5.フリディンガー 6-p②
少しの沈黙の後、ラッセル大尉は前回参加したミッションについて語り始める。
「6日前に、フリディンガー 6-pで安全確認のドローンが帰ってこなかった。追加で2機送ったんだが、それも両方帰ってこなかった。それで俺の出番だ」
「おいその話、俺が聞いて大丈夫なのか?」
ラッセル大尉の口から正確な惑星の名前が出てきたことに、少し焦りを覚えた。これまでも仕事の話はしたが、正確な情報はなるべく伏せた上で会話していたのだ。ここで自分に漏らしたことが、彼の首に影響するのであれば、止めるのが良心というものだ。
「どうせ、明後日には公式発表がある」
「……そうか」
「だけど公式発表までは、心に仕舞っておいてくれよ」
「分かった」
「ユキが知っての通り俺は、アメリカ宇宙軍第9宇宙部隊で武装偵察部隊の所属な訳だが、同時にドローンの技術士官でもある」
出会ったばかりの頃に聞いた話だが、彼の出身は海兵隊の戦闘機パイロットからドローンパイロットに転身、その後に選抜を受けて宇宙軍に所属したという異色の経歴を持つ。
折角パイロットになったのだから、そのまま続けていても良かったのではと思うが、それを本人に言う事は無いだろう。彼の選んだ道に私が口出しするのは間違っている。
「そう言ってたね。優秀だと」
「勿論!アメリカ宇宙軍で一番優秀なドローン担当だよ」
少し深刻な雰囲気で語っていたにもかかわらず、彼の口調はいつも通り少し冗談めいたものだった。
というのも、ポータルを使った移動の前には必ずドローンの調査が入るのだが、向こうに1分ほど滞空して帰って来る単純な動きをするのみなのだ。彼がアメリカ海兵隊にいた頃のように、複雑なドローン操作技術が必要だとは思えない。
「分かった、分かった!それで?」
「おい!あー……んでだな、俺が色々な調整して送り込んだところ、やっと1機が帰って来た」
「なんだ?自慢話をされているのか?」
「違うよ!ここからが本番だ」
自慢げな表情をしていたラッセル大尉が、真剣な表情に戻る。
「戻って来たドローンの映像には異状が見られなったもんで、俺のアルファ分遣隊が向かった」
彼は自分が体験した話を滔々と語り始めた。
ラッセル大尉が実際に現地に降り立ったのは、ドローンの映像解析が終わった翌日だった。
フリディンガー6-pは、窒素とヘリウムが大気中に多く含まれる星で、酸素が2%程度しかなく、酸素マスクや防護服が必須の星だ。居住可能惑星という訳ではないが、貴重なヘリウムを大気から大量に採集することが出来る事で、将来的にポータルによるヘリウムの大量輸送が予定としてあったらしい。
そのために発見以来、調査が度々行われており、機材の搬入と解析が進んでいたのだが、いざ組み立ての為に施設隊を送り込もうとしたところで、ドローンが帰還しなくなった。これがラッセル大尉が呼び出された理由だ。
ラッセル大尉のドローンによって現地の安全を確認出来た事により、このドローンの回収と実地調査、安全確保の為に、そのままラッセル大尉のアルファ分遣隊が送り込まれた。
送り込まれたアルファ分遣隊の眼前に広がるのは、三つの太陽が常に頭上に存在する白夜の星で、表面の多くが岩石と土で覆われていて、荒涼とした大地が広がる様子は、思わず足を止めてしまう程綺麗だったそうだ。
アルファ分遣隊の後続5名が到着し10名となったことで、当初予定されていた通り、周辺に墜落していると予想されているドローンの回収に向かった。
だが、これまで送り込んだ合計5つのドローンがどこにも見当たらない。
破片の一つさえ見当たらない事を不審に感じた分遣隊は、建設資材を置いていた場所を確認に向かったが、こちらは少しの破片を残して、ほぼ無くなっている。
これを見た分遣隊長は、ラッセル大尉に持ち込んだドローンで周囲の偵察を行うように指示、他の隊員には監視設備の設置を行うように命令した。
ラッセル大尉の1時間に及ぶドローンの偵察で動く物を捉える事は無く、設置した監視設備の正常な稼働を確認した分遣隊長は、この時点で2時間を過ぎていた現地調査から撤退することを決定した。
そして”遭遇”が起きた。
ポータルに向かって歩き始めた一行の足元がいきなり”歪んだ”かと思うと、そこら中から”ワーム”が噴き出してきたのだ。
地面や岩の隙間から大量に出て来たワームは、大きさが靴より少し大きく、太さはシャンパングラス並みで、いろは荒涼とした大地と同じ、赤茶けた色だったそうだ。
あっという間に足元を覆われた分遣隊は、足裏から伝わって来る踏みつぶした感覚に背筋を凍らせながら、ポータルに走った。
しかもこのワームが”悪食”だったらしく、最後方を走り一番踏みつぶした数が多い隊員が靴を食い破られて、左足首から下を失った。これを見たラッセル大尉とその仲間は、自らの危険をかえりみず荷物を足場として犠牲にすることで救出して、連れ帰ったそうだ。
結果として、一番重傷を負ったこの隊員以外擦り傷程度だったが、傷を受けた者は例外なくメディカルチェックの為に入院を余儀なくされている。
「……良く生き残ったな」
想像するだけでも寒気がする光景に、出て来る言葉が少なくなってしまう。
我々のして宇宙探査は、常にこういった危険と隣り合わせで、未だに虫に驚いている程度の自分は、よっぽど幸せな方だろう。
「もう懲り懲りだよ」
「後方に移るのか?」
「それだけは無いね」
否定するようにかぶりを振りながら、こちらを見たラッセル大尉の目には、確かに宇宙への情熱が見て取れた。
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部隊の呼称:各国でポータルをくぐる部隊の最大人数と編成単位が異なる。最大5人・最小2人
例:日本は分隊 アメリカは分遣隊 という呼称を用いる
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。