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1.日本国占領統治下における社会心理状況の初期分析

 機密 (CONFIDENTIAL)


 宛先: 極東軍総司令部、ダグラス・マッカーサー元帥

 差出人: ロバート・D・マークス大佐、公衆衛生福祉局付・心理行動科学顧問団

 日付: 1945年11月20日

 件名: 日本国占領統治下における社会心理状況の初期分析


 序文


 本報告書は、日本の降伏受諾から約三ヶ月が経過した現時点における、日本国民の社会心理状況を分析し、今後の占領政策遂行上の留意点を提示することを目的とする。結論から述べれば、日本は現在、物理的な破壊以上に深刻な、精神的支柱の喪失という未曾有の事態に直面している。


 1. 物理的および経済的荒廃


 主要都市の多くは灰燼に帰し、産業基盤は壊滅状態にある。鉄道網は寸断され、物資の流通は著しく滞り、国民生活は極度の窮乏を呈している。闇市が事実上の経済中心地として機能しているが、そこで取引される物資は高騰し、ハイパーインフレーションの兆候は誰の目にも明らかである。国民の関心は、国家の未来よりも、明日の食糧をいかに確保するかに集中している。


 2. 社会構造の崩壊


 数百万に及ぶ復員兵と海外からの引揚者が、職も住居も失った状態で国内に溢れ、社会秩序の不安定要因となっている。同時に、戦災孤児の数は我々の当初の想定を遥かに上回る。これまで日本社会の強固な基盤であった家制度は、その求心力を急速に失いつつある。国民の表情から見て取れるのは、深い虚脱感と、それを覆い隠すかのような生存への渇望である。


 3. 精神的空白と価値観の転換


 最も注視すべきは、この点に尽きる。

 現人神あらひとがみとされた天皇の権威は失墜し、国家神道というイデオロギーは根底から崩壊した。これは、単なる統治機構の変化ではない。国民一人ひとりの精神世界において、絶対的な座標軸が消失したことを意味する。彼らがこれまで信じてきた正義、美徳、そして死の意味さえもが、その拠り所を失ったのだ。


 彼らの精神は、ある意味で「白紙タブラ・ラサ」に近い状態にある。昨日までの価値観が瓦礫と化した今、彼らは新たな行動原理を、新たな信仰を、渇望している。この巨大な精神的空白は、共産主義のような新たな外来思想が浸透する温床となる危険性を孕むと同時に、我々が主導する民主主義的価値観を植え付ける好機でもある。


 結論および提言


 日本は今、歴史上稀に見る巨大な社会実験の場と化している。旧来の文化と信仰が強制的にリセットされたこの国で、人々が次に何を信じ、どのような社会を再構築していくのか。


 この特異な環境は、人間社会の基盤、すなわち言語、道徳、信仰がいかにして形成されるかを観察するための、歴史上類を見ない機会を提供しているとも言える。この「白紙」の状態をゼロ地点とし、人間の精神と社会の原風景を探るための、管理された長期的研究の可能性について、別途提言を行う準備がある。


 以上。

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