饗宴編【ソフィア視点】
※不穏回です。
「王国騎士に捕まった組織構成員11名の処分、無事に完了致しました」
「………そう」
王宮の一室、自分のために用意された部屋でソフィア・オベロンは先日起きた不手際の始末の報告を受け取った。
影から現れたのは、まだ幼さの残る顔立ちの少年で何の感情もない澱んだ灰色の瞳で淡々と述べた。
「取り調べは明日より開始される予定でしたので、機密情報の流出は確認ありません」
「叔父様にもそのように報告しておいて」
「承知いたしました。他にお耳に入れていただきたい情報が数点」
「何」
「まず今回の発端となった旧都の廃教会に侵入した者ですが、どうやら旧都に住む貴族の……」
「どうせ消すのに、そいつの情報って知らなきゃいけない?」
ソフィアは少年に視点を向けずに鏡を見ながらの慣れた手つきで口紅を塗る。唇の荒れを誤魔化すために地肌の色に近い淡いローズピンクの色合いだ。
華美さは求めていない。ソフィアにとっては化粧は粗を誤魔化す為だけの手段だ。
「……次に逃走したエスメラルダ・ロデリッツですが信仰都市での目撃証言を最後に消えました」
「消したの?」
「死体はありません。逃走を手引きしたと思われる旧ヴァルター侯爵家、レオン・ヴァルターも信仰都市を最後に目撃証言が消えました。おそらく手の届かない範囲の外に逃走したと思われます」
「へえ、魔法みたい。面白いね、何故さっさと捕まえられないのでしょう。リリエッタが予想以上に役に立たない、このままもし婚約パーティーまでにエスメラルダが捕まれば最悪次期王妃に返り咲かれる」
この国1番の権力者カトリーナ王妃は、早々にリリエッタに見切りをつけて何としても元婚約者のエスメラルダを再教育するつもりだ。
王妃より早く捕まえなくてはいけない。
「大至急捜索の範囲を拡大します。ですが本当に魔法使いがエスメラルダ・ロデリッツの側にいる可能性も考えられます。」
「……」
コンパクトを開き、白粉を厚く塗りながらソフィアは無言で顔を作る。
美しさはいらない。顔の良さで惑わせるのはリリエッタの仕事、自分は隣で目立たない、印象に残らない、不快に思わせない程度の容姿で十分だ。
「クロ、この国の魔法使いの数を答えて」
「おそらく100人もいないと推測されます」
魔導帝国の崩壊後、その帝国の支配の象徴であった魔法使いを忌み嫌う群衆により魔法使いたちは殺された。生き残ったのは、ほんのひと握りだ。
魔法は原則、親によって子に伝えられる。この母数が少ない以上、これ以上魔法使いを増やすことは今後、この国では難しくなるだろう。
「その魔法使いの所属割合は?」
「半数、50%はノクタリア派権力内にて保護しております。25%はルチーア教会勢力、ほか20%は王宮・アスタリア王国の魔道名門の家にて在籍を確認、残る無所属と思われる魔法使いは5%ほどかと」
「その5人以下がエスメラルダの仲間だってきみは言いたいのかい?ずいぶん奇跡的な確率を信じちゃうんだね。もう少し頭を使ってから発言したら?」
くすくすとソフィアは馬鹿にしたように少年を笑うと持っていた白粉のコンパクトを少年に向かって力強く投げた。
鈍い音と共に真っ白な粉が飛び、少年の黒髪を白く染める。
「リリエッタもリリエッタだ。あの顔だけのペラペラ女、ここに連れてきてくれたのだけは感謝するけど、本当に役に立たない。“リゼ”だったらもっと上手くやったのに……ああ、どうしていなくなったんだよ。……僕にはきみだけが友達だったのに」
ソフィアは着ていた室内着を少年の前で霰もなく脱ぎ散らかすとクローゼットからドレスを取り出した。
「何をぼさっとしてるんだよ、さっさとコルセットつけるの手伝えよクズ、役に立たないならおまえを逃したガキの代わりに魔法儀式の素材にしてやってもいいんだぞ」
「………申し訳ございません」
「このドレスもサイズが小さくなってきた。至急同じデザインでサイズを上げたものを用意して。クソ……食事を抜いても成長は止まらないのが忌々しい」
「………」
クロと呼ばれた少年は無言でソフィアの着付けを慣れた手つきで手伝う。
コルセットをキツく締めて、なんとかサイズの合わないドレスを見事に着付けて見せた。
「リゼ……どこに行ったんだよ。ブラン夫妻は王都にいるから絶対近くにいるはずなのに、砂上の王妃の椅子はリリエッタに座らせるから、きみとはまた仲良い友達に戻りたいよ……かわいいリゼ、きみの友達は僕だけなのに何でいなくなっちゃったんだろう」
身支度を整えさせている少年の存在を視界から消してソフィアは自分の世界に浸る。
在りし日に隣にいた小柄な少女の幻像を慈しむように優しく撫でる。
その間にも少年の手で支度は整い、地味なドレスに合わせた地味な髪飾りをつけたら、鏡の前には、少し背の高いだけの普通の令嬢が現れた。
「いつもおとなしく僕の後ろについてきて、笑ってくれていたのに……どこに行ったの。酷い目にあってない?いじめられてない?僕が守ってやらないといけないのに」
部屋の壁に頭を押し付けながら、ソフィアは取り憑かれたようにぶつぶつと呟いた。
そんな狂気にも近い感情を垂れ流す主人を見るクロの視線には依然として色はない。
コンコン
そのタイミングで、ノックが響いた。
ドアの向こうから、王宮のメイドの声がする。
「ソフィア様、リリエッタ様がお待ちです」
「はい、ただいま参ります」
それまでの壊れたようなら低く抑揚のない声のトーンからガラリと変えて、ソフィアはよそ行きの令嬢の仮面に切り替えた。
「次に会うまでにもう少しまともな報告を期待しています。クロ、あなたの立場が永続ではないことをよくよく胸に刻むように、あと白粉ちゃんと掃除しておけ」
部屋を出る直前にくるりと振り返り、ソフィアは少年に言いつけた。
「承知いたしました」
少年に感情はない。
静かに一礼をして、部屋を出る主人を見送った。
そのリゼって子はきっと、おとなしくて控えめな子なんだろうね




