奔走編 廃教会④
「エル様!!ご無事ですか!?」
セラフィナのストレートが華麗に決まった瞬間、レオンたちが勢いよく駆け込んできた。
男の体は派手な音と共に壁に叩きつけられて、その衝撃音に一連の騒動で怯えて固まっていた子どもたちから悲鳴が漏れる。
「こいつは……」
「こいつだけ、子供達を監禁してた部屋に潜んでいたの。私は無事、セラフィナが守ってくれたから。でもミルリーゼが負傷しているの……セラフィナ治癒をお願いできるかしら」
「はい、エル様」
セラフィナがうずくまっているミルリーゼに向かうのを目で追いながら、エルは倒れたままの男の頭を勢いよく踏みつけた。
「うっ!!」
「あなたたち人間のクズね、最低。子供の人身売買も許せないし、無抵抗の女の子をよくも容赦なく殴れるわね」
「………おまえも、……ミルリーゼと話してて……ぶん殴りたいって……ならねえのか」
「なるわ」
よろよろと震えた声で、うめき声のように漏らした男。
エルはそんな男の言葉に間髪入れずに同意して、後ろでレオンが頷いた。
「な、なんだよ!きみたち、どっちの味方なんだよ!!………うぅ、いてて。この野郎、可憐な乙女になんてことするんだ。賠償金は高くつくからな!臭い飯食わせてやる!」
「ミルリーゼちゃん、お口が悪いよ。可憐な乙女はもうちょっと上品にしなさいね」
「オズ様のおっしゃる通りですわ」
お腹を抑えながら、ぷりぷりと怒るミルリーゼ。
その背中を支えながらセラフィナは優しく治癒魔法を唱え、その様子をオズは優しい目線で見守る。
そして、そのまま視線の先を部屋の真ん中でカイルによって拘束を解かれている子供たちへと移した。
子供たちは恐怖によって怯えがまだ残っているが、目立つ怪我はなく、どの子も想像よりも元気そうではある。
「よし、外れた。みんな大丈夫か?」
「カイルその縄でこの男を拘束しておこう、襲ってきた男どもはオズ殿の魔法で拘束してあるが……ずっとそのままというわけにもいかないな」
レオンに促されるままに、満身創痍の男の体を縄でキツく縛り上げる。
セラフィナのストレートパンチをモロに顔面に受けた男には抵抗する力はないようだ。
「街道の方で、王の騎士団が検問を敷いてるはずだからそいつらに引き渡した方が良い。エルたちが騎士団と鉢合わせたくないならブラン商会の手のものにやらせるよ」
「旧都の街の兵士は帝国派と癒着してるってあなた言ってたものね……まともな騎士であることを祈ってそうさせてもらおうかしらね」
エルはミルリーゼの提案を受け入れた。
「子供たちはどーする?」
オズは杖の先で部屋にいた彼らを指した。
どの子もまだ、恐怖に囚われてまともに動くことが出来なさそうだ。
「近くの街のルチーア教会に頼んで、保護していただきましょう。わたくしが手続きをいたしますわ」
「そうね。旅に連れて行くわけにもいかないし」
子供の保護はセラフィナに任せることにした。
他に案もないし、隣人愛と博愛を謳うルチーア教会ならこれ以上悪いようにはならないと思えたからだ。
「うぅ………まだフラフラするけど、とりあえず痛いのは引いたよ。シスターさんありがとう」
「ふふ、お力になれて幸いです」
「しっかし、こいつら悪どいことしてるからさ、……さぞかし溜め込んでるんだろうね……」
震えの残る足取りでミルリーゼは部屋の奥へと進むと、慣れた手つきで宝物庫と思わしき部屋の中を漁り始めた。
そして悪い顔をしながらこっそり持ってきた袋に組織が溜め込んだと思われる貴金属を詰め込み始める。
「………ミルリーゼ嬢?」
その肩を掴んで、レオンが低い声で問う。
「な、なんだいお兄さん、あぁ分け前?僕とエルたちで1:1でいいかい?いいよねエル?」
「犯罪者の応酬品の横領は犯罪だぞ……いま袋に入れた物品をすべて出せ」
「えーーーヤダヤダヤダ!これは僕のお金だい、やーだー……いてててててだから僕の三つ編み引っ張らないでよー!!」
