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饗宴編 辺境伯邸の晩餐

※アレルギーに対して適当なことを口述しているキャラクターがおりますが、現実のアレルギーに対して偏見を生むことを望んでいるわけではありません。

現実のアレルギーとは一ミリも関係ありません。ご了承の上お読みください。

 




 日も沈み始めて良い時間となったので本日のエルによるスパルタダンスレッスンは終了の時間を迎える。

 ほぼ休憩なしで行われたため、体力に自信のあるカイルもセラフィナも、解散の時刻は疲労困憊となりお互いへとへとになっていた。


「それじゃ僕も店に帰るよ、また来るね」


「ミルリーゼもうちで飯食ってけよ。母さん喜ぶぜ」


「それが良いわよ。それに外も暗いし今日はカイルの家にお世話になったら?お店に帰ってもオズしかいないのでしょう?」


 帰り支度をするミルリーゼの背中に、エルとカイルが声をかける。

 未成年の少女と成人男性のシェアハウスはやはりエルとしては見過ごせない。


「エルはおじさんを警戒しすぎだよ、まぁエルも身分があるから仕方ないのはわかっちゃいるけどさ。おじさんは薪を作ってくれるから助かってるよ」


「……ミルリーゼ様、あのひとつお伺いしたいのですが」


 オズの擁護をするミルリーゼへ、セラフィナが控えめに声をかけた。


「ミルリーゼ様、お食事の方はどうなさってるのですか?」


 旅の途中、炊事も担当していたセラフィナは気にかけていたようだ。

 彼女の食生活の荒れ具合を知っているので、保護者ロッドがいないいま、彼女の食は未知の領域だ。


「んー?まぁ適当に?」


「ちなみに昨日の夜は何を食べたの?」


「………」


 ミルリーゼが料理をしているところは見たことがないし、彼女は自他共に認める偏食家だ。野菜全般と肉とパンも食べない。

 エルは気になって問いかけるがミルリーゼは聞こえないふりをしているのか返答は返ってこなかった。


「……ミルリーゼ、昨夜のお夕飯の献立を教えなさい」


「い、芋……」


「芋を生で食べたわけではないでしょう?」


 逃げようとするミルリーゼの肩を掴み、エルはキツく問いただす。

 彼女なりに旅の仲間の健康に責任感を感じているのだろう。オズの過度な飲酒への嗜めもその感情からくる行為だ。


「……薄く切って揚げた逸品ですわ」


 ついにスナック菓子だと白状するミルリーゼ。

 エルは食べたことはなかったが存在は知っていたのだろう。それを聞いてため息をついた。


「……あきれた、それお菓子じゃない。カイル、申し訳ないけどこの子の分の食事もお願いできる?」


「わかった。ミルリーゼ、おまえスナック菓子の夕飯はないわ……」


「ミルリーゼ様、偏食をしてはいけませんよ」


 三者三様に責められて途端にミルリーゼは涙目になる。


「いっいいよ!僕の食事までは気にしないで!てか無理だよ僕はたくさんの人とご飯食べるの苦手なの!カイルのご両親と同席なんて気まずくて無理!僕帰る!!はなして!!」


「セラフィナ、ミルリーゼを抑えてて。あんまり騒ぐとレオンを呼ぶわよミルリーゼ。それに見なさい、雪がまた吹雪いてきたわ、今夜はここにいなさいね」


 自分より力の強いセラフィナにミルリーゼを預けてエルは頭を抱えた。

 気づいたらまた降り出した雪が窓の外を舞っている。流石に近くとはいえ彼女をひとりで帰宅させるのは憚られた。


「そうだな、それが良い。遠慮すんなよおまえみたいなチビが一人増えたってウチにはなんの問題でもねーよ」


 セラフィナに優しく抱えられて逃亡が許されないミルリーゼにエルとカイルが語りかける。

 二人とも親切心からの行為だ。

 彼女の保護者の青年が辺境を離れている間は、エルたちで見守るつもりなのだろう。


「………うぅ、どうなっても知らないからね」


 観念をしたミルリーゼは、セラフィナの温かな腕の中でそっと漏らした。






