8.サクラ157-e ②
”サクラ157-e”の生態系は、サクラという日本らしい名前にもかかわらず、地球とは全く違う。
恒星から少し距離のあるこの星は気温が低く、温度がプラスになる時期の方が少ない。そのせいなのか、全ての植物に”毛”が生えているのだ。
初めての訪問で見る光景の全てに”毛”が生えているのは、どうにも気持ち悪い。
意識しないように、なるべく植物のディテールを見ない事にしたのだが、静かに地面に足を下ろすたびに、厚い靴底を通して”毛”がこすれる感覚が襲い掛かり、背筋が粟立つ。
「気持ち悪りぃな」
「あぁ」
思わず声に出した不快感に同意する声が聞こえて来た。
何故1kmも離れた場所に、ポータルを開けたのかと愚痴を言いたい気分だが、それを言った所で真面目な一条隊長が「駆除対象がいるかもしれない場所に開けるわけにいかないだろう?」と、最もたる正論を返してくることは目に見えているので、口に出すのは控える。
頭の中で散々感触に悪態を吐きながら、周囲を警戒し続けて30分程が経過した頃、観測施設の全体が把握可能な場所に到着した。
少しでも高い場所にと、小高い山の上に建てられた観測施設は、周囲の植物に生えているような毛が無く、無機質であることで、ひと際目立つ。
4つの小屋と2つのパラボラアンテナ、2つの電波塔に1つの宇宙望遠鏡。事前のブリーフィング資料に記載されていた通りに建つこの観測施設群は、異様なほどの静けさが漂い、山の下側から仰ぎ見る限り、施設の破損などは見えなかった。
地面に膝をつき、更に宇宙服のズーム機能を使って施設付近を見回してみるが、それでも周囲を囲むフェンスの中に穴一つさえ見つける事も出来ない。
「一条隊長、外観は問題なさそうに見えます」
「あぁ……そうだな」
確認を終えた隊長も静かに頷いている。
「各員油断するな、ゆっくり進むぞ」
立膝から体を起こして、我々は再び前進を始めた。
外観上破損がない施設を見て、心の中で「これが害獣の”せい”でなく、何らかの故障であれば最高だ」という希望的観測が無かったと言えば嘘になる。その希望が大抵思い通りにならないのにも関わらず、抱いてしまうのは人間の性だろう。
「こりゃぁ……酷いな」
「ほぼ半壊ですね」
一条隊長と里美が施設を一つ一つ見て回った後、最初に発した言葉だ。
フェンスで囲まれた観測施設内には、駆除対象となる宙獣はいなかったのだが、下から見た時には見えなかった反対側が、大きく破損している事が分かった。
鉄製のフェンスは北側が、何か重たい物の下敷きになったような形で全壊。施設の大半も北側の部分が抉り取られるように破損していて、電気回路や基盤が露出した惨状をひと目見て、かなり厳しい状況にある事が把握できる。
「コレ、ソーラーシステムのパネルですよね?太陽光パネル」
那須曹長が、そこら辺に散乱している黒いガラスのような物を指さして、里美に問いかけていた。ただ頷き返す里美は、この惨状をどういう表情で見ているのかこちらからは分からない。
「蠣崎、これ修復できると思うか?」
一条隊長がこちらを振り返り、マスク越しに目が合った。その眼には「厳しいのでは?」という結論が浮かんでいたが、この分隊の技術面を担当する者として、顔を立ててくれているようだ。
「……見た限り、この場所にある施設を”修復して再使用する”というのは”不可能”だと思われます。見た限り焼け焦げた跡が多数あり、すでに回路がショートしている状況です。このサーキットブレーカーも意味を成していないので、詳しく見なければ分かりませんが、他も多分……」
「……修復不可能か」
「はい。この状況から修復する手間を考えると、新しい資材を搬入して新しく組み直した方が、間違いなく安く、時間も掛かりません」
「……了解」
一条隊長は周囲を見回しながら考え事を始めた。この間に出来る事は無く、静かになったインカムと、足を止めた我々の耳にはマスクに当たる風と、小さな何かの粒が当たる音が聞こえる。
「……よし」
自分の考えに納得するように何度か頷いた一条隊長が、短く声を発した。
「帰るぞ……サクラ157-eの観測施設は何らかの生物によって、修復不可能なダメージを負った事により放棄するのが妥当、と報告する」
「よろしいので?」
「仕方がない、駆除対象とされていた生物の姿も見えない上に、もう一度ここに観測施設を建てた所で原生生物が居なくなるわけではない……無理だろう。帰還後に施設隊と研究者たちには散々言われて、大量の書類仕事を出されるだろうがな」
「それは、榊原少尉と那須曹長に任せましょう」
「そうだな」
不穏な会話の流れに、二人は「ちょ!!」「えっ!?」など良い反応をしてくれる。
二人に冗談だと弁解しながら周囲の状況を見ていて、どうにもひとつ気になる点が有った。
「隊長、それにしても……少し想定より”大きく”ないですか?」
「あぁ、間違いなく”大きい”」
我々の会話に榊原少尉と那須曹長は、また緊張してしまう。
折角、周囲が見渡せるこの施設付近で、張り続けた気を緩めることが出来ると、冗談で空気を解した意味が無くなってしまったと後悔した。
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サーキットブレーカー:サーキットブレーカは電気の使いすぎや短絡、事故・故障で生じる過大な電流を自動的に遮断し、配線を保護するもの。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。