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饗宴編 王都からの知らせ①

 




 雪の中を鳩が飛ぶ。

 一羽の鳩は、とある家屋の開いた窓に入ると、部屋の中で待っていた少女の小さな手に止まった。


「おかえり、お疲れ様」


 長距離を飛んできた鳩に労いの言葉をかけ、暖炉のそばの暖かい場所に設置した鳥籠にいれた。


 餌入れにはたくさんの乾燥玉蜀黍を入れ、その際に、慣れた手つきで鳩の足に括られた小さな紙を取り外す。


「………」


「何かの知らせかい?」


 同じ部屋のテーブルで酒のグラスを煽っていたオズが問いかけた。

 チラリと彼女が手にしている紙を見たが、ただでさえ小さな紙切れに刻まれていたのは身内の暗号なのか見たことのない文字であった。


「まぁね、そんなとこ」


 ミルリーゼは文章を見た後、紙を暖炉の火に投げた。鳩が寒空の下を飛んで届けた手紙は瞬く間に灰となる。


「おじさんには直接関係ないけど、すこしだけ関係あるかも。伝え方を考えるから待って」


「いいよ、酒飲んでるから。落ち着いたら教えて」


「お兄ちゃんにも知らせるべきか迷ってる。そのうちお兄ちゃんが店舗に来るからその時に聞いてもらう感じでいいかな。ちょっと僕一人じゃ抱えるのが怖いかも」


「あらら、ミルリーゼちゃんが怖がるなんてよっぽどなんだねぇ」


 ミルリーゼが“お兄ちゃん”と呼ぶのはレオンのことだ。先日、彼を強引にこの店のバイトに強制採用したのでそのうちやってくるだろう。

 口では猛烈に拒否をしていたが彼は真面目で仲間の中でも責任感はかなり強いからだ。




 そんなミルリーゼとオズの会話が繰り広げられているタイミングで、隣の部屋の商店スペースのドアが勢いよく開いた。



「オズ殿はいますか!!!!」



 隣の部屋からなんという偶然か、話題に上がったばかりのレオン本人の声が届いたのだ。



「なんだいお兄ちゃん、突然来るなんて珍しいね。まだバイトは開始日じゃないよ」


「ミルリーゼ嬢、オズ殿はいますか?」


「はいはーい、ずいぶん熱烈な指名ね。なに?久しぶりに会いたくなっちゃった?」


 部屋の奥からミルリーゼが顔を出す。その後ろから呼ばれたオズもやってきた。

 オズがレオンの顔を見るのはわりと久しぶりだった。


「お、お姉ちゃん!?!?ど、どうしたの!!?」


 ミルリーゼはレオンが掴んでいるセラフィナに気づいて悲鳴を上げた。

 セラフィナの美しい顔はガーゼや絆創膏が貼られて見るも無惨な姿になっていたからだ。


「おいおいおいセラフィナちゃん、怪我したの?なんで治さない?」


 彼女は自分も他人も癒すことができる治癒術の使い手だ、よほどの欠損がないかぎりは瞬時に癒すことが可能であることを知っていたオズは呆れた声をだした。


「殴られたの?ひどい、ひどすぎる!本当に女殴るなんてお兄ちゃんサイテーだよ!見損なった!」


 ミルリーゼはセラフィナに駆け寄ると、隣にいるレオンを睨みつけた。


「何故そうなる……オズ殿申し訳ない。セラフィナ嬢は現在魔力を使い尽くしております。あなたの魔力を貸していただけませんか?」


 レオンはこの街にいるエル以外の魔力持ちの心当たりがオズしかいなかった。

 傷だらけのセラフィナを、彼女を心から慕っているエルの前に晒すのが居た堪れずこうして急いでオズのいるミルリーゼの店まで駆けてきたのだ。

 余談だが、エルは先に屋敷に戻ってもらっている。


「別にいいけどそれでわざわざ来たの?……魔力貸す前に聞かせてくれや。セラフィナちゃんどうしたのそれ」


「転びました」


 セラフィナが答える前にレオンが雑に答える。

 だが、たかが転んだくらいでこのような大怪我になるわけがないのはこの部屋にいる全員がわかりきっていた。


「……えっ、これマジなやつ?」


「……うわードン引き」


 オズとミルリーゼは軽蔑の眼差しでレオンを見た。その冷たい眼差しに耐えきれなくなったレオンは頭を抱えて座り込んだ。


「あぁ!もう!煩わしいな!!なんで俺がこんな目に合わないといけない!!」


「お話ししてもよろしいですか?」


「話をややこしくするから、あなたは黙っていてください」


 店に来る前にレオンに発言禁止を言い渡されているらしいセラフィナが控えめに挙手をするが、その申し出は却下された。


「……レオン様は悪くありません。どうか勘違いなさらないで」


「お姉ちゃーーん、こんな男を庇わなくていいんだよ!痛かったね?わかるよ、僕も頭掴まれたり髪引っ張られたりされたもん!」


「おいおいレオンさんよぉ、流石にこれはダメだわ。俺やカイルを殴るのとはわけが違うぞ?なに?セラフィナちゃんが何したわけ?」


「……だから違うと言っている。何故おまえらは俺がセラフィナ嬢を殴った前提で話を進めるんだ」


 好き勝手を言う二人にレオンは静かに怒りを燃やすと最大限の殺気を放った。

 彼の手元に愛剣があったら、この現場に殺傷沙汰が起きていたかもしれない。それくらいの怒りが込められていた。


「それは……日ごろの行い?」


 ミルリーゼは腕を組んで思い出す。

 レオンはいつもすぐ怒るし、ミルリーゼの髪を引っ張り口を塞ぎ、頭を鷲掴みにするなどとても暴力的だった。男性陣に至っては結構な頻度で殴られたり蹴られていた。


 ここに傷だらけのセラフィナを連れてきたのが育ちの良さが言動から伝わるカイルだったら、二人はここまで怪訝な目を向けることはなかっただろう。


「まぁ、とりあえず回復だな、セラフィナちゃん。オジさんの魔力つかいな」


「ありがとうございますわ、オズ様」


 オズは手を差し出して、セラフィナはその手に触れオズの有り余る魔力を受け取ると、瞬時に顔の傷を癒した。


「エル様に余計な心配をかけたくない、セラフィナ嬢の怪我は二人とも秘密にしてくれ」


「おっ証拠隠滅か!?」


「殴るぞ」


 ミルリーゼのコメントに発作的にレオンが返したが、内容が内容なだけにすぐに不適切に気づいた彼は咳払いをして誤魔化した。


「まぁセラフィナちゃん、レオンに対して特に怖がってたり怯えてたりもなさそうだし本当に関係ないんだろうけど、女の子が顔に傷つくっちゃダメよ。で、ぶっちゃけどうしちゃったのよ」


「殴られました」


「………」


「セラフィナ嬢、今のあなたには発言権はありませんよ。お願いします本当に黙っていてください」


 ミルリーゼが本格的に恐怖の目を向けてきていることを感じたので、レオンはこの手に負えないシスターに涙目で縋った。


レオン先生……、「女でも殴る」って過去に(奔走編ブラン商会⑤)ミルリーゼに言ってるから……


※実際は殴らない

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