饗宴編 冬のおとずれ①
第三章 饗宴編、開幕。
心強い仲間と共に復讐と再生の旅路を歩むエル。
困難な道、それでも諦めずに前に進むエルに新たな出会いと出来事が待っている。
彼女の旅はまだ止まらない。
無数の因縁と思惑が絡む舞台の上で、
さぁ宴を始めましょう……
エルたちの旅は旧都から出発して順調に街道を北に進み、ガラハッド辺境まで向かっていた。
季節は実りの秋から厳しい冬へと移りはじめ、冬の到来を知らせる雪がついに彼女たちの歩む道へと降り始めたのである。
「寒いと思ったら雪……王都にいる頃よりだいぶ初雪が早いのね」
エルは幌馬車の中から、降ってきた雪に気づいて読んでいた本から顔を上げた。
暦の中ならまだ晩秋だが、王国北部では冬に値するようだ。彼女の吐く息も白くなっている。
「うぅ……寒いよロッド……また服の中に僕を入れて温めておくれよ」
「お嬢さん!?『また』とか言わないでくださいよ、そんなことしたことないですよね!?変な誤解されるでしょう!?」
ミルリーゼは変わらず運転席で馬車の操縦をするロッドに絡み、ロッドは慌てて誤解を解こうとした。
隣に座るレオンの反応が気になるのか、かなり必死に否定の言葉を繰り返している。
「雪ってテンション上がるよな!なんかガーーッて動きたくなる!」
馬車に追従して歩くカイルは、空から舞い始めた雪を見て嬉しそうだ。
北の辺境生まれの彼にとって雪は慣れ親しんだ存在なのだろう。
その様子を隣で歩くセラフィナが微笑ましそうに見守っている。
「なんかあったわよね、犬が雪で喜ぶ歌」
抑えきれなくなったのか、いきなり走り出したカイルの背中を見てエルは呟いた。
カイルの姿が、雪を見て庭を駆けずり回る犬のようにも見える。
辺境への旅もそろそろ終盤だというのにずっと元気なやつだと彼の無尽蔵な体力に心から感心する。
「お嬢様、寒かったら温めてやろうか?」
「……どうやって?」
「そりゃ人肌ですよ。オジさんの胸の中で……っていうのは冗談で普通に魔法で温めてやるよ」
レオンの殺意を察知したのだろう、彼の剣が抜かれる前にオズは話の軌道を正すと、彼の得意な魔法の使用を提案した。
「良いわね、じゃあお願いしようかしら。ミルリーゼ、オズが魔法で温かくしてくれるって」
「えっマジ!?おじさん、早くやって」
「……最近の若い子って礼儀を知らなくて本当にびっくりするわ」
エルは運転席でずっとロッドに絡んでいたミルリーゼを荷台に招くと、オズの提案に彼女と便乗させる。
傍若無人なミルリーゼに苦笑しながらオズは呪文を唱えて、少女二人を暖かな光で包んだ。
この様子から分かるようにエルはミルリーゼから、約束であった彼女とソフィアの過去話を聞いてからは妙に彼女への態度が軟化している。
「………」
ロッドの隣に座っていたレオンは心配そうに見守った。
本来なら同い年の少女同士の交流は微笑ましいが、いまいちミルリーゼの言動はレオンにとっては信用に欠ける箇所が多すぎた。
同じ女性で、いつのまにか雪にはしゃいで遠くまで走っているカイルを心配そうに追いかけるシスターの1割でもいいので、慎ましさを見習ってもらいたいのも本音であった。
「……お、お嬢さんがすんません」
となりで馬の手綱を操る青年が、レオンの警戒心を察したのか申し訳なさそうに謝罪した。
だが、正直に言うとどこにでもいる至って普通のこの青年も違和感を覚える時がある。
彼は普通の青年だが、普通すぎた。
その割にはオズの認識阻害魔法を、彼女の主人であるミルリーゼより先に自力で解いてしまったり(旧都にいる間、それが達成できたのはロッドだけである)。いまでもレオンなりにミルリーゼへの警戒は顔の外に出さないようにポーカーフェイスを保っていたのにも関わらず察知したのだ。
言語化できない怪しさが、自称ブラン商会従業員の青年にはあるのだ。
「そりゃそうだよ。ロッドはうちの構成員だもん」
雪がだいぶ強くなってきたので、馬車が横付けできる馬小屋のある山小屋に馬車を止めた一行は今夜はここで宿泊することを決めた。
雪の中、山道を頑張ってくれた馬を十分に休ませて、セラフィナが夜ご飯の準備をして、カイルは木を切って薪を集め、その薪をオズの魔法で燃えやすいように乾燥させてから小屋の中にあった古い暖炉に焚べる。
その暖かな火に当たりながらミルリーゼはあっけなく答えた。
「お、お嬢さん!?」
「いやずっと警戒されてたらやりにくいだろ。いいよ。お兄ちゃんはエルの仲間だし」
ぱちぱちと燃える暖炉をエル、レオン、ミルリーゼ、ロッドで囲う。
そしてレオンの警戒に気づいたエルが、その眼差しの真意を問うことでロッドの正体はミルリーゼによってあっさりと開示されたのである。
「うちって、ブラン商会?」
「ああ、情報屋の方のね。ちなみにロッドって名前も偽名だよ。本名は僕も知らん」
