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饗宴編 復活の朝に②

 



 馬鹿王子アルフォンス媚売女リリエッタの婚約パーティーは辺境伯の立場を考えたら息子のカイルの参加はほぼ強制だとは思っていた。

 だが、そのパートナーが貴族階級のドロドロとした澱みからは程遠いセラフィナが行くという事実にエルは驚愕した。


「……だめよ!!!」


 衝動的に否定した。

 思ったより大きな声が出た。


「セラフィナ、王宮なんて行っちゃダメ!あんな所無縁で済むならそれに越したことはないの!」


「ミルリーゼ様もそうおっしゃっていましたわ。ですが、もう決まりました。辺境伯閣下にも承諾いただいております。もう取り下げはしません」


「カイル、あんた!あの場所がどんなところか知らないの?セラフィナに行かせちゃダメ、私が行く!あなたのパートナーになってあげる!」


「馬鹿言うな。エルは誰に追われてるのか忘れたのか?もうオレとセラフィナで決まった。レオンも賛成してた。この話は終わりだよ、パーティーの準備が終わるまでオレとセラフィナは辺境にいるし、どうせこんな冬に北部を旅するなんて無謀だからオレが言いたいのは雪が溶けるまでオレの家にいろって話だよ」


「ふざけないで」


 エルは感情の赴くままに声を上げる。

 その取り乱し具合にカイルは口を開けて驚いていた。


「エル様……」


「アステリアの今の王宮は、ただでさえ雁字搦めのマナーがあるのに、それだけじゃないの。高位の貴族たちは少しのミスも見逃さないで相手を蔑んで追い落とすわ。自分たちの立場を奪われることがないように……それに、カトリーナ王妃の不評を買えば、下手をしたら殺される。これは冗談じゃないわ、カトリーナ様のお生まれのアルバート公爵家は表向きは財務卿を仰せ使っているけど、裏では薬や毒に特化した暗部の家なの」


「……は、初めて知った」


 エルの口から紡がれるおそろしい単語の数々にカイルが顔を青くした。


「わたくしは貴族ではございません。なので追われる席はございません。カイル様のお席を守ることに集中できますわ」


「……そういうことを言いたい訳じゃないの、セラフィナ、あなたは綺麗よ。とっても素敵。きっと王宮のパーティーでもあなたが一番輝ける。だけどそんなあなたにわざと泥を被せようとする人間が貴族の世界には絶対にいるの」


「それならば尚更、エル様が被らなくて済むことを、エル様の代わりに泥を被れることを誇ります」


 清廉とセラフィナは言い切った。

 エルの目をまっすぐと見て逸らさない。

 その声色に恐怖はなく、至極当然と言いたげだ。


 このシスターは強い。ただ穏やかで慈愛深く献身的なだけではないのはわかっていたがメンタルも腕っぷしと同じくらいに強い。

 夜の山に巣食う魔物をたった一人で倒しに行こうとしたくらいなのだ。


 何故、自分の身内の女性はここまで胆力が備わっているのだろうとエルは内心首を傾げたくなった。


「お忘れですかエル様、わたくしに毒やよこしまな薬は効きません。神はわたくしに王宮に行けと命じておられるのです」


「………セラフィナ、私は意地悪で否定しているわけではないの。どうか分かって頂戴。カイル、あなたもよ。ベティを王宮に行かせたくないんでしょう」


「うん、エルの話を聞いて尚更連れていけない。大切な妹を晒しものになんてさせてたまるか!セラフィナはオレが守るよ、だからあんたはオレたちを信じて送り出してくれ」


 これだけ説得しても、目の前のシスターも騎士志願の少年も絶対に意思を曲げなかった。


 先に折れたのは珍しくエルであった。


「……もういいわ、それなら私も行く。もちろん堂々と乗り込む真似はしないから安心して……」


「エル様……」


 王宮の手紙を見たエルがトラウマで取り乱し、パニックを起こす姿を一番近くで見たセラフィナか戸惑いを浮かべた。


「まだ何ヶ月かあるんでしょう。私があなたたちに王宮のマナーとダンスのレッスンをつけてあげる。優しくはしないから覚悟して」


 エルは不敵に笑んだ。

 先程まで感情にまかせて、セラフィナたちの王宮行きを拒否していたのにあまりの変わりようにセラフィナもカイルも戸惑いを隠せない。


「いいのか?」


「だってレオンも賛成したんでしょう。ミルリーゼは反対って言ってたみたいけどオズは何か言ってたの?」


「オズ様は『案外なんとかなる』とおっしゃっていました」


「相変わらずいい加減な人ね……これで多数決は可決ね。私たちはこれまで多数決で決めてきたから私が反対したって覆らないわ。それがルールだもの」


 エルがチームのリーダーとして反対をしたところで、投票できる票の数は平等。エルは自らの意見を下げてセラフィナたちの意見を潔く認めたのだ。


「……だけど忘れないで、王宮は華やかなだけの場所じゃない。少しの油断が身を滅ぼす恐ろしいところよ、セラフィナもカイルも絶対に身に刻んでね」


 エルは二人の顔を見た。

 かつての公爵令嬢の輝きはいまのエルにも備わっているのだと、思い知らされるようなカリスマに満ちた表情である。


「はい、カイル様のパートナーとして恥じない行いをすると誓いますわ」


 セラフィナは静かに一礼をする。その所作は、貴族の場に出しても決して恥ずかしいものではないだろう。

 平民出身の彼女だが、セラフィナの言葉遣いは常に綺麗に整っていて公爵家出身のエルよりも気品に満ちていると感じる時すらある。


「…………な、なんだよその目は」


 問題はこっちだと、エルは言葉にせずともカイルを見て内心でため息をついた。


 やることが多い。婚約パーティーの日までエルはどこまでこの二人を王宮に行くに相応しい姿にさせるか悩みながらも、どこかやる気と手応えを感じはじめていた。

エル様もだけどセラフィナさんもなかなか強情。ミルリーゼちゃんも。


エルの仲間の女は全員、別ベクトルで気が強い

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