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この記録を読む人へ

 これからあなたが目にするのは、一つの物語ではない。敗戦後の日本において、連合国軍総司令部(GHQ)のあるセクションが極秘裏に主導した、一つの実験に関する内部文書の抄録である。ここに綴られるのは、巧みな比喩でも、計算されたプロットでもなく、無機質なタイプライターの打鍵音と、時折混じるインクの染みによって構成された、凍てつくような事実の断片に他ならない。


 我々編纂者は、これらの文書群を公にするにあたり、長きにわたる議論を重ねてきた。これはコードネーム「タブラ・ラサ計画」として知られる、非倫理的な試みの全貌である。その目的は、純粋で恐ろしいほどに単純であった。旧陸軍の秘密研究施設跡地に設えられた、外界から完全に隔離された一室。そこで、文化も言語も、親という概念さえも与えられなかった子供たちが、いかにして人間となるのか。いかにして言葉を紡ぎ、社会を築き、そして神を見出すのか。その過程を、ただひたすらに観察し、記録すること。


 続くページは、その観察者たちが残した日誌である。そこには感情の介在を極力排した、科学者としての冷静な視点が貫かれている。しかし、行間から滲み出るものを、あなたはやがて感じ取るだろう。壁一枚を隔てた向こう側で、一つの世界が生まれ、独自の進化を遂げ、そして我々が決して予測しえなかったトラウマをその身に刻んでいく様を目の当たりにした、記録者自身の微かな動揺を。


 我々は、本文への加筆を最小限に留めた。注釈が必要な箇所に関しては、明確に[編注:]として区別してある。この記録を読み進めるには、ある種の覚悟が必要となるかもしれない。なぜならこれは、神なき創世記であると同時に、人の手によって聖域が踏み荒らされていく過程の克明なドキュメントでもあるからだ。


 一枚目の記録をめくる前に、一つだけ心に留めてほしい。

 この文書を手に取った瞬間から、あなたもまた、仕掛けガラスのこちら側から彼らを覗き込む、新たな観察者となるのだから。

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