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饗宴編 ダンスレッスン②

 





「………っぐす、ぐすん」


 兄のカイルが『庭のどこかで泣いている』といった通り、エリザベートはガラハッド邸の庭にあるベンチに座って泣いていた。


 庭師が冬が来る前に手入れした綺麗な植木に囲まれていたので、見つけるまでに時間がかかった。



「あ、あのエリザベートさん?大丈夫すか?」


 見つけるまでに手間取ったミルリーゼは、冷え切った体を摩擦で温めながらようやく見つけた少女に声をかける。


「………」


 声がかかったので、涙を浮かべていたエリザベートは一旦泣くのをやめてやってきたミルリーゼを見ると再度涙をぬぐいはじめた。


「なんでエルさんかお兄ちゃんじゃないのよ!ーー!!ふえええん、お兄ちゃんのバカーーー!!」


「わかるよ!僕だってきみのこと全然知らないけどエルに慰めてこいって無茶振りされたんだから!元気そうだし、もうここ寒いから僕帰る!」


「話を聞いてよーー!」


 踵を返そうとしたミルリーゼにエリザベートが追い縋る。全身でミルリーゼにつかみかかって彼女の歩行を阻害した。


「ええい、きみも大概めんどくさい性格してるね」


「アタシすごく怒ってるのよ!王宮に行きたかったのにお兄ちゃんが勝手にパートナー決めちゃうんだもん!!」


「だって、パーティに招待されたのはカイルだし、そのカイルのパートナーだから選択肢はカイルか精々ガラハッド辺境伯にあるんじゃないか。きみには抗議する資格もないと思うけど」


「そんな話聞きたくない!!!!!!」


 ミルリーゼの至極真っ当な意見に、エリザベートは大声で泣き叫んだ。

 エリザベートの癇癪が炸裂している態度にミルリーゼはめんどくさそうにため息を漏らす。


「エルさんもひどいわ!冷たすぎる!前はあんなに優しかったのに!!」


「エルはいま鬼教官が憑依してるから」


「そんなの知らない!エルさんはアタシの友達だからアタシに優しくしないとダメなの!」


「なんだそのクソ理論は、論破していい?」


「さっきから何なのあなた!アタシを慰める気あるの!」


 エリザベートは再度泣きながらキレた。

 大粒の涙をこぼしながら、ミルリーゼに怒りをぶつける。


「ない!!きみは感情的に怒ってばかりだ!カイルの気持ちも少しは考えたらどうだい?」


「バカ兄貴なんてもう知らないわ、いつも勝手にどこかいっちゃうし!アタシのお菓子勝手に食べるし!!街の男の子たちと山に行ったとき、アタシを山の中に置いてったこともあったのよ!部屋は散らかしたままで汚いし!たまに居間でお腹だして寝てるし!!」


「なんか微笑ましい兄妹エピソードだね……」


 エリザベートから語られるほっこりエピソードに、一人っ子のミルリーゼは素直な感想を述べた。

 カイルとエリザベートが、喧嘩は多くても仲良しな印象だ。


「ねぇエリザベート、きみは王宮に行きたいっていってるけどそんな風に感情がすぐ出るようじゃとてもじゃないが連れて行けないよ。恥をかくのはきみだけじゃない、カイルやご両親なんだよ」


「………出さないようにするわ、それなら連れてってもらえる?」


 ハッとしたエリザベートは慌てて涙を拭った。

 ゴシゴシと擦ったせいか目の辺りが赤くなっている。


「いま必死にエルがカイルたちに教えているマナーも全部覚えなきゃ行けないよ、できるかい?」


「で、できるわ!」


「あと、ひどいことをわざと言うやつも都会にはいっぱいいる。言われたって泣いても怒ってもダメ、ずっと笑ってなきゃいけないよ」


「なんでそんな酷いことをする人がいるの?」


 ミルリーゼの言葉に疑問を抱くエリザベート。

 彼女の暮らしてきた辺境という冷たくも暖かな世界に、そんな人間はいなかったのだろう。


「さぁね。僕もわからない。でも王都の貴族令嬢は感情を公の場で出すことは美徳としない。さっきのエルを見たらわかるだろ、あんな感じ」


「エルさんもいつも優しいのに、さっきは怖かったわ……なんだかとても冷たい世界なのね」


 確かにレッスンが始まってからのエルは冷酷であった。普段なら手が出たりはしないが、カイルを指導するうちにすぐに手が出ている。

 内心ミルリーゼもエルの言動には驚いていたくらいだ。


「そうだよ。王宮は盛大な椅子取り合戦さ。誰かを追い落として自分の席を確保する。そうしないと生きて行けない人間がいるんだよ。関わらないで済むならそれが良い」


「ミルリーゼさん……あなたも王宮に行ったことあるの?」


「あるよ。僕は子爵家の生まれで両親は少し前から王都にいるんだ。昔なんかの節目のパーティーに招待されて、ちょっと失敗しちゃった。パパとママは気にするなっていってくれたけど、僕は二度と行きたくない」


「………何をしたの?」


「パーティ用にうちの親が用意したドレスが少し大きくて、裾を踏んで転んじゃったんだ。あの時の視線は思い出しただけで背筋が冷えるよ」


 ミルリーゼは気まずそうに俯きながら過去の話を暴露した。

 それを聞いたエリザベートからは思わず笑いが漏れた。


「ふふふっミルリーゼさん、あなたお兄ちゃんと同い年なのに背が小さいものね。アタシより小さいんじゃない?」


「し、失礼だな!今笑ったね。もう元気そうだし僕は部屋に帰るよ!いまのは秘密だから誰かに話したりはしないでおくれよ!!」


「わかったわ!秘密ね!ところでミルリーゼさんって身長いくつなの?今履いてる靴、踵が盛り上がってるから本当の身長はもっと低いわよね?」


「秘密!!」


 ミルリーゼは座っていたベンチから腰を上げると、逃げるように屋敷に戻る。その背中を見送るエリザベートからはすっかり怒りも涙もなくなっていた。


 ぽりぽりと頭を掻いてからミルリーゼは彼女の姿が見えなくなるのを見てから張り詰めていた息を吐いた。




「(……僕の家にはお抱えの仕立て屋がいるから、サイズの大きいドレスなんて作るわけないっつうの)」


 結論を言うと、先ほどのミルリーゼの話は適当な作り話である。


 都会の令嬢だったら、ドレスのサイズの時点で首を捻るだろう。

 正式な王宮のパーティに身体のサイズと違うドレスで行くなんて『笑ってくれ』と顔に書いていくようなものなのだ。




「(あんな純朴な子、王宮なんて行かない方がいい。カイルもエルも正しいね)」


 ミルリーゼは冷静にそう結論つけると静かに元いた部屋へと歩き出す。


「(お姉ちゃんも大丈夫かな……)」


 そして、そっとカイルのパートナーとして王宮へ行くことがすでに決まってしまった純朴で清廉なシスターの身を案じた。


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