、エリシアは思わず首をかしげてしまった。エルマンはそれを見るなり、キッと鋭い視線でエリシアを切りつける。
「エリシア少尉、どこに疑問があるというのかね?」
「失礼しました。先行しているアルシェ隊との連携ということでしょうか?」
「アルシェ隊の行動は機密である。諸君らの知るべきことではない」
エルマンはそう断言した。
――この任務は危険だ、エリシアもユーリも、直感的にそう感じた。
ユーリが思うに、敵に見つけてくれと言わんばかりに街道を進み、野営の煙まで上げていたアルシェが襲撃を受けないわけはない。見つかって逃げ帰ってきたか、そうでなければ捕まって捕虜になったか、あるいは……死んだか。
にも関わらず救援とも支援とも言われないこの命令は異常とも言えた。エネスギア人は同胞意識が強く、同胞を見捨てるようなことはしないと思っていたが、エルマンは違うのかもしれないと思った。
エリシアはそれ以上を聞かなかった。
「諸君らは早急にチェロリダ村へ向かえ。チェロリダ村の蛮族を追い出し、セルフィリアの領土を奪還するのだ」
チェロリダ村に帝国の部隊がいると断言しているのも気にかかった。そんな情報があるとしたら、それはどこからの情報なのだろうか、と。逃げ帰ったアルシェが持ち帰った情報である可能性もあるが、チェロリダ村までの距離を考えると、まだ帰路の途中のはずだ。
妙なことが多すぎる任務ではあったが、拒否することはできない。
「任務了解しました」
エリシアが再度敬礼するのに合わせ、ユーリも敬礼する。
「よろしい。今回はこちらの勇敢なる教会士官ルーミア中尉も同行する。くれぐれも、人間特有の臆病な行動は慎むようにな。言わずとも知っていようが、教会士官には諸君らを処刑する権利がある。それを忘れるな」
教会士官が最も恐れられる一因がこの特権だ。教会士官は反教会的、あるいは反信仰的という理由で自分の階級以下の軍人、あるいは民間人を処刑する権利がある。この時、その教会士官の判断が正しかったのかを精査する機関などは存在しない。
エルマンは誇らしげな笑みを浮かべていたが、本人のルーミアは無表情だった。
「心しておきます」
エリシアがそう応じるとエルマンは頷く。
「以上だ。作戦の詳細はルーミア中尉より聞くがいい。では中尉、あとを頼みます」
「わかりました。それでは、行きましょう」
ルーミアはそう残し、さっさと部屋を出てしまった。
ユーリたちもその後を追う。
部屋の扉を閉めると、エリシアの肩からガクッと力が抜け落ちるのが見えた。
「やれやれ、だな」
「まったくよ。適当すぎるわ」
そんなことを言うふたりを無表情のルーミアが振り返る。
「これは危険な任務なの?」
「敵の規模や存在の有無もわからないところに圧倒的少数で送り込まれるわけですから、危険度は高いと思います」
ユーリが応えるとルーミアはなるほどと頷く。
「さっそくですがルーミア中尉、作戦の詳細をお聞かせください」
「わかった。どこか地図を広げられる場所はある?」
エリシアが問うとルーミアは腰の裏から丸まった地図を取り出した。
「それでしたらこちらに」
ユーリの案内で、三人は建物を出て、裏手へと回った。そこにあったのは休憩用のベンチだった。会議室はエネスギア人専用となっており、人間の部隊であるエリシアの部隊は使用が許可されていない。
なので建物の裏手で人目も人通りも少ないこの場所はユーリとエリシアが「作戦会議」をするいつもの場所だった。
「ここでいいですか?」
「どこでも」
一応の許可を得たユーリは少し安心した。
ルーミアはベンチに座り、地図を広げる。その地図は基地の近隣の地図であり、すでにペンでいくつかの描き込みがされていた。
エリシアとユーリは立ったまま、地図をのぞき込む。
「この基地を出て西のチェロリダ村へ向かうのだけど、最短で行くのがこの赤いルートの、街道を使うルート。正式名はエムール森林道って言うのね。みんな街道って言ってるけど」
「そうですね。この基地の人たちはみんな街道って言ってます。街へはつながっていないのですが」
なぜ街道と言われているのか、答えたユーリも知らないことだった。
「でも街道は帝国の建てたジェニオス監視塔から見えるようだから、もっと西に寄って、森の中を進むのがこのルートです」
