奔走編 ブラン商会③
「そうだエスメラルダ・ロデリッツ、金貨五十枚の男をよこしな。それならきみが知りたい情報をなんでも話してやるよ」
ふいにミルリーゼが言い出した。
店の壁には気づかなかったが、たくさんのチラシや劇場公演の予告の紙に紛れてレオンの手配書が貼ってあり、ほとんど他のチラシで埋もれているその手配書を指差しながら彼女は対価を要求した。
「………できないわ」
「ああん?おいおいエスメラルダさまよぉ、求めるだけ求めて対価は払わないつもりかい?世の公爵令嬢さまは世間知らずで困るねえ」
「………」
その金貨五十枚の本人がすぐ近くにいる事には気づかないらしい。
旧都に入るときにかけられたオズの認識阻害の魔法はこの場面で間違いなく成立していた。
こんな状況で確信するという皮肉に、レオンの中には苛立ちが募る。
「ミルリーゼちゃん、あんまりうちのお嬢様にきついことを言わない方がいい。恐ろしい守護者が来ちゃうよ」
「まあ、それは恐ろしいですわね」
過去に似たような経験のあるオズはそっとフォローした。後ろでセラフィナが微笑むが、おまえのことだよとオズは思っても口にはしない。
もう一人の守護者のレオンは、剣の柄から手を離さない。エルがもし「ミルリーゼを斬れ」と命じたら、彼は躊躇いなく斬るだろう。
この状況で冷静を保てるのはオズだけであった。
カイルは場の空気に混乱しているし、もしレオンが動いた時にいつものように彼を止めることが今のカイルにできるとはオズには思えなかった。
さすがに殺傷沙汰を起こしたら、認識阻害の魔法に影響がおきかねない。
どれだけオズが有能な魔法使いでも、魔法は万能ではないことはオズは身を持って過去に経験しているのだ。
「そこのイケメンなお兄ちゃん。さっきから僕を斬ろうとしてるね、エスメラルダの指示待ちかい?僕に手を出さない方がいい、こう見えて僕は独自のルートの中じゃ顔が広いんだ。僕が死んだら王国中がお兄ちゃんを追い回すよ」
「構いません、経験しております」
独自のルートどころか、レオンは王国から追われる身である。何を今更?と言う感じだ。
「覚悟決まってるんだね、かっこいー」
殺意を向けられてもミルリーゼは動じない。
子爵令嬢としては異常なまでに胆力が据わっているのだろう。
「ミルリーゼ、私はこの街出身の伯爵令嬢ソフィア・オベロンの情報を知りたいの。そのためなら何が必要なの?」
「ソフィアの?」
ソフィアの名前を出した途端、それまで不敵な笑みを浮かべたミルリーゼが一瞬だけきょとんとした顔に変化した。
年相応なその顔はすぐに元の強かな顔に戻ったが、その一瞬だけでミルリーゼはソフィアと何らかの情報を持っているとエルが察するには十分だった。
「そう。金貨五十枚はダメよ、彼は私のお気に入りなの。金貨五十枚ぽっちで渡せるような価値じゃない」
「エル様……」
レオンが恋する乙女のように名前を囁く。
先ほど、見知らぬ婦人を口説き落とした男とは同じとは思えず、その現場を見てきたカイルは咳き込んだ。
「じゃ、ひとつ頼み事を頼まれてはくれないかい?」
「内容によるって言ったら?」
「実は僕、いまとある犯罪組織から命を狙われてるんだよね」
「はぁぁぁぁぁ!!?!?!?」
店の奥からロッドが飛び出してきた。
関わるなと言われたのに、聞き耳を立てていたのだろう。
「お嬢さん!!最近ヤケにおとなしく家の中にいるなと思ってたけどどう言う事っすか!?!?」
ミルリーゼの小さな肩を揺さぶって泣きそうな顔で問いかける。
「僕の好奇心が見ちゃいけないものを見ちまったんだ。情報屋としてのサガだ、許せロッド」
「あ、あ、あ、ぁぁあ!街の兵士に……」
「あぁ無理無理、どうせあいつら腐ってて癒着してるから僕を差し出されて終わりだよ」
「あなた、なんていうか色々凄いわね………」
自らが危機的状況に陥っているのにも、ずっとあの態度でいたのかと知ったエルはミルリーゼへの評価を改めた。
まだ喧嘩してる




