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奔走編ex2 王宮にて

 




「アルフォンス、私にはロデリッツ家の縁を捨ててまであの娘と婚約をしたいというおまえの気持ちが全く理解ができぬ」



 アステリア王国、王都アステリオン

 その中心部にあるアステリア王宮にて王座に座る女性はため息をついた。


 女性の前に立つ麗しの美青年は、沈黙を貫く。


 王座に座るのはアルフォンスの母カトリーナ。

 対するはこの国の王太子であるアルフォンス。

 彼はこの国の次期王位継承者で、親子の間で話題になっている娘は、先月から王妃教育として王宮に住み込みで学び始めた男爵令嬢のリリエッタ・フローレンスのことである。


「母上……」


「今やアステリア王家を支える四大公爵のうち、亡き陛下の妹君が嫁いだ筆頭のデュラン、私の実家のアルバート、そしていろいろと世話をしたクレイモアは王家の忠実な家臣だ、残る一家の建国からの名門ロデリッツ家の娘をおまえの妃として嫁がせればアステリア王家の安泰もほぼ約束されたも当然だというのに……」


「しかし母上、僕はあのような冷酷な女を伴侶になど到底できません。あの女……エスメラルダはリリエッタのことを殺そうとしたんです」


 アルフォンスは訴えた。


 彼は見ているのだ、階段の下で倒れるリリエッタの痛々しい姿を。その事実は彼の中では揺るぎない。



「良いではないか一国の国母となるもの、邪魔者は即座に消して当然。それくらいの気概もなければ王妃の座などつとまらん」


「無理です、あんな女……」


「我儘を言って母を困らすなアルフォンス。この際リリエッタと申すどうしようもない娘は寵姫にでもして、離宮で愛でれば良い。逃走した公爵令嬢エスメラルダは捉え次第、再教育の末におまえの王妃に据える」


「せめて側室に……僕の愛はリリエッタにしかありません」


「………あの娘を王家の人間として晒すというのか?」


 カトリーナ王妃は一際大きなため息をついて、豪奢な王座に力無くもたれかかった。


「歌も、ダンスも、教養も、マナーもダメ。何をやっても碌な成果も出さないあんな娘を私の大切なアルフォンスの王妃にするというのか?アルフォンス目を覚ませ、恥をかくのはおまえだけではないのだぞ?」


「それでも、僕はリリエッタを王妃にしたいのです。エスメラルダはどうでもいいです。すみません執務があるので、失礼します」


 話の途中なのは承知の上で、アルフォンスは席をたった。

 背中に王妃の声が届くが聞こえないふりをする。


 やけに疲れた表情の、王座の間を守護する騎士がアルフォンスに何とも言えない視線を送ってきた。

 ここ数日の母の機嫌はすこぶる悪い、その八つ当たりが彼らに飛んできているのだろう。




 リリエッタ・フローレンスは、アルフォンスが初めて恋をした令嬢であった。

 婚約者であったエスメラルダ・ロデリッツにはなかった人の温かみ、優しさ、守ってあげたいと思わせるような魅力に溢れる少女だった。


 アルフォンスに向ける親愛の目、素直な言葉で愛を告げる少女。

 こちらに対して敬愛のひとかけらもないエスメラルダには無いリリエッタの魅力があった。


 だが、王宮に来てから彼女は毎日のように愚痴を言う。


 勉強が辛い、マナーが厳しい、王妃様が怖い。


 毎日毎日同じ失敗を繰り返し、その度に泣き言を漏らす彼女にはアルフォンスも少し疲れていた。


 それでもアルフォンスは揺るがない。

 いつかリリエッタも立派な王妃になって、自分を支えてくれるに違いない。


 自分の王位継承は確実で、その隣には花が綻ぶような微笑みを浮かべる王妃リリエッタがいてくれると……





 廊下を歩くアルフォンスの耳に歌声が届いた。


 この時間、リリエッタは歌唱の授業だ。

 直接の王妃教育に関係はないが教養の一環として学ばせたが、やはり彼女は『人の前でなんて恥ずかしくて歌えない』と行儀悪くお茶を啜りながら愚痴を溢していたのを覚えている。