そう言い、ルーミアは地図に青で描かれたルートを指さした。
「なるほど。ところで中尉、作戦の時間はどのくらいを想定されているのですか?」
「特に聞いていない」
エリシアの問いにルーミアが応じると、エリシアはふむと頷く。
「……補給も支援もなし、ということね」
「いつものことか」
「中尉の前よ」
「し、失礼しました」
ルーミアは首を振る。
「エリシア少尉、わたしとしては安全な青いルートがよいと思うのだけど、あなたの意見を聞かせて欲しい」
「中尉の思う通りで」
ルーミアは再度首を振る。
「経験のある人の意見が聞きたい。お願い」
「はい、それでは……わたしとしてはこの最短の赤いルートでの進行を提案します。理由は補給と支援も得られないため、短期決戦が望ましいからです」
「敵襲の可能性は?」
「あります。ですが、それは撃退可能と想定します」
「エリシア、いや、エリシア隊長、さすがにそれは無謀すぎませんか?」
ユーリが言うと、エリシアは首をかしげる。
「なに、怖じ気づいてるの?」
「そうじゃなくて。強行突破すぎるだろ。たしかに敵が来たら撃退すりゃいいけど、わざわざ呼び出すようなルートにしなくてもいいだろうが。村に駐留している部隊だって、どのくらいの規模かわからないんだぞ」
反論するユーリは口調が砕ける。
「敵の戦力はその時に応じて分析して対応すればいいじゃない。どうせ村をなんとかするまで戻れないんだから、やるかやられるかよ。少なければそのまま叩いて、多ければなんとか分断してやってやればいいわ」
「そ、そりゃそうなんだが……」
ユーリは思わずこめかみを押さえる。
「ルーミア中尉、これがこの部隊のいつもの戦い方です」
呆れるユーリだったが、エリシアは誇るように胸を張る。表情は得意げだった。
「エリシア少尉の提案を了承する。その案でいきましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいルーミア中尉」
思わずユーリが止めると、ルーミアは唖然とした。エリシアも慌てる。
「ちょっとユーリ! 教会士官の決定になにか言うつもり!?」
そう言われたルーミアはハッとなにかに気がつき、軽く身震いした。そしてくいっと顎をあげてユーリを見上げる。
「なにか反論が?」
「は、反論というほどではありませんが――」
うろたえるユーリを見て、ルーミアはぞくぞくとしていた。
「て、提案です。自分から、ひとつ提案があります。よろしいでしょうか?」
「特別に許可します。言ってみなさい」
「ありがとうございます」
「はうぅ……」
ビシッと敬礼するユーリを見て、ルーミアは頬を紅潮させていた。なぜか自分にうろたえたりするユーリを見ると、ルーミアは興奮を覚えた。
「時間を短縮できて、極力戦闘を避けるルートとしては、この赤いルートより東側、ジェニオス監視塔に近づきますが、この森林の中を通るルートがよいと思います」
「理由を言いなさい」
「はい。監視塔は主に街道を監視しているので、それより手前を自分たちが通ることは想定されていないと思われます。つまり、監視の目をかいくぐれます。これにより、遭遇戦以外の無用な戦闘や、敵の追撃を回避することが可能です」
「ふむ……」
ルーミアは顎に人差し指をあてて頷く。
「さらにこちらのルートはほぼ街道沿いを進むため、距離的にも青いルートよりは近くなります。整備されていない森を進むのですが、それは身を隠すことも容易であり、少数戦力となる我々にとっては都合がよいと判断しましたので、このルートを提案します」
「なるほど。そう聞くと、その案がいいように聞こえる。でも……」
「なにか?」
「わたしがもらった資料の評価では、ユーリの作戦立案能力は最低と書いてあった。戦術的行動も最低評価になってる」
「う、それは……」
ユーリが言葉に詰まっているとなりで、エリシアはぷっと吹き出した。
「エリシア少尉?」
「失礼しました。ユーリは試験に弱いんです。それで、いつも最下位で」
「そうなの?」
「そう……ですね」
ユーリ本人も言いづらそうに頷く。
「でも、わたしを助けてくれた時の機転は鋭かったと思う。本当は作戦立案能力があるのでは?」
「それは……どうでしょう」
