饗宴編 聖女再臨
「わたくしと戦っていただけませんか?」
「えっ!?」
「あ……護身術を教えて欲しいって事ですか?」
セラフィナは声をかけてきた青年に頼んで、ガラハッド領の若い騎士達が屯している部屋を訪れた。
ガラハッドの騎士たちはどの者も澄んだ目をしていて、彼女の仲間のカイルと同じくらい彼らは正義感に富んだ誠実なオーラを纏っている。
セラフィナにはガラハッド辺境伯の私設騎士団の騎士達は高潔で純粋な若者達に見えた。
「護身術ではございません。わたくしと生身で殴り合って戦っていただきたいのです」
「えっ……」
「危ないですよシスターさん、俺たち鍛えているから素手でも力が強いんです!」
セラフィナはエル達がいる場所とは別の修練場へと足を進める、後を心配そうに戸惑いながら追いかける騎士の相手をしながら彼女はいつも身に纏っているシスターの帽子を脱いだ。
「構いませんわ。怪我をしたら治せば良いのですもの」
セラフィナは履いていた靴を脱ぐ。
ヒールのある靴のままでは危険と判断したからだ。
「……それとも、皆様はわたくしとは戦えないとおっしゃるのですか?」
金色に揺れる長い髪を持っていたハンカチで結い上げ振り返る。
こちらに向ける騎士の純粋な心配そうな眼差しと目があった。
「すみません、そう言ってます!!」
セラフィナの言葉に、騎士の一人が申し訳なさそうに頭を下げて返した。
至極、突然だ。目前のシスターは背丈も平均ほどの麗しの女性。
ここにいる真っ当な騎士達にとっては、戦うべき相手としてより護るべき相手として認識してしまうのが自然の摂理だ。
なんだなんだ、と大きな声に他の騎士たちも集まってくる。
ただでさえセラフィナは美しい容姿で、目を引く存在なのだ。
普通の男ならこの女性から、自分と殴り合えと突然に言われても戸惑うのは至極真っ当な反応だ。
「お願いします……わたくしも強くなりたいのです。皆様のお力をお貸しください!」
セラフィナは丁寧に頭を下げた。
極めて誠実な騎士たちにセラフィナも精一杯の誠意を見せた。
「ど、どうする?」
「女の人を殴るなんてできるわけ……」
戸惑いの声の中、集まってきた騎士団員の中の一人がおそるおそる手を上げた。
カイルより少し若い年頃の少年だ。
「シスターさん、わかりました。素手で格闘戦がやりたいんスね!俺はこの部隊で力が一番弱いから多分そんなに大怪我はしないと思います!」
「お、おい!やめろ!相手は女性だぞ!」
「ありがとうございます……勇敢な騎士様」
戸惑う同僚の一人を横目に、セラフィナは挙手した少年の手を両手で握り、慈愛深く微笑んだ。
普段、女性と関わることが少ない騎士団という仕事柄、少年は彼女の微笑みにぽっと頬を染める。
「い、いえ……どうしたらいいっスか?素手の格闘戦の訓練なら騎士団の鍛練にもあるんですがシスターさんを同じように殴るんですか?」
「ええ、それで構いません。いつでもわたくしに攻撃をしてください」
「………えぇっ」
立候補した少年は目に見えて困惑した。
ここにいる騎士達は、無闇に女性を殴ったことなど一度もない。
そして力が弱いと自称した少年でさえ、大柄な北の民の象徴的に背丈はアステリア王国の成人男性並みでその体つきはしっかりと鍛えられているのはわかる。
手加減なしで殴られたらセラフィナのような女性ではひとたまりもなさそうであった。
「……ど、どこなら痛くないんだ」
「ばか!どこ殴ったって骨が折れちまうって……」
「あああ、見てられねえよ」
ヒソヒソと若者達は囁いて、立候補した少年も固まってしまいその場から動かない。
焦ったくなったセラフィナは騎士たちの前で堂々と修道服を脱ぎ捨てる。
修道着の下は、胸部がサポートされているタイプの胸当てと太もも丈程のショートパンツだ。
極めて動きやすい服装だが、青年達は突然脱衣をしたセラフィナにざわめき、中には彼女の突然の肌の露出の増加に目を背ける者までいた。
セラフィナは彼らの反応に対して意図に留めずポキポキと手首を鳴らすと少年に向き合った。
「……仕方ありません。こちらから参ります」
「あ、はい!えっと、でも服は着て……」
少年が頬を染めて薄着に対して忠告をしようとしたが、セラフィナは体を捻ってから勢いよく前方に距離を詰めると一瞬でこちらに対して警戒のない少年のボディのど真ん中に鋭くえぐい、右ストレートを叩き込んだ。
「………っっが!!!は!!!!」
この中で一番自分が力が弱いとは言っていたが、それでもセラフィナよりかなり背丈の大きい少年の体は簡単に壁に叩きつけられ、哀れな少年はそのまま意識を手放した。
「後で治癒を致しますわ、それで次はどなたがお相手してくださるの?」
セラフィナは殴り倒した少年に慈悲深い目線を送り気を失っているのを確認後、予想外の事態が起きてフリーズを起こしている騎士達に向かって問いかけた。
「どなたでも何人でも構いません、まとめてお相手してさしあげます。顔面でもどこでも殴ってくださって結構。ただしわたくしを甘く見たらこちらに対する侮蔑と判断致します」
修練場の中心で、セラフィナは構えた。
混乱する騎士たちの驚愕の眼差しが突き刺さる中でも、彼女の瞳は闘争を求め燦々と輝いていた。
