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饗宴編 ミルリーゼのおみせ③

 




 一方、ガラハッドの街

 ブラン商会ガラハッド支店。


 開店前の店内で、薪の燃える暖炉に当たりながらミルリーゼは資金を数え帳簿をつけていた。

 いままで旧都の店舗に仕入れていたルートの変更、新商品の模索、馴染みの客への連絡、ロッドに呼びに行かせた仕立て屋の招請。

 やることはたくさんあるし、抱えたまま逃げてきた旧都に残してきた借金も返済義務はまるまる残っている。王都の実家に督促状が届く前に利息だけでも返したい。


 幸い借りた店舗が日当たりの良い大通りに面した好立地にも関わらず、家賃が今までの半値以下だし、近隣の村からやってきた民の露天での商売が主なガラハッドの街ではブラン商会のような雑貨業は珍しく、競争となる店舗は少なさそうだ。

 うまく軌道に乗ったら商会の営業も先行きは安定するだろう。


「店が思ったより広いからなぁ、バイトでも雇うか……エル、暇かなあ」


 麗しの公爵令嬢に何をさせようとするつもりだろうとも思ったが知ったことではない。使えるものは有効活用するのがミルリーゼの信念。セラフィナとカイルはパーティーの準備で忙しそうだし、店舗の一室に住み着いているオズはあまり店頭に立たせるのに向いてる人材でもなさそうだ。


 エルなら美人だしお行儀もいい、この街は女性不足で嫁不足問題が現在深刻らしいので、下心のある男性客がたくさん来て客足が伸びて売り上げが上がって借金が返せる。

 そう勝手に皮算用をしていたら、入り口のドアが開いた。



「ミルリーゼちゃん、ただいま〜、ひぃ寒い寒い暖炉当たらせてね」


「おじさんおかえり。酒臭いけどお酒飲んできたの?」


「そうよ〜、北の酒は美味いからオジさん大満足よ」


 上機嫌に頬を染めたオズが店に入ってきた。

 外の吹雪を浴びながらきたのか全体的に雪まみれだ。

 彼は店舗のフロアにある暖炉の前に陣取ると、悴んだ手のひらを当てている。


「エルが禁酒にさせるって言ってたよ、程々にしたほうが良いんじゃない?」


「えー嫌だなあ、オジさんお酒がないと生きていけないよぉ」


 にこやかに笑いながらオズは暖炉の前に腰を下ろしてどこからか持ってきた木を魔法で乾燥させて新しい薪を作ってくれている。部屋を貸しているお礼のつもりなのだろう、ミルリーゼは感謝の心よりも削減された薪代の計算をしてしまう。商人の性だ。


「ミルリーゼちゃん、お嬢様と仲直りできた?」


「喧嘩してないから仲直りも何もないよ。エルはなんか気にしてたけど、一番辛いのに馬鹿みたいに気を使ってて面白かった。おじさんも酒場に行ってないでここにいたらよかったのに」


「セラフィナちゃんもいたでしょ、流石に女子会にオジさんが参加するのは遠慮するわ。レオンにバレたらめんどくさいし」


「わかる。お兄ちゃんはすぐに怒るからおっかないよね」


 軽口を叩きながらエルの最大の守護者の悪口で意気投合するオズとミルリーゼ、鬼の居ぬ間のなんとやらだ。




「おじさんさ〜」


「何〜」


「そんな酔ってないでしょ?」


 そろばんを弾きながらミルリーゼが唐突に呟いた。

 目線は帳簿から離れない。目の前の酔った風の男よりも帳簿の数字の方が大切なようだ。


「どうしてそう思う」


「直感かな。呂律もはっきりしてるし。もし僕が酒場のマスターだったらおじさんにもっとお酒を勧めてたよ、でもいまこの店に僕とおじさんしかいないからそれ以上酔わないでくれると嬉しいな。この街は治安はそんな悪くないからそこまで心配はしてないけど、何かあった時おじさんが酔ってたら少し困る」


