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饗宴編 災禍の手紙③

 





 コツコツと靴を鳴らしてセラフィナが皆のいる居間に姿を現した。


「おっ」


 皆誰も喋ることなくただ暖炉の炎がぱちぱちと薪を燃やす音だけが響く部屋で、セラフィナかエルの帰還を待っていたので最初にシスターの姿をみたオズはフレンドリーに軽く手を上げる。


「おつかれ、お嬢様は?」


「部屋で休まれております。目をお覚ましになってからでしたらお会いしてもよろしいとは思いますが、あまり騒がないでさしあげてくださいね」


「じゃあ会うのやめとくよ……僕、うるさいから」


 椅子の上で膝を抱えていたミルリーゼが溢した。

 いつもなら一を言われたら十で返ってくるほどに賑やかな彼女が落ち込んでいるのか、とてもおとなしい。


「……セラフィナ嬢、ありがとうございます。俺では多分エル様を宥められなかったと思います」


「適材適所でございます。レオン様だってこれまで何度もエル様を守り、支えてきたのでしょう。それはカイル様、オズ様、ミルリーゼ様も同じです。今回はたまたまわたくしの順番が回ってきただけですわ」


 頭を下げる青年に、慈愛深きシスターは微笑んだ。


「ありがとね、セラフィナちゃん。そう褒められるとオジさん、自己肯定感上がっちゃう」


「うん……僕も」


 オズがいつもの軽口を言い、隣のミルリーゼも同調した。

 チームの空気が少しだけトラウマ騒動の前に戻るのを、チーム最古参のレオンはうっすらと感じた。


「エルが回復するまでオレずっと待ってるし、旅に疲れたならこのまま辺境に住めばいいよ。ミルリーゼだってこの街で商売始めるんだろ」


「そうだけどさ〜、でもそうも言ってられなくない?空気読まずに話戻すけど、カイルその招待状どうすんのさ?」


 ミルリーゼが言っているのは先ほどの王太子からのふざけた内容の招待状だ。

 カイルが行かなければ王宮と辺境の対立はほぼ確定するだろう。

 カイルの返答次第で、辺境に暮らす人々のこれからの生活が変わってしまうかもしれないのだ。


「行くとしたら妹とだけど、ベティはまだデビュタント前なんだ。いきなり王宮デビューは厳しそうだし……正直、王都の貴族連中は北の民の赤毛を野蛮と馬鹿にする奴らが大半だ。そんな所にベティを連れて行きたくない」


「……おそらく王太子の招待は、それも計算に入っているのかもしれないな」


 王宮のホールで兄妹にお家のためだと不慣れなダンスを強要して嘲り笑う……なんという残酷なことだとレオンは眉間を押さえながら強く憤った。


「ミルリーゼ、おまえダンスできねえ?」


「えっ……僕!?できなくはないけど……」


「オレとパーティーに行ってくれないか?ミルリーゼも貴族だしパートナーとして登城してもおかしくないだろ?」


「………ごめん、カイルのパートナーが嫌なわけじゃないけど僕、王都には今はあんまり行きたくない」


 ミルリーゼは視線を落として申し訳なさそうに謝罪した。


「そっか……」


 カイルも素直に受け入れ眉を寄せて考える。

 領地と領民のために無関係の妹を巻き込んで嘲笑を受ける覚悟を決めなくてはいけない、そう誰かに命令されている気がした。


「……オレ最低だな、今更アルフォンスに逆らったことを後悔してきた。オレひとりならどんな嘲笑だって受けてやるけどベティは関係ないじゃないか……クソ!」


「カイル様、お気を確かに……エル様は過去に学園ではあなた様だけは味方だったととても喜んでおられました。あなた様の勇気は誇れることです」


「そうだけどさ……」


 項垂れるカイルに慰めの言葉を添える美しいシスター、その青藍の瞳を見た瞬間、ふっと新しい案が頭をよぎった。


「セラフィナ……あんたはダンスはできるのか?」


「申し訳ございません……経験がございません」


「それなら習えばいい。セラフィナ嬢、あなたがカイルのパートナーとして王太子の招待に応じてはいただけないだろうか」


「えっ……わ、わたくしですか?」


 カイルの問いかけに、レオンが賛同した。

 教師志願な事だけあって年少のエリザベートが傷つく選択肢が彼は一番許せないのだろう。


「わたくしが……王宮に……」


 セラフィナは驚きつつも反芻するように呟いた。


「無理強いはダメだよお兄ちゃん、お姉ちゃんもよく考えて。王宮は怖いところなんだよ?あそこはすごく豪華に見えるけど腹の探り合いの場なんだ……お姉ちゃんが行くくらいなら僕が行くよ。ダンスも学園にいた時の授業で少しやったし」


 ミルリーゼの小さな手がセラフィナの服を掴んだ。心配そうな空色の瞳にシスターは優しく、そして力強く微笑みを返す。


「……いいえ、わたくし、やりますわ。ミルリーゼ様、心配をしてくださりありがとうございます。王宮はエル様の敵のいる場所、馳せ参じるべきと思い至りました」


「ミルリーゼ嬢、さっきカイルが誘った時『行きたくない』とはっきり言ったんだから、やっぱり行くは通用しないぞ。今回はセラフィナ嬢に花を渡せ」


「もー!お兄ちゃんっては意地悪いなあ!僕は純粋に心配しているのに」


 片目を瞑ってレオンが諭すようにミルリーゼに言った。

 頬を膨らませて不満を主張するミルリーゼはやはりどことなく小動物のようだ。


「まぁ、婚約パーティーまでにまだ余裕あるんでしょ?やるだけやってみなよ、セラフィナちゃん運動神経良いしダンスも案外何とかなるんじゃない」


 オズは他人事のように気楽に言った。


「じゃあ僕は商会のルートでパーティー用のドレスを用意するね。お姉ちゃんがこの世界で一番綺麗な女性になるように仕立ててあげる。商会にひとり、仕立て屋がいるからガラハッドの街に呼び寄せとくね」


「ミルリーゼ様、この世界で一番美しいのはエル様ですわ」


「同意です」


「………あ、うん。ソウダネ」


 セラフィナとレオンがその場で強く握手するのを見てこいつら本気で言ってるんだろうなとオズは思ったが、空気を読んで傍観した。





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