奔走編 ブラン商会②
「ロッド、お客さんがおかえりだよ、さっさと追い出せ。出禁じゃ出禁」
エルを黙らせると、女性はぱんぱんと手を叩きロッドと呼ぶエプロンの青年に声をかける。
店の奥でお茶を入れていたらしい青年は慌てて飛んできた。
「オズ殿とは別の感じで厄介なタイプですね、どうしますか?」
エルの隣にレオンが来て、耳元で小声で尋ねた。
彼の手はすでに剣の柄に伸びている。
紫ボブカットの店員がもう少しでもエルに侮辱と思われる行為をしたら、彼女の首は飛んでいたかもしれない。
「………そうなるかもと思ってたけど、今の王都では私の居場所は本当にないのね」
王太子の婚約者の身でありながら学園では辺境伯子息のカイルと浮気をしていたと偽装され、いまは若い男のレオンと駆け落ちのように逃げていることになっている。
麗しの公爵令嬢の彼女の名声は地に落ちたも同然だ。
「気を強くお持ちください。あなたの無実は少なくとも私は知っております」
「………ありがとう」
小さく言葉を交わしてエルとレオンは頷きあった。
「お嬢さん、ダメですよ。ブラン商会のモットーは?」
「天上天下唯我独尊」
「違うでしょう、“知を求める白き同志に、ブランの叡智は識を与える”でしょう」
店員の前に立ちはだかったのは、エプロンの青年であった。
彼はレオンより少し若いくらいの年頃に見えたが、腕を組んで彼女を叱責する。
「ああん、おまえ、誰に向かって言ってんだゴラ」
「ふざけてるのはお嬢さんですよね。王都から一人で帰ってきたと思ったら突然そんなふざけた格好し始めて……旦那様と奥様に何て言えばいいんですか」
「これが旧都の最新ファッション」
「そんな服で出歩いてるのはお嬢さんだけです」
「モードの先端を行く僕。イカしてる〜」
女性と青年は雇い主と雇われ人の関係と思われたが仲が良さそうだ。慣れた軽口を叩きあっている。
そして青年の指摘通り、彼女の服装は短い丈のショートパンツに膝上丈の靴下、男物の編み上げのブーツと柄物の派手なトップスとエルのセンスからみたらやや頓知なものである。
変装なのか色眼鏡と紫色のボブカットの髪も、当初のミルリーゼの事前情報の銀髪の三つ編みのひかえめでおとなしい小柄な少女という印象から遠ざけたものであった。
「はーーーーーー、すんませんお客さん。ミルリーゼ・ブランはこの人です。一年前に王都からひょっこり帰ってきてここに暮らし始めたんです。王都でスレちゃったんですかね、元はもうちょっとおとなしくて清楚な子だったんですよ」
「おいロッド何バラしてやがるんだふざけるな」
盛大にため息をつきながら、ロッドと呼ばれた青年は頭を抱えながらもう一つの指でミルリーゼを指差した。
「オジさん、ミルリーゼちゃんは銀髪のおさげ髪って聞いてたけどその髪は染めてるの?」
ずいぶん派手な髪だねぇと、ミルリーゼのテンションに唯一飲み込まれていないオズが尋ねた。
「これはウィッグだよ。旧都は服飾業も王国一だからね、紫色の他にもいくつか持ってるよ」
「さいですか」
若い子にはついていけない。
オズの顔は明らかにそう書いてあった。
「ミルリーゼ……いろいろと嘘をついたことは謝るわ、あなたの知っていることを教えてもらえないかしら」
「いやだよ、一方的にあれやこれや求められてこちらだけの供給ってのはフェアじゃない。情報屋家業だって立派な商売さ、僕らの知識の対価にきみはなにをくれるって言うんだい?」
エルは改めて問いかける。
帰ってきたのは拒絶と冷めた失笑であった。
「お嬢さん……」
「ロッドは関わるな、店の奥に行け。明日並べる商品の準備してろ」
「………はぁ、お客さんすみません。ミルリーゼさまも悪い人じゃないんですよ。ぜんぶ王都がわるいんです。都会なんて行かない方が良かったなぁ」
「……ベティも都会に行ったらこうなっちまうのかな」
ロッドのため息混じりの漏らしに、状況について行けないカイルの頭に都会に行きたがっている故郷の妹の顔がふとよぎった。
しばらくは喧嘩してる




