3.トラピント1-d ②
我々の帰還の為に使うポータルは、到着時と同じ場所に浮かんでいるが、そのポータルの存在を肉眼で見る事は難しい。
何故ならば、動物やその他諸々の生物が勝手に”地球に向かう”ことを阻止するために、簡易的な防御シェルターを被せた上で、シェルターを覆う光学迷彩で隠しているからだ。
「全員異状ないな?」
「「「「よし」」」」
「撤収開始」
一条隊長が全員いることを確認したうえで、手元のタブレットを操作した。
これにより光学迷彩が解除され、何もない空間に突如として無機質な灰色の小型シェルターが現れる。シェルターと言っても、工事現場にあるプレハブ小屋を思い出すような質感と見た目だ。これを私と那須曹長の二人で片付け始める。
その間に一条隊長は鋭い視線を送りながら周囲を見回し、榊原少尉は人の頭ほどの大きさがありそうなバグズを容赦なく焼き払っていた。里美は隠蔽で身体に括り付けた現地の植物を取り除く作業に集中している。
「…完了」
「どうぞ、まずは先生方から」
一条隊長に促された学者達は、日本人らしく会釈しながら台車から溢れるほど大量の検体を手持ちして、ポータルに入って行く。
”地球外生命体”の安易な進入を防ぐために30cmほど浮いたところに作られるポータルは、最後の一人の右足が吸い込まれると共に、少しの”揺らぎ”を肉眼で感じ取ることが出来た。
「タイマーオン、5分カウント」
服の外に巻かれた私物の時計のタイマーを作動させる。
「今日の”帯同任務”は楽だったんじゃない?」
タイマーが正常に動いていることを確認している時に、隣から里美のくぐもった声で話しかけて来た。現地の植物を外し終わってギリースーツにのみの彼女は、随分と気持ちが楽そうな調子だ。そんなに元気で疲れてないなら、シェルターの片づけを手伝ってくれても良かったのにとは、副隊長である彼女に言えない。
「哨戒とか制圧の方がいいよ……帯同任務は時間が長いし、行動も制限される」
「未踏調査の任務なら?」
「それなら喜んで」
「メディカルチェックとかも長いのに?」
「心が躍るんだから耐えられる」
「書類も多いのに?」
「余裕で耐えられる」
「来ると良いね、未踏調査の任務」
先に未踏調査を2つ行っている里美は、マスクの中からこもった声で励ましてくれるが、こちらとしては逸る気持ちが先に出てしまう。どれほどの長さのメディカルチェックでも、積み重なる書類でも、ファーストステップの為なら”どんと来い”だ。
里美との会話から少し時間が経つと、腕時計から5分経過を知らせるビープ音が鳴り響く。あとはインカムをオンにして全員に5分経過を伝えることで、このバグズ地獄からおさらばだ。
「5分経過」
「セーフティ確認!整列!」
「「「「よし!」」」」
一条隊長の声で愛銃にセーフティーを掛けて、隊長を中心にポータルの目の前に並んだ。
「帰還する!」
号令と共に踏み出した右足は、地面から30センチの所に浮いている、一切の光を通さない黒色と深い青が混じった空間に吸い込まれた。体が細長く引き伸ばされてスパゲッティにでもなったような、何度経験しても不思議な感覚に襲われると……
バランスを崩して前につんのめりながら、一気に体が普通の感覚に戻る。
「おっとぉ!あぶねぇ」
数歩進んだところで無理矢理踏ん張って姿勢を整えると、見慣れたポータル室の風景が目の前に広がった。横には同じように姿勢を崩した第4分隊の姿が見える。那須曹長はまだ不慣れなのか、自分のM250を抱えて仰向けに転がっていた。
なんとも情けない姿をさらしている第4分隊だが、こうなってしまうのは仕方ない面がある。30センチの段差を乗り越えるように、体を使ったらその先に平面があるのだ。これは階段があと一段あると思って無かった時の感覚に近い。さらに体が引き伸ばされる感覚が挟まるので余計にだ。
地面から30センチ浮いた場所にポータルとその発生装置の前、段差を無くすためのステージの上に転がる我々に向かって、スロープを台車を押しながら登って来る10人の防護服を着た人間の姿が見えた。
「荷物を回収します。メディカルチェックにお進みください」
「ありがとうございます」
差し出された手に、安全装置が掛かっていることを再度確認してG36Cを手渡した。更にサイドアームに、防弾防刃アーマーとニーパッドなどの保護具を、台車のコンテナに畳みながら置いて行く。
最終的にはインナーシャツとパンツのみという、なんとも情けない格好になりながらメディカルセンターに向かった。ここからは”当直”後の、長い長いメディカルチェックの時間だった。
このポータルを通って他の星に向かった者が例外なく受けるメディカルチェックは、一日かけて行われる。今回は既に長い期間調査を行っているトラピスト1-dなので短い部類だが、それでも丸一日を要する。
メディカルセンターへ勤務の疲れを押して歩き、それぞれの部屋に向かう廊下に到着した所で、一条隊長が振り返った。
「それじゃあ、当直明けの勤務で」
「「「「はい」」」」
「メディチェックの間に書類上げて、決裁回せよ」
「「「了解」」」「了解」
隊長の命令に一人了解の返事が遅れたのは那須だ。明らかに事務作業に自信のない表情をしている那須曹長に、それでも有無を言わさず降りかかるのが事務というものだ。
「第4分隊わかれ!!」
解散の合図と共に自分に割り当てられた部屋に向かって重い足取りで歩いていく那須曹長を、里美と顔を合わせて笑いながら見送った。
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宇宙作戦軍:航空自衛隊からの派生であることで、陸上より航空・海上に寄った文化を持つ。内部で使用される用語も、海外のものが混じる。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