「頼ってくれてるの?可愛くおねだりしてくれたら今日はもう飲まないであげてもいいよ」


「………」


 ミルリーゼは帳簿を見ていた顔を上げた。

 一瞬虚無の表情をするので、怒られるかとオズは予感したが次の瞬間、ミルリーゼは慣れた様子でウインクをした。


「オズおじちゃん、ぼく困っちゃうからお酒飲むのやめてねっ☆」


 聞いたことのない甘えた声をだす。


 彼女の小柄で幼い容姿の見た目にはあっているが、いつものミルリーゼのざっくばらんな口調に慣れているからかオズには可愛さよりも違和感の方が強かった。


「あ、うん。……今日はもうやめとくわ」


「じゃあ頼んだ。エルには黙っとくから酒も程々にしなよ。肝臓を悪くしたらきついって聞いたことあるよ」


「ミルリーゼちゃんは優しいね〜」


 オズはそう言って暖炉の前から腰を上げる。

 ミルリーゼはオズを「わかりやすい」と好感の目で見ていたが、オズもミルリーゼのさっぱりとした性格をわりと好印象で見ていたので、この二人の相性はわりと良好らしい。


 旅の途中にレオンからしょっちゅう怒られているところに仲間意識も少なからず有る。


「……ねぇミルリーゼちゃん、オジさんのお願いを聞いてくれない?」


「内容によるよ。金を貸せとかは絶対無理」


 オズがミルリーゼの座っているカウンターの前に立った。徐に懐を漁り何かを取り出すとそのままミルリーゼに向かって投げる。


「………っ?」


 反射的にミルリーゼは投げられたものをキャッチする。彼女の小さな手の中に入っていたのは本物の金貨だ。

 金色の輝きが照明に照らされて輝き、光っている。


「手袋、この国でいちばん白いやつが欲しいな」


「………どのようなものがお好みで?」




 “この国で一番白い手袋”


 情報屋としてのブラン商会の合言葉である。

 オズは、旧都に行った際に偶然知った合言葉をまだ覚えていたようだ。

 合言葉を耳に入れたミルリーゼも、情報屋としての暖簾を上げた。


「旧都の帝国派が、暗躍を始めたのって何年前だ」


「思想自体は帝国がなくなってすぐからあったみたい。でも本格的に徒党を組んだのは数十年前、筆頭はオベロン家だって読んでる」


 ミルリーゼは受け取った金貨を眺めながら尋ねられたことを素直に答える。

 先ほどまでの口調も軽口も、その面影は今の彼女にはない。


「こないだの子供を攫うような活動も数十年前からあったとの理解でいいか」


「そうだね。旧都生まれの子は、絶対に人の少ないところに一人で行くなって昔から親に厳しく言いつけられているから」


「攫われた子供はどうなる」


「……一番マシなのは旧都の劇場の下働き。休みなしでこき使われてる。才能を買われて役者になれたら大当たり。一番最悪なのは殺されてカルト儀式の素材。帝国派は魔導帝国ノクタリアの意志を継いだ連中だからね、派閥の中には魔法使いがたくさんいるって聞く」


「………」


 オズはミルリーゼの話を至極真面目な顔で聞いていた。

 ミルリーゼも普段のテンションとは真逆だ。

 その口ぶりからは情報屋としての矜持を強く感じられた。


「知りたいのはそれだけ?さすがに金貨は多すぎるから返すよ。情報料ならさっきの薪でいい」


「いや……頼みがある。十三年前に帝国派によって誘拐された子供の情報が欲しい。さっきの金貨は前金だ、具体的な情報次第では後金で倍払う」


「わかった、成功報酬で。この雪だから今は動けない。少し時間をもらうが」


「構わないよ、じゃ……よろしく」


 ミルリーゼは会話を終えるとつけていた帳簿を閉じ、座っていたカウンターから立ち上がり伸びをした。


「………じゃ僕は晩御飯にしよっと、ウチは食事はつかないからオジさんもあるもの勝手に食べてね。商品には手を出したらダメだからね」


「……詳しく聞かないの?」


 オズはカウンターにもたれかかったまま、探るようにミルリーゼに視線を寄せる。


「客の事情なんて聞かないよ。……聞いて欲しいん?」


 ミルリーゼは視線に構わず慣れた手つきでスナック菓子の袋を開ける。

 超絶偏食の彼女の夕食なのだろう。

 世話係のロッドがいないので、彼女の食事はフリーダムの極みだ。


「いんや、……ミルリーゼちゃんっていい女だね。大人になったらオジさんとデートしようね」


「僕は安くないぜ?」


 ニヤリとお互い笑い合いながら、情報屋としてのやりとりを終え、元の親戚のおじさんと子供のような雰囲気に戻った。

 カウンターの椅子に戻りスナック菓子を咀嚼するミルリーゼの前で、オズは水を満たされたコップを煽る。

 約束通り、今夜はこれ以上酒を飲まないようだ。


「そういやさ、合言葉どこで知ったの?旧都を出る時、知り合いのマダムから『ものすごい良い男に口説かれたから合言葉を話した』って聞いたけど、もしかして口説いたのっておじさん?」


 サクサクと音を立てながらミルリーゼは菓子を頬張った。ここにロッドがいたら、ポロポロと盛大にこぼれる菓子屑に卒倒するだろう。


「ものすごい良い男に立候補したいのはヤマヤマだが、合言葉を持ってきたのは俺じゃない。カイルかレオンだが……多分レオンかね。カイルはそんなことできるタマじゃねぇよ」


 カイルも育ちの良さを感じられる顔立ちの好青年だが、ものすごく良い男という形容詞には違和感はある。背丈こそオズより高いが、まだ幼さも残る子供の印象が強い。

 その点レオンは間違いなく美形だ。オズが見た中でも指折りでもある。彼が俳優なら間違いなく劇団の看板になっているだろう。


「……へぇ……あの堅物お兄ちゃん、ナンパねえ」


 指についたスナック菓子の塩を舐めながら、ミルリーゼはにんまりと人の悪い笑みを浮かべる。

 何かを察したオズはあえてコメントせずに静かに水を煽った。



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