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奔走編 ブラン商会④

 




「知ってるかいエスメラルダ、旧都の社交界にはノクタリア派の貴族が幅を利かせてるんだ」


「ノクタリア派?」


「帝国派の貴族です。彼らは帝国復興という馬鹿げた野望を掲げています」


「なんでそんな危険思想を王宮は放置しているのよ!?」


 レオンの解説に、エルが耳を疑った。


「エスメラルダが知らなかったのが理由だよ。彼らはまだ碌な力も持ってない、変な野望を掲げている“だけ”。表向きは特に王都では知名度のないただの地方の派閥の一つさ、王家もいちいち相手になんてしない。だってたかが小さな派閥、いつだって潰せるんだから」


 ミルリーゼは小さな手のひらを見せつけるようにエルの前で握りながら皮肉に笑んだ。 


 これまでだって、アステリア王国は比較的平穏な歴史を歩んでいたが、地方の反乱は何度か起きてはいた。それを王家は幾度も潰してきたのだ。

 ことが起きてからでも問題はない、些事だと判断したということだろう。


「で、帝国派がどうしたんだよ」


 ロッドの淹れたお茶を啜りながら、カイルは続きを促した。

 爽やかなフレーバーが鼻腔をくすぐる独特なお茶だ。後味は少し苦い。


「僕、見ちゃったんだ。奴らの手の回った連中が子供をたくさん拐ってるところ」


「何やってるんですかお嬢さん!!!」


 給仕をしていたロッドが怒鳴り声を上げた。

 ミルリーゼの起こした事件が、彼の予想を上回ってたのだろう。

 その怒声に、隣にいたセラフィナが一瞬驚いたように身を竦ませるのがわかった。


「子供を拐って集めてた。何しようとしてたのかは知らない。知りたくもない。でもあいつら犯罪組織を作ってとんでもないことしてやがる。僕許せなくて、尻尾を掴んで王家に密告してやろうと思ったんだ」


