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奔走編 諸国漫遊の果て

 





 翌日、近隣の街の教会へ子供たちを引き渡し街に戻ってきたセラフィナたちと合流して再度ブラン商会を訪れると店の雰囲気は変わっていた。


 商会のあった店舗はもぬけのカラになっていたのだ。


 当然、店舗内にはミルリーゼの姿は影も形もなかった。


『長年のご愛顧ありがとうございました。ブラン商会は一身上の都合により閉店いたしました。』 


 無慈悲にも閉店知らせる紙が入り口に貼られており、それをみたエルは裏路地の石畳の上に膝から崩れ落ちた。





「あ、あの女ーーーーーー!!!!!!」





 悲鳴にも近い叫び声がこだまする。


「あーらら、……強かな子だよ本当」


 煙管を蒸しながら、呆然とする仲間たちを横目にオズは素直に彼女の胆力を褒めた。

 何というか、腕力だけではない少女の強さをひしひしと感じた。








 オズの探索魔法と、エルの執念によりまだ旧都の中にいたミルリーゼの姿は思ったより早く見つかった。


「おっ、エルじゃん」


「ミルリーゼ……色々と話があるのだけど」


 旧都の街の城門近くの一角で、たくさんの馬車が並ぶ中で小さな荷馬車に品物を運ぶロッドをベンチの上から座って見ている旅支度をした少女の肩をエルは力強く掴んだ。


 そして振り向いた彼女に口だけの笑みを作ってにこやかに圧をかけた。


「何だいエル、ブラン商会は一身上の都合で閉店したから契約は……」


 次の瞬間、剣先がミルリーゼの首元に当たっていた。音もなく素早く剣を抜いたレオンの仕業である。


「冗談だよお兄ちゃん。でも引越し作業中だからちょっと待っておくれよ」


「ちょっと何勝手に閉店してるのよ、連絡もなしとかビジネスパートナー失格じゃない?」


「……厳しいなぁ、こっちは帝国派の貴族に喧嘩売っちゃったから旧都にはこれ以上いれないんだよ、押収品はひとつも手に入らなかったから借金も返せないしでいろいろと悲しい旅路なのに責めないでおくれよ、落ち込むぜ」


「あ、こんにちは。準備が終わったらお迎えに行く予定だったんですよ………お嬢さん、だから勝手に閉店させたら誤解されるって俺言いましたよね」


 荷物を積み込み中のロッドがエルたちに気付き、にこやかに挨拶した。

 ミルリーゼに剣を突き立てているレオンにも気づいて苦笑する。街のど真ん中で流石に斬らないという一定の信頼があるのか大げさに驚いたりはしなかった。


「昨夜から店の様子を窺う輩が何人かいる。うかうかしてたら、本当に魔物のお食事ショーのメインディッシュにされちまうよ。さっさととんずらこいて逃げるが勝ちさ」


「な、なななんですかその物騒なショーは!!!???」


 ミルリーゼは、昨夜対峙した男が言っていた言葉を警戒しているらしい。

 初耳のロッドはやはり驚いて、動揺を隠せない。

 運んでいた荷物だけは落とさないのが彼の店員としての矜持だろう。


「どこに行くつもりなの?」


「決めてない。王都にも事情があっていたくない。なぁエル、どこかいい街のアテはないかい?きみの諸国漫遊で一番良かった街は?」


 レオンに剣を納めさせてエルはミルリーゼの隣に座ることにした。

 事情が事情なので、ノクタリア派が多いこの街を早く出たほうが良いだろうと判断したエルは仲間たちにロッドの手伝いを指示する。


 レオンは顔に「なぜ自分が」と不満を思い切り書いてあったが、彼にとっては親愛なるエルの命令なので無言で従ってくれ、他の仲間も思い思いに恐縮するロッドを手伝った。


 カイルとセラフィナは協力的だが、オズは少し離れたところで煙管を吸っている。独特な煙の匂いが風に乗ってこちらに届いた。


「そうね……色々なところに行ったわ。交易町や山の修道院、信仰都市、ガラハッドの辺境……」


 エルは目を閉じて屋敷を逃走してからの旅路を思い出す。この数ヶ月の間にたくさんの事が起きたが、公爵令嬢時代では味わえなかったことだ。


 野外で炎の暖かさだけを頼りに寝るのも、ガチガチに固まった保存食で空腹を満たすのも、魔物と全力で追いかけっこするのも次期王妃として安全な鳥籠の中にいた公爵令嬢エスメラルダでは到底できなかった経験だ。


 家の中で虫を見つけては悲鳴を上げてた令嬢は、もう足元に虫がいても感情は何も動かない。




「ガラハッドの街かしら、北の辺境だから少し寒いけどあの街は温かかった」


「なんか矛盾してないかい?」


「してないわ。人のぬくもりって意味よ」


 脳裏に浮かぶのはカイルの家族のあたたかさ、北の民の多い街の人々は誰もが親切にしてくれて、友人になったカイルの妹のエリザベートとは再会を誓った仲だ。


「ガラハッドの街なら馬車で行けば半月くらいで着くし、そこに向かうのもいいと思うけどエルはどう思う?」


「……好きにすれば、でも契約は守ってよ。いつ情報を聞かせてくれるの」


「行きながら聞かせるさ、ほら決まったなら馬車に乗って。のんびりしてたらおばあちゃんになっちゃうよ」


 ロッドたちの積荷の積み込みが完了したのを見てミルリーゼは座っていたベンチから腰を上げた。

 どうやら彼女は本当に北の辺境の街に行くつもりらしく、その旅路にはエルたちの同行も勝手に決められていた。


「あなた、人を振り回すタイプね。友達いないでしょう?」


「“エメラルドの姫”だって、孤高の存在とか言われてたけど要は目立つぼっちだったじゃんか。僕は学園時代はソフィアと大の仲良しだったんだ」


「もう、それ軽く黒歴史になってるから言わないで」


 エメラルドの姫は学生時代のエルの呼び名で、いまはいない令嬢のことだ。

 そんな称号、エルにとってはもはや思い出したくない過去である。


「次の行き先は決めてなかったから辺境に戻るのもいいわね……」


「お、何?またオレの家に行くのかエル」


「ミルリーゼは行くつもりみたい。カイル、またお邪魔していいかしら?」


 たまたまそばにいたカイルが、故郷の名前を口にしたエルに気づいて尋ねてきた。

 彼にとっては最愛の家族の待つ街だ。その表情からは喜びが隠せない。


「勿論、いつでも歓迎だって親父も言ってただろ」


「じゃ行きましょうか。馬車に乗せてくれるって」


 エルはゆっくりと歩き出すと運転席のロッドの隣に座るミルリーゼをみた。

 いつのまにか彼女たちもエルの旅路についてくることになったが、不思議と拒否をするつもりは起きなかった。


 手放しで信用はできないが、頑なに疑いを向けるには至らない縁が気づかぬうちにできていたからである。



 エルたちはブラン商会の馬車に乗るとゆっくりと北へと向かって出発した。

 エルの長い長い旅路が、何となく一区切りついた不思議な感覚がした。





 奔走編 完




ミルリーゼとロッドが仲間になった!




これにて第二章奔走編完結です。

お読みいただきありがとうございました。


月夜の夜に二人で始まったエルの旅路に心強い仲間を増やしました。復讐全然できてないけど


番外編2作を挟んで第三章饗宴編もマイペースに更新します。

ギャグ8割とたまにシリアスでのんびり更新するのでお付き合い頂けると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いします。


感想&評価いただけると嬉しいです。


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