奔走編ex1 ミルリーゼの独白
とある子爵令嬢の視点にて
北へ向かう馬車。
ごとごとと揺れる荷台。
貨車を引く馬の体調を見ながらゆっくりと街道を進む。
たまに検問があって、エルたちを探してる騎士を見かけるが魔法使いのおじさんが何かしているのか誰もエルや手配されてるお兄ちゃんには気づかなかった。
街道沿いの街を渡り歩き、僕たちの馬車は順調に北へと進む。
魔物に遭遇したりもするけど、戦う手段が存分にあるエルのチームにとって大した障害にならず、むしろ魔物から剥ぎ取った素材は旅の資金になった。
エルはお世話になってるからと、素材から得た資金の大半をロッドに渡してくれた。
(僕に渡すのは信用できんって言ってるみたいで少しだけムカついた)
「いつ、話してくれるのよ」
旧都を出て5日目、
エルは荷馬車に揺られながら不意に尋ねた。
僕の家の荷馬車は小さいから、ただでさえ畳んだ商会の物を持ち込んで荷物が多いのに全員が乗ったらかなり狭くなるので、基本的に荷馬車は僕とエルと魔法使いのおじさんが乗っている。
運転席には商会の従業員で僕のお世話係のロッドがいて、たまにエルの従順すぎる家来のお兄ちゃんがロッドと旅路について話してる時がある。
シスターのお姉ちゃんと元同級生だったカイルは基本的に荷馬車に追従して歩いてる。
鍛錬だって言ってたけどすごいなぁ。
「今から話すよ、何が聞きたい?ソフィアの苦手なものとか?」
僕は外を見ながら答えた。
おでこに当たる風が冷たくて、もうすぐ冬が訪れる気配がする。
薄着だったかな、次の街で防寒着を買ったほうがいいかななんてぼんやりと考える。
おそらく北の国境に近いガラハッドの街は、もうすぐ雪が降り始めるだろう。
「あなたの知っていることをすべて教えて」
「強欲だな〜、全部語ったら何日もかかるよ。僕とソフィアは幼なじみなんだぜ?」
そう言って僕は外を眺めていた姿勢を、こちらを見ながら真面目な顔してるエルに向き合った。
エルはすごい美人だからその眼差しには迫力がある。
同い年なはずなのに僕との格差は何だろう。
エルの家は公爵家だし、きっと美容管理とかしっかりしてるんだと思うことにする。
僕だって背丈は小さいけどあと数年したらシスターさんみたいな美女になる予定だし。
「それは初めて聞いたわ。幼なじみなの?」
「そうだよ、と言ってもソフィアが旧都に来た時からだから10年くらいの付き合いだよ」
荷馬車には僕とエルとおじさん。
おじさんは目を閉じて寝ているふりをしてるけどあれは起きてる、そしてこっそりと聞いている。
別にエルにしか話さないって約束はしてないからいいけどさ。
僕はゆっくりと昔を思い出しながら、ソフィアの思い出に浸ることにした。
「ソフィアはね、オベロン伯爵の後妻の連れ子なんだ」
ソフィアのお母さんは夜の町で歌を歌ってた人だった、ソフィアの本当のお父さんはわからない。
ソフィアのお母さんが伯爵様と結婚して、伯爵家に来た時から僕の家は近所だったからよく一緒に遊んでたんだ。
ソフィアは昔は活発で、家の中より外で遊ぶのが好きだった。男の子みたいに木登りしたり、街の中を走り回ったりしたし、僕も一緒に遊んでたんだ。
「私の認識してるソフィアとは印象が違うわね……それ本当にソフィア・オベロンの話?ソフィア違いじゃなくて」
「珍しい名前じゃないからね、でも僕の幼馴染のソフィアはエルの言っているソフィアだけだよ」
13歳くらいの頃に、ソフィアが長めの喉風邪を引いたんだ。
その頃からソフィアはすこしよそよそしくなった。
ソフィアのお母さんが病気で亡くなって、
その後にオベロン伯爵も亡くなった。
詳しくは知らないけど女中の人と心中したんだって。
ソフィアはオベロン家の次期当主となるから、いろいろと忙しくなったみたい。
正式にはソフィアの旦那さんになる人が当主だけど何せ突然の訃報だからね。
いまオベロン家はソフィアの義叔父にあたる人が当主になってるけどゆくゆくはソフィアに権利が移るみたい。
「ソフィアとは旧都ではそれきりさ……」
「………」
エルの顔を見た。
何かを考えているみたいだけど、僕は何を考えてるかまではわからない。
友人の過去を勝手に話して、ソフィアが知ったら僕に失望するだろうか。