「……とんだ無茶をするのね。あきれた、それで?」


「顔をばっちり見られた。もう僕怖くて外を歩けないくらいチビってるんだ、なぁ頼むよエスメラルダ。このか弱い可憐な乙女の頼みを聞いてはくれないかい?」


「……断ると言ったら?」


 エルが見下ろした。その声には何の感情もない。


「きみたちを王宮の兵士に突き出してやる」


 ミルリーゼは冷たい目で返した。


「………脅迫しているの?私を?」


「あぁそうだよエスメラルダ・ロデリッツ。フェアな取引っていうのはこうやるのさ、理解はできたかい?世間知らずなお嬢様」


「その取引は無効だ。おまえはここで剣の錆になる」


 隣でレオンが剣を抜いた。ミルリーゼの提案を彼はエルの返事も待たずに拒絶した。


 咄嗟にカイルは正義感からレオンの行為をやめさせようと彼の手を押さえたが「離せ」と睨まれ、勢いに怯む。

 聖職者として思うことがあるのかセラフィナもレオンの前に立つ、だが彼女もエルへの献身との狭間で迷いがあるのか、不安げな視線は泳いでいた。


 オズはただひとり、静かに煙管を取り出した。

 彼は金でエルに雇われた存在だ、彼がミルリーゼを庇う理由は見当たらない。


「おじさん、ウチは禁煙だよ。ヤニなら外に行って吸いな」


 我が身で盾になろうとするロッドにおおい被されたミルリーゼは、煙管を吸おうと火をつけるオズに横目で睨みながら言い切った。


「へいへい、喫煙者は肩身が狭いねえ」


 オズは諦めたように煙管を懐にしまう。

 ことの顛末を傍観に徹することを選んだようだ。


「そこをどいてくださいセラフィナ嬢、いま俺はとても頭に血が登っています。あなたもエル様の味方をしてください、その娘は放置するのは危険すぎます」


「レオン落ち着けって……」


「そうです、レオン様……殺傷はダメです!」


 カイルは必死にレオンを押さえつけ、セラフィナはそんな彼を宥めようと声を掛ける。


「ははっ、ばっかだなぁ。ここで僕を斬ったらそれこそアシがつくよ。お嬢様の優雅な諸国漫遊もこの街がフィナーレだね」


 殺意の刃を向けられてもミルリーゼ・ブランの口は止まらなかった。


 が、その時。

 パァンと、小気味良い音が室内に響いた。

 ミルリーゼを自らの体で守っていたロッドが彼女の頬を打ったのだ。


 衝撃がすごかったのが、ミルリーゼの頭からウィッグが外れ、隠れていた白銀色の三つ編みが露になる。



「………っ?」


「お嬢さん、もう限界です。庇えません。あなたは王都に帰ってください。この件は旦那様に報告します」


 ロッドはエプロンの端を強く握りながら低い声で呟くと、そのまま剣を持つレオンに深く頭を下げた。


「大変申し訳ございませんでした。ミルリーゼさまを許してくださいとは申しません。ですが、どうか剣を納めてください。あなた様方のことは決して口外致しません。ミルリーゼさまの発言は聞かなかったことにしてください」


「………」


「剣を納めなさいレオン。これは命令よ」


「………はい」


 レオンは無言であったが、エルが場をとりなした。

 レオンの冷たい目線は頭を下げたロッドから離れない。


「…………危なかった、レオンまじで殺そうとしてたよな」


 カイルは小さくセラフィナに囁いた。なんとか一難去って、彼女も戸惑いを残しつつも安堵の表情を浮かべている。


 レオンは冷静なようにみえて結構怒りっぽい性格なのは知っていたが、過去で一番キレていた気もする。



「………ぅ、うう、」


「ミルリーゼ…さま?」


 しばらく打たれていた頬を撫でていたミルリーゼが突然声を漏らす。


「うわぁぁん、ロッドがぶったぁ〜〜」


 突然大粒の涙をこぼしたと思ったら、よろよろとセラフィナに近寄って彼女の胸に抱きついた。


「お、お嬢さん!俺はあなたを思って!」


「痛いよ〜〜ふえええん〜〜」


 セラフィナは戸惑うように抱きついてきたミルリーゼの小さな背中を撫でた。

 取り繕おうとするロッドは慌ててミルリーゼに駆け寄る。

 その様に完全にやる気が削がれたのか、レオンは大きなため息をつくとずっと握っていた剣の柄から手を離した。


 その脇からエルは歩み出す。


 セラフィナに抱きついてわんわんと泣いているミルリーゼに近寄ると、彼女の耳元でわざとまわりに言い聞かせるように囁いた。


「ずいぶん上手な嘘泣きね。あなた、なかなかやるじゃない」


「……だろぉ?ミルリーゼちゃんの可憐な泣き顔なら世の男どももイチコロだよ」


「なっ」とロッドが声を上げ、

 男性陣が騙されかけてた事実を隠すように、その場から目を逸らす。


 エルだけがその透き通った冬の空色の瞳を見据えた。

 どこかの媚び売り馬鹿女リリエッタに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい見事な演技だ。

 あの耳に残る媚びた甘い声に比べたら、顔をぐじゃぐじゃにして泣き喚くミルリーゼはいっそ清々しさすら感じる。


「いいわ、あなたの望みを叶えてあげる。ソフィア・オベロンの情報の提示が条件よ」


「そうこなくっちゃ」


 ミルリーゼはすっかり泣き真似をやめると、エルに手を差し出した。


「有意義な取引と行こうじゃないか、僕の望みは犯罪組織の壊滅。エスメラルダの望みはソフィアの情報、契約は完了だ。ビジネスパートナーとしてよろしく頼むよ」


 その不適な微笑みを見据えながら、エルは彼女の手をとった。




【祝】和解

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