「ミルリーゼちゃん、お父さんが立派な令嬢だって話してたの!会えて嬉しいわ〜ほら、食べて食べて。おかわりもあるから」


「ガラハッド夫人、こちらこそ店の準備でなかなかご挨拶ができずに申し訳ありませんわ。ふふ、とっても美味しいですこの野菜」


 突然の夕食の参加にもかかわらず、気さくに喜んで迎え入れてくれたカイルの母にミルリーゼはまた完璧淑女モードで受け応えた。


 夕食の席にはエルたちの他に、ガラハッド夫人とエリザベートがいた。

 いつもなら家主のガラハッド辺境伯とレオンもいるが、仕事が立て込んでいるらしく二人は別で取ると言うことで不在らしい。


「ミルリーゼ、せめて一口食ってから言えよ」


「………」


 ミルリーゼのカイルの母の料理のコメントに、カイルはツッコんだ。

 彼女の手はスプーンを掴んだまま止まっている。

 一口も口に入れてないところはしっかりと確認済みだ。


「あと野菜じゃなくてスープって言いなさいよ。スプーンが止まっているわ、食べなさい」


「………ぱく」


 エルに促され、ミルリーゼは野菜がふんだんに入ったスープ皿から汁だけを掬って器用に口に含んだ。

 断固として野菜を食べる意思は見せない。


「ふふふ、鮭の香草焼きができたわ。ミルリーゼちゃんたくさん切り分けてあげるわね」


 台所から大きな皿に乗った魚料理を持ってきた夫人がやってきた。皿の上から漂うハーブの良い匂いが食卓に広がる。こんがりと焼けた魚は食欲をそそる見た目をしていた。


「ガラハッド夫人申し訳ございません、わたしお魚はちょっと……」


「あら、苦手だった?ごめんなさいね、たしかソーセージが少しあったから代わりに」


「ガラハッド夫人申し訳ございません、わたし実は菜食主義者で肉と魚は食べれないのです。それで野菜アレルギーで野菜全般も無理なのです。わたしはこのスープだけで十分ですわ」


「えっ、ミルリーゼさん!お肉もお魚も野菜も無理なら普段何を食べてるの?」


 ミルリーゼの口八丁の大嘘に、エリザベートが純粋な目で首を傾げた。


「………芋とか」


「お芋が好きなの?蒸してあげようか?」


「………いえ、大丈夫です」


 ガラハッド夫人はとにかく自分の料理を食べさせることが好きらしい、いつもはエルに向く好意が今日は初めて招かれたミルリーゼに集中した。


 エルは心配そうにミルリーゼを見つめる。

 噂に聞いていた淑女モードはエルの予想以上に行儀が良いが、食事に関しては変わらなかった。

 なんとかして食べなくて済む方法を模索しているのが隣で見ていてよくわかる。


「この香草焼き、とっても美味しいです奥様、ほらミルリーゼ一口だけでも」


「………いらない」


「ひと口だけでも食べなさい」


「………もぐ」


 ミルリーゼはエルの圧に負けて、なんとか端の方をちいさく切り分けて口に入れ咀嚼する。

 夫人は微笑ましそうにその様子を見た後、こっそりとセラフィナに耳打ちした。


「エルちゃんとミルリーゼちゃん、同い年って聞いてたけどとっても仲良しなのね。……ミルリーゼちゃん、多分だけどあの子ダイエットしてるんでしょ?都会の貴族の子は大変だね、セラフィナちゃんから痩せる必要なんてないって言っておあげ。きっと安心すると思うよ」


「そ、そうですわね……貴族の方は色々とありますから」


 夫人はミルリーゼの偏食を、よくある貴族令嬢の美容と解釈したらしい。

 実際はただの偏食だが、そう捉えてもらうとセラフィナとしては少しだけ罪悪感が軽減した。


「デザートもあるわよ。ミルリーゼちゃん焼きプディングはお好き?」


「デザート…!」


 夫人の言葉にミルリーゼは目を輝かせて反応する。

 どうやら甘いものは好きらしい。


「奥様、ミルリーゼは満腹みたいですわ。スープだって食べきれていないんですもの。ねぇミルリーゼ、あなた少しで良いって自分で言ったのに汁しか飲んでないのはそういうことよね」