 アルフォンスは歌声の主を探して廊下を進む。





 夜の帷、月光に照らされて


 闇夜のいただきに


 我ら夜想の名のもとに


 黒き栄光の国は永遠の契りを交わす





 それは、アルフォンスが聞いたことのない歌だった。


 こっそりと歌声の主を探ろうと、部屋を覗き込むと部屋の中央にはダークブラウンの髪の少女がいた。

 隣にはつまらなさそうに姿勢を悪くして椅子に座っているリリエッタの姿もあった。


「あれは、リリィの友達だと言うソフィア・オベロン伯爵令嬢か」


 彼女はリリエッタがごねて王宮に招いた少女であった。


 一人は嫌だと泣きつくので、仕方なく呼びつけて共に王妃教育に付き添わせているのだ。

 アルフォンスから見たら特に見どころのないつまらない女で、容姿も取り立てて優れているわけではない。


 むしろ、愛らしくて華のあるリリエッタの隣に地味な風貌のソフィアがいると彼女の可愛らしさが更に引き立てられているように感じるくらいだ。


 だがその彼女の歌声は、アルフォンスがかつて聴いた王都の楽団の歌姫のものよりも大きく劣っているようには感じなかった。


「ソフィすごーい、歌上手なんだね。でも何その曲……」


「ノクタリアの歌だよ。私は旧都育ちだから少しだけ馴染みが深いんだ。ちなみに2番でアステリアの歌詞になるよ」


「ふーーん。選曲がイマイチね、もっと別の歌にしたら?」


 不満そうなリリエッタの声がする。

 音楽教師がソフィアの歌を絶賛するのが面白くないのだろう。



「おまえが選んだのがあの娘なら、私の苦労もここまで大きくはないだろうに」



 ふと女性の低い声がして、アルフォンスが振り返ると追いかけてきたらしいカトリーナ王妃が冷たい目で睨んでいた。

 目線の先にはソフィアがいた。

 何もしても及第点すらとれないリリエッタに比べたら、地味でおとなしいソフィアの方がまだマシだと言う評価なのだろう。


 アルフォンスは盛大なため息をつきながら頭を抱える。そして何度目かの言葉を述べた。



「それでも、僕が愛するのはリリエッタだけです」










「アルフォンス……ずいぶんとお疲れの様子だね」


 王宮の一室、アルフォンスの執務室には友人たちがきていた。

 やってきたアルフォンスを見て、口々に労を労う。


 その場にいたのは、筆頭のデュラン公爵家の嫡男でアルフォンスの従兄弟のヴィンセント。騎士団長の家の公爵令息のマクシミリアン。そして宰相の息子のテオドールだ。


「母上のプレッシャーがすごいんだ」


「リリィに期待が大きいんだね。ボクも彼女の晴れ姿を見るのが待ち遠しいよ」


 リリエッタの現状を何も知らないヴィンセントが呟いた。気楽な彼の言葉に少しだけアルフォンスの胸がざわついく。


「婚約披露パーティーではリリィちゃんとダンスをするんだろ?アルフォンス殿下」


「豪勢なドレスを仕立てるんですよね。そんなドレスを着たリリエッタ嬢はさぞかし会場の華となりますね殿下」


「どうだろう……リリエッタはダンスが苦手みたいだ」


 ダンスだけではないことは友人たちには伏せている。共にエスメラルダの断罪の場に立ってくれた彼らに、余計な情報を与えたくはなかった。


「カイルよりも?」


 マクシミリアンが懐かしい名前をあげた。

 すっかり存在を忘れていた、元友人の一人だ。


 エスメラルダの罪を裁いた日に、たったひとりアルフォンスに逆らった愚かな幼馴染。

 彼はあの日から姿を見ていない。まぁ王太子に刃向かって堂々とできるわけがないのだが。


「……カイルか、どうしてるんだろうね、噂によるとエスメラルダと実は陰で恋仲だったんだって?」


 ヴィンセントが意地悪く笑った。


 カイルは学園在籍時は、鍛錬とアルフォンスの雑用にあけくれて、エスメラルダとそのような仲になる暇はない事など、ここにいる誰もが知っている。


 だが自分に反発したカイルをわざわざ助けてやるほどアルフォンスは身内ではないと判断した人間には優しくはなかった。


 彼とエスメラルダの禁断の恋は、社交界でいい酒のつまみとなっている。

 実際は悪意による捏造だが、そんなことアルフォンスには知ったことではない。訂正してやる気はさらさらない。


「馬鹿なカイル。変な正義感で僕に楯突くからそういう目に合うのさ。いい気味だよ」


「恥ずかしくて王都にもこれないんでしょう。カイルは調子に乗りすぎです」


「カイルのダンスはウケるけどな、組み手でもしてるのか?ってくらい無様で」


 テオドールとマクシミリアンは授業の一環で彼が過去に披露したダンスを思い出して笑い合う。


 ふとアルフォンスはダンスが下手くそな彼に対して、面白いことを思いついた。


「……そうだ、リリィとの婚約披露パーティーにカイルを招こう。“必ず女性のパートナーを連れて登城して、ダンスを披露すること。そうしたら僕への先日の無礼を謝罪する機会を与える”と、そう言えばカイルはきっと来るに違いない」


 許すとは言わないけど、と心の内で付け足して美形の王子は歪な笑みを浮かべる。


「殿下、最高ですね!ガラハッド辺境伯も、流石に王家と関係悪化は避けたいでしょうから、カイルがどれだけダンスが苦手で無様でもパーティーに来させるはずです」


「そうしたらカイルの下手くそなダンスを皆で笑ってやろう。それにあいつ婚約者もいないからパートナーを用意するのも困ると思うぜ、王家に睨まれているガラハッド家と縁を作ろうと思う貴族なんていないと思うし」


 アルフォンスの企みに、テオドールとマクシミリアンが賛同した。


「カイルには妹君がいたはずだよ、だから彼女を連れてくるんじゃないかな?」


 一人ヴィンセントは静かに紅茶のカップを傾けながら冷静に告げた。


「それならそれで北の野蛮な赤毛同士の無様なダンスを拝見させて頂こうじゃないか、テオドール、ペンを。早速招待状を用意しよう」


 王都の貴族特有の、北の民への偏見が、悪意を何重へと重ね、無慈悲にも広がっていく。


 アルフォンスの脳裏には、裏切り者のカイルが大衆を前にして屈辱に顔を歪ませる図が手に取るように見えた。


 カイルのダンスをアルフォンスたちの前座にさせてリリエッタより下手くそなダンスを踊らせればきっと、リリエッタがすこしばかり下手なダンスをしても『カイルよりはマシ』との世間の評価が下りるはずである。


「すこしは僕のために、役立ってもらわないと……そしてカイルはこれを機に僕に逆らうとどう言う目に遭うか、身をもって教えてやらないとだね」


 アルフォンスは歪んだ笑いを浮かべながら、これから起きる新たなる断罪劇を待ち遠しく思った。





久しぶりの王子様サイド




これにて奔走編完了です。


毎日更新頑張ります。

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