饗宴編 ミルリーゼのおみせ②
ごめんなさい タイトル詐欺です (お店関係ないです)
まだ開店準備があると言うミルリーゼと店で別れて、エルはセラフィナと再度ガラハッド邸に戻る道を帰りはじめた。
雪は降ったり止んだりを繰り返し、冷たい風が全身を包むたびにエルの身体から体温を奪うのがわかる。
これでまだ冬の始まりだ、最盛期はどうなってしまうのだろうか。
「冬の盛りは外に出ず、常に家の中にいると伺います。今のうちに備えをして冬籠の準備をした方が良いかもしれませんね」
「そ、そうよね。カイルは冬の間はうちにいろって言ってたけどそれでもある程度は準備してた方が良いわよね……こんな寒い中で旅なんてしてたら凍死していたかもしれないわ。滞在案は正解だったわね」
そんな会話をしながら雪道を通ってガラハッド邸に帰還した。
防雪仕様の重い扉を開き中に入る。
セラフィナは「失礼します」と軽く呟いてからエルの髪に積もった雪を払い落としてくれた。
「わたくし、奥様のお手伝いをしてきますね」
「あ……私も何か手伝いたい!料理とか」
「エル様はお手を煩わせなくても結構ですわ」
ガラハッド夫人のところについていこうとしたら、にっこりと微笑みながらきっぱりと拒否された。
セラフィナの前でエルの手料理(暗黒のソテー)を初めて作った時に無言で浄化魔法をかけられたことを思いだす。
セラフィナはそれ以降エルを絶対に料理場に近づけてくれないのだ。
「え、じゃあお掃除とか」
「エル様は暖かいお部屋で読書をなさっていたらよろしいかと思います」
「……私に家事させないようにしてる?」
「申し訳ございません……はい」
いつも優しくて、エルのことは基本的に全肯定のセラフィナがきっぱりと拒否をしてると認めた。
自分の家事スキルにそこまで信頼がないのかとエルは嘆く。
「ガラハッド家のものを破損してしまったらご迷惑になりますし」
鍋、箒、洗濯板……エルが旅の途中の慣れない家事で破壊した過去の遺物だ。
流石にこれに他所様の物を加えるのはまずいだろう。
「………私も家事をできるようになりたいの」
「いろいろと落ち着いたら教えて差し上げますので、ガラハッド邸にいる間は大人しくしていてくださいねエル様。ではわたくしは行ってまいりますので大人しくしていてくださいね」
「えっ、いま二回言った!?」
普段の優しくて控えめなセラフィナからの予想外の拒絶に内心ショックを受けながらエルは言われた通りに大人しくすることにする。
オズやミルリーゼがやらかして、レオンに怒られている時の二人も、もしかしたらこう言う気持ちなのかもしれない。
あの二人のように開き直って更に怒らせたりはしない分、自分は違うと思いたいがなんだか不思議な共感を覚えた。
「(そういえばレオンが屋敷にいるって言ってたけど姿が見えないわね……どこにいるのかしら)」
セラフィナに言われた通りに暖炉の前に陣取って本を捲る。ミルリーゼが旅の途中に貸してくれた小説だ。時間のある時に読んでいるが、その内容からミルリーゼの小柄で可愛らしい外見に似合わずに、どことなく勇ましい口調の訳がなんとなくわかった気がした。
多感な時期に読んで影響されているのだろう。
数年後に思い返した時に、気恥ずかしくならないといいが……
「(でも、ミルリーゼはいい子だわ。それに言動でわかりづらいけどとても賢い)」
ミルリーゼと行動を共にして、マイペースすぎる性格やわがままでこちらをおちょくってくることも少なくはないがラインをきちんと引いて、絶対にダメなことはしない。
危機や危険に敏感で、他人が絶対に触って欲しくないところはきちんと察して触れないでくれる。
彼女の透き通る曇りのない空色の瞳は、周囲の様子をよく見ているのがわかるのだ。