「ユーリの考えるやり方はいつも的確です。ちょっと慎重すぎるところがありますが、おかげでいつも助かっています」
「ふたりの部隊の作戦はいつもユーリが?」
「だいたいの枠組みはいつもエリシア隊長が決めます。ですが、さっきも言っていた通り、エリシア隊長の作戦は大雑把と言うか大胆というか無理矢理と言うかで」
「ちょっと!」
「そこをユーリが補うのね。なるほど、生き残ってこられたのはただの幸運じゃないということね」
ルーミアはひとりうんうんと頷いている。
「エリシア少尉はいい隊長のようね」
「え?」
突然の褒め言葉にエリシアは驚く。
「部下に優れたものがいるのなら、その意見を汲み取るのもまたよい上官の判断だって、教本に書いてあった。エリシア少尉はそれができているということではないの?」
「そ、そう言われると……」
褒められ慣れないエリシアは恥ずかしそうに頬を掻いている。
このルーミアという人物は不思議だった。今まで会ったエネスギア人の軍人や教会関係者とは明らかに違う。意見を求めたりなど、ここまで話し合いができることは希有すぎた。
なにかの罠か? ユーリの脳裏にはそんな疑念すら浮かんでくるが、そんなことを知らないルーミアは無表情で話を続ける。
「わたしは、あなたたちに興味があります」
「教会士官中尉に興味を持たれるようなことは――報告以上のことはありません」
「そうじゃなくて」
ルーミアはすくっと立ち上がり、エリシアに顔を近づける。
「なっ――」
「わたしが聞きたいのはそういうことじゃない。あなたたちって、どんなことでも言い合えたりする間柄なの? 少し調べたのだけど、軍学校は同期だし、出身地も同じだった。部隊も、部屋まで一緒。あなたたちって、どういう関係なの?」
「そ、それは……」
ぐいぐいと顔を近づけるルーミアに気圧され、エリシアは思わず後ずさる。
そんなエリシアはどう答えたらいいのかと問うように、ユーリを見る。
「どういうって言われても……ユーリ?」
泳ぎ気味の紅玉石の瞳を見て、ユーリはあの夜のことをふと思い出した。
『ユーリ、大好き。わたしの最期の時まで、ずっとそばにいてね』
エリシアの言葉が耳の中によみがえる。
自分とエリシアの関係は、ただの幼なじみ? 同じ部隊の戦友? それとも、もっと深くて親密な――。
そんな考えが瞬時に頭を巡る。そうすると、目は泳いでしまう。
そのふたりを見たルーミアはひとり頷いた。
「なるほど、なんとなくわかった」
「え?」
ユーリとエリシアの声が重なる中、ルーミアが応える。
「わたしが思うに、既成事実のようなものはあるのだけど、きちんと気持ちは通じたのかどうか、なにかが引っかかっていてお互いに核心には至らない、というもやっとした関係ということ?」
「うんうんうん!」
ルーミアのあまりにも的確な分析に、ユーリとエリシアは同時に何回も頷いた。
「なるほど……。一応、自分の立場としてふたりの関係を正確に知りたかっただけ」
そう言うとルーミアは目を閉じた。
「あなたたちの部隊がどんな酷い任務をこなしてきたのかは、記録を見させてもらった。どれも生還したのが信じられないものばかりね」
そう言われると、ユーリもエリシアも返す言葉に困ってしまう。がんばりましたとも、当然です、とも言えない。
「今回の任務だって、三人で村ひとつを取り返してくるのだから、普通に考えれば不可能だってわかる。わたしは覚悟ができているからいいけど、あなたたちは絶望するわけでも、悲嘆するわけでもない。当然のように、生きて帰ってくるって思ってるみたいに見える。それはきっと――」
言葉を句切ったルーミアはユーリとエリシアを交互に見て、ベンチに腰を下ろした。
「それはきっと、日頃から悔いのないようにやりたいことをしているからなのね。はじめて会った時みたいに」
「そ、それはそうじゃないですから!」
一瞬の間も置かず、エリシアが反論する。
「違うの?」
「あ、あれはわたしの失敗で、いや、失敗なんですけど、そっちの方のことは後悔ばかりでその、いつもなにかここぞって時にうまく行かなくてなんていうかあの――」
「ちょ、ちょっとエリシア落ち着けって」
興奮気味に早口になるエリシアをユーリがなだめる。