「聖女ルチーアです!建国の聖女、ルチーアが現れました!団長!!」
「……何を馬鹿なことを」
ガラハッド騎士団、団長室。
団長の椅子に座るガラハッド辺境伯は飛び込んできた若者の報告にため息をついた。
「……おまえ、昼間から寝ぼけているのか?」
「寝ぼけてなんてないっす副団長!!聖女ルチーアがいるんです!!」
辺境伯の側で呆れた顔をするのは、副団長と呼ばれた男性であった。
たくさんの勲章のついた騎士団服をきた利発そうな顔立ちで、いかにも副官とか参謀のような雰囲気だ。
「聖女ルチーアがいるなら私もそのお姿を拝見したい。その聖女様はどこにいるのかね、建国の聖女ルチーアは四百年前の帝国戦争に君臨したと言うが……」
「団長本当なんです!俺たちの部隊相手に素手で戦っておられます!もう半分が殴り倒されました!!」
「はぁ……すまないガレス、様子を見てきてくれ。冬の休みを今年は早めにとらせる。大雪が続いて皆雪かきに疲れているのだろう」
「はっ」
ガレスと呼ばれた副団長の青年は返事をしてから、彼を呼びにきた若者についていく。
数分後、派手に殴られた様子でガレスは戻ってきた。
「……聖女ルチーアです団長、聖女ルチーア様がおられます」
「ガレス……おまえまで……ええい、休みが欲しいなら言え!私は無理におまえたちに働いてほしいなど思っておらん!」
ガラハッド辺境伯はついに副官までふざけ始めたと思ったのか、湧き上がる怒りでテーブルを叩くと、そのまま席を立った。
皆して何を馬鹿なことを……とぶつぶつと文句を言いながら、ガレスが向かった騎士団でも最若手の者が集う修練場へと足を運んだ。
辺境伯が修練場に着くと、最若手部隊で一番の手練れの青年が女性の顔面を殴っている瞬間に出会した。
バギィィ!と明らかに女性の顔面からは、絶対にしてはいけない何かが折れた音がする。
殴られた女性は受けたダメージなど意にも止めず相手を見る。麗しい女性の顔面を殴ってしまったことに真面目な表情ながらも戸惑いと罪悪感を浮かせている青年の顔に狙いを定めて、素早く重いカウンターパンチを叩き込んだ。
そして最後まで戦っていた青年が地に伏して、修練場の床は、地に伏せる若い騎士たちと項垂れた声で軽い修羅場と成り果てた。
「皆様、結構なお手前でしたわ」
ペッとセラフィナは口の中に溜まった血を吐いてから、唇を拭うと静かに一礼をした。
この勝負、最後まで立っていたセラフィナの勝利が確定した瞬間でもある。
「せ、セラフィナ嬢……」
ガラハッド辺境伯は呆然とした。
聖女ルチーアと騎士達から呼ばれていたのは、なんと先日息子が将来の相手(※これは辺境伯の勘違いである)として連れてきたあの清廉でお淑やかなシスターであったからだ。
神聖な修道着を脱ぎ捨てた薄着姿で、ガラハッド騎士団の中で一番年少者の部隊とはいえ男相手に素手で殴り勝ったというのだ。
「まぁ……カイル様のお父様……」
「こ、これは一体……」
「申し訳ございません。わたくしったらムキになってしまいはしたない。すぐに皆様を癒しますわ」
セラフィナはガラハッド辺境伯の視線に気づくとうっすらと頬を染めてから、慌てて床に脱ぎ散らかした修道着を着直した。
「……団長、お知り合いですか?」
「……カイルの嫁だ」
「ぼ、坊ちゃんの!?」
辺境伯の後を追いかけてきたガレスは、戸惑いながら尋ねる。尋ねられた辺境伯はいまだに信じられないと床に伏して蠢いている騎士達をみながら首を傾げた。
「……皆様、お身体に触れますね。痛いところがあったら教えてください、大丈夫です!これくらいの怪我ならわたくしでもすぐに治せますわ」
セラフィナは顔をパンパンに腫らしながらも、自らの治癒よりも騎士達を優先させて治癒魔法をかけていく。
それまで痛みに唸っていた騎士たちも彼女の手が触れた瞬間、安らかな表情へと変わっていくのが見えた。
「なんだろう憑き物が落ちた気持ちです。聖女様……ありがとうございます、俺、なんかスッキリしました」
「わたくしは聖女ではございませんわ、ですが協力をしていただいた皆様に心より感謝いたします」
一番最初に殴られて気絶した少年が、セラフィナに向かってうっすらと涙を流しながら礼を述べた。
セラフィナはそんな彼にも丁寧に治癒の祈りを捧げ傷を癒していく。
「………まぁなんだ、あれくらいの気概でなくては、ガラハッド騎士団の嫁は務まらんかもしれん」
「は、はぁ……」
ガラハッド辺境伯はテキパキと騎士たちの傷を癒していくセラフィナの背中を優しい眼差しで見守ると、勝手に何かに納得してそのまま踵を返して執務室に戻って行った。
「次からはセラフィナ嬢には服を脱ぐのだけはひかえていただこう。私の騎士は皆純朴だから、刺激が強くて困る」
騎士の中には、セラフィナの戦闘力が発揮した後も明らかに意識している者もいた。
団長としては眉を寄せるが、男としては正直気持ちはわかる。
未来の息子の嫁に、他の男の前で過度な露出は控えて欲しいと考えるのは義父の立場としては当然の発想だろう。
「このようなことがないように明日から格闘術の訓練メニューを増やしておけ、ひとりの女性相手に1部隊が壊滅したなど知られたら、我が騎士団の恥だ」
「承知いたしました」
どちらかと言ったら狂戦士降臨