「お、お嬢さん……そんな話されたら困るっすよ」
情報屋としての立場もあるのだろう、ロッドは目に見えて焦りながら主人を止めようとするがミルリーゼはやめなかった。
「ロッド……僕はエルについていくし、エルとはこのままビジネスパートナーを続けるつもりだよ。だから隠し事はできるだけ無しにしたい。今後きみはエルにも僕と同じくらいの気持ちで従ってくれ」
「は、はぁ……でも、本名は仕事の都合で明かせないですよ?」
「良いわよ。偽名は慣れてるし」
エルが答えた瞬間、小屋の外でオズがくしゃみをした。
「……ロッド殿、不躾を謝ります。失礼しました」
一連の疑問に納得がいったのかレオンは素直に頭を下げた。
年上の男性に謝罪されたことに驚いたロッドは目に見えて恐縮する。
「あ、いえ大丈夫です。警戒するのは当然です。こちら側の態度もアレですし……お嬢さんもいろいろアレなところもあるんですけど、本当悪い人じゃないんです。悪気がないだけで」
「よせやい……照れるぜ」
「ロッドさんはあなたを別に褒めてないでしょ」
ちょうど部屋の中にセラフィナが野営で作った夜ご飯のシチューの鍋を持ってきた。
有り合わせの材料で作った献立だが、温かくて良い匂いが室内に広がる。
早く食べようという意見から一行は少し早い夜食となった。
「ミルリーゼ……さっきさらっとついてくるって言ってたけど、これから先の私の旅についてくるつもりなの?」
「そうだよ。僕は多分帝国派のブラックリストに乗っちゃったから危険なことはかわらないし、ソフィアも気になる、あと普通にエルについて行きたいんだよね」
ミルリーゼはシチューの皿からにんじんをロッドの皿に移しながら答えた。
「私も実家とか王家に追われているから色々と危険よ、それでもいいならいいけど……あとにんじんロッドさんに押し付けるのやめなさい」
「ごめん、僕にんじんアレルギーで食べたら死ぬんだ。……危険者同士仲良くしようねエル」
ミルリーゼは真顔で嘘をつきながら今度は皿からグリンピースをレオンの皿に移している。
「あのミルリーゼ様?お野菜はちゃんと食べたほうが良いですよ?」
「ごめん、僕グリンピースアレルギーだから食べたら爆発するんだ。こんなところで爆発してみんなに迷惑かけられないよ……」
セラフィナがそっと嗜めるが、ミルリーゼは諦めずに玉ねぎをエルの皿に移そうとしてレオンに無言で阻止された。
「本当すみません本当すみません。お嬢さん本当にやめてください、レオンさんすみません俺の皿に移していいんで」
ロッドは胃のあたりを辛そうにしている。ミルリーゼの奔放さは彼の胃をとことん苛んだ。
「ミルリーゼ、あなたそんな偏食ばかりしてるから背が小さいんじゃない?」
「ひ、ひどいやエル……僕のコンプレックスなのに」
エルに正論で指摘をされて、ミルリーゼは器用に泣き真似をした。
前科がありすぎて、小屋にいる誰もが同情心は抱かないのは言うまでもない。
「それなら好き嫌いをするな、そして早寝早起きをしろ」
レオンはため息をつきながら、ミルリーゼに盛られたグリンピースを咀嚼した。
「あと運動もしたほうが良いぜ、おまえ旅の途中ずっと馬車に乗ってるけど明日は歩いたらどうだ」
誰よりも早く完食しておかわりを盛ってきたカイルがその隣で提案した。
「……僕好き嫌いも夜更かしもしてないもん。歩く時は歩くから山道くらい馬車に乗せとくれよ」
ちなみにこの旅路の途中、ミルリーゼはずっと馬車に乗り、夜中まで持ち込んだ小説を読み漁り、朝は誰よりも遅く起きている。彼女の主張は虚偽ばかりだ。
「ミルリーゼちゃん、さりげなく野菜をオジさんの皿に移すのやめてね」
「明日からこのチーム内で食べ物の好き嫌いと苦手な物を他人の皿に移す行為は禁止にするルールを設けようと思います。賛成の方は挙手を」
頭を抱えたエルは、多数決を呼びかけた。
「はい」「はい!」「はーい」「……はい」「すみませんお嬢さん」
その声にセラフィナ、カイル、オズ、レオン、ロッドが挙手をする。
「ひ、ひどいや数の暴力だよ!こんなのあんまりだよ!!無茶苦茶だよ!」
「残念ねミルリーゼ、多数決は民主的に取り決めを行う平等なルールよ。じゃあ6対1で可決ね。」
「えーーん、エルになんてついてくるんじゃなかったよー」
ミルリーゼの遠吠えが吹雪の夜の山にこだました。
※アレルギーに対して適当なことを言っているキャラクターがいますが、実際の食物アレルギーには微塵も関係ありません。誤解と偏見を招く意図は筆者にはございません。
第三章です。のんびりと開幕です。
三章からエル視点以外の物語も多数増やしていきます。
奔走編と同じくらいコメディベースのたまにシリアスでお話を進めます。楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。