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饗宴編 限界

 



 エルは暗い部屋で目を覚ます。いつの間にか寝てしまったのだろう。

 すっかり部屋は日が沈み夜の雰囲気が漂っていた。




 何時間ほど寝ていたのだろう、身体が重くて起き上がれずただ窓の外の景色を眺めるしかできなかった。


「………」


 窓の外は大粒の雪が舞っている。

 ここに来る途中に経験した物よりも更に勢いは強いと感じた。


 王国北部の冬は辛く、厳しい。

 これからこの街は長い長い冬が来て、雪と氷に閉ざされるのだろう。




 エルはふと、その凍えるような外の景色に触れてみたくなった。


 重い体をベッドから起こして、バルコニーに出る。

 雪の舞う寒空の下で、薄着のままエルは極寒の空気にさらされた。


 最初に肌を刺すような冷たさを感じたがそれもすぐに馴染み、エルは真っ白な静寂が包む冬の夜空の下でゆっくりと肺が凍るくらいに冷たい空気を吸った。


 このまま凍りついてしまってもいいくらい、エルはもう何もしたくなかった。


 トラウマに震えるエルに優しく声をかけて精一杯に寄り添ってくれたセラフィナ、彼女の暖かさが嬉しかった。

 セラフィナだけではない、不器用ながらもカイルもエルを旅の最中で何度も優しく気遣ってくれた。


 厳しいながらも現実的な大人の目線でエルを導いてくれたオズ、こんな自分についていきたいと言って慕ってくれたミルリーゼ。


 仲間たちの支えでここにいるのに、たった一枚の手紙に過去を思い出してパニックを起こす自分がみっともなくてかなしくて、全てがどうでも良くなってきた。


 このまま自分が凍りつくまで極寒の中にいて、この悲しみも辛さもこの身ごと全てを凍りつかせてしまいたい。


 ……もう復讐なんてどうでもいい。

 リリエッタもアルフォンスもソフィアもどうでもいい。


 すべてが凍ってしまえばいい。


 そんな凍てつく世界の中で自暴自棄を起こしていると、ふいに強い力で誰かに屋内に引き戻された。



「………!!」



 振り返るとレオンがいた。


 エルの様子を窺いに部屋に来ていたのだろう。

 雪の中にいたので気づかなかった。


 どれくらい外にいたのだろう、薄着のエルの体は冷え切って感覚がないのか何かを必死に語りかけるレオンの声も聞こえない。


「………わたし、つかれたの」


 エルはそれだけを言ってそのままレオンの胸元にしなだれかかった。


 レオンは敬愛する主人が自分の胸に寄り添う状態に驚いたのか、目を見開いている。

 だいぶ長いこと一緒にいるのに、彼がこんな反応をするのをエルは初めてみた。


 少々短気ではあるが、基本的にはいつも冷静な目でエルを支えて優しく守り導いてくれた大切な恩師だ。

 そんな彼を指名手配犯にさせてしまった事実を思い出してエルの心は更に冷えた。


 その時、エルの背中に手が回った。

 彼が抱きしめてくれているのに気づいて、少し驚く。


 異性にこのようにされた経験は一度もなく、凍りついた心に一筋の光が灯ったような気がした。



「あんなものに、負けないで……」



 レオンが何かを押し殺したような声でエルに語りかける。

 彼の暖かさがエルの凍った心を、溶かしてくれる気持ちがした。


「レオン……負けたくない。でも怖くて怖くて仕方ないの」


「私がついております。この身はあなたの盾となり剣となります。どうか今一度立ち上がってください」


 エルの凍った体を力強く抱きしめて、レオンが語りかける。

 その力強さはいつものように頼り甲斐を感じて、エルはそのまま身を預けた。


 ずっとこうしていて欲しい、そんな欲が芽生えるのもわかった。


 エルはゆっくりとレオンの背に手を回して抱擁をする。


「うん………」


 自分でも気づかないうちに頬に涙が伝うのがわかった。

 なんと愚かなことをしようとしたのだろうと気付かされて、震えた。


「エル様、あなたはきっと長い旅で疲れが出たんです。今日はゆっくりとベッドの中であたたかくしてお休みください。セラフィナ嬢を呼びますか?ミルリーゼ嬢も心配しておりました、顔を見せてやると良いです」


「ううん、あなたがいい。朝までいてって言ったら困る?」


「まさか……光栄の至りです。エル様」


 レオンは胸の中でねだる少女の髪を撫でるとそのまま彼女を抱き上げて、先ほどまで寝ていた人の温もりの残る寝台に運ぶ。


「お望みなら朝まであなたを見守っております。どうか安心してお休みください」


「………一緒に寝てって言ったら?」


「………」


 エルのさらなる要求にレオンは一瞬固まる。

 その反応にエルは自分でも今、何を言ったか冷静になり布団を被った。


「今のなし!気にしないで!もう寝るから部屋、出て行っていいわ……ごめん、甘えすぎた!忘れて!もう大丈夫だから」


「は、はい。そうですね、では失礼します。どうかごゆっくり」


 レオンはそそくさとそう言い残すと部屋を出た。

 そして彼女のいる部屋のドアを出た瞬間、廊下で顔を真っ赤に染めて、その顔を手で覆って戸惑いの表情を浮かべた。


 その様子を誰にもみられていないことだけが幸いであった。


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