饗宴編 父と息子
カイルに届いたアルフォンスからのふざけた招待状は、とりあえずガラハッド辺境伯に共有されることになった。
カイルは父が仕事をしている自宅の執務室にセラフィナを連れて訪れる。
あまりに王太子の私利私欲に満ちたその手紙を読んだ辺境伯は、眉間の皺を思い切り深くさせると深いため息をついた。
「こんなことに王室印まで使って……なんという馬鹿げたことを」
王室印がなければ、まだカイルとアルフォンスの痴話喧嘩の延長線で済んだかもしれないが、王室印の存在が手紙を公的証書に昇華してしまった。
カイルとアルフォンスの喧嘩ではなく、王室と辺境領の問題にまでなってしまったのだ。
「………流石に王室と対立するのは避けたい。カイルはこの招待を受けてくれ。至急ベティにダンスの勉強とデビュタントの準備をさせる」
ガラハッド家の選択肢はそれしかないのだろう。
辺境伯もこの家には現在、この国の令嬢でも最上級のエルがいることは認知していたが、流石に王室に追われている彼女をパートナーにさせるほど浅慮ではない。
そのエルとも引けを取らない淑女っぷりを見せた銀髪三つ編みの小柄な子爵令嬢の存在もちらりと脳裏に蘇ったが、出会ったばかりのミルリーゼを巻き込むのも愚かだと即思い直し、その案も捨てた。
「それなんだけどさ親父……」
「ガラハッド辺境伯閣下、少々よろしいでしょうか?」
言い出しにくそうなカイルを察してカイルの後ろに控えていたセラフィナが一歩前に出た。
「きみは、エスメラルダ嬢の仲間のセラフィナ嬢といったね……用件は何かね?」
「カイル様のパートナーをわたくしに務めさせてはいただけないでしょうか」
「………親父、オレ……ベティを巻き込めねぇよ。だからセラフィナにお願いしたんだ。彼女は引き受けてくれた」
「馬鹿者!よそのお嬢さんを巻き込むんじゃない!」
ガラハッド辺境伯は怒鳴り声を出した。
真っ当な大人としての責任感を、強く感じさせる声量である。
「嫌なんだよ!王都の貴族連中の前にベティを晒すの、ベティは知らないんだ北の生まれってだけでどんな目で見られるのか……オレはまだ男だから耐えられた。だけどベティは絶対傷つく。あんな偏見だらけのところに大切な妹をつれていきたくない!!」
「我儘を言うんじゃない!勝手に言わせておけば良いんだ。北の民のどこに恥じる箇所がある。彼らは良き隣人としていつも手を差し伸べて助け合ってきた大切な同志だ。何年か前の猛吹雪の冬もこの街を助けてくれたのは王宮ではなく北の国の民たちだ」
辺境の街は、アステリア王国で唯一北の国の民が許可なしで滞在を許される街。
何度も助け合い支え合った彼らの存在は、辺境の街にとって欠かせない隣人としての歴史があるのだろう。
ガラハッド辺境伯の髪の色は、一般的なアステリア王国民の茶色で彼の家族の中では唯一、北の国の民の象徴である赤毛ではなかった。
だが、心は北の国の民と同一なのだろう。
何度も助けられた経験がきっとそのようになっているのだとセラフィナは考え、彼らの過ごしてきた歴史に思いを馳せる。
だが今のセラフィナには、どうしても譲れない願いがある。
どうしても王宮に行かねばならぬ理由がある。
「………閣下、どうかわたくしが力不足であることそしてガラハッド家の代表としてカイル様のパートナーを務めるには身分不相応であることは承知の上でのお願いです。カイル様のパートナーをわたくしに務めさせてください」
「セラフィナ嬢、しかし……いや、あなたが駄目と言いたいわけではないんだ。これは辺境の問題だ、無関係な方を巻き込むわけにはいかないのだよ」
「無関係ではございません。わたくしの大切な方のためですわ!」
「………セラフィナ嬢……っ!」
カイルはセラフィナの『大切な方』は、おそらくエルのことを言っているのだと察した。だが、目の前でセラフィナの言葉を聞いた父親が絶対良からぬ勘違いをしたのも察した。
訂正したほうが良いと理性が忠告するが、ここで訂正したらもうカイルには大切な妹を差別主義者の前に晒すことになる未来を本能が警告する。
カイルは本能に従うことを選んだ。
少年は長い旅路で処世術を覚え、ひとつ大人になったのだ。
「そうか……そうか、カイルも旅をして良い出会いをしたのか。セラフィナ嬢……そこまで言われたらあなたの気持ちを無碍にはできん」
あっさりと父親が陥落するのが見えた。
ガラハッド伯はやはりカイルの父だけあってそこまで気難しくはないのだ。
「幸い婚約パーティーの日付まではまだ数ヶ月ほどある。うちで存分に準備をして行きなさい。これから極寒の冬がくる、冬の間はエスメラルダ嬢ともども旅を休んではどうかね?私の家でゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます辺境伯閣下、わたくし全身全霊で務めさせていただきます」
セラフィナは優雅に一礼をした。
その美しい所作を見るガラハッド辺境伯の目が、喜びに満ちているように感じてやまないカイルは盛大に焦りながらも、もうなるようになれと開き直った。
「……セ、セラフィナとにかく頑張ろう!オレもあんたに恥をかかせないようにダンスを頑張るから!組み手って笑われないように!」
「……組手?」
息子の不穏な呟きに、彼の学園時代のダンス教科の成績を思い出したガラハッド辺境伯は頭を抱えた。
先行きは不穏だがそれでもエルの宿敵のひとり、アルフォンスの企てを阻むための長い特訓の日々が始まる。
王都に乗り込むための戦いはこれから始まるのだ。
「ところでセラフィナ嬢、あなたのご両親に挨拶をしたほうが良いかね?」
「……わたくしの両親にですか?」
「お、親父、そういうのはパーティーが終わった後にしたい!!」
「そうか。まぁそうだな。存分に頑張りなさい」
カイルは一人、焦る。
何やら違う方向にややこしいことになった気がするが、もうなんとかなれとしか思えなかった。




