9.サクラ157-e ③
このサクラ157-eから撤退を決めた我々の行動は早かった。
素早く追加で証拠写真の撮影を行い、壊れた個所や周辺のサンプルを採集すると、山を下り始める。既に我々の判断で放棄を選択した”星”に、これ以上長居する用は無い。
背中のバックパックに入ったサンプルが、地球よりも重い重力のお陰で、大量の弾薬でも運んでいるかのような重さをしている。肩に食い込むショルダーハーネスの重みに耐えながら山を下り終わると、あとは真っ直ぐにポータルに向かうのみだ。往路で粗方の地形を把握した道無き道を、駆け足で走り続ける。
10分ほど走って小さな緑色の池の隣を抜けた所で、上がった息を落ち着ける為に速度を並足として歩き始めた。並足を始めてから5分、息は既に整え終わり、これからまた走り出そうとした時、自分達の左側から、小さな物音が聞こえた。
音を聞き逃さない一条隊長が左手の拳を上げて、我々に動きを止めるように指示する。
その手は次に耳元へと運ばれ、「周囲の音を聞け」という指示に変わった。
我々が歩みを止めた事により私の耳に入って来るのは自分の呼吸音と、遠くから聞こえる破裂音に近い何かの音。それは確かに収音装置を通して自らの耳に入って来るが、どれだけの距離があるのか分からないほど遠いものだった。
「……遠いな」
「はい」
「我々に影響は無さそうだ。帰還を急ぐぞ」
「了解」
一条隊長は我々の返事を確認すると、また駆け足が始まった。
如何せん体が重くなる重力ではあるが、休憩を挟めば多少重い装備で行軍するのと変わらない。既に息が整った我々は、再びポータルを目指して駆け足を続ける。
だが、その駆け足を止める事態が起こった。
「一条隊長!!音が近づいて来てます!!」
「分かってる!!もっと走れ!!ポータルまでは5分で着く!」
徐々に近づいてくる音から逃れるように、我々は足の回転が上がっていくが、それでも明らかに近づいて来る音の方が速い。既に、何か大きなものが周囲にある植物を薙ぎ倒しながら、こちらに向かってきているのが分かるほどだ。
徐々に大きくなるその音の源から逃れるように走り続けるが、後ろを振り返ると見える、植物の向こう側に上がる土煙が、我々が振り切れない事を示していた。
「隊長!追いつかれます!!」
「くそっ!あと3分もあれば着くというのに!!迎撃しながら後退だ!!」
銃を構え、振り返り膝をついた我々の目に飛び込んでくるのは、100mも無い所で立ち昇る土煙と、植物の合間から見え隠れする青色の肌を持った生物。その生物は真っ直ぐにこちらに向かって突進してくる。毛の生えた木に体が当たろうと、それを破裂音と共に薙ぎ倒し、こちらに迫っていた。
そして50mの距離になり、やっとその姿を捉えることが出来る。
その生物、ではなく”生物たち”は事前情報にあった宙獣と全く似つかないものであった。
事前情報の駆除対象の宙獣は全長30cm、体高20cm程の毛が生えた6足歩行の生物だ。だが、目の前に現れたのは1mもあろうかという体高を持ち、巨大な口をこちらに大きく開いているワームだ。
その青色の肌を持つワーム”達”が我々に全力で迫ってきているのだ。この光景を見て背筋を凍らせない人間が居ない訳がないと確信できる。
その円筒状の体をうねらせながら近づくワームを見て、少しの戸惑いを覚えた。今まで木を倒し、地面を凄い速度で這って来た筈なのに、傷一つ見えないのだ。どこを狙うと致命傷を与えられるのか、どの場所を我々の弾丸が貫くことが出来るのか、皆目見当がつかない。
この星に踏み入れた時点で、我々は自由に発砲することが可能だ。その大きい的に向かって引き金を引いた。
大きな発砲音とマズルフラッシュと共に飛び出た弾丸は、ワームの側面に確かに食い込んだはずだ。だが、それをワームは虫に刺された程度も気にしない。更に、単発で運用するARの引き金を連続で引くが、多少の衝撃を受けたように体を震わせるだけで何も効果がない。
迫りくるその巨体に、死という文字が頭の中をチラつく。
必死に頭を回して、私が考え得る限り唯一有効だと思われる、時々大きく開けるワームの口に、恐怖で荒れる息を落ち着かせてホロサイトの照準を合わせた。
あとはタイミングを合わせるだけ。
左右に大きくうねりながら迫りくるワームの頭へ向けて、常にホロサイトの照準をトラッキングし、口を開いた瞬間に、ゆっくりと引き絞るように引き金を引く。
何度も引く。
無数の牙が生えているように見える口の中に飛び込んだ弾丸は、柔らかい体内を突き破り、体の後ろの方に抜けたようだ。
ワームの後ろに体液が飛び散ると、弾丸を当てた個体はゆっくりとそのまま太い木に激突して止まった。
「口だ!口を開いたところを狙え!!」
周りの分隊員からの返事は無いが、発砲音の間隔が少し空き始めた事が返事だ。
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収音装置:他の星に足を踏み入れる際に着用を義務付けられている宇宙服には、収音装置が付いており遠くからの小さい音でも、聞き取ることが出来る。規定値以上の大きな音(例:銃声)は、自動的に音量を絞る機能が付いている。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。