16.サイレン④
結論から言ってしまえば、よく寝る事が出来た。
メディカルチェックで使う個室がこのポイント・ネモの最高の宿泊設備であることに間違いないが、それでも使い慣れた何枚もの毛布を重ねた敷布団と、もう綿がへたりかけている枕、それに若干男臭いにおいがしみ込んでいる毛布といい、寝慣れている布団も悪くない。いつも通りの起床時間より少し早い目覚めのわりに、気分は良かった。
ーーーガチャ
後ろで静かに開いたドアに視線を向けると、疲れた顔の佐竹中尉が立っていた。彼は即応部隊の小隊長であるから、やっと解放されたといった様子で、首を振りながら片手を挙げて挨拶している。
静かに寝息を立てる山名中尉と、いつの間にか寝床に入っていた小早川中尉を起こさないように、極力ゆっくりとした動作だった。彼は持ち出した荷物と制服を慎重にロッカーの中に納めて、両手を添えて静かに閉める。そして手に持ったのは、シャンプーやボディーソープなど一式が入った風呂セットだ。彼はこれから風呂に入るのだろう。
静かに部屋から出て行こうとする彼の背中を追うように自分も部屋から出ると、静かに自分の机を開けて何かを出し入れしている佐竹中尉を見つけた。
「おはよう、お疲れさん?か?」
「おう、当直終わりだ……正確には昨日のうちに終わってた筈なんだがな」
佐竹中尉の言葉は、早朝に合わせた小声のなかに大きなため息が混じる。
「それは災難だったな」
「一応な、一応ウチの国のポータルの問題じゃなかったとしても、待機が必要なのは規定だからな」
「それにしても長かったんじゃないか?別に昨日の段階で解除されただろ」
「間が悪かった」
口をへの字に曲げて肩をすくめる佐竹中尉は、いかにも運が悪いだろうと言って様子でこちらを見て来る。
「間?」
「あぁ、丁度ウチもミッションでポータルが出てたんだよ」
「あー、もしかして」
「そう、緊急警報発令時の要領は?」
「ポータルの即時閉鎖、警報が解除されるまで再度の展開の禁止」
「つまり、即応部隊は再度展開後の緊急事態に備えて、ポータル室に居なければならない。それに当直がバッティングした訳だ」
「フル装備で待機の上、再度展開時の即応部隊になったのか」
「っそ!」
緊急警報発令時の即応部隊の業務内容は、ポータルが展開している時ほど難しいものになる。
彼らがポータルで転移することはないが、ミッションに出た者達が帰還するまでポータル室で待機し、彼らが帰還する出迎えをすることになる。ここまでは簡単だが、もしミッションに出ている部隊の救援要請がある場合、一時的にその惑星に足を踏み入れ、撤退の援護をするのだ。部内の選抜試験に合格しない限り、宇宙空間へ足を踏み入れる事の出来ない宇宙作戦軍の兵士にとって、緊急事態が唯一の機会と言って良いものだった。
「他星系に展開したのか?」
「いや、向こうは生物の痕跡一つ見つからない場所で、平和そのものだったらしい。同行した学者さんたちは少し疲れた様子だったが、ウチの奴らは訓練と変わらん様子だったさ」
「そうか、それは良かったな」
「宇宙に行けるかと思ったんだがな」
今度は少し残念そうな表情をする佐竹中尉は、元々我々と同じ第1宇宙作戦隊志望だった男だ。厳しい選抜過程の途中で体調を崩してしまった彼は、結果として地球に留まる事になっているが、十分な素質を持っているのだ。それは、自分と年齢が変わらない上に地上勤務でありながら、階級が変わらない事に現れている。
「行きたかったのか?」
「そりゃな」
「今年の選抜過程は受けないのか?」
「……わからんよ」
短く刈り上げた髪を撫でながら、静かにこちらを見て返事をした佐竹の表情は、色黒で精悍さを持つ好青年である筈の顔に、似合わない複雑なものだった。彼は少し太くて濃い眉を上にあげて言葉を続ける。
「正直憧れはあるさ、だけどな……今年が年齢制限の最後なのも分かってる」
「……」
「でも、別に今の仕事も楽しいんだよな」
「…そうか」
「あぁ」
短く返事をした佐竹中尉は、風呂セットを静かに持ち上げると片手を挨拶代わりに挙げて部屋から出て行った。その背を見送り、少し時間をおいてから自分も給湯室へと向かい、コーヒーを入れ始める。
自分が今宇宙という未知の場所に足を踏み入れ、歩き回っているのは運も良かった事を自覚している。自らを下げるつもりはないので、佐竹中尉に劣っているとは言うつもりはないが、佐竹中尉は体力も技能も頭脳も、第一宇宙作戦隊の隊員と変わらない物を持っている。彼が過去の選抜で体調を崩してしまったのは運としか言えない気がしたのだ。
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即応部隊:宇宙作戦軍・第3宇宙作戦隊・第1~3分遣隊のそれぞれに属する部隊。彼らの対応範囲は地球上のみに限らず、一時的な転移をすることもあるがその時間は大幅に制限される。とはいえ主に施設警備とポータルの警備を行うのが彼らの役目で、性質上地上で行う任務と変わりない事から、陸上、海上経験者も多く属する。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




