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学園編⑥

 




 エスメラルダを取り巻く環境は、日に日に悪化していった。

 胸を張って歩くだけで、周りの視線を集めていたエメラルドの姫は、いつの間にか通路の端で視線を避けるようになった。


 以前カイルが人知れず呟いたように、周囲が洗脳でもされたかのように、徐々におかしくなっていくのだ。


 たとえばリリエッタが「あたしの靴がボロボロに…」と泣くだけで、犯人はエスメラルダということにされた。


 リリエッタの私物が散乱された場所には、なぜか都合よくエスメラルダの私物も落ちていた。

 そしてそれを拾い上げたクラリスが声高く叫ぶのだ。


「リリィさんの私物をバラバラにしたのはエスメラルダ様に違いないわ!」


 心当たりがないのに、エスメラルダはこのひと月で何度も教師に呼び出された。

 何も非のない彼女は、凛とした様子で疑惑に対しての全ての否定しかしないので、いくら公爵令嬢が相手となれど教師達は目に見えて不機嫌になっていった。




「君にこのテストを受ける資格はないよ。こちらが頑張って保管しても、公爵家お抱えの鍵師には敵わないからね」


 ある日、ある教師のテストでエスメラルダにだけ用紙が回ってこなかった。

 それに異議を申し立てると、教師から帰ってきた言葉である。


「はい?」


「なぜ毎回満点を取れるんだい?ロデリッツ嬢、いくら何でもあからさますぎる」


「先生は私が不正をしているとおっしゃるのですか?」


「質問に質問で返さないでくれたまえ。とにかく君はこのテストを受けないでくれ、後日特別に問題を用意するから君はそれを受けるように、では開始」


 男性教師のこちらが不正をしていると決めつけた残酷な物言いに、エスメラルダは喉の奥がひりつくのを感じた。


 クスクスと周囲から笑い声が漏れて、「これでイカサマは成立しないわね」なんて心当たりない非難を浴びるエスメラルダの内心は暴れ出しそうになるのに耐えるのが精一杯であった。





 後日用意された問題は、あからさまに悪意のある問題ばかりでいつもよりも高度な数式が並び、エスメラルダたちがまだ授業で習っていないどころか、そもそも習うことのない範囲の問題も点在した。


 このような嫌がらせ、許せないと監視役の教師を睨みつけると教師は満足そうにこちらを見下していた。


 その下卑た笑い顔を見て、エスメラルダは胃の中のものを吐き出そうになった。




 最悪の試験の結果が出た。


 テストはいつも満点で、首席をキープしていたエスメラルダが入学以来、初めて首位から陥落をした。

 いつもエスメラルダとトップを争っていた宰相の息子のテオドールが首位を取り、エスメラルダはその次席となったのだ。


「ふふん、エスメラルダ嬢の不正さえなければ僕が勝つんですね」


 眼鏡を直しながら、テオドールは隣で立ち呆然とするエスメラルダを見て満足そうにわらった。


「いつも満点だったエスメラルダ様が満点を逃してる」


「それってどうなの?でも二位なら十分にすごいんじゃないの?」


「……どうせ二位だってなんらかの不正の結果よ」


 周囲を囁く勝手な批評を背に、エスメラルダは肩を落とした。


「(あなたたち、私の結果より自分の成績を見なさいよ)」


 拳を握って、視線を決して落とさずにエスメラルダは前を向く。

 決して恥ずかしい行いなど彼女はしていないのだ。俯いたりするのは彼女の矜持が許さない。


 学園在籍中に全テストで首席を取り続けるという偉業は、すでにエスメラルダの兄エドワルドが達成しているのだ。

 兄ができたことを妹のエスメラルダが未達成となったら、実家に帰省をした時に、兄が基準になっているであろう父にどんな目を向けられるかわからない。


 ただでさえ兄は学園在籍中は生徒会役員としての実績もあるが、妹のエスメラルダは「学園まで僕に付き纏わなくても結構だよ」と、入学した時点で生徒会長が約束されたアルフォンスから生徒会役員を任命することをやんわりと拒絶されていたのだ。


 その恐怖が彼女の全身を襲った。


 エスメラルダは目の前が真っ暗になるのを感じたが、それでも公爵令嬢の矜持を胸に、背筋を伸ばして歩んだ。


 沈黙を胸に廊下を進む、好奇心と敵意の視線を背中に浴びながらふとガラスに映る自分の顔を見た。

 エメラルドのようだとかつては謳われていたエスメラルダの瞳が澱んでいた。


 もう何ヶ月も笑えてない自分に気づいて人のいない物陰で耐えきれず膝を抱えて座り込んだ。


「なぁ、おい……大丈夫か?」


 いつのまにそばにきたのだろう。

 頭の上から声がかかり顔を上げると赤い髪の青年がこちらをみていた。


 こちらの様子を見て戸惑っている様子である。


 当たり前だろう、エメラルドの姫と呼ばれる高嶺の花であったエスメラルダ・ロデリッツが物陰で膝を抱えているところなど学園の誰も見せたことがないのだから。



「えぇ、大丈夫よ。すこし目眩がしただけだから」


 そそくさとエスメラルダが立ち上がると、スカートを払ってから立ち去った。


「大丈夫じゃねえだろ……エスメラルダ、オレはあんたのこと噂みたいな悪い奴だっておもってねえからな」


 彼はカイルと言っただろうか。

 こんなにあたたかく気づかわれたのは、久しぶりである。



「……ありがとう」



 カイルに聞こえるかわからないくらいの小さな声で答えた。


 カイルと言葉を交わしたことが、これが初めてであることに気づいたのは、エスメラルダが学園で唯一安らげる、寮の自室に戻ってからであった。




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