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饗宴編 ダンスレッスン

 



「カイル、手を取る時に恥ずかしそうにしないで。ダンスなんだからよそよそしくするのはセラフィナに失礼よ」


「う……ごめん、でもセラフィナの手を強く握っちまいそうで」


「言い訳禁止!」


 バシンと勢いのいい音と共に、エルの手が強くカイルの背中を叩いた。




 本日よりエルによるダンスレッスンが始まった。

 ガラハッド邸のいちばん広い部屋を借りその場にはエル、カイル、セラフィナが揃っている。


 カイルはセラフィナの手を取ることにすら変な意識をして戸惑う始末だ。先は長い。めちゃくちゃ長い。


「アルフォンスは自分たちの前座にあなた達を踊らせるつもりだろうからパーティにいる全貴族の注目を浴びると思っていて」


「痛てて……なんでそこまでするんだよ」


「よほどカイルに怒っているのか、リリエッタのダンスに自信がないからさらに下手くそな奴を踊らせて誤魔化すつもりなのか、或いはその両方よ。あの愚か者の考えることなんてわかりやすいわ」


 エルに叩かれた背中を痛がりながらカイルはぼやく。


「カイル様、わたくしの手はあまり気にしないでいただいてかまいませんわ。さぁ、練習をなさいましょう」


「セラフィナありがとな……俺のパートナーが優しいあんたでよかったよ」


「優しくない教師でわるかったわね。……とりあえず見本を見せるわ」


 エルは一人で男性パートのステップを踏む。

 手の先には誰もいないはずなのに、カイルとセラフィナにはリードされている誰かが見える気がした。

 綺麗なステップは完璧で、一切の狂いがない。


「すごいです、エル様……一瞬行ったことのない舞踏会の景色が見えました」


「ダンスは王妃教育で血が滲むくらいやったもの。実は少し自信があるの、それじゃカイル。いまみたいにやってみて」


 エルは過去の記憶を懐かしみながら、さくっとカイルに無茶振りをした。


「いや無理だって」


「私のレッスンに“無理”は禁句です。次言ったらグーで殴るから」


 エルはにこやかに握り拳を作った。

 なんというスパルタかつ無茶振りだろう。

 床に座ったカイルは冷や汗をかいた。

 学園時代の騎士科の鬼教官を彷彿とさせる指導方法だ。




「エルー!順調にやってるかい?遊びに来たぞー!」


 三人のいる部屋にミルリーゼが入ってきた。

 部屋に飾ってある絵画や彫刻を物珍しそうに見回しながら三人のいる近くに来る。


「ミルリーゼ、ちょうどよかった。あなたダンスはできるのよね?私と踊ってちょうだい。女性パートで」


「おっ早速やってるんだね、いいよ誘い文句からやってみ」


「……あなたシチュエーションとかにこだわるタイプ?……えっと『私と踊っていただけませんか?美しいレディ』」


「『まぁ、是非よろしくお願いしますわ』」


 エルは言われるがままにお約束の誘い文句を口にして、ミルリーゼは楽しそうに演技をする。

 貴族令嬢たちの戯れを、セラフィナはうっとりとしながら眺めた。


「よく見てて、ステップはこんな感じよ」


 ミルリーゼをリードしながら、エルはわかりやすく教示した。

 エルの手をとって、簡単なステップをするミルリーゼもまた見事にエルについていっている。


「僕は背が小さいからちょっと優雅さが足りないんだ。あんまりお姉ちゃんの参考にならないかも」


「あらそんなことないわ、ミルリーゼもなかなかやるじゃない。ダンス教科の成績は良かったの?」


「僕が小さいから、踊りにくいのかクラスメイトの男子は僕の相手ははずれくじだって言ってたよ。仕方ないから先生と組んで赤点は免れてた感じ」


「センスのない男どもね」


 学園の愚痴を話しながらも順調なダンスは進んでいく。最後まで一度も途切れることもなく、エルとミルリーゼのダンスは終わった。


「どう?参考になった?」


「よくわからないけど、エルもミルリーゼもダンス上手いな!」


「お二方とっても素敵でしたわ」


 実物を見て興奮した様子のカイルの隣でぱちぱちとセラフィナは拍手をする。


「……“よくわからない?”」


「あ……悪ぃ、これも禁句だったのか」


「エル鬼教官じゃん、優しく教えてあげなよ」


「優しくしないって私は最初にいいました。優しくしてたら間に合わないわ、私をパートナーにしてくれるならもう少し譲渡してあげてもいいけど」


 チラリとエルは、座ったままのカイルに目をやった。