そんな彼女が学園にいた期間は短いが、エルの記憶している過去の総合学力テストで一般庶民や爵位の低い貴族が通う普通科にいた彼女の名前をエルに近い順位で見たような気もする。
基本的に伯爵以上の高い身分の貴族令嬢が通い、より高度な教育を行っているエルのクラスにいたら常に首位を保っていたエルに迫っていたのかもしれない。
「そういえばリリエッタは男爵家なのに何故、私のクラスにいたのかしら……」
ソフィアは伯爵令嬢だ。在籍になんの問題もない。
子爵令嬢でも莫大な富があるのなら、在籍も認められただろう。
だがリリエッタの家のフローレンス家は男爵家、特に大きな功績もない王都の片隅に貴族特権で暮らす小さな家だ。
転入してきた直後のリリエッタが、苛烈ないじめにあっていたのもおそらくそれが原因だ。
いつのまにかその愚かな行為はエスメラルダの仕業という事にされてしまったが。
「……学園内にリリエッタを招いた輩がいるのかしら」
それ以上考えようとすると動悸を感じたので、エルは一旦思案をやめる。
昨日パニックを起こして倒れたばかりだ、また無茶をして仲間に迷惑をかけることは控えたい。
ちょうど後ろから物音がしたので振り返る。
書類を持ったレオンが立っていた。こちらを見て声をかけようか迷ったのだろう。
「あらレオン、屋敷にいるって聞いていたけどやっと会えたわ」
「エル様、起き上がって大丈夫ですか?」
「ええ。昨日はどうもありがとう、とても助かったわ……」
エルはそこまで口にして昨夜のことを思い出した。
パニックの末に心が疲れ果てておかしくなって、雪の降る寒空の下で薄着で過ごすと言うある種の自殺未遂を起こしたのだ。
彼女の腕を引っ張って部屋に連れ戻し、温かな胸で抱きしめてくれた彼のぬくもりを思い出したエルは咄嗟に頬を染めて目を逸らした。
「………昨日の私はちょっとおかしかったの。できたら忘れて、もう二度とあんな馬鹿なことはしないって誓うから」
「……承知いたしました」
恐る恐るレオンの顔を見る。
はじらいに頬を染めるエルに対し、レオンはいつもと変わらなく感じた。
大人だから慣れているのかもしれない。
ただでさえレオンは物腰が丁寧な美形だ。彼に想いを寄せる女性など星の数ほどいたに違いない。
エルにとって初めての異性との抱擁でも、レオンにとっては過去に何人もいたうちの一人だったのかもしれない。
「(なにかしら……レオンがモテるのは当たり前なのに、少し胸がざわざわするわ)」
エルは心の中の違和感に眉を寄せてから、切り替えようと軽い咳払いをした。
「ガラハッド辺境伯から、書類仕事を頼まれたので従事しておりました」
「レオン、そういう事もできるの?」
剣術は並の冒険者より優れていることは知っていたし、レオンの剣技は何度も見ている。
彼はそれを見込まれて、公爵家の家庭教師にもなった男だ。座学でも剣術指南でも彼の力は存分にエルの力の礎となったのだ。
「一応教師を志していたので多少の事務仕事はできる方だと自認しております」
「すごい……このままガラハッド辺境伯に雇われちゃったり」
レオンはエルの言葉に笑って言葉を濁した。
もしかして彼の有能ぶりに既にスカウトされていたのかもしれない。
「カイルとセラフィナ嬢が冬の間、此処で特訓をするようです。なので私もお世話になっている間はガラハッド辺境伯の仕事を手伝おうと思います」
「聞いているわ。王宮のマナーとダンスは私が二人に教えるつもり。ガラハッド家にはお世話になってるもの、恩は返さないとね」
「素晴らしい心意気ですエル様」
エルとレオンは頷きあう。
追われる身分の二人に安全な場所を提供してくれた辺境伯に恩が返せることを心から喜んだ。