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饗宴編 災禍の手紙②

※パニックを起こしているキャラがいます。

※パニック描写があります。

※リバースしている描写があります。


閲覧にあたり、お気をつけください。

 



「エル様……!!」


「わたくしが追います……!」



 部屋を飛び出したエルの後をセラフィナが追いかけた。

 その後に続こうとしたレオンの肩を掴んで制したのはオズであった。


「セラフィナちゃんが適役だよ。俺たちは今はそっとしておこう」


「………ああ、そうだな」


 レオンは何かを言いかけてから、取り消し。

 低い声で返した。


 事の発端を作り出したカイルは気まずそうに俯いて、その隣のミルリーゼもすっかり黙り込んでしまった。

 いままで散々泣き真似をしたりおちょくったりして仲間たちを揶揄っていた彼女も今回ばかりは本当に落ち込んでいるのが見てとれた。


「エル様は長い間、真綿で首を絞められ続けるような学園生活を送っていたらしい」


「……あんなに追い詰められていたなんて、エルが何をしたんだって言うんだよ」


 ポロリとミルリーゼが目から真珠のような涙をこぼした。仲間を思って嘆く少女の姿にオズは何も言わずに、彼女の小さな頭を優しく叩く。


「エルは何も悪いことなんてしてない、全部あのリリエッタとアルフォンスが悪いんだ!」


 カイルは怒りにテーブルを殴りつけた。

 その派手な音から、握り拳に相当な力が入っているのがわかる。


「許せねえ!アルフォンスの野郎、いつか絶対ボコボコに殴ってやる」


「………その時は加勢してやるよ」


 レオンはエルの去った扉を見続けながら、苦虫を噛み潰した顔をした。





 エルは吐き気を抑えながらガラハッド邸の廊下を走りなんとか厠まで駆け込んだ。

 そのまま口の中の込み上げたものを便器の中へと盛大に戻した。


 まだ朝食をとってなかったのは唯一の救いかもしれない。



「エル様っ………エル様!」


 追いかけてきたセラフィナは、エルの様子に気づくと何も言わずに彼女の背中をさする。


「ごめ………汚い、から」


「大丈夫ですお気になさらず、全て吐いてしまったほうが楽かもしれません。お水は要りますか?」


 いま、自分が置かれている状況に遠慮するエルに対し、セラフィナの掌に躊躇いはなかった。

 的確なアドバイスをして、エルの体調改善を第一に動く。

 何度目かの嘔吐を繰り返す彼女の身体が落ち着くまでそばで支え続けた。







「もう、大丈夫だと思ってたの。あんな奴ら怖くないって……」


 全てが落ち着いたあと、エルは借りている部屋に戻った。

 寝台に座り虚な目で天を見る。

 その焦点は不安定であった。


「………はい」


「やっぱり無理だった……あの手紙を見て、思い出した途端に怖くて怖くてたまらないの。王都も王宮も学園も……私はもう無理かもしれない。ごめんなさいごめんなさい」


「どうかそれ以上責めないでください、エル様。今のあなた様を責める人間は此処にはおりません」


 依然、震えの止まらないエルの体をセラフィナはそっと隣で寄り添い、彼女を癒すように優しく震える背中を撫で続けた。


「大丈夫ですよエル様……」


「ミルリーゼにも……ひどいこと、しちゃった。あの子は……何も悪くないのに……」


「ミルリーゼ様も理解されております。あの方はとても聡明なお方です」


「………うぅぅうう、!」


 エルはボロボロと大粒の涙をこぼすと耐えきれなくなったのか声を上げて泣き始めた。


「泣いて良いのです、エル様……わたくしがお側におります」


 エルの震えた肩を撫でながらセラフィナは優しく声をかける。

 彼女の涙が溢れるたびに、安心させるように優しく大丈夫、大丈夫と繰り返した。


「もういやだ……わたし、なにもしていないのに、どうして……たすけて、たすけてよぉ」


「………」



 セラフィナはエルの過去はある程度まで知っていた。

 まだオズが仲間になる前、旅の途中の野宿の際にエルが話してくれたのだ。


 婚約をしていた王太子に自分以外の恋人が出来たこと。何度改善を要求してもエルの話は聞いてもらえず、いつの間にか自分が王太子の恋人をいじめる悪女にされたこと。

 学園の大半が敵と化して、彼女は常に敵意の目線に晒されて、しまいには教師にまで加害され、彼女の失墜を周囲は大いに喜んだこと。


 最終的に偽造の罪で晒し上げられた彼女は、無実の身で罰を受ける寸前まで行ったこと。



『私を屋敷から連れ出してくれたレオンには本当に感謝してる。それにね、学園にいた時もカイルだけは私の味方をしてくれたの……だから私は最後まで戦えたの。一人だったら無理、とっくに心が折れていたと思う』



 野宿の焚き火に当たりながら過去を打ち明けた少女の横顔は、相当無理をしていたのかもしれない。


 公爵令嬢の身で逃走者の身に落ちて、あたたかいベッドや清潔なシャワーさえ満足に使えずに追手に追われる日々になった。


 何故、何の罪も犯していない彼女がこんな目に合わなくてはいけないのだ。

 自分が学園にいたら彼女を傷つけるもの全てから守ることが、全員に平等に神罰を下すことだって出来たかもしれない。

 何故、自分はあの場所にいなかったのだと話を聞いた際のセラフィナは自分の中にふつふつと怒りの感情が芽生えるのを感じた。


 これまではエルの悲しみに共感して、彼女の過去の傷を少しでも癒そうと、彼女が大きな間違いを起こさないように、彼女の手が怒りに任せて汚れることがないようにと精一杯守っていたつもりが、それだけではいけないと、エルの震える体を抱きしめてセラフィナは一人思った。


「エル様……無力なわたくしをどうかお赦しください」


「そんなこと……うっ……うぅぅぅ」


「あなた様を傷つけた全てをわたくしは絶対に赦しません。わたくしも共に戦います。この身が灰になる日まで必ず」


「うん………うん………」


 泣き崩れるエルの瞳を覗いて、優しく笑むとセラフィナはそっと彼女の手を取り、その甲に唇を落とした。

 その意図を知るエルは少し頬を染める。


「………セラフィナ……ありがとう……」



 何よりも大切にしたい。


 その口付けの意図に少しの恥じらいと最大限の感謝を込めてエルは震える唇で礼を告げた。







「エル様、神はすべてをご覧になっております。罪なき者が裁かれるなど決してあってはならないことなのですから」


 疲れ果て、寝台で死んだように眠るエルの顔を眺めながらセラフィナは一人思う。

 いつの間にか降り始めた雪がしんしんと積もり始めた。

 冷えた空気にさらされることがないように彼女の身体を毛布で優しく包み込む。


「あなた様の嘆きも悲しみも必ずわたくしが癒します。わたくしはあなた様の光になりたいのです。だから今はどうかお身体をお休めください。」


 清廉なシスターは最後に優しく大切な人の頬を撫でてから、ゆっくりと彼女の部屋を出た。


王太子アルフォンスは

絶対に怒らせてはいけない人を怒らせた!




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