 目があったカイルは勢いよく立ち上がり首をブンブンと振る。


「ダメだ。エルをパートナーになんて絶対しない。オレは頭がそんな良くないけど一番『ない』選択肢だってわかるからな」


「ヒューかっこいい!頑張れカイル、僕はきみの味方をしてやんよ」


 隣でミルリーゼが煽る。

 セラフィナが戸惑いを浮かべつつもその様子を優しく見守った。


「ならレッスンを続けるわ、さぁお互いの手をとって」


「……セラフィナ、やろう」


「はい。カイル様」




「お兄ちゃん!!!!!!」



 エルがステップの拍子をしようとした瞬間、練習場のドアが勢いよく開いて、二人目の乱入者が現れた。


「ベティ……」


 赤い髪を振り乱して入ってきたのは、カイルの妹のエリザベートであった。

 顔を赤くさせて怒り浸透という顔でカイルを強く睨みつけている。


「お兄ちゃん、話は聞いたわ!ひどい、ひどすぎる!!」


「ベティ、いま練習中なの。邪魔するなら帰って、じゃあまたね」


 エルは鬼教官モードを解除できないのか、顔を真っ赤にして怒りを露にしているエリザベートに何の感想も抱かずにつかつかと近寄るとそのまま首根っこを掴んで部屋の外に投げた。

 さすがにカイルも妹への扱いに「えっ」と戸惑いの顔をしている。



「エルさんまで!!!!ひどい、ひどいわ!!!」


「ツートントン、ツートントンのリズムよ。まずはさっきのステップを踏んでみて」


「ねえエルさんアタシのこと見えてる?なんで無視するの!!えーーん、お兄ちゃん!!エルさんが無視する!!」


 数秒の間のあと、再び乱入してきたエリザベートをエルは思い切り視界から外してレッスンを続行する。

 そのメンタルの強さに他の三人は流石に戸惑った。


「エル、話を聞いてやんなよ」


 見かねたミルリーゼがエルに声をかけた。

 彼女が調整役を買って出るのは珍しかった。


「妹がなんかごめん」


「エリザベート様、いかがなさいました?」


 涙を浮かべてエルに抗議をするエリザベートに、セラフィナが恐る恐る問いかける。

 待ってましたと言わんばかりのエリザベートは勢いよく話し出した。


「アタシも王都に行きたい!!なんでお兄ちゃんのパートナーがセラフィナさんなの?アタシにすべきよ!!!」


「あー……」


「その話はもう終了したわ。じゃあねベティ。また夕食の時に会いましょう」


 エルはエリザベートの首を掴むと再度、部屋の外に無慈悲に投げた。


「エル、妹がごめん。でも、もう少し優しくしてくれないかな……」


 エルのエリザベートの扱いに思うところがあるのか、カイルは小さく抗議をするがエルから絶対零度の視線がかえってきたので、彼の意見は取り下げられる。


「ひどいわ……お兄ちゃんもエルさんも意地悪よ!えーーん、もう嫌い!みんなきらい!!」


「ベティ……」


 廊下の前で泣き叫びながら去っていくエリザベートを心配そうにするカイル。

 エリザベートの抗議的に、おそらく彼女は前に会った時から憧れてた都会に行けるチャンスを奪われたと認識したのだろう。


「王宮になんて憧れて行くものじゃない。ベティには申し訳ないけど憧れなんて速攻捨てさせて。私は夢を抱いて王宮に来て、傷つけられた令嬢を何人も知っている。変な夢なんて見てはダメ」


「ははっ……そんな感じ」


 ミルリーゼは思うところがあるのか、エルの厳しい意見に同意した。

 彼女は王都に行くことを拒否したが、王宮自体にも苦い思い出があるのだろう。


「レッスンを再開します。あ、ミルリーゼはエリザベートがどこかに走っていったから追いかけていい感じに慰めといて」


「えっ!?僕あの子と一回しか話したことないんだけど無茶振りじゃない!?」


「ミルリーゼ様、よろしくお願いしますね」


 明らかに適役のセラフィナがミルリーゼに頭を下げた。彼女はエルの意思を優先したのかエリザベートがいた間も、傍観を選んでいたのだ。


「オレからも頼むミルリーゼ、ベティのことだから多分庭のどこかで泣いてると思う」


「あのさぁ………まぁいいや、じゃあ適当に慰めといてやるよ。僕に任せたことあとで後悔しないでよ!まったく人使いが荒いんだから」


 ぷりぷりと小さく怒りながら、ミルリーゼが部屋を出た。

 その背中を横目で見送ってからエルは再度残った二人に向き合った。




「では改めて、レッスンを再開します。さぁ最初からやるわよ」


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