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饗宴編 エルの訓練

 



 さらに数日が経過した。


 婚約パーティーに向けたダンスレッスンとマナー講座は前途多難ながらも順調に進み、その合間を縫ってエルは本日はガラハッド騎士団の練習場にいる。


 きっかけはエルの願いであった。


「レオン、私に久しぶりに剣技の稽古をつけてほしいの」


 これから先の旅、エルには戦う力が必要であった。

 先日の犯罪組織との戦闘の際も、『中途半端な戦力』ときっぱり言われて正直悔しかったのだ。


 彼女は他の仲間に守ってもらってばかりでこの旅路、剣を手にすれど戦闘面では役に立っている自覚ない。


 それだけではいけないと自覚したエルは元戦術の家庭教師のレオンに指導を頼み、ガラハッド伯に場を借りていまこの場に立っているのだ。


「では基本的な事からおさらいしましょうか」


 エルの頼みを聞き、いつもの外套を脱いだレオンが稽古用の木刀を手にしながら述べた。


「はい。レオン先生、よろしくお願いします」


 いつもは呼び捨てで呼んでいるレオンに師としての敬称をつけて、エルは丁寧に頭を下げた。

 時と場をわきまえた、師への礼儀は彼女は大切にしたかった。


「あなたにそう呼ばれるのは懐かしいですね」


「昔を思い出しました」


「では打ち込みから。エル様、私に剣を打って来てください」


 レオンは早速木刀を構えると、こちらに攻撃をするよう示す。

 エルは綺麗な姿勢で木刀を構えるとそのまま勢いよく彼の示した場所へ剣を振るった。


「エル様、頑張ってください」


 練習場の片隅のベンチにはセラフィナがいた。

 もしもに備えて傷を癒す力を持つ彼女がいた方が安全だとの判断と、セラフィナ本人もエルたちへの同行を希望したのだ。


 木刀を持ったエルに声援を送りながらセラフィナは二人の特訓を行儀良く静かに見学している。


 時折そんな彼女達を覗く、好意的な視線が背中に刺さる。カイルの父の私設騎士団の騎士たちが、やってきた美女二人を好奇心で窓から覗いているようだ。

 この街は女性が少なく嫁不足問題が現在浮上している。どうしても若い騎士たちは美しい女性に目が奪われてしまうらしい。


「エル様、遅いです。もっと速く振ってください」


「はい!」


 カキン、カキン!と木のぶつかる音がしてエルは何度もレオンに木刀を打ち込んだ。

 その度に彼女の手に鈍い痛みと振動が広がる。







「……勢いが落ちています。もう体力切れですか?」


「まだやれます!」


 明らかに先ほどより木刀を打つ音が弱くなる。

 もう何十分も続けているのだ、普通の令嬢ならとっくに体力などなくなっている。


「もう良いです。一旦やめます」


「……はい」


 顔に汗を大量にかきながら、エルはレオンの制止に従う。

 その呼吸は荒く、彼女が肩で息をしているのがわかった。


「限界ですか?本日は終わりにしますか?」


「まだやめません!」


「なら続けます。まずエル様、久しぶりに剣技を見ましたが正直に申し上げますと腕が落ちています。剣を握るのも随分と久しぶりでしょう?」


 レオンは普段のエルに対する紳士的な態度とは同人物とは思えないほど厳しい物言いで彼女の剣技を指摘した。


「申し訳ございません」


「これから毎日素振りをしてください。正しい型を意識したフォームでとりあえず最初は一日百回からでいいです。私が数を数えるのでやりましょうか」


「……今からですか?」


「何が不服でもございますか?エル様」


 ぜいぜいと息を切らせて体力が尽きかけてるエルに、レオンは家庭教師時代と変わらない厳しい指導で遠慮なく練習メニューをうながした。


 セラフィナは不安そうに二人のやり取りを見守るが割入りは無粋と感じたのか、ただ静かに目をやるしかできない。


「セラフィナ……体力を回復…」


「いえ不要です。エル様、怪我をしたわけでもないのに彼女の手を借りようとしないでください。セラフィナ嬢もエル様が傷を負った場合以外での治癒の使用は禁止します。破ったら私の授業ではあなたを出禁にします。よろしいですね」


「………はい」


 にっこりと微笑みながら提示された厳しい条件に、セラフィナは静かに返事をした。

 家庭教師時代のレオンは厳しくも優しい先生だったとエルから聞いてはいたがセラフィナの想像した数倍、彼は厳しかった。


 息の荒いエルを特に休ませることもなく淡々とノルマを課して、遂行させる。

 弱音を吐いたらレオンは止めてくれる気もするが、そこで授業は強制終了してしまいそうな恐怖もあった。


「では、始めます。構えて」


「……っ!」


 エルは木刀を構えると木刀を振るう。


「背筋が曲がっています。カウントをやり直します」


 エルの背に手を添えながらレオンは彼女を正す。

 その目は冷たく、対するエルは辛そうに「はい」とだけ答えた。


「…………」


 セラフィナはその二人を見守ることしかできない自分に歯痒さを感じる。

 レオンからいつかのオズのように悪意を感じるのなら割り込んで、その厳しすぎる指導を止め、彼女の為に異議を唱えるがレオンは真摯だ。

 エルを思ったが故の厳しさだとセラフィナにも理解はできた。

 なので彼女がエルの為にできることがこの場では見当たらない。


「エル様、振りが荒くなっています。カウントをやり直します」


「………はい!!」


 厳しい指導に歯を食いしばって耐えるエルを見ていると、セラフィナの心も締め付けられてゆく。

 耐えきれなくなった彼女は気づいたら座っていたベンチを立っていた。


「どちらへ」


「すみません、席を少し外します。近くにいるので何かありましたらお声掛けくださいレオン様」


 レオンは絶対にエルに肉体的な外傷を与えたりはしないと確信しているので、セラフィナは一旦席を外すことにした。

 自分にできることはこの場では見守ることだけだが、美しく気高いエルが汗まみれで息を荒げる姿をセラフィナに見られることが屈辱と感じてしまうかもしれないとの気遣いもあった。


「セラフィナ、私は大丈夫よ。だから安心してね」


「………はい」


 練習場を去るセラフィナにエルが声をかけた。

 それどころでもない筈なのに、彼女の気遣いにセラフィナの胸は温もりで満たされる。


「応援しておりますエル様」


 そう言い残して、一礼をしてから彼女は部屋の扉を閉めた。




 練習場を出ると辺境の空は本日もちらちらと雪が舞っていた。

 寒空の下、悴んだ掌に息を当てて温める。

 セラフィナにとって、何よりも誰よりも大切なエルが頑張っている。そう思ったらセラフィナも何かをしたくてたまらなくなった。



「あの……」


 練習場を出たセラフィナに、先ほどから窓の外を覗いていた騎士たちの一人から声がかかる。

 うっすらと頬を染めて、彼らの真摯な眼差しに向き合い彼らの誠実さの滲む顔を正面から見据えた。


「ちょうどよかった、騎士様、少々お願いがあるのです」


何かの結論に至った青藍の瞳を携えて、セラフィナは静かに微笑んだ。




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