「で、でも、わたしたちはそう簡単に死ぬわけにはいかないんです!」
「みんなそう思ってると思う。でも、あなたたちは他の人たちとは違う。それはなに?」
「それは……」
口ごもるエリシアを見たルーミアはユーリのことも見る。ユーリも言葉を発さないのを見て、ルーミアは魔導杖を持って立ち上がった。
「わかった。言わなくてもいい。なにかあるのね。この前見た街の人たちのように、あなたたちにも生きるなにかがあってもおかしいことじゃない。それが、あなたたちを生還させているって思う」
ルーミアは納得しているようだったが、ユーリにはその言葉がどこか他人事すぎるように聞こえていた。
「ルーミア中尉は……生還したくはないのですか?」
「考えたこともなかった。生還しても、なにも得られるものはないもの。でも……今はちょっとだけ考えてることがある」
「ど、どんな?」
ユーリがそうたずねた時、かすかに、本当にかすかに、ルーミアの口元に笑みのような気配が見えた気がした。そんなルーミアは言う。
「わたしが生きて帰ったらエルマン大佐がどんな顔をするか、ちょっと見てみたい」
そんな冗談とも本気ともとれない予想外の発言に、ユーリとエリシアは思わず吹き出した。
「ふふふ、それはたしかに。わたしも見てみたい」
「見てやりましょうよ」
「そうね。――さて、隊長さん、出立はいつに?」
「早めに行動します。準備が整い次第ここを発ちましょう」
「わかりました。では各自準備を整えた後、西門に集合しましょう」
「了解です」
ユーリとエリシアが敬礼すると、ルーミアは頷いた。そして、ふとなにかに気づいたように目を開く。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
エリシアが問うと、ルーミアは少し困ったように斜め上を見る。
「戦場に出た時、階級の高い人から狙われたりするのを防ぐために、敬礼はしないで敬語も使わないって教本に書いてあった。あなたたちは普段は普通に話しているんでしょう?」
「そうですね。規律的には少し問題ありますが」
「別に狙われるのが怖いというわけではないのだけど、わたしにも普通に話して欲しい」
「え?」
ユーリとエリシアは驚いた。
「ですが、エネスギア人上官に礼を欠いたとなると問題が」
ユーリの反論に、ルーミアは首を振る。
「わたしはエネスギア人であって、エネスギア人じゃないから」
「そうは言われても……」
ユーリは戸惑う。自分が処罰されるのならそれはかまわないが、自分の欠礼で上官のエリシアまで処罰されるのは困る。
そんなユーリの思いを知ってか、エリシアは微笑んで応じる。
「ではこうしましょうルーミア中尉。人目のつきそうな場所や基地内ではわきまえますが、それ以外の場所では普通に、と」
「それは名案」
ルーミアは納得したように頷く。
「まぁ戦場に出てもわたしはこの格好だから、敬礼をされなくても真っ先に狙われるでしょうね」
そういえば、とユーリは思い出した。教会士官や教会将校は戦場では真っ先に狙われる対象であり、前線に出ることの少ない教会将校はともかく、最前線に近い場所に立つ教会士官は死亡率が高い、と。
このルーミアという教会士官は簡単に死んではいけない。ユーリはなぜかそう思えた。
「死なせはしません」
「え?」
ユーリが漏らした言葉に、ルーミアは驚く。
「ルーミア中尉をそう簡単には死なせはしません。俺、いや、自分とエリシア少尉の部隊にいる以上は、ルーミア中尉も生還します」
ユーリの言葉を聞いたエリシアは、それを誇らしく思えた。普段はエネスギア人を守るのは任務と立場の都合からであったが、このルーミアは他のエネスギア人とは少し違うと、エリシアも感じていた。
「ご安心を、と言えればいいのですが、こればかりはわたしにも断言はできません。ですが、全力を尽くします」
「それは……なんて応えればいいんだろう? よくわからないけど……いい言葉が聞けたと思う。ありがとう、感謝します」
混血とは言えエネスギア人であり、教会士官という立場でありながら、ルーミアはふたりに礼をする。
「では一時解散にします。また後ほど」
そう言ってくるっときびすを返したルーミアに、ユーリとエリシアは敬礼はしなかった。