「いやー、本当だ。うっとりするほどの金品だねぇ。すご〜い」
「……オズ殿?」
ミルリーゼの髪を容赦なく引っ張りながら、レオンは冷たい目線で宝物庫を覗くオズを睨んだ。
「オジさん未遂ですからやめて睨まないで」
「信用できません。ちょっとここでジャンプしてくれませんか?守銭奴のあなたなら盗みかねませんので」
「信用なくて泣けるねぇ……」
レオンの疑いの眼差しを避けるようにオズは後ずさる。ジャンプは拒否をしたようだ。
「頼むよお兄ちゃん、返さなきゃいけない借金があるんだから見逃してくれよ〜!!ひーん、エル〜!!このお兄ちゃんになんとか言っておくれよ!!」
犯罪組織の宝物庫を前に騒ぐ三人を横目に、エルは呆れたように苦笑した。
「まぁ、でもなんとかなって良かったじゃない。ミルリーゼ、これであなたの望みは叶えたのだから私の望みも忘れないでね」
ミルリーゼの取引条件は犯罪組織の壊滅だ。
廃教会を根城に暗躍していた男共は全員拘束した。
子供たちも無事に保護できるだろう。
「勿論さ、僕はちゃんと約束は守る女だから安心して。でも今夜は遅いから日を改めよう。夜更かしは肌荒れの元だからね」
「何が肌荒れよ、調子のいいひと」
「ミルリーゼ嬢、今さりげなくポケットにいれた金貨を出せ」
愛想笑いをするエルの横で、レオンは冷たく述べた。
「………チッ、めざとい男だな」
「ミルリーゼ、ダメなものはダメよ返しなさい。あとオズ、あなたもよ」
「お嬢様、ちょっとくらいもらっても良くない?」
「ダメ」
翌朝、セラフィナは近隣の街にある教会に保護を要請するために子ども達をつれて旧都を出て行った。
護衛役にカイルとオズがついていったので、旧都の街にはエルとレオンだけが残った。
「あの子たち、誘拐された子もいれば親に売られた子もいたみたい。……みんな、安全な場所に辿り着けるといいけど」
「国が乱れるとはじめに犠牲になるのは力無きものですからね」
レオンはちらりと掲示板に貼られている自分の手配書を横目で見た。
オズの認識阻害魔法は本日も順調に稼働しているようだ。
道ゆく兵士は誰もレオンの存在には気づかなかった。
この町で自力で魔法を解いたのはブラン商会にいたロッドだけであった。
そのロッドだが、エル達が裏路地のブラン商会にやってくると解雇されたはずの彼が店の前の掃き掃除をしているのである。
「あっどうも、こんにちは」
ロッドは見慣れたエプロン姿で、こちらに気づくと挨拶をしてきた。
「ロッドさん、解雇されたんじゃ……?」
「いや、俺は旦那様に雇用されてるのでお嬢さんに解雇権はないですよ。ミルリーゼさまは、気に入らないことがあるとすぐ『解雇』って言い出すんですけど、まぁいつものことなんで」
そう言ってロッドは苦笑しながら胃のあたりを手で抑えた。
彼の苦労はエルが推測したより多いのかもしれない。
「なんていうか、お疲れ様ね。ミルリーゼはいるかしら?」
「お嬢さんなら夜中に帰ってきて、何らかの手続きをした後はずっと寝ているんです。お疲れみたいでベッドから起きてきません」
「……今すぐ叩き起こしてください」
「別にいいわよ、また明日出直すから」
レオンの言葉を取り下げて、エルは引き返すことを選んだ。
昨夜は夜遅くまで活動していたし、彼女に負担も少なくない。寝込んでいても不思議ではなかった。
「また来るからミルリーゼが起きたらそう伝えてね、それじゃロッドさんまた」
「はい。お疲れ様です」
ロッドは丁寧にお辞儀をすると、去り行くエル達の背中を見送ってから無言で店舗内を振り返る。
「………」
店の奥からやり取りを聞いていたミルリーゼが顔を出してエル達が去ったのを確認すると、二人は小さくアイコンタクトを取った。
次回、奔走編最終回です。
お付き合い頂きありがとうございました。
ミルリーゼは転んでもタダでは起きない女の子です。