ああ、ソフィアにとっては僕なんてもう友人じゃないのかもしれないけどさ……
「ミルリーゼ、なぜあなたは学園から失踪したの?」
「鋭いねエル……これも話そうか迷ってたんだ」
僕は心の奥に封印していた記憶を蘇らせる。
何度も何度もあれは夢で、白昼夢だったと言ったけど記憶力のいい僕自身が現実だって告げる出来事だ。
「僕は家の事情で、王都の学園に入学することになっただろう」
表向きの理由は、ブラン商会の本拠地を王都に移すからだけど本当の理由は旧都の帝国復興を掲げるノクタリア派から逃げるため。
パパは帝国派には深入りしないほうがいいってスタンスだから、ノクタリア派への勧誘から逃げられなくなる前に僕たちの家族は王都へ逃げたんだ。
「ソフィアも王都の学園に入学することになってて、また一緒に仲良くなれたんだ……その時はまだ何も知らなかったから純粋に嬉しかったな」
「それで?喧嘩でもしたの?」
「喧嘩すらしてない、あれは一年位前かな、ソフィアを学園で探してて、学園の裏庭で見つけたから声をかけようとしたんだ。ソフィアは僕に気付いてなかった。誰かと喋ってたみたい。あたりには誰もいなかったけど……」
夕日差す裏庭。
いつの間にか、同じくらいの背丈だったのに僕よりだいぶ大きくなったソフィアは、誰もいないのに確かに言ったんだ。
聞いたこともない、すごい低い声で。
『始末しろ』
「何の話をしてたのかわからないよ、もしかしたらなんかの小説の真似事かもしれないよ。でもね、僕の全身が“これは聞いたらやばいやつ、僕が聞いたって知られたら、次は僕がソフィアに始末される”って警告するんだ。気付いたら震えながら家に帰って荷物をまとめて旧都行きの馬車に乗ってた」
僕は長い話を終えてゆっくりと息を吐いた。
寝たふりをしてたはずの魔法使いのおじさんも、寝たふりをやめてこっちを見てた。
馬車の中は僕が「商品があるから禁煙」って言ったから、口寂しそうに煙管を指先でいじってた。
「エルからソフィアの話を聞いた時、本当にソフィアの友達なら『そんなことするわけない』って否定をするべきだと思うんだ……」
エルは学園で何があったのか、彼女が逃走に至った理由を話してくれた。
ソフィアが裏で糸を引いて、学園の孤高の存在だったエルを冤罪で陥れ、影で笑っていたって。
「僕……あの夕方のソフィアを知っているから、いまはあんなに一緒だったソフィアのことが信じられない。すごい納得してる、エルの話の方をすんなりと信じちゃうんだ……」
「…………」
「酷いよね、僕はソフィアの友達だったのに」
エルは何も言わないで黙ってこっちを見ていてくれた。エルの透き通るエメラルドの瞳が、今の僕には重かった。
僕が友達のことを信じない最低なやつだって見透かされてるみたいで。
ソフィアはきっと、エルが嫌いで嫌がらせしたいとかだけの理由じゃない。裏で何かやばい企みがあるんだと思う。
それに、エルの話してたリリエッタって子も気になる。
ソフィアは甘いものが大嫌いで、人が食べるところを見るのも無理で、僕が一緒にいる時に僕だけケーキを食べる事もを拒絶するくらいなのにリリエッタって子とは一緒にお茶できるんだって?
ねぇソフィア、僕はきみが嫌いって言うから本当はきみとなら一緒に甘いものを食べたかったけどずっと我慢をしていたんだよ。
君にとって僕は、その程度の価値なのかい?
僕よりリリエッタのほうが大切な友達なのかい?
「……話してくれてありがとうミルリーゼ、また何かあったら聞かせてね」
エルはなんだかんだで甘くて優しいから、僕が話に詰まらせると何かを察したのか、それ以上は追求しないでくれた。
僕は黙って外を見た。
冬の近さを感じる冷たい風が、涙腺にすごく沁みる。
なぁソフィア、きみは何を考えているんだろう。
もし、きみが何らかの間違いをおこそうとしてるなら僕は止めることができるのかな。
僕はまだきみのことを、友達だって思ってもいいのかな。
冬の近い空は、なんだか僕の心を写してるのかと思うくらいとても遠くて、さみしくて、僕の頬に一粒の雨が通った。
ミルリーゼとソフィアの物語でした。
ノクタリア派と帝国派は同じ意味です。
大判焼きと回転焼きみたいな感じです。