 ミルリーゼの皿にはエルの半分の量しかスープは入っていない。

 そして数口、汁を口にしただけでそれ以上手をつけられることはなかった。


「ぐぬぬぬ……」


「ミルリーゼちゃん、野菜は食べても太らないから安心をしなさい。あなた、見た感じ全然脂肪なんてついてないわ。冬の辺境だときちんと食べないと病気になっちゃうわよ。貴族のお嬢さんだもの、見た目に気を使う気持ちはワタシも理解できるけど、あなたはとても可愛らしいわ。無理にダイエットする必要なんてないのよ」


「へ?ダイエット?何のは……」


「ご夫人のおっしゃる通りですわミルリーゼ様。せめてスープはすべて食べましょうね」


 夫人の言葉に首を傾げるミルリーゼにセラフィナは慌ててフォローした。


「えっ、ダイエットしてるのミルリーゼさん!?なんで、アタシより痩せてるじゃない!?……もしかしてアタシって太ってる?」


 既にこの中でカイルの次に多い量の料理を平らげたエリザベートがハッとした。

 彼女が成人男性並みの量を普段から食べるのは前の訪問で確認済みだ。


「ベティは太ってねーよ、エルもミルリーゼも痩せすぎなんだよ。ミルリーゼもそうだけどエルだって食う量少ねえからな」


「私は好き嫌いはしないわ」


 カイルに指摘されてムッとした表情のエルが返す。

 偏食の極みのミルリーゼよりは多いが、エルの食事量も少ない。

 おそらく一般的な食事量を食べているセラフィナの半分より少し多いくらいの量だ。


「そうですわね、エル様ももっと召し上がっていただけるとわたくしも安心します。……それにしても、ガラハッド夫人のお料理はとても美味しくて普段よりたくさん食べてしまいますわ」


「ありがとうねセラフィナちゃん、ワタシもそう言ってもらえると嬉しいよ。今度レシピを教えてあげるからカイルに作ってやってね」


「……?、わかりましたわ」


「!?!?!?」


 やり取りを聞いていたカイルが盛大に咽せた。

 父が先日の説得の際に起こした勘違いが、どうも母へも伝染しているらしい。


 内心焦りながら、精一杯平静を装う。

 本当にそろそろ訂正をしないとまずいかもしれない。


「ご馳走様でした。ガラハッド夫人、デザートをいただいてもよろしいでしょうか」


「ちょっとミルリーゼ、お皿にまだ野菜が残ってるでしょ!何勝手に終了しているのよ!ダメよ」


「にんじん食べたから褒めてよ!これ以上は無理!デザート頂戴、僕の胃はデザートを求めてるんだよ。もう今夜は糖分しか受け付けないって言ってるんだ!!」


「礼儀作法が壊れているわ。行儀良くしなさい」


「あら〜賑やかで良いじゃない、ミルリーゼちゃん、ワタシはそっちの方が好きだよ」


 ついに淑女モードが崩壊したミルリーゼ、対する夫人の反応は朗らかでエルは内心ホッとする。

 仮にここにいたのがエルの母なら、外の吹雪並みに冷たい目でミルリーゼを凝視していただろう。


「それって都会の流行り?ミルリーゼさん、昼間も思ってたけど面白い話し方をするのね。旧都ではそういう話し方が主流なの?」


「そうだよ」


「違います。ミルリーゼ、適当なことを言わないで、あぁ、奥様。ミルリーゼが野菜を食べ切るまでデザートを与えないでください」


「えぇ、わかったわ。ミルリーゼちゃん、明日はヘルシーな献立を作ってあげるから安心してね」


「……いえ、わたしお店の準備が」


「ありがとうございます奥様。よかったわねミルリーゼ、しばらくお言葉に甘えてガラハッド伯の家にお世話になりましょ」


 絶対に逃さない。エルはそんな圧を放ちながらミルリーゼの手を強く握った。

 ミルリーゼはエルの圧に冷や汗をかき、ガラハッド夫人は持ってきたプティングを切り分けながらカイルとエリザベートはどちらが大きい方を食べるかで口論をする。

 セラフィナの淹れたお茶の湯気に包まれながら、そんな温かな雰囲気の中、ガラハッド邸の晩餐は賑やかに過ぎていった。



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